学び ふたたび

知の遊学 知に遊ぶ


社会科学部4年 平沼 博

平沼さん

 私は今からふた昔ほど前に大学、大学院(政治学)を終了後、マスコミの世界に入り、その後現在の会社の社長となった(その頃はまだ若かった)。現在の会社は国内と海外に工場や販売提携先を持つため、以前は非常に出張が多かった。今は代わりに大学へ通っている訳だが、会社は大丈夫なのかとよく聞かれる。では、なぜ多忙な中で大学へ通うようになったのか。

  それはホリエモンではないが、会社を経営する尺度として数字だけが一人歩きをし、ミッションもない企業を目の当たりにしたこと、そして何より私の高校の友人の会社倒産が契機となった。顧客、社会、従業員との信頼や、道徳観、使命感が、数字一辺倒になった彼からは見えなくなっていた。「裸の王様」になっていたと囁かれた(つぶれると世の中は残酷なもの)。この時、経営を数字で語るのではなく、言葉で語れる尺度、「経営観」が必要ではないかと強く思い至った。中堅、中小企業経営者は「新経営観」ともいうべき物やリーダーシップ像を渇望している。

  そう考えるとB型人間の猪突猛進さゆえか、「それでは大学で学ぼう」と思い立った(家族は口あんぐり)。そして大隈講堂が金色堂のように光り輝いて私を招来してくれたのである(合掌)。こうして片道2時間半の特急通学が始まった。かってライバルと目した早稲田が「知の遊学、知に遊ぶ」場を私に与えてくれたのだ。週に1〜2日は会社を午後からオフにし、学生モードに頭を切り替えると、ゴルフに料亭接待、昼夜の会食と、以前の自分が浮かんでくる。しかし「付き合いが悪くなった」と言われても、この「知に遊ぶ」楽しさは極上だ。3限から7限まで8時間も座っているのは正直辛い。授業のつまらない教授には顧客(学生)志向がなっていない! と思うこともある。しかし教室に入ると社会の肩書きを離れ、一学生として謙虚になれる自分がいる。大隈さんではないが終生謙虚に学ぶ姿勢を失いたくない。それは社会はもとより学問からも、そして今は若い学生からも得られている。また素晴らしいと感じる人もいればとんでもないと思える人もいるが、その混沌さも「学びふたたび」の面白さであろうか。この大学はさながら「知的遊芸空間」のようだ(昔はそう思わなかったが)。

  卒業後は中小企業経営者の本を書きたいし、ミッションを政治にも広げていきたい。何より今の会社を店頭公開したい。そして社長の“頭”が元気であれば会社は発展すると信じ、一生、学びに謙虚でありたいし「知に遊ぶ」人間でありたい。

(2005年7月7日掲載)

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First drafted 2005 July 7.