先輩に乾杯!

あの北島康介を育てた…水泳コーチ
 平井 伯昌さん

左手に練習メニュー、右手にストップウォッチを持ってコーチ中
左手に練習メニュー、右手にストップウォッチを持ってコーチ中

■ひらい・のりまさ
 1963年東京都生まれ。早稲田中学・高校を経て、1982年4月早稲田大学社会科学部に入学。同時に水泳部所属。1986年3月同学部卒業。同年4月より東京スイミングセンター勤務。最初は泳げない大人や子供たちの指導、選手クラスの手伝いから始め、1989年、全国大会選抜選手クラスの担当コーチとなり北島康介選手と出会う。この北島選手をはじめ多くのオリンピック強化特別認定選手のコーチを務め現在に至る。現在は同センターヘッドコーチ。趣味は音楽鑑賞と読書、特技は「楽しい飲酒」。
北島選手とともに
北島選手とともに
 世界水泳で北島康介選手が世界新で金メダルを獲得したとき、一緒に抱き合って喜ぶ姿がテレビカメラでアップになった。あのひげ面のオッサンは誰? ゲンかつぎの無精ひげの顔をくしゃくしゃにして泣いていた平井コーチの顔が、世間に知れ渡った。「有言実行」の北島が「僕のことをすべて分ってくれている。平井コーチがいなかったら今の僕はない」と、その合理的で沈着冷静な指導に絶対の信頼を寄せる人物だ。
 名コーチとして超多忙の身となっても、周囲の騒ぎに動じず、志は高く頭は低く、まさに「歩く早稲田魂」の登場である。

「一番人気の業界だって、いつまでも一番ではない」と、コーチに。
 大学3年の時、監督に呼ばれ、1年生のオリンピック強化選手のマネージャーを薦められた時は、ショックで水泳をやめたくなった。ところが、マネージャーとして参加した日本選手権での感動が忘れられず、当時一番人気の生命保険会社の内定を蹴って、スイミングスクールのコーチの道へ。「一番人気の業界へ就職」というのが伝統的水泳部出身者のステイタスだった時代。家族も水泳部の大先輩たちも猛反対だった。
 「でも、適性も考えず『その時の人気企業』にそのまま就職していたら、バブル崩壊後リストラにあっていたでしょう。コーチは、いくつになっても毎日ドキドキ。子供みたいに夢を追っていられる良い仕事です」

一流選手の資質は「素直さ」、コーチの資質は「素質好き」
 「好き」の延長にオリンピックはない。センスだけでなく覚悟が必要。「康介は、試合が近づくと中学生の時から目つきが豹変した。でも大勢の才能ある選手の中から飛び出るのは、結局『素直さ』です。康介は、小学生の時から周囲に人が集まって来る人気者で、コーチの言うこともよく聞く抜群に素直な子でした。個性や応用力は基礎があってこそ育つ。子供時代の才能が潰れるのは、応用から入って基礎に戻れないからです」
 「コーチの資質? なんと言っても『素質好き』。指導以前に他人の素質を見抜く能力と、素質のある奴を心から愛せること。他人の活躍を自分の喜びにできるのは、介護の仕事にも似た資質です。大学のマネージャーだと年が近いぶん、すぐにそんな気になれないでしょうが…」

「折込済み」世界新。目標は〈アテネで金メダル〉で周囲も動く!
 「シドニーで4位になった時から、『アテネで金を取る』と2人で決めました。私は、そのための必要条件を考え、ストレス対策やマスコミ対応も含め環境整備を図る。4年後を目指して順々に課題をクリアしています。アジア大会も世界選手権も世界記録も、綿密なプランの途中経過。記録は、来年のために今年取ったに過ぎません」
 「選手は今だけを生きている。妙に先を読んだり、打算的過ぎると結果は出ない。選手とコーチは、はっきり役割分担のできた二人三脚です。オリンピックはスタッフにとっても夢です。トレーナー、マッサージ、栄養管理、ウェイトトレーニング、運動生理学などの優秀な外部スタッフの協力もある。今の康介は、もはや私1人で抱え込むなんてもったいない国の財産。余計なものは入れずに、英知を結集すべきです」


(2003年11月20日掲載)