こんな授業!どんなゼミ?

2003年度前期分 目次




オープン教育センター設置科目 「平和学入門」
 〜平和のために私たちが出来ること〜


多賀秀敏教授

授業風景(発表者の右側が筆者)
第二文学部1年 佐藤 彩子

 2003年3月20日、私にとって一生忘れられそうもない日だ。アメリカがイラクへの攻撃を開始した日。私はその日、高校の卒業式を迎えていた。卒業式が終わって外にでると、携帯電話を手にイラクに関する最新情報を調べている友人の姿があちらこちらに見られた。私たちが卒業や友達との別れを惜しんで泣いていた時に、イラクではきっと私たちと同じ世代の人たちが、親や友人や恋人の死を目の前に涙を流していたのだ。そんなことを思い愕然とした。初めて戦争を自分のこととして感じ、また平和学を学ぶきっかけになった出来事であったように思う。

 多賀秀敏社会科学部教授の平和学入門の授業では今、間口の広い平和学について初歩的な知識を養うことを目的として、戦争、格差・貧困、NGO、ODA、平和教育のテーマに分かれてプレゼンテーションを行っている。戦争、紛争、飢餓、貧困、それぞれ複雑な要素が絡み合っていて、それを解決することは容易ではないが、どんな場合においても、問題を解決した先に期待されるのは平和である。しかし、そもそも平和とは一体何か。狭義の平和とは、顕在化した争いがないことと同時に、抑圧の危険や、緊張状態が存在せず、心に安らぎがもてることとされる。それでは日本は平和といえるのか。おそらく日本に住むほとんどの人々が、日本は平和だと考えているだろう。しかし、日本と同じように軍隊を持たない国であるコスタリカの子供はいう。「環境破壊が進んでるってことは、社会が悪いってことだし、子供は自由に遊べないし、少ない資源をめぐって争いも起こるから全然平和じゃない」。それでも日本は平和だと言い切れるだろうか。

 平和が一体どういう状態であるのか、何なのか、答えはまだでない。だが一つ確実なことは、平和は、私がイメージしていたようなただ穏やかで安らかなものではなく、平和であろうとする絶え間ない努力によって成り立つのだということだ。

 卒業式の後、携帯電話を手にしていた友人の姿を誇りに思う。私たちが今、平和のために出来ることは、世界で何が起きているかを知り、平和について学び考え、平和であろうとすることだと思うからだ。平和学の授業は、そのための大切なステップになっている。

(2003年7月24日掲載)



筑紫哲也教授「メディア文化論」
  〜23時56分 送信完了〜

筑紫哲也教授の話題はつきない
筑紫哲也教授の話題はつきない

講義は「筑紫さん」を囲んで行われる(教授の左が筆者)
公共経営研究科修士課程1年 富永 紗くら

 「多事争論」を見ながら、「番組終了=締切まであと30分!」と必死でレポートを書き、番組最後の「今日はこんなところです」でメールを送信する。今日もなんとか間に合った! テレビをつけると先生がいて、いつでも宿題を思い出させてくれるなどということは、これ以前に全くなかったし、これ以後にも2度とないだろう。

 隔週、水曜日の3、4限は筑紫哲也さん「メディア文化論」の授業である。公共経営研究科には筑紫さん担当の授業が「演習」、「インターンシップ」、「メディア文化論」と3つある。「メディア文化論」の授業には18人の院生が参加している。先生と呼ばれるより、普通に「筑紫さん」と呼ばれるほうがいいとおっしゃるので、私たちはいつも「筑紫先生、あ、筑紫さん」と言い直している。

 毎回、テーマごとに課される800字のレポートをメールで提出する。筑紫さんはそのレポートに自分用のメモをいっぱいに書き込んだものを手に授業を始める。テーマは「戦争報道」と「スローライフ」、そして「この国の正体」。どこかで聞いたことのあるテーマですって? たしかにそのとおりだけれど、テレビでの討論をただ聞くだけの視聴者の立場から、実際にディベート方式で議論をする立場になってみると、一つの判断を下すときに情報の質とその量の多少で判断が大きく変わり、物事を見る角度が変わってくることがよくわかる。実際には、討論からそれに気付く、というよりは筑紫さんの解説で隠れていた事実に気付かされるのだが。そんなときは、何十年もニュースに関わってきたプロなのだなぁと、素直に感心する。順調な授業の進行に見えそうだが、実はこうした授業の進め方自体を討論したこともある。結局、どういうふうに進めるかについては未だに手探りの状態である。さて、どういうことになるか、楽しみの多い授業である。

(2003年7月17日掲載)



社会科学部・池田雅之ゼミ
 〜「比較文化研究=繋がること」を体感する〜 

現代の魔女はチャーミング!
現代の魔女はチャーミング!
池田雅之教授
池田雅之教授
マリーナさんのお話にゼミ生も熱心に聞きいる
マリーナさんのお話にゼミ生も熱心に聞きいる
社会科学部4年   田中 理子

 在籍人数34人と大所帯である池田ゼミ。普段はゼミ生各々が設定した研究課題を発表する「個人プレイ」的な傾向が強い。ゼミ生は個人研究を進めていく中で比較文化研究の主軸自文化と他文化の共通理解つまり自己と他者を同じ目線で捉え、繋ぐことを学ぶのだ。

 そして、私たちゼミ生が行き詰まった時、何気ないけれどもコペルニクス的なアドバイスをくださる池田先生・正木先生(ゼミに参加されている宗教学専門の先生)の存在。時にゼミ内の緊張したムードを和ませてくださるほど温和な両先生に支えられ、ゼミ生は伸び伸びと好きなことが出来る。

 ゲスト講師をお招きすることも多い。先祖代々「魔女」である英国人、マリーナさんも池田先生のお知り合いからお呼びすることになった一人である。時にチャーミングに、時に真摯に、「魔女」としてのアイデンティティーを語ってくれた彼女。他文化理解とは目の前にいる人を知ることから始まる、こんなことを肌で感じたひと時だった。

 そして、「シンポジウム」。この言葉抜きに池田ゼミは語れない。

 新緑深まる5月18日。オール早稲田文化週間に「新時代の幸福感〜時間・心・科学〜」と銘打って主催したシンポジウム。遡ること約半年、後期開始早々からシンポジウムに向けての準備に着手した。テーマ設定の段階では、皆の意見がまとまらない。運営の段階では、パネリストとして打診した方が音信不通になった。すべてをゼミ生自身で運営する中、ゼミ長はシンポジウムにのめり込むあまり留年、なんて恐ろしいジンクスすらある(笑)。過酷な行事にも関わらず、毎年欠かさずシンポジウムを主催しているのは皆で一つのことを成し遂げる「繋がる楽しさ」を味わえるからではないだろうか。その意味で、シンポジウムはゼミ生個人各々を繋ぎ、共有感や一体感をもたらしてくれる、比較文化的な「懸け橋」という大切な役割も担っている。

 最後に…。現在、社会科学部に存在するゼミは約60。その中でシンポジウムを主催しているところは池田ゼミをおいて他にない。「人とは違う何か」に魅力を感じずにはいられない、そんな人はぜひとも池田ゼミの扉を開いて欲しい。

(2003年7月17日掲載)



船木由喜彦教授「ゲーム理論」

講義はパワーポイントを使って進められる
講義はパワーポイントを使って進められる
講義を受ける筆者(中央)
講義を受ける筆者(中央)
経済学研究科修士課程2年 荒木 玲子

 皆さんが、「ゲーム」と聞いて、真っ先に思い描くものは、おそらく「TVゲーム」であろう。しかし、これはゲーム理論で扱うゲームとは決定的に異なる点がある。ゲーム理論とは、相互依存関係(相手がいて、その人と自分が関係あるということ)のある状況での意思決定問題を考えるという点である。チェスや将棋などがこれに当たる。こういう状況を、数理的に分析していく。

 このようにまとめると、数式をたくさん使った、あまりなじみのないものだと感じるかもしれない。しかし、ゲーム理論は今とてもホットな分野なのだ。昨年公開された「ビューティフルマインド」という映画を覚えているだろうか。主人公のナッシュは、ゲーム理論の分野で「ナッシュ均衡」「ナッシュ解」といったモデルを打ち出し、ノーベル賞をとったのである(先生によれば、映画ではさまざまな脚色が付いているそうだが)。

 また、純粋な経済学以外でも、ゲーム理論は応用できる。相手の出方を予測して行動したり、自分がどう行動するのが一番よいのかを考える。学問以外、例えば処世術や恋愛などにも使えるだろう。ゲーム理論の応用範囲はまさに無限大である。実際、関税同盟を結ぶ際などにもゲーム理論の考え方は利用されていて、これからますます伸びてくる分野であろう。

 船木教授は理工学部でも授業をもっていらっしゃるのだが、政治経済学部では、数式アレルギーの受講生を気遣って(?)、図や具体例をたくさん使用して、分かりやすく説明してくださる。私たちの生活にいかにゲーム理論が関わっているかを温和な口調で説明してくださるので、「そうやって現実に当てはめていくのか、なるほどなー」としみじみ思うことが多い。温和な口調とは裏腹に、毎回出される課題はかなり難しいものも多いのだが、おそらく受講生の理解を深めようという先生の熱い思いゆえだろう。講義形式であるが、やる気のある受講生が多く、授業中に質問なども多い。非常に新鮮なアプローチ法で現実問題を解いていくので、単なる「学問」では終わらない授業である。

(2003年7月10日掲載)



西村敏博研究室
 〜北九州発! 医用と工学の融合を目指して〜

多くの学生に慕われる西村先生
多くの学生に慕われる西村先生
大学院情報生産システム研究科修士課程1年 中西 理

 西村敏博助教授は、本研究科情報アーキテクチャで人間の体、すなわち生体に関する信号処理を専門としている。具体的には超音波を用いて人間の体内の様子を観測する医用画像処理、超音波の代わりに電磁気を用いた画像処理、CMOSという素子を用いた人工網膜など、医用と工学の融合を図る研究と共に数多くの企業との産学連携の研究を行っている。厳しい先生かと思いきや、研究室ではそのようなことは一切なく、常に笑いの絶えない研究室となっていて、その様子はとても若い。

 先生の講義は、日常になじみの深い言葉で生命体の話を物理学的に解説してくれる。また、突然英語だけでなくフランス語やドイツ語を話しだしたりするので驚きだ。そんな先生は、講義中、常に教室内を飛び回り、学生一人ひとりに話しかけ、コミュニケーションを欠かさない。ゼミでは信号処理などの文献読み・解説を行いつつ、みんなで勉強していくという雰囲気が整っている。ただ文献を調べておくだけでなく、「じゃあこれに関連して…」など突然説明を要求されることもあるので、入念な予習が必要であることは確かである。また、生体・情報処理の内容だけでなく、九州工業大学大学院生命体工学研究科の石川眞澄ゼミと共同で、人間の脳機能に学ぶニューラルネットワークについても深く学ぶことができるのがこの研究室の特徴であろう。

 教育研究だけでなく、学生相談員でもある先生には、講義の質問だけでなく、生活面で相談に来る学生も多い。そんな学生に親身になって話を聞き、必ず何とかしてみせるところが先生のすごいところだ。

 以上、簡単な西村敏博研究室の紹介であったが、この短い文面でそのすべてを語ることなど到底できない。この文章を読んで少しでも興味を持った方はぜひ一度、西村研究室のドアをたたいてみてほしい。必ず後悔はしないことを保証する。
研究室のメンバーと
▲ 研究室のメンバーと。写真中央トレーナー姿、右手でピースサインが西村先生。右から2番目が筆者。

(2003年7月3日掲載)



石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞記念講座特集 

 ジャーナリズム大賞記念講座「報道が社会を変える・取材過程論・」は、同賞の受賞者を中心に、第一線で活躍するジャーナリストの方々をお招きして講義をしていただく、オープン教育センター設置科目である。
 錚々たる顔ぶれの講師陣から、受講生たちに伝えられたメッセージは何なのだろうか。受講生たちの声を聞いてみた。

上野創氏(朝日新聞東京本社地域報道部記者)
上野創氏(朝日新聞東京本社地域報道部記者)
田城明氏(中国新聞社特別編集委員)
田城明氏(中国新聞社特別編集委員)
〜刺激に満ちた授業を通じて〜
 法学部3年     神庭 亮介


 「報道が社会を変える」。ジャーナリストを志す私はこの言葉に引かれて本講義を選んだ。ジャーナリストの方々の実体験に即したジャーナリズム論は、大上段に構えた「べき論」等では全くない。ゲスト講師が自らの「ナマ」の体験を説得力ある言葉で語っていく中で、報道とは何か、という問題の本質に少しずつ迫っていくのである。  授業は刺激に満ちており、毎週必ず新たな「発見」がある。ゲストから価値観を揺さぶるような鋭い問題提起がなされ、学生の側もそれに答えようと必死に喰らいついていく。学生たちの質問攻勢のために授業が延長されることもしばしばだ。とにかく熱気溢れる授業なのである。
 具体的にどのような授業が行われているのか簡単にまとめてみよう。琉球新報の松元剛さんは戦中・戦後を通じて「本土」のために切り捨てられてきた沖縄の苛酷な現実を生々しく語り、沖縄の「リアル」から乖離したまま進められていく有事法制制定の動きに警鐘を鳴らした。
 田沼武能さんは、世界の子どもを写真に収めることをライフワークにしている写真家である。アメリカ大恐慌の際に写真家・画家が、溢れる失業者や困窮する人々を記録し、それが「報道」として果たした役割の重要性を語っていたのが印象深かった。
 朝日新聞で自らのがん闘病記を掲載して反響を呼んだ上野創さんは、その経験から「客観・中立であるだけが報道なのか」という重大な問いを投げ掛けた。
 このように各人各様のジャーナリズム論が語られる中で受講者は報道の果たすべき使命とは何か、考えを深めていくのである。近い将来この講座から何人かのジャーナリストが巣立っていくかもしれない。願わくば自分もその一人になれたら、と思う。

〜最前線に立つジャーナリストの生の声〜

政治経済学部3年  武井 正明


 取材過程論とサブタイトル付きのこの講義。この科目のタイトルを見ただけで、ぜひとも受けてみたいと思った、ジャーナリズムに興味を持つ人はきっと多くいただろう。少なくとも私はその中の一人だった。この科目は大変人気があり、また所属学部を問わず履修できるので、抽選は相当な倍率だそうだ。
 毎回ジャーナリズムの最前線で活躍する方々が講義を行ってくれる。そしてコーディネーターとして原剛アジア太平洋研究科教授が、かつて社会部記者として鳴らした経験に基づいた視点で、毎回の授業をさらに密度の高いものにする。講義の終盤には質問コーナーが設けられ、学生たちが自分の意見や質問をぶつけて討論の場となる。授業終了時間になっても20分、30分延長することはざらである。他の授業では体験できない満足感がここにはある。
 ジャーナリズムを扱うこの授業で最も優れている点は、なんといっても毎回違う視点から報道現場の話を聞ける点である。例えば第1回講師ルポライターの鎌田慧さんは、企業内ジャーナリストの限界を指摘し、言いたいことを言うためには個として独立し、責任を持たなければならないと語られた。また第2回講師の中国新聞の田城明さんは、核問題を一筋に取材している方だ。自分の核に対する認識の甘さや、知識の薄さを気付かせてくれた。多種多様の考えが聞けるため毎週待ち遠しい。
 こうした講師陣の話をとおして、自分自身の考えを形作ることが学生には求められる。将来ジャーナリストを志す者、またそうでない者にとっても報道を真剣に考える機会を積極的に持つべきである。なぜなら誰もがジャーナリズムに触れているからだ。この90分の授業、いや120分はその機会を持つ最高の場であることは間違いない。

(2003年6月26日掲載)



「頭」を使おう! 〜授業と先生と私〜

熱弁をふるわれる金井先生
熱弁をふるわれる金井先生
授業を受ける真剣な眼差し(左が筆者)
授業を受ける真剣な眼差し(左が筆者)
教育学部1年 鈴木 翔子

 ジェンダー(Gender)とは、社会的・政治的・経済的・文化的要因が、年月の中で複雑に構造化された結果として創り出された性差のこと。この授業では、「学ぶ」ことが「感じる」ことや「伝え合う」ことへとつながることを目指し、日本の近代文学におけるジェンダー編成の問題を歴史的に検証する。

 授業で必要とされるのはノートでも鉛筆でもなく考える頭。あるときは詩、あるときは映画、と毎回違う作品に触れ、私たちは頭をフル回転してさまざまな考えを思い巡らす。そして、その考えをお互いに伝え合い、そこからさらに深く考えることこそが金井景子教授の求めるところなのだと思う。

 ここで、金井先生について紹介する。先生は、私と同じ私立富士見高校の出身。大先輩である。私は、このことを高校時代の部活の顧問の先生から聞いたとき、とても驚いた。ただ何気なく受けていた授業の先生とこんな接点があったなんて!

 私は、この「文学とジェンダー」の授業にまんまとはまってしまった。毎回、本当によく頭を使っている。一つの作品についてさまざまな考えや思いが次々と頭に浮かぶ。それをさらに言葉で表すというのはとても難しい。そこでまたまた頭を使うのである。毎回の授業で、私の感受性が少しは豊かになってきていることを願う。

 出席票代わりのレビューシートを、私は毎回楽しく書いている。感じたままにつづっているだけだから、決して大変だとか面倒だとかいうようなことはない。

 「文学とジェンダー」と聞くと、文系という感じはするがそんなことはなく、この授業は私たちに「考える」時間を与えてくれる。私にとっては、楽しみな授業であると同時にとてもためになる授業である。

(2003年6月12日掲載)



高木秀雄ゼミ 〜構造地質学をとおして見た地球〜


ロックガーデンの風景

英国、ダラム大学Sharon Jefferiesさんとの合同ゼミ発表を終えて
(後列左端が2mの長身! 高木教授)筆者撮影
教育学部4年 坂 秀憲

 皆さんは、本部キャンパスの十四号館前広場にあるロックガーデンをご存じだろうか? 普通の庭石だと思うかも知れないが、あれは貴重な岩石である。地球の神秘を感じることができる、チョッとした空間になっている。

 地球が生まれてから四十六億年、これを一年の暦にたとえてみると人類が出現したのは大晦日の夕暮れである。人類が出現するはるか以前、気の遠くなるような長い時間に起こったさまざまな出来事が、大地を作っている岩石や地層の中に記録されている。地球科学はその記録を解読し、その記録を残した事件を解明するロマンに満ちた学問である。

 わが構造地質学研究室では、マントルの上部から地殻表層部にわたる深度において、断層活動に伴って変形・変成を受けて形成された断層岩を対象とし、それに記録された運動像と変形像および変形環境の解明を行っている。具体例としては、中央構造線・棚倉構造線をはじめ、北海道から九州および韓国・中国雲南省、そしてヒマラヤの断層帯に至るまで調査地域も幅広く扱っている。近年は、阪神淡路大震災を起こした活断層も研究テーマになっている。日本列島のような造山帯の上に住んでいるわれわれにとって、特に近年活発になっている地震や火山の活動は大変身近なものであり地球表層部で起きているさまざまな活動は、皆さんも身近に感じるのではないだろうか?

 研究室のメンバーは、身長二メートルもある高木先生を中心に、助手二人、ドクター三人、修士四人、卒論生八人となっている。韓国やイギリスからの留学生もいて国際色も豊かだ。研究室では、英語が飛び交う毎日である。

 現在研究室では、それぞれのフィールド調査に向けて準備中といったところだ。かつて、武田信玄は「動かざること山の如し」と言ったけれど、大地は動いているのである。その運動像を求めて高木研究室は日々奔走している。

(2003年6月5日掲載)



古川貞二郎「新しい行政の組織・機能論」〜扉の向こうへ〜

内閣官房副長官古川貞二郎氏
内閣官房副長官古川貞二郎氏
真剣な眼の学生
真剣な眼の学生
「何のためのトップか」と檄を飛ばす
「何のためのトップか」と檄を飛ばす
公共経営研究科修士課程1年 三橋 健一郎

 「みんなとお酒でも飲みながら話したいなぁー」という先生の言葉に爽やかな印象を受けた。「教育とは希望を語ること」とはある教育者の言葉であるが、先生のその言葉に似たものを感じる。何かを始めようとする者に、力強いエネルギーを分け与えてくれるようだ。どんなに苦しくても、きっとどこかに光があると信じられるからこそ頑張っていける。この授業の真髄がどこにあるのか、決めるにはまだ早いかもしれないが、実はそんな単純なことかも知れないと思った。

 「行政官における人間性」という言葉を、先生は第1回の授業で使われた。目まぐるしく変化する「政治」の世界にあっては、「人間」というたった2文字の意味を噛みしめることが、実は非常に大きな意味を持つことなのだろう。先生の幼かった頃の話は、聞く側の心を激しく揺さぶる。本当の優しさとは何か。その自身への問いかけが、先生をして「人間」たらしめているのだろうか。

 阪神淡路大震災の直後、先生は内閣官房副長官に就任された。以来8年以上にも及ぶ在任中に感じてこられたこと、それ以前の40年以上にも及ぶ「行政官」として在任中に考えられてきたことを基に、授業は進む。熱心に語られる話に、聞く側は静かに耳を傾けている。「行政」というある面で遠い世界であっても、そこに生きる人間のドラマがあることに変わりはない。それを知ったとき、「結果」だけではなく、「過程」に目を向ける発想に心を奪われるようだ。

 「おはよう!」と語る先生の笑顔に、何も感じずにはいられない。「産官学」が叫ばれる今日、一番大切なことは何か。「おはよう!」に「おはよう!」と返す、素直なキャッチボールではなかろうか。単純で素朴な発想に、はっとわれに返る。授業は始まったばかりで、授業の核心が何であるのかは今は分からない。けれども、それから目をそらさずに頑張りたい。

(2003年5月29日掲載)



社会学演習IIIC
〜机はロの字がお約束、の 自主性尊重調査実習〜

これが噂のロの字の授業!!
これが噂のロの字の授業!!
第一文学部4年  冨田 依公子

 一文の社会学専修では全員が3年次に「演習V」の授業で社会調査を経験する。クラスは4つほど、担当教員によりテーマはさまざまだ。

 浦野正樹教授のクラスは決まって机の配置がロの字である。あらかじめ講義形式で並べてあってもロの字にする。合宿に行ってもロの字にする。

 浦野教授担当の2002年度Cクラスのテーマは城東の4区(台東・荒川・足立・葛飾)の街づくり活動調査だった。目標水準は高いが、調査の細部に関する規定はない。1区1班6人前後の学生が、地域特性把握から始め、地域問題に対する住民活動を探して調査対象者を絞り、実際に話を聞きに行く(ヒアリング)。得られた証言や事実を基に客観的に記述し、班で1章、全体で4章構成の報告書にまとめて実習終了。

 こう書けば簡単だが、実は複雑で大変でとても楽しい。例えばヒアリング調査。何せ初調査が終わった途端に涙を流したり、合宿で寝呆けて夜中にヒアリングしたりする者まで出てくる始末。自分とは全く違う生活を送ってきた人々に出会い、その場で相手の活動や考え方をとらえる調査は、緊張と興奮の連続だった。

 そうして得た情報を報告し議論して再構成していく作業もまた同様に刺激的である。そしてそれこそがロの字を囲む授業の場だ。全員が常に全員の顔を見渡せ、対等に議論できる。毎週3〜4時間に及んだ班ごとパートごとの会議では教授はロの字の真ん中に入られる。行き詰まってうなっていると、微笑をたたえて「んっ? ここは、どうかなっ?」。愛に満ちたまなざし(?)を常に感じつつ「まあ、困るまで、頑張ってみて」のお言葉を思い出し、精一杯、楽しくあがいた1年間であった。ロの字机に象徴される、安心してドキドキ出来た授業に感謝を表すると共に、城東のリサイクル活動をテーマとする今年の浦野ゼミの活躍をお祈りする。

(2003年5月22日掲載)



第二文学部映像ワークショップ
     「刺激的な映画制作の現場から」

池袋でのロケシーン
池袋でのロケシーン
第二文学部4年   石田 留美子

 「カット!!」監督の大きな一声がかかった瞬間、現場の空気が変わる。十二月中旬、深夜の高田馬場さかえ通り商店街で劇映画「ちんちんどんどん」の撮影が行われた。担当講師は柳町光男監督。この授業は、学生自らが書いた脚本を用い、メガホンを持ち、カメラと照明、助監督指導のプロスタッフと共に本格的な映画撮影を学ぶという、実践的な授業なのだ。

 学生たちが持ち寄ったオリジナル脚本から選んだのは「ちんちんどんどん」。とある橋の上のしがない屋台バーに集まる孤独な六人の物語。学生の中から監督その他の役割が決まり、十一月にもなると、連日ワークショップ関連の作業に追われる日々。なんとかクランクインにこぎつけたのは、撮影前日深夜のことだった。

 ほぼ全員が映画制作未経験者という学生たちと、映画に人生の大半を注いできたプロたちが「一つの映画を創る」いう目的で出逢ったのだ。案の定、学生とプロの間には映画に対する情熱の隔たりがあり、撮影が始まると学生の間では、失敗や準備不足の連続。十二月だというのに早朝から深夜三時過ぎまで撮影が及ぶこともあった。現場では、カメラマンの檄が飛び、その度に学生は凍りついたが、力は及ばず、プロの口からは「授業だから仕方がない」という諦めの言葉が漏れてしまう、妥協の多い現場になってしまった。私は学生時代にどうしても映画制作に関わりたくてこの授業に参加していたので、その言葉を聞くたびに悔しくて歯を食いしばった。

 ある日の撮影現場で、カメラマンの助手が箱馬(撮影によく使う木製の箱)の上にカメラを設置する準備に失敗し、危うくカメラが倒れそうになった。その瞬間、カメラマンの顔が決して私たちには見せない形相に変わり、現場に罵声が響き渡った。身が縮むほど怖い横顔と声だったが、映画の「プロ」を実感した瞬間だった。

 二〇〇三年三月二十七日。公開講座「実践的映像論」の中での初めての上映後には、スタッフ全員安堵の笑みがこぼれていた。そして、「これからも映像に関わっていく気はあるのか」という問いにほとんどの学生が手を挙げた。二〇〇三年度で柳町監督の任期が終わってしまうのが本当に残念だが、これほどまでに実践的で実りの多い授業は、早稲田大学だからこそ存在意義があり、成し得る授業なのだと思う。いつの日かこの授業のことが「早稲田の伝説」となり語り継がれる日が来る気がする。

※映画の内容、今後の上映会の日程等については下記まで。
【URL】http://homepage3.nifty.com/chindon/

※筆者は二〇〇三年三月に卒業

(2003年4月17日掲載)



政治経済学部堀内俊洋ゼミ
 ゼミはやっぱり自主・積極!!

トヨタ自動車見学会の時の写真
トヨタ自動車見学会の時の写真(一番左が筆者)
ゼミの集合写真 in ゼミ合宿
ゼミの集合写真 in ゼミ合宿 (しかも、ゼミ特製Tシャツを着用)
政治経済学部4年 西林 一博

 わが堀内俊洋ゼミナールは、登録の際に定員の2.5倍の倍率をくぐり抜けてきたメンバーがそろった。そのためか、「あれやろう!」と声をかけると、メンバーがすぐに集まる。研究も遊びも積極的に参加する、非常に素晴らしい環境である。

 ゼミ前には自主的にサブゼミナールを行っている。テーマも全て自主的に決定。政治・経済の中から、さまざまな時事問題を取り上げてプレゼンテーション・ディベートを行った。政治経済学部の他のゼミからの参加者もいて、本ゼミとは違う新鮮さがある。毎回の参加者が多いのは、堀内教授が、私たちの研究の自主性を尊重してくれるところである。「やりたいことをやれる」という姿勢に、ゼミ生全員が満足している。

 そして、ゼミの最大の売りが企業見学である。分野を限定せず、さまざまな企業を訪れるものである。金融の立場から東証アローズ。中小企業の研究事例として荻窪の根本特殊科学という町工場。そして先日は、製造業の現場を肌で感じるため、ゼミの後に夜行列車ではるばる愛知県のトヨタ自動車の本社へ出向き、「カンバン方式」などの見学会を実施した。

 就職活動では「自己PR」をみんなで回し、激論を交わしたことも思い出される。学部のソフトボール大会にも参加し、東南アジア、ヨーロッパへの旅行など、学生生活最後の夏休みを共にすることができた。そして、6年ぶりの早稲田祭にもゼミ団体で参加することができた。少ない人数、短い期間でありながらも、原価の切りつめなどで必死になるという、高校の文化祭とは全く違った活動ができた。

 先日、早くも来年度のゼミ生募集が掲示板に出ていた。単に「就職に有利になりそうだから」とか「単位の獲得」という目的でなく、共に「活動」できる仲間を作れるよう、やりたい研究ができるよう、真剣に考えてほしいと思う。