とっておきの話 |
ソウルで聞いた話
日本語教育研究科教授 川上 郁雄 9月はじめに韓国・ソウルへ行く機会があった。慶煕大学校大学院に留学し韓国語教育を勉強しているKさんに市内を案内してもらった。写真はKさんにソウル市内の景福宮で撮ってもらったものである。 ソウルでは、さまざまな人と出会った。今から50年以上前、朝鮮半島がふたつの国に分断された時、社会主義化した北から南へ逃れてきた人に会った。そのような人は大勢いる。単身で海外に出て働く機会があり、その時、祖国の政治体制に疑問を抱き、妻や子どもを北に残したまま南に来たという男性もいた。50年たっても、北の墓参りもできないと話す人もいた。近年は、中国を経由して北朝鮮から韓国へ来る人々が大勢いる。その場合も、家族や親族を北に残している場合がほとんどであるという。 政治的イデオロギーや紛争、災害などが要因となり、祖国を脱出し他国へ移動する人々は世界中にいる。国際社会はそれらの人々を「難民」、「避難民」、「亡命者」などと呼ぶが、共通するのは彼らが「分散家族」であるという点である。脱出する理由はさまざまだが、「分散家族」に共通する特徴は、祖国や他の国にいる家族への想いであり、すぐに会うことができない心痛である。今後、世界中でますます増えると予想される分散家族の心情や不安感を、私はソウルで感じた。 市内を案内してくれたKさんが彼氏を紹介してくれた。ソウルで日本語を教えている時、彼女のクラスにきた韓国人の彼と出会ったのだという。しかし、彼は今、日本の大学に留学しており普段は会えない。日本人のKさんが韓国で大学院を修了するまで、また韓国人の彼が日本の大学を卒業するまで、「越境の恋」は続くのであろう。つかの間の時間をいとおしむように、若いふたりはソウルの街に消えていった。21世紀のトランスナショナルな人口移動は、人々の心を不安にするようにさえ見える。同時に、だからこそ「越境する時代」の人々は心を深く結びつけようとするかのようでもある。 次は、国際教養学部の榊原理智先生にバトンタッチします。 (2004年11月11日掲載) Copyright (C) Student Affairs Division, WASEDA University. 2004 All rights reserved.First drafted 2004 November 11. |