先輩に乾杯!

東京国立博物館で古代インド美術を専門とするキュレーター(学芸員)
 小泉 惠英 さん



こいずみ・よしひで
 1962年東京生まれ。千葉県立船橋高校卒。86年第一文学部美術史専修卒業。88年文学研究科美術史専攻修了と同時に東京国立博物館東洋課インド・南東アジア室に研究員として就職。インド・南東アジア室長、事業部特別展室長を経て、現在、文化財部平常展室主任研究員。お茶の水女子大非常勤講師も兼務。本学エクステンションセンター元講師。

 人生の転機には、人間の力の及ばない運命的な力が左右することがある。万全の準備をして臨んでも、タイミングや巡り合わせの悪さで報われないこともあれば、全く逆の展開となることもある。今回は、キュレーターという狭き門の職業に就き、その後の地道な努力と研鑽により、「古代インド美術の専門家」として国内外で活躍する先輩、小泉惠英さんの「運も実力のうちだけど、実力があるから運もついてくる」と思わせるような生き方を紹介しよう。

3年生のゼミをきっかけに深まった研究への関心

 興味のあった美術史専修に進んだものの、打ち込むものも見つからず漫然と過ごしていた学部生時代。転機となったのは3年生のゼミ。「大橋一章先生のゼミでは、取り上げる古寺仏に関する研究者の論文に対して、自分なりの評論を4,000字でまとめる課題が毎週出されました。先生はその都度、全員のレポートを読んではきちんとレビューしていた。あるとき、自分のレポートを取り上げ、高く評価してくれた。そのときの心地良さがきっかけとなり、以来この研究に没頭していきました」

  冬休みには大橋先生引率の下、院生を含む専修の先輩たちとインドの仏教遺跡の見学調査にも参加した。4年では漠然としたイメージで広告代理店やマスコミを志望し、就職活動も行ったものの「事前対策もせず、のんびり構えていた自分には太刀打ちできませんでした」。研究の楽しさを実感してきた矢先でもあり、大学院進学に方向転換。

恩師から学んだ大切なことがキュレーターとしての仕事のベースに

 「大橋先生の教えで特に印象深いのは、活字になっているものが必ずしも正しいわけではない、歴史学では常に一次資料またはそれに近いものにあたる作業を怠ってはならない、評価というのは往々にして主観的なものだがその裏側に客観的事実の積み重ねが必要だ、ということです」

  修論のテーマを「中央アジアの古代仏教美術にみられる仏塔」として本格的研究に取り組んでいた時、東京国立博物館で研究者の募集があった。「まさに運とタイミングの良さの一言に尽きます。キュレーター自体が大変狭き門ですが、長年インドを含む東洋美術を担当してきた方が退職されることになり、たまたま専門領域が合致していたことから採用となりました。もともと計画性のない私は、学芸員資格も取得していなかったのですが、当時は実務を通して身に付ければいいという風土でした。その意味ではずいぶんと大らかな時代でしたね。もっともその後、採用制度が変わったので今なら絶対に無理ですけれど」

パキスタン調査隊としてガンダーラ美術発見の快挙も

 博物館では、収蔵品の管理・保管・展示、収蔵品や展示品に関する研究、特別展の企画立案・対外交渉・美術品の出入管理など、実地の中で研鑽を積んできた。また、1999年には東京国立博物館パキスタン調査隊の副隊長として同国北西辺境州のザールデリー遺跡で大量のガンダーラ美術の彫刻作品を発見するという功績も果たした。「調査を開始した1992年から毎年2カ月ほどのパキスタン暮らしで、職場に残った他の館員には随分と迷惑をかけてきました。2002年にはその発掘成果を『パキスタン・ガンダーラ彫刻展』への特別出品という形で展覧会事業に結びつけることができ、館の本来業務に多少なりとも貢献できたかなあ、と…」

  キュレーターは作品にどういう意味を持たせ、どのように展示するかをプランニングする企画力も問われるため、日々の研鑽が欠かせない。「展覧会の図録に載せる作品解説や論文を執筆する上で、少しでも自分なりの新しい評価や解釈を加えていきたいのですが、結局自分自身が蓄えてきた知識という財産だけが頼りです」。昨秋の「中国国宝展」の図録に掲載した論文「中国仏教美術史にみる阿育王信仰」もその一つの結実で、修士1年の時に関心を持って調べた事柄までもが含まれているとか。

(2005年6月2日掲載)

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First drafted 2005 June 2.