早稲田ってどォ?

最先端と停滞
 学習院大学法学部3年 金子 龍司


通学に利用する都電荒川線の早稲田駅前にて
通学に利用する都電荒川線の早稲田駅前にて

 この春より、毎週月曜日は早稲田大学に通っている。通学は決まって都電。学習院、目白の丘の麓の停車駅から利用することが多い。

 当初早稲田大学では、人の多さにただただ圧倒されていた。きちんと次の授業の教室を頭に入れて動かなければ、人の波に流されてしまう。その波を形作るのは、老若男女、洋の東西を問わないさまざまな人たちである。

 聞けば、早稲田大学は日本における最先端の学術研究機関であるそうだ。図書館ではその書庫までも人がひっきりなしに出入りを繰り返している。机に山のように図書をひろげ、晴れ渡る空を横目に研究にふける人たち。窓の外にはその鮮やかな晴天の下で「波」を形作る無数の人々。

 人の波にも、近頃やっと慣れてきた。そして授業の空き時間には、図書館や演博でわが物顔をして文献に目を通す癖もついてきた。

 私自身も、時には「波」をつくりながら、時には研究者気取りで、忙しく月曜日の早稲田の時間を過ごしている。

 目白にある、緑深き学習院は人影もまばらである。木陰のベンチに佇むカップル、いつの間にやらキャンパスに棲みついた子猫と戯れる労務員。物騒な立て看板も目につかず、穏やかな時が流れる。いや、流れるというよりは、むしろ時が停まっているといった方が適切かもしれない。まるで華族皇族の教育機関としての、かつての華やかなりし頃の面影を今に伝えるかのように。

 最先端にあるということは、停滞を許されずそれが大きなプレッシャーとなるのであろうか。早稲田においては、常に忙しく、慌しく、そして目まぐるしく時間がめぐっている気がする。さもなければ早稲田自身が自らに停滞を許さないのか。ともあれ、そんな気風を感じる。

 早稲田帰りに再び都電に乗り、「チンチン」という発車の音を聞くと、ふと言い知れぬ安堵感に包まれる。そして私は、都電もまた交通戦争の戦火をくぐりながら旧き良き時代を今に伝える存在であることに気付く。

(2004年7月15日掲載)

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First drafted 2004 July 15.