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2003年度後期分 目次


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『発想する会社!』トム・ケリー、ジョナサン・リットマン 著 鈴木 主税、秀岡 尚子 訳
早川書房 2002年7月発行 価格本体2,500円+税

<評者>
木村 達也
アジア太平洋研究科
客員助教授(専任扱い)
(きむら・たつや)
1958年生まれ
2003年4月嘱任
担当科目:マーケティング、マーケティング・マネジメント
チームで創造性を生み出す

 本書で紹介されているIDEOはプロダクト・デザインを行う会社であり、製品開発のアイデア作りから完成品までのプロセス全体を対象にしている。扱う領域は狭義のデザインにとどまらず、われわれの生活や仕事をより快適、効率的にする数々のコンセプトワークやコンサルティングを手がけている。この本を読めば、われわれの周りにも彼らの手になる製品があることに気付くかもしれない。

 彼らの取り組み方はユニークだ。個人の創造性を最大限に引き出すのはもちろん、それ以上にチームワークの力を信じ、プロジェクトを中心にグループが次々と立ち上がる。すべてのプロジェクトはチームによって進められる。年齢や職位などではなく能力とクリエイティビティが評価され、互いに尊敬しあっている。チームに堅苦しさは微塵もなく、全員がジョークを飛ばし、時にふざけあい、大いに遊びながらも猛烈な勢いで仕事が進められる。必要とあればいつでもアイデアを求めてフィールドへ飛び出していく。

 すばらしいプロジェクトや製品はすばらしいチームから生まれるものだ。6年足らずの間に400もの特許品を製作し、数々のイノベーションを創造したエジソンも14人からなるチームの助けを借りて成し遂げた。ミケランジェロでさえ、一団の職人たちの協力がなければシスティナ礼拝堂の壁に絵を完成させることはできなかった。この本には、何か映画作りにも似た感覚と疾走感で、チームをもとにプロジェクトを進める方法が描かれている。

 大学のゼミやサークル活動・。君たちの周りにも取り組むべきプロジェクトはいっぱいあるだろう。本書は、仕事だけでなく、あらゆるチームが新たなアイデアを生み、形にしていくためのヒントを与えてくれる。

(2004年1月8日掲載)

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『石橋湛山評論集』 松尾 尊兌 編
岩波文庫 1984年1月発行 価格本体660円+税

<評者>
松園  伸
文学部教授
(まつぞの・しん)
1960年生まれ
1997年4月嘱任
専攻:イギリス近現代史
担当科目:西洋史学演習、歴史・民俗系演習
「平和主義」の変わらぬ伴侶として

 石橋湛山(1884・1973)は言うまでもなく本学出身の最初の首相である。また湛山は1907年早稲田大学文学部哲学科を卒業後、東洋経済新報社に入り、大正および昭和初期において徹底した自由主義の論陣を張った硬骨のジャーナリストとして知られている。婦人の社会進出と参政権への支持(1924年)、地方分権主義の主張(同)、共産主義者弾圧政策への批判(1928年)などは当時の政治状況を考えるならば瞠目すべきものであろう。しかしジャーナリスト湛山の面目を躍如とさせているのはやはり徹底した個人主義に基づく平和思想である。かねてから湛山は日本の植民地主義を激しく攻撃していたが、1931年満州事変が起こるや、この出兵がひいては中国「全国民を敵に廻し、引いて世界列国を敵に廻し、なお我が国はこの取引に利益があろうか」と主張し、むしろ中国の独立に協力することこそが日本のとる道であると断じたのである。

 評者は、本書が刊行されてすぐこれを読んだのであるが、当時米ソ両国が果てしない軍拡競争を続け地域紛争を激化していたのを見て、湛山の平和思想がなんら色褪せていないことを感じた。そして、今である。私がこの原稿を書いている折も折、外務省奥、井ノ上両氏のイラクでの悲報を聞いたのである。この混迷する国際政治状況において、「一切を棄つるの覚悟」を持ちあらゆる植民地支配からわが国が手を引くことを訴えた湛山の評論活動は、われわれが平和主義を考える際のよき伴侶と考えられる。

(2003年12月11日掲載)

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『三つの小さな王国』 スティーヴン・ミルハウザー 著 柴田 元幸 訳
白水社 1998年4月発行 価格本体2000円+税

<評者>
六田 英治
材料技術研究所
客員助教授(専任扱い)
(ろくた・えいじ)
1967年生まれ
2003年10月嘱任
担当科目:物理学A(応用物理学)
孤独な頑張り屋さんに贈る1冊

 本書は三つの中篇小説からなる。巻頭の「フランクリン・ペインの小さな王国」は、中年新聞漫画家が、本職ではないアニメーション漫画の製作に加速度的に打ち込んでいく姿を描く。セルロイドの背景を用いず、ライスペーパー1枚1枚を丹念に仕上げていく手間のかかる手法を貫き、自分の精力の大半をアニメ製作に注ぎ込む。しかし、周りは必ずしも彼の情熱を歓迎しない。新聞社の上司からは仕事の質が落ちたと失望の旨を告げられ、愛していた妻は彼の友人のもとに行ってしまう。アニメ製作が進む中、顕在化しない喪失感にとらわれる彼は、唯一、残った娘と普通の生活を送り、やがて2万枚の大作を完成させる。娘と二人きりの試写会、ラッシュフィルムも終盤に差し掛かり、なんと、そこに彼から離れていった面々が現れる。上映後、彼らは無言で拍手する。拍手はやがて轟音となる。主人公フランクリンに、今まで抑えていたものが一気にあふれてくる。「どうかそんなに、そんなに」。感謝の涙が止まらない。

 最後の場面は主人公の幻想と解釈しており、必ずしもハッピーエンドでないと思う。けれど、不思議と読後爽やかである。それは、多くを失いかけていた主人公が、誰かに認められ理解してもらうことでどれほど幸福な気持ちになれるか気付いたことを、最後の最後に見届けたことによると思う。いわば、本作は、J.フランクリン・ペインの喪失と再生の話である。ともすると、僕らは、「分かってもらわなくてもいいや」と相互理解を投げたくなるときがある。実際、そうして、適度な孤独や孤高感を楽しめるときもある。でも、誰かに理解してもらうことは、単純に素晴らしい。そのことを再認識させてもらえる佳作である。

(2003年12月4日掲載)

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『大 地』(全4巻) パール・バック 著 新居 格、中野 好夫 訳
新潮文庫 1953年12月発行 価格本体590円+税 ※発行年月、価格は1巻の情報

<評者>
平林 宣和
政治経済学部助教授
(ひらばやし・のりかず)
1966年生まれ
2003年4月嘱任
担当科目:中国語、地域文化論、教養演習(中国演劇)
「大地」へのいざない

 学部生だった頃、留学中も含めて中国大陸を何度か旅した。巡った街や旧蹟のほか、何より印象深かったのはその間の移動である。車中の旅は時に2泊3日にも及ぶが、窓外の菜の花畑が一夜明けても変わらず続いているのを見て、あきれながらも妙に開放的な気分になったことを今も鮮やかに思い出す。移動はあくまで線だが、大陸の茫漠とした面としての広がりも、いつしか脳裏に刻まれていったのである。帰国後にそうした記憶を呼び覚ましてくれたのは、パール・バックの『大地』だった。

 文庫本4冊、計千数百頁と決して短くはないが、それをかなりの勢いで読破したように記憶している。波乱に富む中国の近現代史を背景に、小作農だった王龍の一族が辿る紆余曲折が描かれ、その舞台は農村から大都会、さらにアメリカに飛んだりもする。しかし不思議なことに、一族の故郷の周りに広がる大地のイメージは読む者の脳裏から片時も消え去ることがない。

 無論この大地は単なる地理的な広がり以上の意味を持つ。旅のさなかに見かけた畑の傍らの土饅頭、すなわちその土地に暮らす人々の墳墓は、王龍の妻阿蘭の死の場面にも重々しい存在感をもって登場している。それは土地に染みついた彼ら中国人の記憶の象徴でもある。パール・バックは、この作品を発表する1931年までの人生のほとんどを中国大陸で過ごしているが、その大地に密着した生活の中で、彼らの土地と記憶の在り方を肌で感じ取っていたのだろう。それには遠く及ばないが、筆者もまた旅と文学とに助けられて、その在り方を幾分かは共有できるようになったと思う。毎日自宅と大学の間を何となく往復し、その世界の狭さにうんざりしている人には、特に読んでほしい作品である。

(2003年11月20日掲載)

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『証言・日本人の過ち ハンセン病を生きて―森元美代治・美恵子は語る』 藤田 真一 編著
人間と歴史社 1996年8月発行 価格本体2136円+税

<評者>
西尾 雄志
平山郁夫記念ボランティアセンター客員講師
  (インストラクター)
(にしお・たけし)
1974年生まれ
2003年4月嘱任
専攻:社会運動論、社会哲学、ボランティア論
「絶望の病」から「希望の病」へ

 私たちは、過去におたふくを病んだ人に対して「おたふく回復者」という呼称をあてることはない。同様に、胃炎が癒えた人を「胃炎回復者」と呼ぶこともない。しかしハンセン病だけ、「ハンセン病回復者」と呼ばれる。ハンセン病を病んだ人は、病が癒えても死ぬまで「ハンセン病回復者」と呼ばれ続けるのだ。これが「社会的スティグマ(烙印)」に他ならない。

 この本は、この社会的スティグマをおわされた一組の夫婦の証言集である。本書で聞き書きに答える森元美代治氏は、今年の8月、学生に混じって中国ハンセン病療養所でのワークキャンプに参加した。「希望なんてない。死を待つだけだ」中国の療養所に暮らす人のこの言葉を聞いて森元は言う。

 「これは日本でもいっしょです。人に迷惑をかけずにどう死ぬか。葬式はどうするか。そんなことばかり考えてる。だけどね、これだけ散々差別されて、人生を滅茶苦茶にされて、それで今、私たちが死ぬことばかり考えているんじゃ、それこそ『税金の無駄使い』といわれたって仕方がないじゃないですか。ハンセン病を病んだ私たちだからこそ、やらなきゃいけない仕事があるんです」

 そう語る森元氏は、ハンセン病の正しい知識を伝えるため、全国で講演を続ける。ハンセン病を病んだ自分だからこそ、やらなければならない仕事がある。それこそ自分の使命であり、生きがいであり、希望であるという。森元氏のきわだったところは、「絶望の病」ともいえるようなハンセン病を病んだことを、絶望の中にとどめず、その中に自分のやるべき仕事を見出し、希望へとつなげているところだ。「社会的烙印・絶望」から「希望」への昇華という離れ技が、森元夫妻の生き方から垣間見られる。


(2003年11月13日掲載)

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『「荒ぶる」復活』 清宮 克幸 著
講談社 2002年11月発行 価格本体1500円+税

<評者>
柳谷 登志雄
スポーツ科学部客員講師 (専任扱い)
(やなぎや・としお)
1972年生まれ
2003年4月嘱任
担当科目:情報処理
将来リーダーとなる早大生へ

 「荒ぶる」とは、早大ラグビー部が栄冠を掴んだときのみ歌うことが許される歌だ。本書は長期低迷していた早大ラグビー部の新監督として就任した清宮氏自身による、就任直前から優勝後までの自身の視点そのものであるといえる。

 「俺が勝たせてやる」。清宮氏が就任の際に部員に向けて述べた言葉だそうだ。部員は監督の言葉を信じ、結果的に早稲田ラグビーは復活し、グラウンドに、そしてテレビを通じて全国に「荒ぶる」が鳴り響いたわけである。しかし、本書の冒頭で、そんな彼も、当初は部員から監督就任を拒まれたという記述があるから意外だ。

 競技スポーツにおける監督の重要性は疑問だ。実際にプレーをするのは監督ではなくて選手自身だからだ。しかし、清宮氏の取り組みから、最高のスタッフと練習環境を揃え、身体と精神の両面から個々の選手やチーム全体の潜在能力を最大限引き出すことの重要性、つまりはコーチングの重要性を再認識できた気がする。また、長い伝統を持つチームで、練習内容やチーム運営に多くの改革を加えながらも、一方では選手の志気や団結を高めるために「荒ぶる」などの伝統も利用した清宮氏の巧みさに感心した。

 本書は、特に組織論という点で、早稲田ラグビーのファンのみならず、さまざまな分野で将来リーダー的存在となるだろう早大生諸君にとって必ず参考となるものだ。 ところで、今年春に行われた清宮氏の講演会で、ある学生が「本当に勝たせる自信があったのか?」と尋ねると、清宮氏が「あるはずないじゃないか。まだ何もやっていなかったのだから」と答えたのが印象的だ。重要なのは勝たせるという気持ちだということか。

(2003年11月6日掲載)

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『生きがいについて』 神谷 美恵子 著
みすず書房 1980年発行 価格本体1500円+税

<評者>
黒田 一雄
大学院アジア太平洋研究科助教授
(くろだ・かずお)
1966年生まれ
2003年4月嘱任
担当科目:発展途上国の教育開発と国際協力、比較国際教育政策
絶望の淵から立ち上がろうとするときに

 学生諸君は真に絶望を感じたことがあるだろうか。多分、多くの学生諸君にとって、未来は果てしなく開かれていて、人生の希望はその所在を漠とさせながらも、必ず与えられる、もしくは既に与えられているものではないだろうか。それは、それ自体で素晴らしい幸福で、学生諸君が希望に向かって、若い情熱を燃やされることを、私は教員の一人として強く望んでいる。しかし、希望にあふれた人生も、時に思いもよらなかった運命により、絶望へと突き落とされることがある。病の宣告、愛する人を失うこと、一生をかけた仕事の破綻。そういうことは、必ずしもドラマティックなことではなく、日常的に起こりうることだ。絶望から、人はいかにして残された生を今一度充実したものにすることができるか。

 この本の著者、神谷美恵子氏はハンセン氏病(らい病)患者の精神科医療に尽力した医師であり、自身も肺結核に侵され、医師に見放されたが奇跡的に回復した経験をもつ。この本には、著者のそうした背景と深い思索を基として、「生きがい」を奪われた人々がそれを取り返していくまでの過程が、学術的に淡々と、しかし慈しみ深い美しい文章によって綴られている。私は大学4年の秋、この本を早稲田の古本屋で初めて手にしたときの感動を今も忘れていない。それ以来、智と愛の豊かさに満ちた彼女の著作に、私は支えられ続けてきた。彼女の本の愛読者であると言えるほどの清らかさを、私は自分の人生に残念ながら見出しえない。しかし、「発展途上国の教育開発」という私の人生の「生きがい」にたどり着くことができたのは、彼女の本のおかげであったとはっきり言える。続編である「人間を見つめて」、「心の旅」と共に学生諸君にぜひ一読をお薦めしたい。

(2003年10月30日掲載)

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『グローバル経済と現代奴隷制』 ケビン・ベイルズ 著 大和田英子 訳
凱風社 2002年10月発行 価格本体 2,500円+税

<評者>十重田 裕一
文学部教授
(とえだ・ひろかず)
1964年生まれ
1998年4月嘱任
担当科目:日本文学研究5Bなど
「人権」と「自由」を考える一冊

 「現代」と「世界」を考えるうえで一読を薦めたいのが、この一冊。書名にある「奴隷制」は過去のことではなく、また、現代社会を比喩的にとらえるための言葉でもない。いまなお世界の各地域に現存する、暴力・権力によって囚われ経済搾取を受けた、文字通りの「現代奴隷制」である。

 社会学者の著者がフィールドワークによって収集した証言の数々は、「現代奴隷制」の現実を鋭く突き付けてくる。紹介されるエピソードは、どれひとつとして衝撃的でないものはない。しかし、本書はエピソードの紹介にとどまることなく、「現代奴隷制」が成立してしまう社会構造を政治・経済だけでなく、歴史・文化の視点から多角的に解明しようと試みている。そして、人口の爆発、経済のグローバル化と農業の近代革命、官憲の腐敗など、複数の要素がこの制度を支えていることを分析したうえで、それを根絶するための処方箋を具体的に提示している。

 「現代奴隷制」は現代の日本においても、全くかかわりがないわけではない。訳者は「あとがき」で、この制度をはびこらせる要因が人々の心性にも内包されていること、物品の購入、消費に際して不可避に関与してしまうケースがあり得ることなどを指摘している。そして、「現代奴隷制」が私たちの生活にかかわり、人権や自由を脅かすことを、わかりやすく、説得力をもって解説するのである。なお、専門書である本書がとても読みやすいのは、訳文によるところが大きい。

 「現代」と「世界」について考えたい方、「人権」と「自由」の危うさを少しでも感じている方は、本書を一度手にとることをお薦めする。

(2003年10月23日掲載)

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『空海の風景』 上・下 司馬 遼太郎 著
中央公論社  1978年1月(上)・2月(下)発行  価格本体 上巻686円+税、下巻743円+税

<評者>
吉村 浩明
理工学部教授
(よしむら・ひろあき)
1963年生まれ 
1992年4月嘱任 
専門分野:力学系、非線形力学
これから留学を考えている人へ

 ここに紹介する「空海の風景」は、今から約1,200年前に実在した僧であり、我が国に真言密教をもたらした「空海」についての話である。空海は、「弘法大師」、「お大師様」などと呼ばれ、あまり仏教になじみのない人でも名前だけは聞いたことがあるだろう。著者によれば、空海こそが「人類普遍の思想」を体得した、日本史上、空前絶後の「天才思想家」なのである。「人類普遍の思想」とは、国や時代を超えて通用する思想を意味する。また、普遍的な考え方を基礎とする社会的枠組を「文明」という。日本のように「固有の文化」が高度に発達した社会では、元来、普遍思想そのものが生育しにくいらしい。

 この本では、まず、空海の生い立ちに始まり、留学(るがく)僧として、当時、世界で最も高度な文明を築いていた唐の都へ渡り、1年半という短期間で、普遍思想である「密教」のすべてを学び、さらに、その正統な後継者として帰国した後、入滅するまでの間、密教をいかに広めたかが描かれている。同時に、著者は、「天才」空海の人間像に迫ろうとしている。時を同じくして唐へ渡り、天台宗を開いた「最澄」との比較が面白い。最澄は、朝廷が全面的に支援して、「官僧」として唐へ送り込んだ、当時の最も優れた僧の一人であるが、両者はあらゆる面において対極にある。

 著者は、この本の中で、「普遍」とは何か、「天才」とは何かを「思想」や「文明」を通して考えている。空海の時代から1,200年を経た現代の視点で、これらを考えてみるのも面白いだろう。とくに、これから外国へ留学を考えている人には、一読されることをお薦めする。

(2003年10月16日掲載)

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『夜と霧』 ヴィクトール・E・フランクル 著、池田香代子 訳
みすず書房 2002年11月発行 価格本体1500円+税

<評者>
秋田 麻美子
教育学部専任講師
(あきた・まみこ)
1971年生まれ
2003年4月嘱任
担当科目:英語音声学、英米文学語学演習など
人間の真価が発揮されるとき

 ユダヤ人心理学者フランクルが、第二次世界大戦下の強制収容所での体験を綴った本書は、半世紀近くも世界中で読み継がれてきた。私も高校生のときに、旧版・霜山訳を読み、大きな衝撃を受けたことを記憶している。

 そして昨年秋、出版されたばかりの新版・池田訳を友人から病床の見舞いの品としてもらい、再び『夜と霧』を手にすることとなった。超がつくほどの楽天家であると自負していた自分はどこへ行ってしまったのか、病気という思いがけない出来事に出会った途端に、私は焦燥感といらだち、そして不安感に支配されてしまった。消化器系の病気で、ひと月の点滴だけの生活と開腹手術を受けた直後で、収容者の受けた肉体的痛みと空腹感が少しばかり実感できたという事情もあったからであろうか、フランクルの生き延びるための過酷な戦いを、追体験しているかのような感覚を覚えた。

 人間は、どこにいても運命と対峙させられ、その真価は、苦渋や失意の状況でこそ発揮されるのだというフランクルの語りかけは、後ろ向きになりがちな私を叱咤激励し、いまこそ生を意味深いものとする機会が与えられているのだ、と自らを鼓舞する原動力を与えてくれた。

 もしも学生諸君が、思い通りにならない現実に、途方に暮れたり、無力感にさいなまれることがあったなら、また、将来への道を模索する過程で、不安感や焦燥感に捕らわれてしまうことがあったなら、ぜひ本書を手にとってほしい。一人ひとりの人間が人生の中でめぐり合う大小の試練に、力強く対峙する力をもたらしてくれることだろう。

(2003年10月9日掲載)

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『寺田寅彦随筆集』 全5巻 小宮 豊隆 編
岩波書店 1963年1月 発行 価格本体 各巻600円

<評者>山崎 義弘
理工学部専任講師
(やまざき・よしひろ)
1971年生まれ 
2003年4月嘱任 
担当科目: 物理学A
「独創的な」生き方とは?

 寺田寅彦は物理学の分野で優れた研究者であるだけでなく、文学・芸術にも足跡を残す多才な人物である。特に物理の研究においては、研究課題が時代の主流から外れていたとしても、むしろ外れているからこそ新たな問題が生まれてくるという意識を持ち、既存の分野にとらわれず、自らの感覚に忠実に独創的な研究を行った学者の1人である。

 自然科学に限らず一般に、研究や学問においては「独創性」に重点が置かれている。つまり、自然現象に接したとき生まれる自分の感覚との違和感から研究課題を問題意識として浮かび上がらせることに重要性がある。従って本来、問題意識は常に「主観」的なものであり、それ故にディスカッションや実験事実等の「客観」的な判断によって独創性に潜む「独善性」を徹底的に排除する必要がある。ところが研究が専門的になり細分化していくと、誰かの研究を模倣して課題を設定する「客観的な」問題意識に対して、「主観的な」解答を与えることがあたかも独創的な研究であると誤解されることがある。寺田寅彦は、学問・研究における主客反転によって起こるこのような誤解をしないよう戒めて生きてきたのである。

 本書はあくまでも随筆集である。とはいえ、明治後期から昭和初期にかけての、現在ほど忙しくなかったであろう昔を懐かしむための昔話の類では決してない。寺田寅彦特有の科学的な視点から日常生活をとらえた、かなり「独創的な」随筆集である。本書からは、研究者個人としての一つの模範となるべきスタイルを感じ取ることができる。特に将来、研究をライフワークとして続けていきたいと考えている方はぜひ、ご一読されたい。

(2003年10月2日掲載)


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