先輩に乾杯! |
早稲田といえば演劇 …劇団「InnocentSphere」主宰・脚本家
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にしもり・ひでゆき
1977年10月東京都生まれ。早稲田中学・高校を経て、1996年4月早稲田大学法学部に入学。「InnocentSphere」の前身を中学時代に立ち上げた。当時から一緒のメンバーたちが劇団の中核をなす。2001年3月同学部卒業。同年4月第一文学部に学士入学。2003年3月卒業。劇団主宰の傍ら私立高校の国語の非常勤講師や予備校講師を続ける。2003年4月「パルテノン多摩小劇場フェスティバル」において「渾沌鶏 マロカレタルトリ−EXILE’03−」で最優秀賞他3賞受賞。同年本学「学生文化賞」受賞。代表作に「Zion−目覚めよと呼ぶ声がきこえ」「地霊−Genius Loci−ゲニウスロキ」他。次回公演は7月14日〜19日「クリシュタン・マナス」 身体表現としての演劇を教育分野で活用するワークショップも積極的に開催し好評を得ている。次回のワークショップは4月23日から25日まで。 【URL】http://www.innocentsphere.com |
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「芝居をしたくて早稲田を目指す」という伝統は今でも生きていて、本学を拠点に活動する劇団は質量ともに他大学を圧倒し続けている。同時に先輩諸氏も、伝統と格式の梨園の御曹司から極小劇団の演劇青年にいたるまで幅広く、早稲田演劇人としての志も熱く深い。
終身雇用制度が崩壊し、大企業への就職でさえ将来への身分保障とならない時代。若年層雇用も厳しい状況が続く中で、「どうしてもしたいことを生業としたい」と思う人は確実に増えている。今回はそんな読者の背中を押してくれる先輩の登場だ。
将来の劇団経営も考えて法学部へ進学し、かつ教職まで取って5年で卒業。一般的な芝居青年から見れば「超」マトモな学生生活。親の期待に自分なりに応えたかったのも事実。でも結局は、「ホントは文学部や教育学部に行きたかった」と文学部に学士入学。ここでもまた教職を取る。それが、高校の国語の非常勤講師や予備校講師へ繋がった。でも「基本は芝居」は、はずさない。本公演の時だけ休み、目いっぱい授業もあり、「1・2・3・5限と授業。4限に車を飛ばしてリハのナオシの指示だけして教室に戻るなんてことも…」それでも、生徒からも劇団員からも変わらぬ支持を得て二足のわらじをはき続ける。
「就職をせず、芝居を続ける」という決心には、家族親戚一同大反対。殊に、共働きの両親の親代わりを自任していた祖父はショックのあまり病床に。「堅実に生きてきた祖父にとって最愛の孫がヤクザな芝居の世界に進むなんて、信じられない裏切りと感じたのでしょう。祖父が丹精込めていた庭が、アッという間に荒れ果てた時は僕も心が痛みました」。
好きな道へ進むことは、愛する者を深く傷つけたり、時には捨て去る覚悟も必要だ。それでも、持続するエネルギーが日々求められるのが芝居。「自分で決断した道だから、追われ続けて大変でも毎日がスゴク楽しい!」
「僕の脚本が認められたり、賞を取ったりするようになって、近頃祖父は裏庭に見事な花畑を作りました。やっと祖父が理解してくれました」
「小劇場受けする芝居だけを続けていたのでは商品価値は高まらない。商業演劇しか見ないような客層が共感できるエンターテイメント性も必要です。小劇場と商業演劇との橋渡しをしていきたい。目標とする劇場は渋谷のシアターコクーン。ここに出るには集客力はもちろん、個性的な脚本が要求されます。丹念な芝居作りとリアルな感情の表出がイノセントスフィアの真骨頂。高校から数えて10年、再編成から8年、まるで家族みたいに仲の良い劇団です。早く劇団を法人化し、かなりシビアな世界ですが、団員のプロモーションも自前でできれば最高です」
ユニークな脚本を生み出し、高感度な俳優陣をその気にさせ、高い志のタフな制作スタッフを育てる…大変なことを実に楽しそうに続けていく西森英行氏。伝統の早稲田演劇のフロントランナーとして日本演劇界に新たな伝説を残していくだろう。
(2004年4月22日掲載)
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