進路選択物語

家族


法学部4年(執筆当時) 多田 佳子
進路先 国土交通省関東地方整備局(国家公務員II種)

学生時代に仲間と
▲ 学生時代に仲間と(後列1番左が筆者)

「ごめんなさい」。内定が出たことを告げた後、電話で母に謝っていた。

  私の中で一番大きなもの、それは家族の存在だ。両親共働きで祖父母に育てられた私は、その祖父母の反対を押し切って、早稲田に入学、上京した。その時の約束が、「卒業後には帰る」だった。私も家族が大好きだし、特に離れて暮らし始めてから、一緒にいたいと思うようになった。

  私は4月から国家公務員として働く。資格試験を思いたった理由はいくつかある。親族に公務員がいるし、実家に帰る場合、公務員が大きな就職口でもあった。でも、一番の理由は資格取得が自分に合っていたからだ。スポーツでも勉強でも、私のとりえはこつこつできること。それに気付いたことが就職活動での一番の収穫だと思う。

  地元の県庁の採用に落ち、迷いながら官庁訪問を続け、9月に関東全域が勤務先になる整備局と地元の労働局から内々定をいただいた。母親や公務員の従姉に相談し、悩んだ挙句、この進路を選んだ。スケールは小さいかもしれないが、受け入れてくれるところの中で、今自分が一番やりたいことに近い方を選んだのだ。もう1年待って受け直すことも考えたが、最終的に就職を選んだ。やりたいことがあったし、これ以上親に心配をかけたくなかった。

  両親は素直に内定を喜んでくれたが、私はその後の1カ月が一番きつかった。おそらく卒業後すぐに実家に戻れることは、ない。電話や帰省の度に、祖父母は早く戻って来いと言う。両親は気にするなと言う。実家に近いところで働きたいと思っていた分、できない自分が悔しかった。今でも祖父母は、私が毎日「ただいま」と帰ってきて夕飯を一緒に食べ、テレビを見ながら世間話をする時間が来ると信じている。

  きっと、他人から見ればそんなに悩む問題じゃないだろう。でも、就職を控えた今ですら、たまに迷うときがある。私にとって自分の進む路なんて、それこそはっきりしていない。

  ※ 筆者は2005年3月に卒業。原稿は卒業前に執筆。

(2005年5月12日掲載)

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First drafted 2005 May 12.