先輩に乾杯!

仕事を続けながら、世界大会入賞を狙う山岳レースのアスリート
 鏑木 毅 さん


 挫折。筆舌に尽くせぬほどの辛酸を、多くの学生は舐めた経験があるだろう。「悔しさをバネに」とはよく言われるが、夢破れた自分に目を背けず、誰のせいにもせず、挑戦し続けることはどれほど難しいことだろう。だが、世間には少なからずそういう人がいて、着実に歩を進めている。今回はそんな生き方を送る1人の先輩を紹介しよう。


かぶらき・つよし
 1968年群馬県生まれ。桐生高等学校卒。93年、教育学部社会科学専修卒業、群馬県庁に入職。28歳で初参加した山田昇記念杯登山競争大会で優勝。以後、日本最高峰の山岳レース、富士登山競争大会(山頂の部)で2連覇、キナバル山(マレーシア)国際クライマラソン16位(日本人記録タイ)などの好成績を獲得。今年5月に、山岳レースのトレーニング方法を解説した『トレイルランニング入門〜森を走ろう〜』(岩波書店、共著)を上梓。



箱根駅伝の夢破れ、それでも捨て切れなかった走ることへの情熱

 中学、高校と陸上部。箱根駅伝の「エンジの襷(たすき)」に憧れて、2浪の末に早稲田に入学。同時に競走部に入部。目標の定まった生活は充実していた。しかし、浪人時代のブランクを経てのハードな練習で徐々に痛めた腰が、3年時に急激に悪化。相当悩んだ末、「皆に迷惑がかかる」と退部の道を選んだものの、やはり走ることは断念できなかった。「箱根の夢が破れたのなら、今度は長く走れる人生を目指したんです」。陸上同好会に入り、陸上連盟に選手登録。リハビリしながら走ることを続けた。一旦は就活をしたが、「走る時間を確保するなら公務員」と大手企業の内定を辞退し、猛勉強。留年の末、群馬県庁職員に採用された。

  しかし、“公務員=5時に終業”なんて世界は甘い幻想に過ぎず、新しい環境で仕事との両立もままならない。仕事も走る方も中途半端にしたくない。気持ちだけが焦り、いま一歩、足を踏み出せずにいた。

  転機は28歳の時。新聞でたまたま見かけた山岳レースに気軽に参加したところ、いきなり優勝。「岩が転がる未整備の登山道を走るレースには、タイムや他の選手ばかりに気を遣うことなく、自然を相手に挑みかかれる爽快感があるんです」。元来山好きの性格もあってのめり込んだ。

目標は常にできるだけ明確に。悔しさは絶えずポジティブなパワーに!

 階段を一段上るだけで景色が変わることがある。優勝を手にした鏑木さんの場合、その風景はその先に果てしなく続く上り階段だった。もっと上を目指してみたい。以来、生活は一変。オンタイムは仕事に全力投球する一方、昼休みには32階建ての県庁の階段を30分間程度で4往復する。仕事帰りに足繁くジムに通い、休日はとにかく山を駆け回る。「漠然とした目標はくじけやすい。常に目標を明確に掲げていると、やるべきことがはっきりするんですよ」。結果、国内大会で数々の優勝をあげ、昨年は世界大会でも好成績を残した。

  日本で屈指の選手になった今も、「挑戦し続けないと追われるストレスばかり感じちゃう」と、世界の舞台に目を向ける。マイナーなスポーツなため、トレーニング論もまだまだ未開拓の分野。「自分の体で実験した」肉体強化方法を確立することにも最近楽しみを見いだしている。これも階段を上らないと見えなかった景色の一つだ。

  箱根駅伝の挫折のおかげでここまで来たと断言する。「今でもはっきり心に残るあの悔しさをポジティブなパワーに変えることで、メンタルな側面がもともと際立った素質のない僕の体を引っ張って来たんです」。その悔しさは世界の頂点に達しても消えないかもしれない。「それはそれでいいですよ(笑)」。そうやって今も未来を切り拓く男が、いる。

(2005年4月28日掲載)

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First drafted 2005 April 28.