こんな授業!どんなゼミ?

2003年度後期分 目次





田中愛治ゼミ
 〜遠隔合同ゼミをとおして〜

遠隔合同ゼミの様子
遠隔合同ゼミの様子
政治経済学部3年  大橋 隆宏

 「投票行動研究」が専門の田中愛治政治経済学部教授のゼミでは、今年度、同志社大学の西澤由隆ゼミと衛星会議システムを利用した遠隔合同ゼミを行った。ここでは、その遠隔合同ゼミを中心に紹介しよう。

 遠隔合同ゼミの目的は、実証的な政治学を通じてのお互いのゼミの交流。11月中旬と12月上旬の2日間にわたり行われた。

 1日目は司会が早稲田側ということもあり、普段の月曜日のゼミのようにゆったりとした雰囲気で始まった。両ゼミ共通の発表テーマは「政治的有効性感覚」。「政治的有効性感覚」とは「自分の行動が政治にどれだけ影響をあたえることができるかについての認識」だ。田中ゼミは「人々の内的有効性感覚は歳をとるにしたがって増加し、それにより投票率も増加していく」と仮説を立て、西澤ゼミは「どのような政治参加経験をすれば『また参加したい』という再参加への志向につながるのか」について、共に計量的な実証分析をすることで説明した。残念ながら両方の仮説は実証するには不十分という結果に終わったが、両ゼミの特色が出て興味深い発表だった。

 その後、昨年11月の選挙で、なぜ投票率が低かったのかについてディスカッションを行い、両ゼミの学生から「雨のため」、「不在者投票の仕組が認知されていないから」などの理由が活発に挙がった。それに対する「自民、民主の政策があまり変わらないならば、どちらに投票しても有権者にもたらされる利益に差が出ないと考えられたため」との田中先生のご意見を、遠く離れた西澤ゼミの学生もタイムリーに聞けたことは、遠隔システムの醍醐味の一つだろう。

 2日目は各ゼミの4年生1人ずつの卒論の中間報告。2日間とも、西澤ゼミの学生の計量政治学の知識の豊富さには驚かされた。

 遠隔合同ゼミは、共通のテーマの政治学研究をしている数少ない学生を物理的な距離にかかわらず繋いでくれる貴重な機会だ。今後もこのような機会を大切にしていきたい。
田中ゼミの皆さん。テレビモニターの左側が田中先生、最前列右端、女性の右隣が筆者。
田中ゼミの皆さん。テレビモニターの左側が田中先生、最前列右端、女性の右隣が筆者。

(2004年1月15日掲載)




胡桃坂仁志ゼミ 〜早稲田発・がん研究〜

ゼミ生の研究発表に、胡桃坂先生の的確で鋭い指摘が飛ぶ。
ゼミ生の研究発表に、胡桃坂先生の的確で鋭い指摘が飛ぶ。
胡桃坂ゼミの皆さん。胡桃坂先生(後列左端)、筆者(後列左から2人目)。
胡桃坂ゼミの皆さん。胡桃坂先生 (後列左端)、筆者(後列左から2人目)。
理工学部4年 立和名(たちわな) 博昭

 胡桃坂研究室は2003年度に電気電子情報工学科の学科改変に伴い、電気・情報生命工学科に新しく作られた研究室である。そのため、現時点で所属する学生は電気電子情報工学科の4年生のみとなっている。

 研究テーマは染色体の安定維持機構の解明を中心としている。染色体とは生命の設計図であるゲノムDNA(染色体DNA、遺伝子をすべて含んでいるもの)を、細胞の中に収納するための構造体である。紫外線、放射線や活性酸素などにより、ゲノムDNAは日常的に傷つけられている。生物は、これらの傷を次々に修復している。この修復機構が破綻するとゲノムDNAに傷が蓄積し細胞が癌化する。私たちは、人におけるこの修復機構の解明を研究目的にしている。よって、ゼミの内容もこれらのトピックにそったものになる。

 ゼミの進め方は、研究の進捗状況紹介と論文紹介である。1回のゼミに担当者が1人おり、その人が他のメンバーに自分の研究の進捗状況や関連論文を紹介するというもの。紹介というよりは、教えるといった方が適切かもしれない。なぜなら、ゼミで採り上げる研究や論文は最新のものがほとんどで、今まで誰も知らないことを、いちはやく自分の知識にしてゼミで他の人に教えるからである。これを繰り返すことで最新の知識の共有化が円滑に行われ、ゼミのレベルアップにつながっている。

 生物を勉強していたのは高校1年生の時だけの素人集団も、簡単なことから丁寧に先生が教えてくれたので、1年足らずでセミプロぐらいにはなることができた。

 私が胡桃坂研究室の一員になって幸せに思っていることは、世界と戦える環境にいるということ。世界を意識することなど1年前まで皆無だったけれど、今では世界を意識しながら研究をする毎日だ。これは私が特別なのではないことを、毎回ヒートアップするゼミが裏付けている。

 世界を相手に事をなしたいと思っている人は胡桃坂研究室の扉を叩いてみてはどうだろうか。心地よい緊張感の中で研究ができることは間違いない。といっても笑いの絶えない楽しい研究室である。


(2004年1月8日掲載)




和多田淳三研究室  〜経営を工学する発想〜

和多田先生。この笑顔が学生を和ませる。
和多田先生。この笑顔が学生を和ませる。
研究室での飲み会の様子。後列左端が筆者。
研究室での飲み会の様子。後列左端が筆者。
情報生産システム研究科
 修士課程1年 小島 智


 研究室を訪ねると、いつもコーヒー片手に、ほのぼのとした雰囲気の漂う和多田淳三教授が出迎えてくれる。先生の人柄により癒し系の学生が多く集まる研究室は、アットホームで非常に居心地が良い。先生は幅広い人脈で、有名企業の実力者や教授を招待した講演を数多く催している。そのため、私たちは世界最先端の知識や技術に身近に触れることができる。海外の研究者からの信頼も厚く、特に東アジア地域での研究活動が盛んである。このように、先生は普段から忙しいが、どんな相談にも気軽に乗ってくださり、学生から慕われている。

 次に、ゼミ内容について紹介しよう。現在、2種類のゼミが開かれている。1つは数学で、もう1つはファジィ理論に関する学術論文の輪講である。前者は、考える力を身に付けるために、文章で数学を理解するものである。後者は、ファジィ理論の基礎知識の向上と理解を目的としている。

 先生は学生の自主性を大切にし、テーマは学生との対話で決まる。その幅広い研究テーマの例をいくつか挙げると、オプション理論、データマイニング、ファジィ多変量解析、ソフトコンピューティング研究、さらにそれらを用いた感性工学、環境問題、ブランド価値戦略、投資戦略へ応用する研究など。また、最近DNAコンピューティング(現在のコンピュータのように0と1ではなく、DNA分子上の塩基配列パターンよって表されるデータを使う新たな手法)の研究も始めた。これらの研究は、日を徹して行われている。ただ残念なことに、研究室には冷蔵庫とソファがない。この2つさえあれば、何日でも泊まり込みの研究ができそうなのに…。

 以上、簡単に研究室の紹介をしたが、ここで説明した内容は経営工学のほんの一部分にすぎない。関心のある学生なら誰でも歓迎するので、気軽に研究室に来てほしい。和多田先生がコーヒー片手に待っているはずだ。

(2003年12月11日掲載)




オープン教育センター「国際交流と社会貢献」
 〜心の底から元気になる授業〜

学生に熱く語りかける原先生
学生に熱く語りかける原先生
ゲストスピーカーの体験談に熱心に耳を傾ける受講生。前列右から2番目が筆者
ゲストスピーカーの体験談に熱心に耳を傾ける受講生。 前列右から2番目が筆者
政治経済学部3年 近藤 武男

 この授業に出た人は、皆驚くだろう。オープン教育センター非常勤講師の原孝先生は大きな国際交流や社会貢献の話をほとんどしないのだから。さらに驚くことに先生は学生を壇上に立たせる。この授業で話す人は何かを成し遂げた「すごい人」ではなく、弱さや悩みを現在進行形で持つ「普通の人」だ。それだけに壇上の人と自分との距離を感じない。この授業ではどんなことでもいいから自分のできる社会貢献を自分に引き寄せて語る。悩みや失敗とどう向き合っているのか、そういう言葉は口先ではなく心からこぼれ出るから本当に重い。みんな引き込まれて真剣に話を聞いてしまう。原先生の伝えたいことがここにある。どんな理論を振りかざしたときよりも、感情でがっちりつながったときの力はすごい。「感情の握手」が活動の第一歩だ。

 私自身、先生にあてられて壇上で話したことがある。私が話したのは早稲田祭パレードに向けて今年創った「早稲田踊り」と自分の関わりについてだ。以前から友達に誘われていたのに、結果として活動が軌道に乗ってから参加するようになった後ろめたさ、それを受け入れてもらえたときの嬉しさが私をより深く踊りに関わらせていたことなどを話した。もちろん見知らぬ大人数を前にしてためらいはあったが、みんなの真剣な眼を見ていると不思議なほど自然に言葉が出た。授業後私のところに何人か早稲田踊りをやりたいと寄ってきてくれたときは喜びで震えた。活動をとおしてできた多くの仲間は、素のままの私を受け入れることで元気付けてくれたし、私の中の意外な面にも気付かせてくれた。

 この授業は仲間にうなずく姿勢や実際に一歩踏み出すことの尊さを感じさせて背中を押してくれる。熱気の渦巻く教室からは授業後もなかなか人が去ろうとせず、至る所で会ったばかりの人が語り合う。これからこの授業で何が生まれていくのか、楽しみだ。

(2003年12月4日掲載)




オープン教育センター
 「台湾を知る」 〜台湾からアジアを考える〜


コーディネーターの現代中国総合研究所客員講師 江正殷先生(右)。来年4月から、国際教養学部で教鞭をとる予定。ゲストスピーカーの台湾中央研究院研究員蕭新煌先生(左)。

熱心に聞き入る受講生。前列右から2番目が筆者。
政治経済学部3年  田野口 学

 みなさんは「台湾」ということばを耳にして何をイメージするだろうか? 屋台、茶、金城武、親日、中国…。実のところ近隣諸国のひとつであるこの台湾について漠然としたイメージしかなくてよく分からない、というのが大方の意見なのではなかろうか。私も同様で、台湾に関する知識をほとんど持っていなかったので、この「台湾を知る」という講義を受講することにした。

 この講義は「歴史」、「政治」、「経済」、「社会・文化」という大きな4つのテーマを設定し、台湾についての一面的ではない知識を得ることが目標とされている。毎回、学内外から講師を招き講義が進んでいくので、台湾に関する生きた情報を得ることができ非常に興味深い。また、台湾の大学などとの遠隔授業が実施され、台湾の人々と議論をする機会も設けられている。

 この講座もあっという間に半年が過ぎたが、自分の台湾に対するイメージがいかに一面的であるかということに気付かされている。例えば、私は「台湾=親日」という固定観念があったが、授業を聴いていくうちに、世代や育った環境などによって日本に対する印象が相当異なることが分かった。その他にも、特に歴史や文化面で、自分の知らなかった台湾の発見が多々あった。

 また政治的に「台湾」というものをどのようにとらえるべきか、というテーマについてもますます興味を持つことができた。台湾は一国家なのか、それとも中華人民共和国の一省にすぎないのか、それともこれまでの概念では説明することのできない全く新しい存在なのだろうか? この議論についてはさまざまな意見があることはもちろんであるが、自らが「国家とは?」、「地域とは?」などと考えることで、私たちの生活する日本についてももっと深く知ることができるのではないだろうか。

 ここ数年、急速な経済成長によって大陸中国に対する注目が高まっている。日本や台湾を含めた世界各国の企業が中国大陸に進出しさまざまな成功体験や失敗談が聞かれる。このような時代だからこそ台湾を知ることによって、また台湾から中国大陸やその他のアジア諸国について考えることで、私たち日本人のアジアに対する視野は今よりももっと広いものになるのではないだろうか。

(2003年11月27日掲載)




商学部 篠田義明ゼミ ビジネス・テクニカルライティングのススメ
 〜実用文と論理構成〜


学生の発表に真剣に耳を傾ける篠田教授。
本紙「Real World English」でおなじみ!
商学部3年 吉野 広樹

 当ゼミのゼミ生は、現在3、4年生をあわせて28人。官公庁や多くの企業で指導され、実用英文のご経験が豊富な篠田義明教授。そのご指導の下で、Business LettersやTechnical Communication に関する課題に対し、事前に調査・研究し、インプットした知識をプレゼンテーションし、論理構成を学んでいる。

 近年、世の中はグローバル化し、使える英語の習得、パソコンの使い方、異文化コミュニケーションの理解は、大学を卒業するまでに身に付けるべきものとして認知されてきている。確かに海外企業と取引をするときには、これらは必要である。相手が文書を読んでくれなかったり、話をきちんと理解してくれなかったら、英語が流暢に話せても全く意味のないものになるだろう。

 篠田先生は口癖のように「日本人は実用文の書き方が全くだめである。なぜなら、日本では実用文に必要な論理構成を学校で全く教えていないからだ」とおっしゃっている。実用文とは交通信号のように、相手が明確に理解でき、誤解を与えずにこちらの意図することを伝えることが必要となる。

 篠田先生は、この論理構成を教えてくれるビジネス・テクニカルライティングの、日本における第一人者である。日本では先生に学び、夏にはミシガン大学夏期集中講座に、希望者はゼミで参加し、英語で実用文の論理構成を学びにいく道を開いてくれている。アメリカでは英語で授業を受けるだけでなく、学生との交流、そして英語でのプレゼンテーションなどがある。論理構成を学ぶだけでなく、人間として一回り成長して帰ってくる素晴らしいプログラムである。

 何か大学の勉強に物足りなさを感じたら、篠田先生の著書や授業、そしてミシガン大学のプログラムに参加してビジネス・テクニカルライティングを学んでみてはどうだろうか? きっと自分に足りなかったものが見えてくるだろう。

篠田ゼミの皆さん。前列左から2番目が篠田先生。先生の左隣りが筆者。

(2003年11月20日掲載)




北川正恭教授「自治行政研究」
   〜専門職大学院の魅力がここにある!〜

熱弁を振るう北川先生
熱弁を振るう北川先生
熱心に聞き入る受講生たち。右端が筆者。
熱心に聞き入る受講生たち。右端が筆者。
公共経営研究科修士課程1年 西村 務

 三重県知事を2期8年務めた北川正恭公共経営研究科教授の授業が後期から始まった。北川教授といえば、政治・行政に少しでも興味がある人なら、今やその名を知らない人はいないと言ってもよいほど、県庁の行政改革で全国に勇名を馳せた人である。

 北川教授の授業は、公共経営の観点からNPM(ニューパブリックマネジメント)、行政経営品質、NPOなどについて研究分析を行う「自治行政研究A」、三重県知事として取り組んできたことを中心に生活者起点の行政の在り方を検討する「自治行政研究B」、実社会における行政活動の実態を分析することを目的とした「インターンシップ」、そして「自治行政演習」と、そのメニューは多彩である。

 授業中、教授の口からは、マニフェスト、ニューパブリックマネジメント、それにエンパワーメントといった言葉が語られる。最新の行政理論や三重県知事として実践した成果を中心に語られるその講義内容は、公務員を志望する者、政治家を目指す者、あるいはジャーナリズムの世界に身を置こうとする者にとって必聴のものばかりである。それだけに、教授の一言一句を聞き漏らすまいとメモを取る学生の目は真剣だ。

 しかし、だからといって授業が教授の一方的な講義で終わるわけではない。ダイアローグ(対話)を授業の中心としたいという教授の方針により、授業中は学生からの質問が飛び交う。それに答える教授。それを受けてさらに質問する学生。双方向での授業が進行する。

 各界で活躍するリーダーの謦咳に触れるという貴重な機会は、公共経営研究科では、今やごく日常の風景であるが、北川教授の授業は、まさにその真骨頂といえる。実務家教員を擁する専門職大学院の魅力が、まさにここにあるといえるのである。
(2003年11月13日掲載)




藪下史郎教授「金融論研究」
 〜ユーモアたっぷり!ノーベル賞の理論〜

先生から厳しい指摘がとぶ
先生から厳しい指摘がとぶ
先生の一言で、緊張した雰囲気が一瞬にして和らぐ
先生の一言で、緊張した雰囲気が一瞬にして和らぐ。
左から2番目が筆者。
経済学研究科修士課程2年 森田  龍二

 金融論研究の授業は本当に勉強になる。かつて藪下史郎政治経済学部教授は、2001年度ノーベル賞受賞者であるジョセフ・E・スティグリッツから直接指導を受けられ、新しい経済学を習得された。先生の眼光は鋭く、その目で真理をとらえてきたのだろうと自分はいつも想像している。しかし、その眼光の鋭さとは裏腹に、喋りは軽快でユーモアに溢れており、受講者を飽きさせることはない。先生はあだ名をつけることもなされ、自分は呑みの席でごく軽くからむことがあったので、「カラミティー森田」と命名されたこともあった。

 ところで、従来の経済学は新古典派経済学であり、その前提にあるのはあらゆる経済主体に情報が完全に行き渡っているという完全情報である。しかし、例えば損害保険市場を考えると、保険会社と被保険者との間には不完全情報が存在する。つまり、被保険者は自分の行動については良く知っているが、保険会社はそれについて良く知りえないのである。このような不完全情報が存在すると、被保険者は自動車事故を起こしても保険金が手に入るので、保険加入以前よりも運転が乱暴になるかもしれない。これはモラルハザードと呼ばれている。こうした考えは、従来の経済学の枠組みでは提示されないのである。このような非対称情報下における市場の研究が評価され、スティグリッツたちはノーベル賞を受賞したのである。この授業を受講すると、そのエッセンスが理解できる仕組みになっている。

 この授業はスティグリッツたちによって構築された理論を学ぶことができ、しかもその説明は明快である。ユーモアの伴った明晰な金融論研究の授業は、本当に受講する価値がある。

(2003年11月6日掲載)




「スポーツ英語 バスケットボール」 〜本場アメリカのNBA解説をとおして

バスケットのビデオに見入る受講者たち
バスケットのビデオに見入る受講者たち
倉石先生(右端)、筆者(右から2番目)
「スポーツ英語」は半期単位の授業。筆者は前期に受講した。倉石先生(右端)、筆者(右から2番目)
スポーツ科学部1年 岸根 まり子

 スポーツ英語という授業はいったい何をするのかと疑問に思う人もたくさんいると思う。ここではスポーツ科学部客員講師倉石平先生が担当する「スポーツ英語 バスケットボール」という授業を紹介しよう。先生は、現在NBAの解説者を務め、さまざまなバスケの解説本を執筆するなど日本、いや世界のバスケ界で活躍されている。この授業は、バスケットボール未経験者から現在バスケ部に入っている人までさまざまな人が受講しているが、誰にとっても充実した内容になっている。

 バスケットはUSAで生まれたため、使われる言語はほとんど英語である。競技自体もNBAを中心としたアメリカでのシステム開発がなされていることが多い。したがってバスケットの文献から雑誌に至るまで特別な言い回しをする。またTVやラジオの解説などでも特別な表現方法を用いたりもする。本授業ではそのような特殊な例の説明を受けたり、バスケットの基礎用語(パスやシュートの種類など)やルールを勉強したり、オフェンス・ディフェンスの戦術・戦略やコーチング哲学に至るまでの英文を訳したり、NBAや世界選手権のビデオ(日本語の解説抜き)を見たり、NBAの選手の紹介文を読んだりと、バスケットと英語をさまざまな角度から学ぶことができる。また、本場のビデオを見ることで、アメリカの独特な文化を知ることもできる。

 この授業は何よりも実際にNBAの解説者を務める倉石先生の存在が大きい。その豊富な知識でバスケットを理論的に説明してくださったり、映像だけでは分からない詳しい状況を語ってくださるので、とても勉強になる上に楽しさも倍増する。バスケ好きにはたまらない授業だ。受講者の人数も20人弱と少ないので、アットホームな雰囲気も魅力の一つである。バスケに少しでも興味がある人は、ぜひこの授業を受けてみるといいと思う。バスケットに魅せられることは間違いない。

(2003年10月23日掲載)




オープン教育センター 「国際ボランティア理論と実践」 〜こころの中にあるもの〜

竹とんぼで遊ぶ子供たち
竹とんぼで遊ぶ子供たち
子供たちに竹とんぼを教える野口先生
子供たちに竹とんぼを教える野口先生
法学部4年 中島 道也

 「あなたには何ができますか」。

 この問いに、あなたはどう答えますか。

 Education for all(すべての人に教育を)、この目標の下、一つのプロジェクトが行われている。ユネスコの世界寺子屋運動である。働かなければならなかったり近くに学校がなかったりして、学校に行けない子どもや、学校に行けずに大人になり文字の読み書きができない人に、学びの場=寺子屋で読み、書き、計算を学べるよう教育の機会を支援する運動である。日本の教育の根幹を支えた寺子屋を、世界に広める運動である。

 この授業では寺子屋を実際に訪問し、そこで学んでいる人たちとの交流を行う。当初はパキスタンに行く予定だったが、国際情勢のため行けなくなり、代わりに急遽ベトナムに出かけた。まずはお互いの文化を紹介し合いながら、互いに理解を深め合う。国際協力における基礎となる相互理解から始めるのである。そして、このプロジェクトが人々に与えた影響、どのような効果がもたらされたのかを学ぶ。またそれだけでなく、寺子屋建設の過程、国際協力の現場も視察する。寺子屋が建設される現地を訪れ、人々の話を聞きその土地におけるニーズを探る。現地の人たちとの交渉の現場を実際に見ることで、国際協力において何が必要なのかを学ぶのである。

 この授業では、違う言語、文化を持つ人々が同じ目標に向かって取り組んでいる姿に、また世界という国の中で、人々が互いに理解し合う姿に実際に触れることができる。科目担当のボランティアセンター客員教授野口昇先生は、国連を通じ、日本人としてまた一人の人間として、世界と関わってこられた方である。普段日常の中で考えていること、疑いを持っていること、また憤りを感じること、さまざまな自分の考えを先生に投げかけてほしい。さまざまな経験を積んでこられた先生との会話は、この授業の一つの魅力である。

 人と人とが互いに理解し合い、助け合うことは当たり前のことだ。ここではその当たり前のことを学ぶ。

 「あなたには何ができますか」。

 この答えには無限の可能性が秘められているのではないか。この授業ではそのきっかけを提供している。

(2003年10月16日掲載)




オープン教育センター 「農山村体験実習」〜農的生活を味わう〜

稲刈り後の大山千枚田
稲刈り後の大山千枚田
受講生の皆さん
受講生の皆さん。筆者は最前列右端。
政治経済学部2年   朽木 新

 私は生まれてから大学生になるまで、ずっと山形で育ってきた。典型的な田舎者で、早く早く上京したくて仕方なかった。しかし上京することで、地方を冷静に客観視・相対化でき、ずっと山形にいたことで感じることのできなかった地方の良さをついに発見することができた。まさにその地方の財産というのが自然、空気、水、農業、ひとである。そこで私はこのような授業が新設されるというのを聞いて、非常に楽しみにしていた。

 私以外にも、農家生活でも農村生活でもない普段の生活にアグリカルチャーという要素を加えた「農的生活」を味わってみたいという想いをもつ学生は多かった。早稲田のみならず学習院大学からも多くの学生が受講に来ている。学生も1〜4年生まで、しかもほぼ全学部を網羅しており、スローライフ・スローフードという古くて新しいライフスタイルの世界的潮流もあってか、最近の学生の農業に対する関心の高さをうかがい知ることができる。

 この授業は堀口健治政治経済学部教授、中島峰広教育学部教授、眞野芳樹大学院アジア太平洋研究科教授の3人が担当なさっている。農業というものを多角的にとらえる講義を受講し、それをベースに実習も行う。今年度は首都圏から最も近い棚田として有名な千葉県鴨川の「大山千枚田」と故大塚勝夫商学部教授が私財を投じて建設した山形県高畠町の屋代村塾へ農作業体験に行った。

 非常に実りの多い授業で、今年度は半期であったため(ぜひ来年度は通年科目で設置してほしいと受講者は希望)授業自体はもう終了したのであるが、今でもしょっちゅう受講生同士集まって、全国の地方を農作業に飛び回ったり、11月以降に屋代村塾へ行って狩猟をしてくるというツアーを企画していたりと、有意義な農的生活をそれぞれが謳歌している。

 私自身もこの授業をベースに、多くの学生に地方の魅力を伝えていきたいと思っている。

(2003年10月9日掲載)




オープン教育センター 「文化遺産の保全と村づくりへの国際協力実習」
 〜人々と保存修復の狭間で〜


サンボール村でのフィールドワーク
第一文学部3年   落合 朋子

 世界遺産アンコールワットの修復も手がけている理工学部の中川武教授と共にわれわれが向かったのは、コンポントム州にあるサンボール・プレイ・クックという遺跡であった。アンコールワットよりも早い時期に立てられたこの遺跡はまだ調査段階ということで観光地化されておらず、現地の人々のゆったりとした時の流れの中にそっとたたずんでいる。そういった遺跡を、将来の観光地化をみこし、人々の生活を尊重しながらどのように村づくりを行っていくかというのがこの授業の目的である。

 よってわれわれの行く先々には常にカンボジアのまなざしがあった。将来この修復プロジェクトにカンボジア人技師として参加する4人の若者と行動を共にし、フライングパレスとレリーフのスケッチなどの遺跡の調査に加え、現地の人の田植えを手伝ったり、遺跡周辺に広がる村や人々の住まいを探索したり、現地の高校生と文化財についてディスカッションなどを行った。はちきれんばかりの笑顔であふれた人々の暖かさが印象的で、ハンモックに揺られ昼寝をするけだるい午後には、日本にはないゆったりとした時が流れている。人々の生活が、観光地化によって崩れゆく可能性にやりきれなさを感じる一方で、遺跡のレリーフの損傷は激しく、建物のレンガの隙間に木々の根が入り込み、早急に保存修復処置が必要とされる現状があった。現地の人々の生活と保存修復という狭間に立たされたとき初めて、文化財保存の周辺にある難しさが見えてくる。

 正直、自分なりの答えはまだ見えていない。しかし国際協力を行うとき、現地の風土をないがしろにしてしまった結果、ただの新植民地主義になってしまうということが多々ある現状、サンボールの人たちによる、サンボールの人のための、サンボール・プレイ・クックであることを忘れず、現地の人々と協力し合い、何十年か後には日本人の手を離れ、カンボジアの人々が指揮をとり保存修復活動を進めていけることを強く願う。
夕日の沈もうとするアンコールワットにて
夕日の沈もうとするアンコールワットにて
後列左から4番目が中川先生、左から3番目が筆者

(2003年10月9日掲載)




「東南アジアの開発とNGOの役割」
 〜現地を取材してみて〜

教育学部4年   鷲崎 かおり

 発展途上国の開発はどのように進められ、またどのような援助がなされているのか興味があり、私はこの授業に参加してみた。

 ラオスへ出発する前に3日間の集中講義があった。そこで、西村正雄文学部教授からは文化人類学的な視点、久保純子教育学部助教授からは地理的な視点から開発についての講義を受け、基礎知識を得た。朝から夕方までハードな集中講義だったが、知識が増すにつれて、フィールドワークへの期待は膨らんだ。

 ラオスに着いてからは、少しだけ正装して、ラオス政府観光局、文化情報省などの省庁を回り、政府の開発への考えを伺った。緊張気味の私たちの訪問を歓迎していただいた。どの省庁からも日本の援助を求められ、日本の存在の大きさを感じた。

 一方、開発を強いられる地域住民の考えを知るために、観光開発事業で移住させられた住民にグループごとにインタビューを行った。その住民からは、意外にも外国人が見られて楽しいなど開発に対して肯定的な意見も聞かれた。しかし、将来に対し不安を抱えていた。直接話を聞くことで彼らの生活ぶりを目の当たりにし、観光開発で彼らの生活が犠牲になり、果たして彼らは幸せになれるのだろうか・と考えさせられた。また、通訳の方が英語しか話せず、通訳との意思疎通で四苦八苦。分かっていながらも英語の重要さを痛感した。

 西村先生、久保先生、TAの方々などたくさんの方々のおかげで素晴らしい10日間が過ごせた。まだ知り合って間もない人といきなり外国に行くことは、敬遠されがちだが、実際は初対面とは思えない程仲良くなり、さまざまな考えを持つ新しい仲間に出会えた。これもまた収穫であった。
ラオス、ワットプー遺跡にて
ラオス、ワットプー遺跡にて

(2003年10月2日掲載)