えび茶ゾーン 第1039号〜第1051号(2004年9月30日号〜2005年1月20日号) |
2005年1月20日最近クリエーターの方々が、作品の中で登場する空想上の都市・風景・生物等のあり様・姿を即物的に示すコトバとして「世界観」(哲学上の「世界観」とは全く無関係に)を使い始めている。「象徴界の力の喪失」を象徴するような国語の変化である▼「声色」が死語となり「モノマネ」が通用している。ヒトをモノと取り違えた表現である。ついでに「一本締め」は「三本締め」の三分の一であるはずなのに「一拍締め」になっていると言ったら「理屈を言うな」とどやしつけられたことがある▼解って使っているのならそれでもいいのである。生きた言葉を「正しい日本語」の立場から裁く等というのは似非文化人のすることである(田中克彦『法廷に立つ言語』)。ただ、これらの表現が中央メディアから善意の大衆に向けて放流されているのが気になる。かつて中央政府は、方言を含めた差異のある地域文化を全土にわたって破壊してきたが、次は大衆の批判能力を封じるため、論理を嘲笑する文化の普及につとめているのではないか。ある種の支配が家畜に対するように言葉より暴力を用いてなされつつある世相はこれと無関係ではない▼片仮名英語を羅列しパワーポイントを使って視覚的にプレゼンしさえすれば発言が非論理的でも無内容でも理解してもらえると思っている一部の情緒的なサラリーマン文化も、言葉の欠如に対する鈍感がその背景にある。しかもこのような文化は近時、大学をも席捲しつつある。それが今日の「教養」の在り方だとすれば、これを危機といわずしてなんといおうか。 (A) (2005年1月20日掲載) Copyright (C) 2005 Student Affairs Division, WASEDA University. All rights reserved.First drafted 2005 January 20. |
2005年1月13日西早稲田のキャンパスは、山手線の内側の便利な場所にある。何よりも、書店、劇場、映画館、博物館、美術館などにすぐ足を伸ばせるのが嬉しい。皆さんはこの地の利を、十分活かしているだろうか?▼人文科学系の学生であるなら、こういう場所に足繁く通うのは当然(?)かもしれない。しかし、むしろ社会科学や理系の学生こそ、文化的なものに触れるのは大切だ。以前、欧米の主要都市で暮らした。東京よりはずっと小規模な街だが、ひととおりの美術館や劇場は揃っている。そこでは多くの大学生が、大学で勉強するものとは全く関係が無くとも、比較的安い入場料で見られるオペラや演劇、コンサートに気軽に通い、それを大いに自分の糧としているようだった▼ひるがえって早稲田の学生たちに聞くと、劇場やコンサートホールに足を運んだことのない人の多さに驚く。東京はあまりに文化的なイベントの数が多すぎて、選択を難しくしているのかもしれない。入場料が学生にとってはちょっと高いのかもしれない。芸術の占める社会的位置が、日本と欧米ではずいぶん違い、一部の愛好家以外の人たちにとって敷居を高くしているのかもしれない。それでも、東京という文化的に濃密な場所で4年間の大学生活を送っていて、何も見聞しなかったというのでは心許ない▼「国際化」、「グローバル化」が現実化している今日、皆さんが卒業して「国際的な」場面に立ったとき、専門だけでなく文化的素養を十分身に付けた人たちを相手にしなければならないのだから。 (さ) (2005年1月13日掲載) Copyright (C) 2005 Student Affairs Division, WASEDA University. All rights reserved.First drafted 2005 January 13. |
2004年12月16日韓流ブームだという。外国人スター人気はこれまでもあったが、今回はヨン様だけでなく韓国文化や言語にまで流行が広がっている。外国語といえば英語という風潮が変わりつつあるのかもしれない。確かに世界共通語たる英語は、コミュニケーションの道具として当然必要だ。だが英語以外の言語が、これまでないがしろにされすぎてきた▼かつて、複数の言語が公用語のベルギーをよく訪れた。車で数分も走ると、景色は大して変わらないのに、人々の話す言語がどんどん変わる。新鮮な体験だったが、それぞれの言葉が使えればもっと話ができるのに、と歯痒かった。互いにとっての外国語では、十分な交流ができないと感じたのだ▼各言語には、特有の微妙なニュアンスの表現が存在する。日本語でも、「雨が降ってるよ」と「雨が降ってるね」では全く異なるニュアンスになる。こういった点を知っていれば、気持ちの機微や繊細なニュアンスが伝わり、より深い交流ができる▼大学教育では依然、英語を強調する風潮があるが、自らの専門領域に関わる地域の言語の学習がもっと推奨されてもよいはずだ。言葉を知ってこそ、その地域の深い専門知識の取得が可能になるからだ。また、英語中心主義から脱却し、より広い視野で国、言葉、文化を見ることこそ、真の国際人への道ではなかろうか▼ところで先般「留学生より日本語ができない学生が相当数いる」と話題になった。語学力はコミュニケーションの基礎である。日本語もおろそかにすべきでないのは言うまでもない。 (漢) (2004年12月16日掲載) Copyright (C) Student Affairs Division, WASEDA University. 2004 All rights reserved.First drafted 2004 December 16. |
2004年12月9日最近明治通りが騒がしい。それは地下鉄13号線の工事が原因なのだが、深夜になると目映いばかりの工事灯のもと路面下の大掘削が始まり、明け方には何事もなかったかのようにきれいに復旧。それを毎晩繰り返しているのだ。とにかく毎晩施工と復旧を繰り返す労力には頭が下がる▼しかし実際に歩行者、またはドライバーの一員として通行するときには正直うんざりさせられる。明らかに非合理な歩き方を強いられる迂回道や、歩いた方が確実に早かろうと思う大渋滞に▼最近は明治通り嫌いになり、ついつい別ルートを選んでしまう。しかしこれが新鮮で、普段なら立ち寄ることのない路地や公園、そしてお店に出会うことが多くなった。さまざまな発見を愉しむ反面、いかに自分が都市のごく一部としか接していなかったかを思い知らされる▼小泉内閣の都市再生政策は、今後とも多くの「工事中」を生むだろう。東京では日本橋に覆い被さっている首都高を地下に埋設し、かつての日本橋を復活させようとする計画も検討されていると聞く。高架による都市分断の解消等が目的とのことであるが、工事中のイライラ続きは当面解消されないだろう▼おそらく東京はいつまでたっても工事中だ。都市は完成することなく何かが絶えず老朽化し、問題を抱え、それを解決する更新がなされ続ける。いちいちそれにイライラしていても仕方がないので、それとうまく付き合う方法を考え、むしろ利用してみてはどうだろうか。「不自由さ」は人を自由にする契機と考えた方が建設的だ。 (智) (2004年12月9日掲載) Copyright (C) Student Affairs Division, WASEDA University. 2004 All rights reserved.First drafted 2004 December 9. |
2004年12月2日親のつぶやきを聞け▼「教育は投資である」と言われる。親が自分の子の教育にお金をかけることは当然のことと考えられている。ある友人のビジネスマン曰く、「投資にはリスクとリターンが伴うもの。それらは投資した者が負うし得るべきものだ。しかるに自分の子に対する教育への投資はどうなっているか。投資者である親が得るべきリターンとは何なのか。リターンは子がもっぱら受け、リスクは親がもっぱら負っているのではないのか。これを普通は投資とは呼ばない」▼「教育は投資である」は、「教育は親の無償の愛である」と言い替えるべきか。「愛」であるならば、リスクを負うことにも見返りのないことにも何ら苦痛を感ずることも悩むこともあってはならないと言えるかもしれない。それは純粋な義務ですらあろう。しかし、「愛は相思相愛でありたいものよ」と望むこと、加えて、親の愛にしてもそれを表現する教育費は巨額に過ぎないかと問うこと、これらは邪なことだろうか。「教育は投資である」は、愛に懐疑的になった親への欺瞞的な答えなのか▼世の親は、子の将来が豊かになることだけを願っているのでもなく、況や現金で投資を回収しようとしているのでもなかろう。「教育は投資」も「教育は親の愛」も、親の自己満足という問われることなき前提である砂上に建つ楼閣であろうか▼投資と愛の対象である学生諸君には意気高くモラル高く自覚的に高等教育の場を過ごしてほしい。また、その自覚を促すシステム考案の必要もあろう。 (H・M) (2004年12月2日掲載) Copyright (C) Student Affairs Division, WASEDA University. 2004 All rights reserved.First drafted 2004 December 2. |
2004年11月25日韓国のテレビドラマや映画が今「韓流」ともてはやされ日本で物凄い人気である。特に「冬のソナタ」の主人公を演じたぺ・ヨンジュン人気はこの夏「ヨン様」現象として、日本国中を席巻した▼韓国映画は90年代半ばから「風の丘を越えて」、「シュリ」など日本でも評判となったが、ここ数年の加熱ぶりは異常とさえいえる。2、30年前の日韓文化交流の貧弱さを思うと、「時代は変わった」と感じざるを得ない▼76年に初めて韓国を訪ねた。軍事政権下での厳しい入国審査、乗合バスの中での銃剣による検問など、かなりの緊張も強いられた。が、一歩郊外に出ると、澄み切った青空の下に長閑な田園風景が広がり、そこには明るく生き生きと暮らす人々の姿があった▼しかし、当時日本では韓国政治の強権さばかりが報道され、「韓国=怖い国」というイメージが浸透していた。人々の生活が見えず、韓国はまさに遠い国であった。「韓国は結構いいよ」と言ってもなかなか信じてもらえなかった▼それが、今この「韓流」、「ヨン様」ブームである。現在、韓国を訪れる日本人観光客は年間二百万人をはるかに超えている。韓国というと焼肉とキムチしか頭にない日本の若者が多いのも寂しいが、韓国は今や確実に近い国になった。今日の日韓交流の盛り上がりを素直に喜びたい▼そこで最後に韓国映画を一つお勧めしたい。カク・ジェヨン監督の「ラブストーリー(原題=クラシック)」。親子二代にわたる恋愛を描いた作品で、韓国の田園風景が美しく、心に沁み入る音楽がまたいい。 (去牛) (2004年11月25日掲載) Copyright (C) Student Affairs Division, WASEDA University. 2004 All rights reserved.First drafted 2004 November 25. |
2004年11月18日ニート(NEET; Not in Education, Employ-ment or Training)と呼ばれる若者が増えているという。職探しもせず、働く意欲を喪失した者という意味らしい。政府はこの流れを転換しようと必死だ▼でも、私の周りの若者たちは決して無気力ではない。むしろ仕事を獲得しようと努力しているのに報われない。そのうえ世間は彼らをきわめて劣悪に処遇している。学生アルバイトはその典型である。そこでは労働法はほとんど守られず、無法地帯に近い▼塾の教師をしているが、あまりにひどい処遇なので辞めたいと言ったところ、「お前が出て行ったらその穴埋めはどうする。新しいアルバイトを紹介しないかぎり辞めさせないぞ」と脅されたという学生がいた。「退職の自由」が通用しない世界らしい。これでは近代以前の「強制労働」だ▼最近の判決を読んで、腰が抜けるほど驚いた(ユーロピアノ事件・東京地裁平成14年12月25日判決)。「研修生」という名前で、6カ月間は無給、2年以内に正社員として採用するという契約を結んで働いていた音大生が、いじめに会い40日後に退職し、その間の賃金等を請求したケースについて、裁判所は、「賃金について合意がないから、これは労働契約ではない」として、その請求を棄却したのだ▼若者はこうやってだまされて、最低賃金すらもらえないでいる。裁判所はこれを認めている。なんという無法地帯か。だったら、みんなでNEETになってやるぞ、という若者の反乱が起きても仕方がないではないか。 (A.M.) (2004年11月18日掲載) Copyright (C) Student Affairs Division, WASEDA University. 2004 All rights reserved.First drafted 2004 November 18. |
2004年11月11日英国の地方に住む友人夫妻の家を訪ねたら、中型と小型の二匹の犬をあずかっていた。夫の方が小型犬を「マイクロウェーヴァブル」とからかっていた。「電子レンジに入るくらい小さい」という意味らしい。面白い表現で印象に残った。彼は大型犬が好きなのだろう▼英国では、広々とした野原や公園をゆったりと人と犬が散歩している。犬へのしつけも行き届いている▼ペット・ブームのわが国では、ペット犬が小型化しているように思われる。都市化が進むにつれ、大きな犬を走らせたり、歩かせたりする野原や道路がより少なくなったせいだろう。おまけに車も多いし、犬を散歩に連れ出しても苦労が多い。店にも入れないし、ホテルなどにもまだ、なかなか泊めてもらえない。おかげでわが家の小型犬は部屋の中で寝てばかりだ▼面積も人口も経済力もわが国より小さい英国は、ため息が出るほど自然や空間が豊かである。山地の多い日本に較べて、なだらかな丘陵地帯の多いためでもある。だが地形のせいだけではないだろう。有名な「ナショナル・トラスト」の活動に象徴されるように、この国の人々は自然や伝統の空間を保存する努力を積み重ねてきた。居住空間の豊かさを何よりも大切に考えてきたからだろう▼都心はいまマンション・ラッシュである。確かに都会は密集しているからこそ、この上なく便利である。だが、この利便性を多少、減らしてでも、暮らしている人と犬がたまにはゆっくり散歩できるような空間と緑のある街づくりが今からでもできないものだろうか。 (T・E) (2004年11月11日掲載) Copyright (C) Student Affairs Division, WASEDA University. 2004 All rights reserved.First drafted 2004 November 11. |
2004年11月4日皆さんは「ボイルド・フロッグ(茹で蛙)」を知っているだろうか。鍋の中に生きた蛙と水を入れておき、これをとろ火でとろとろと熱を加えていくと、蛙はすいすいと気持ちよく泳ぎ回っている間に鍋の中で茹で上がって「茹で蛙」になってしまう話である。組織が硬直化していると、外のビジネス環境が徐々に変わり厳しくなっているのに気付かずにやがて組織自身が死んでしまう例えである。ところが、熱い湯の中に蛙を投げ入れると、蛙は飛び出してきて茹で上がらないという話もある。環境の変化に気付き対応できれば死なずにすむということだ▼日本では長い間、繁栄を享受した会社や、権威を振りかざしていた組織が、昨今の世の中の変化に対応できず崩壊してきた。日本国内でバブル前後から、悲劇的なことが実際に起きたのは記憶に新しい。一方、環境の変化を感じて変革に成功した会社や組織はより強力となって生き生きと活動している。我々の大学は環境の変化に即してダイナミックに変わってきたか。国立大学は独立法人化という熱い湯を浴び、大変革をしようと必死になっている。私立大学はいつでも変えられるという状況にあったにもかかわらず、多くの大学は変えることができず、厳しい状態に追い込まれている▼早稲田大学は最も変わろうとしている大学のトップとしてマスコミに取り上げられてきた。本当のところどうだろう。「茹で蛙」にはならないように世の中のことを正確に察知して対応できる、行動を起こせる組織と個人になろう。 (SG) (2004年11月4日掲載) Copyright (C) Student Affairs Division, WASEDA University. 2004 All rights reserved.First drafted 2004 November 4. |
2004年10月28日このところ、アメリカのプロ野球選手、マリナーズのイチローとヤンキースの松井が大いにマスコミを賑わせている。この十数年来、野球に興味を失いかけていた私も、スポーツ誌やインターネットなどを通じて、その活躍を興奮して眺めている▼こうした有名人とは別に“普通”の日本人が海外で活躍している例も少なくない。しかし、残念ながら報道が十分になされているとは言いがたい現状である。特に、青年海外協力隊などで、世界の辺境の地に赴任して奮闘している若者についての報道がさほど多くないのは、遺憾の極みである。私の勤務する箇所では、海外で日本語教育の経験を積んだ人たちが入学したり、修士課程の修了生たちが海外に飛び立ったりしている。今後、こういうケースは多くなりこそすれ、少なくはならないであろう▼実を言えば、私も今から二十数年ほど前に中国に日本語を教えに行ったことを契機として、日本語教育に従事することになった人間である。当時、中国は「文化大革命」が終わったばかりの頃で、特殊な緊張感から解放され、教室にも街頭にも、安堵を伴った伸びやかさが感じられる時期であった。外国に滞在して教育を行う醍醐味みたいなものを味わせてもらった、と今もありがたく思っている▼くだんの野球選手のように派手な活躍はしなくてもいいが、日本の若者たちには、広く海外に出て、自分を鍛えてほしいと思っている。また同時に、海外から多くの学生が早稲田に来て、日本のことを知ってくれることを祈っている。 (Y.S) (2004年10月28日掲載) Copyright (C) Student Affairs Division, WASEDA University. 2004 All rights reserved.First drafted 2004 October 28. |
2004年10月14日仕事でよく海外に行く。長年関わっている国際標準化会議に出席するためだ。ここ十五年ぐらいの間にずいぶんあちこちの国や地域に行ってきた。もちろん遊びではないので、会議開始の前日に現地入りし、会議終了の翌日ないしはその夜に現地を発つという最短スケジュールだ。新しい町に行っても、空港とホテルと会議場のみしか訪れない。そしていつも時差に悩まされている▼一般に西行きは楽で、東行きは厳しいとされる。実感として確かにある。西行きの場合の適応方法は宵っ張りの朝寝ぼうでいけるからであり、東行きの場合は超早寝と超早起きを強いられるためであろう▼しかしどうしようもないのは完全に昼夜が逆転してしまうアメリカ東海岸だ。ここで会議があるときは行く前からひどく憂鬱になり、実際、行ってからひどい目に会う。ここには西行き東行き理論は一切適用できない。というような訳で、中国、韓国、東南アジアやオーストラリアで会議があると、なんとなく安心し、会議参加へのストレスも少ないように感じる▼しかしいずれにせよ、狭い機内とエコノミーの狭いシートからは開放されない。電話会議やテレビ会議システムを利用すればと思うかも知れないが、ヨーロッパ、アメリカ、日本間で会議をすると、誰かがやはり真夜中に起きていなくてはならないし、効率もフェイストゥフェイスにはかなわない▼真偽は不明だが、多量の時差体験は寿命を縮めるともいう。何かいい方法はないものかと、いつも成田エクスプレスの車内で考えるのである。 (W・K) (2004年10月14日掲載) Copyright (C) Student Affairs Division, WASEDA University. 2004 All rights reserved.First drafted 2004 October 14. |
2004年10月7日夏休みには、毎年、近所の小学校の校庭で早朝ラジオ体操が行われる。早朝から小学生のお孫さんに手を引かれて参加するお年寄りも交えて健康的な一日の始まりである▼毎年変わりなく行われてきた行事だが、今年は校門にこれまで見たことのない看板が掛けられているのが目にとまった。「ペットは校庭に入れないでください」という断り書きである。犬の散歩を兼ねて体操に参加する人が増え、フン害など実害が目に余るようになったのだろうか? ▼ヨーロッパのベルギーやオランダは犬を飼う家庭が多いと聞く。電車の切符の自動券売機に犬を同乗させるための切符がちゃんと用意されていたり、高級レストランの店内に愛犬を連れ込み、ご主人がゆっくりと食事をする間、テーブルの脇でおとなしく待機している様子も目の当たりにした。幼い子供を高級レストランに同伴しようとすれば断られるのに、犬は堂々と入れるあたりに、この国における犬の社会的地位の高さが表れている。しかし、これは社会に適応させるためのしつけやマナーの徹底があればこそ、成り立つことである▼オランダやベルギーでは、犬は室内で飼っているため、用を足させるために一日に四回も散歩に連れ出すそうで、道にはフンがそのまま放置されていることも少なくないと住んでいる方がこぼしていた。どの国も完璧とは言えないようである。東京でもペットブームが近隣社会に及ぼす影響は拡大しており、犬のマナーが社会問題化する日が近づいている予感がする。 (絃) (2004年10月7日掲載) Copyright (C) Student Affairs Division, WASEDA University. 2004 All rights reserved.First drafted 2004 October 7. |
2004年9月30日あるアメリカ人による日本紹介文の中に、「〈ハツモノ〉という概念は食べ物に対する日本人の姿勢を表す鍵である」というくだりがあった。子どもの頃、〈ハツモノ〉が食卓にのぼると、「初物を食べると七十五日長生きする」とか、「初物を食べるときは東を向いて笑いながら食べろ」といった決まり文句が繰り返されたのは、そうすることで、初物を食していることを確認していたのだと思う▼今では蜜柑は年中あって、秋の初物として愛でることはなくなったが、昔、運動会の頃に食べる初物の蜜柑は、緑色で酸っぱくて、その時期にしかない独特の香りと風味があった。それはちょうど、金木犀が満開になる季節と重なっていて、今でも金木犀の甘い香りをかぐと、あの蜜柑の香りが反射的に立ちのぼってくる▼三号館の入り口脇に植えられた二本の大きな金木犀を見ながら、今はもう退職された中国人の先生が、中国でよくこの花のお茶を作ったと話してくださった。中国原産のこの木をめぐってどのような思い出をお持ちだったのだろうか。夜、新聞を地面に置いておくと、その上に花が落ちるから、それを乾燥させてお茶に入れると美味しいと教わったのだが実行したことはない▼数年前、この花の前を通りがかったとき、思わず「あ、金木犀」と、横を歩いていた学生に言ったら、すかさず、「あ、トイレの匂い」と返されたことがある。冗談を言っているのかと思って、その学生の顔をよく見たら、大真面目だったので、もっと驚いたことだった。 (M) (2004年9月30日掲載) Copyright (C) Student Affairs Division, WASEDA University. 2004 All rights reserved.First drafted 2004 September 30. |