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2004年度後期分 目次





アフリカ・スラム・早大生


 砂ぼこりと排気ガスと、新宿の段ボール街みたいな臭い。「マリファナはいらないか」、「仕事をくれ」と、近づいてくるおじさんたち。所狭しと立ち並ぶ、薄汚れた小さなバラック(小屋)。

  私は昨夏、南アフリカ・ヨハネスブルグの不法居住地区を訪れた。ボランティア先のNGOの仕事で、町でキャンプへの参加者の募集活動を行った。売春・自殺・エイズの蔓延する都市の貧困≠ゥら若者を切り離し、生きるためのスキルを教えるキャンプは、これまで多くの若者の人生の転機となってきたという。

  キャンプはボランティアである私にとっても、素晴らしい体験だった。歯磨き中でさえしゃべり続ける愉快な参加者に囲まれ、伝統文化やブレイクダンスを教わったり。ドイツ人のボランティア仲間と一緒に、7歳の女の子を先生にアフリカ料理を作ってみたり。

  もちろん、考えさせられたこともあった。ヨハネスは危険な街だから、友人や兄弟がギャングに「撃たれた、殺された」と何度も聞いたし、体内に銃弾が残っている参加者もいた。アパルトヘイト後も、黒人と白人の相互不信は根強いことにも気付いた。黒人の参加者は、「白人の住む地区のスーパーに行くと、(万引き防止に)店員がずっとついてくる」と、怒りが収まらない様子だった。また、年も近く仲の良かった同僚が、エイズであることを知った時は、「南ア国民の5人に1人は感染者」というデータが現実としてのしかかり、何とか彼らの力になりたい、と思った。

  日本文化紹介、ケンカの仲裁、参加者の評価、プログラムの盛り上げ役など、仕事は盛りだくさんだった。でも、いつも歌って踊ってる仲間たちのおかげで、楽しく過ごせた。いつかもっと技術や力をつけて、恩返しをしに、アフリカに帰りたい。

(社会科学部3年 step22)

(2005年1月20日掲載)

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First drafted 2005 January 20.



ある法学部生の就職活動


 就職活動を始めたのは年明けだった。私たちは司法試験とロースクール開校の狭間の世代である。3月になってもまだ司法試験の勉強を続けながらの「ながら就活」。スタートが遅れた。就活には刺激を求めていたのか、再び試験に落ちたときの一種の安全弁だったのか。1年留年している私にとってはその両方だったのだろうと思う。

 どんな仕事をしたいのか、どんな人間になりたいのか自分でもイメージがつかめていなかった。就職活動での当初の第一志望は、海外との接点もあり確かなスキルも身に付く商社の法務部。今までの勉強も活かすことができる。そんな折、幸運にも3月にある商社の法務部でインターンをする機会を得た。

 現場では企業法務のダイナミズムを垣間見ることができた。国際的な仕事、大きなプロジェクトの契約交渉、海外ロースクール留学のチャンス。ワクワクする仕事に出会える気がした。

 しかし、OB訪問を重ねるにつれて営業部門で働く先輩の言葉が胸に引っかかる。自分で判断を下せる状況がより多いのは法務部よりも営業ではないか。自分には営業の方が向いているのではないか。スキルばかり求めているのは「逃げ」ではないのか。試験勉強からも方針転換。第一志望群の企業に営業職で内定をもらっている自分がいた。

 先日池袋のある書店で翻訳家の柴田元幸さんらのトークセッションを覗いた。「私の大学生へのアドバイスは目的意識を持ちすぎないこと。学部時代のわずかな勉強で『私の使命はこれ』と思い込んでしまうのはもったいない。この仕事じゃなきゃダメ、というこだわりがないからこそ、面白い仕事にどんどん出会うことができた」という話があった。

 進路を考える際には、自分の適性と他の選択肢を検討した上で改めて考え直すと不思議な発見があるかもしれない。ある特定の本の購入だけを目的に書店に行くと、他の素晴らしい本には目が閉ざされてしまうのと同じように。

(法学部5年 高松 弘樹)

(2005年1月13日掲載)

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First drafted 2005 January 13.



熱い就職活動の終焉〜私の進路選択物語〜


 私の就職活動は大学1年生の時から始まっていたのかもしれない。1年生の夏休みが始まるちょっと前から誰よりも早くインターンシップを始めていた。早く社会へ、早く一人前に、私はとにかく社会へ出る自信が欲しかった。

  1年生の初めから、3年生の春休みまで計7つのインターンシップを経験した。ベンチャー系、保険、商社、IT企業など社会に出てからでは、経験できないほど多彩な分野で現場の雰囲気や仕事を経験してきた。どのインターンシップも朝は早く、毎日こなさなくてはいけない課題が山積で疲れがたまり、気を抜くとついウトウトしてしまう日も多々あった。

  ある会社でインターンシップをやっていた時のことである。まだ、インターンシップという雇用形態の実態をつかめずにいたインターン初心者の頃の失敗談である。私は学生気分で、何かを教わろうと受動的な気持ちでインターンを始めていた。しかし、出社しても誰も仕事を与えてくれようとはしない…。私はひたすらネットを見たり、会社の仕事内容を閲覧している毎日を過ごしていた。この時はこのままインターン期間が終わってしまった。後で気付いたことだが、インターンシップとは、教えてくれる環境ではなく、自ら積極的に行動しなくては、何も得られない環境だということである。

  こうした厳しい環境に身を置いてきたおかげで、心臓に毛が何本も生えるほどの度胸と積極性を身に付けることができたと思う。こうした経験は、まさに「就職活動成功」という栄光への懸け橋となったと思う。私は今後就職活動を控えている後輩たちへ一言伝えたい。就職活動は誰かの真似をするのではなく、自分自身に自信を持って、自分だけの就職スタイルを築いてほしい。

(政治経済学部4年 永田 真郷)

(2004年12月2日掲載)

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First drafted 2004 December 2.



自己実現のための就職活動〜私の進路選択物語〜


 私は現在、商学部の4年生である。昨年、経営コンサルティング業界を第一志望とし、就職活動を開始した。私がコンサルティング業界を志望した理由は2つある。1つ目はアジア太平洋研究科設置科目「ベンチャー企業の創出」で、コンサルティングファーム出身の尊敬すべきベンチャー起業家に出会ったこと。2つ目は官公庁等の「公共性」をもった組織を変革していきたいと思ったからである。12月にインターンシップに参加し、2月に内々定と順風満帆な就職活動だった。

  しかし現在、私は内定を辞退させていただき、公務員試験に向けて勉強している。これは、私にとって「起業」は社会貢献のためのツールにすぎず、また真の価値は、内部からボトムアップの形で生み出されるという意識に基づく。行政・学校法人・病院等にも「顧客志向」が求められている現代において、主役は生活者や消費者であり、そのニーズに最も精通しているのは「現場」で働く公務員であろう。こう考え、今年の夏季休業中にも市役所のインターンシップに参加した。

  私の進路選択に際して最も影響を与えた存在は祖父と父であった。2人とも公務員として働いた後、現在は自営業をしている。これから進路選択をされる方は、ぜひ一度、ご両親と腰をすえてあなたの「夢」について語り合ってほしい。

  内定辞退という決断をするに際して、多くの方々にご迷惑をおかけした。そして、多くの方々に背中を押してもらった。本当に感謝の気持ちでいっぱいである。公務員試験はゼロからのスタートで、合格できる保証もないが、自分の決断を後悔しないため、そしてなにより私を応援してくださる方々のため、一生懸命努力し、挑戦することを約束する。

  早稲田大学には良い意味での「ゆとり」があり、多様な価値観がある。自分の価値観をじっくりみつめ、納得できる進路を皆さんにも見つけてほしい。

(商学部4年 河西 幸生)

(2004年11月25日掲載)

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First drafted 2004 November 25.



幸せな映画〜映画評:「誰も知らない」〜


 「『誰も知らない』どうだった?」と聞かれるのは、とても困る。とても一言二言では語れないからだ。反面、そんな映画は、人の心を豊かにするに違いないとも思う。私が言葉につまるのは、この映画から読み取れる「幸せ」の在り方に途方に暮れてしまうからだ。

  この映画の主役であるシングルマザー一家は、父親の違う四人の子どもがいるにもかかわらず、アパートを借りるため、世間には二人暮し、つまり、子どもは長男以外存在しないことになっている。もちろん全員、学校に行ったことはない。それでも家族がバラバラに引き離されずに一緒にいられるので、子どもたちは幸せに暮らしている。たとえ母親が子どもたちを捨て、新しい恋人のもとへ去ってしまっても、お金が尽きて電気や水道が止められても、コンビニで余った弁当をもらう生活でも。

  彼らの将来を考えると、学校や就職はどうするんだろうなどとつい常識的に見てしまい、暗い気持ちになる。しかし、この映画の題名のように「誰にも知られていない」ことは、私にとっては、飼い慣らされない自由な時間を生きる可能性である。実際、学校に行く子どもたちは万引きをするけれど、彼らはしない。お金もご飯も、最後は葬式も、自分たちで何とかしてしまった。ギリギリの生活の中にひそむこの強さは、「いつか帰ってくるかもしれない」替えのきかない母親を待つ、愛情から来る責任感なのだろうか。

  誰にも知られていないということは一見、大変な不幸であるだろう。しかし、まるで息をするように彼らがしている「誰に言われるわけでもなく、誰に知られるわけでもなく自分でやる」という幸せを、私は忘れて駄目になっていることに気付かされるのだ。そして、こんな幸せが実際に存在したことに、驚きと羨ましさを隠せないのだ。

(教育学部5年 小山 万喜子)

(2004年11月4日掲載)

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First drafted 2004 November 4.



君は「新選組!」を観ているか!?


 毎週日曜午後8時。わが家の大画面液晶テレビはNHKにピタリとチャンネルが合わせられる。勇ましいオーケストラの音楽が流れ、青空に赤地に錦糸で「誠」の字の旗がそよぐ。家族一同トイレを済ませ、お茶を入れ替え用意万端で45分間画面に釘付けである。わが家は大河ドラマ「新選組!」中毒なのだ。父の時代劇好き≠ニ母の美男子好き=A私の三谷幸喜好き≠ェ三位一体となり、はじめて家族が共通の話題を持ったのだ。まさにこの家族、「新選組!」つながりである。

  私は今夏カナダで2カ月間語学留学したため、母に8回分「新選組!」の録画を依頼した。なお、「冬ソナ」の録画は不要だと告げ日本を発った。ロッキー山脈の素晴らしい大自然に圧倒されている最中でも、夜景の美しいヨットハーバーでビールを堪能している最中でも、母から「昨日は山南さんが切腹しました」、「昨日は沖田の体調が悪そうでした」といった浪花節メールを受信し、たびたびカナダライフをインタラプトされた。

  「新選組!」の魅力は何といっても三谷脚本の個性的で爽やかな俳優陣のぶつかり合いであるが、やはり新選組≠ニいう近藤勇率いる浪人武士の吹き溜まりの、一旗挙げたい気負いの雄姿には単純に魅力を覚える。また、混迷した幕末期に日本を想い、理想と自己の野心を持ちせめぎ合いを繰り広げる先人の姿は、「勝てば官軍」的な歴史教科書からは学べないほどの多くの経緯と苦心がうかがい知れる。

  現在、「サザエさん」を観る時間になると、明日の月曜日が憂鬱でたまらなくなる「サザエさん症候群」の国民が多いというが、私は「新選組!」を観ると、翌朝は気持ちよく目覚め、一週間の生活を勢いを持って送ることができる。私の最近の活力源と言えるほど、「新選組!」に夢中なのだ。

(第二文学部3年 堺 満智子)

(2004年10月14日掲載)

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First drafted 2004 October 14.



ブルガリアの子ども、日本の子ども


 「Добро утро(ドブロ ウートロ)!」(おはよう!)。子どもたちがドアを叩きながら叫ぶ。これが私たちの目覚めであった。

 この夏、ヨーグルトで有名なブルガリアでボランティアをした。内容は、子どもと触れ合いながら、孤児院の整備、清掃をするといったもの。孤児院は国営ではあるが、食事は粗末で、衛生面にも問題があった。しかし、町を歩けばジプシー≠ニ呼ばれる、家のない子どもたちが、「お菓子買って!」と寄ってくる。快適とは言い難い孤児院にも、充分に意味があるのだ。

 孤児院には、親がいない子どもや、障害のある子どもたちがいた。彼らはただただ愛情に飢えていた。貧しい中でも多くを望むことはなく、手を握ったり、頭を撫でて抱きしめるだけで、本当に嬉しそうに笑った。毎朝、私たちを叩き起こすのは、単に朝ご飯を一緒に食べたい一心なのだ。食事の時間は、私たちスタッフの取り合いだ。

 何日も同じ服で、黒く汚れた手の子どもを見ると、日本の裕福さを痛感させられた。日本の子ども、いや、大人を含めいったいどれほどの人が日本の豊かさを実感できているだろう。しかし、同時に毎日ご飯を食べ、服を着がえ、教育を受けられる裕福な%本にも、親の愛情が欠乏した子どもたちが多数いる。子どもを虐待する親、子どもにお金やモノを与えればいいと考える親…。そんな環境にいる子どもたちにとって裕福とはどのような意味なのだろう。

 親が子どもの肌に触れ、愛情を注ぐ。ひどく当たり前のようだが、状況の全く違う二つの国で、同じように愛情に飢えた子どもたちがいる。解決すべき問題はたくさんある。これから親になる私たちの課題であるはずだ。

 朝になると、子どもたちの呼び声を思い出す。あの元気な声がずっと続いてほしいと心から願う。

(教育学部3年 渡辺 美帆)

(2004年9月30日掲載)

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First drafted 2004 September 30.