先輩に乾杯! |
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フラは愛、フラは言葉 心にも体にもやさしい“フラ”ダンサー 潤子 クレアパア 一瀬さん
<学生時代は軟式野球サークルを立ち上げるスポーツ少女だった> 「1年生のときはありがちなテニスサークルになんとなく入っていました」と、はじまりはごくフツーの大学生。それが2年生の時に女子軟式野球サークルを立ち上げてしまった。きっかけは野球の授業。体力測定の結果を評価され、先生から指示されたのだ!「学生会館が建つ前のグラウンドで、100本ノックとかやってました。小宮山がキャッチボールの稽古をつけてくれたりして。早慶戦をするのが夢でした。でも、そのサークルは、今は残ってないみたい」と、残念そう。 <“クムフラ”「潤子 クレアパア 一瀬」の誕生> フラとの出会いは卒業後。一流商社で部長秘書となって2年目、フラ教室の門をたたいた。「出身地の広島はハワイ移民が多く、私の伯父も日系2世でした。子供の頃からこの伯父がフラを踊るのを身近で見ていて『いつかは私も』と思っていました」。その後、1997年、ハワイ大学で、生涯の師となるマカナニパア先生(「美しい顔とパワー」の意)についてフラを学んだ。これをきっかけに、フラ修業に度々ハワイを訪れることになる。ターニングポイントは、1999年の6月、キング・カメハメハ・フラ・コンペティションで3位入賞の時だ。偶然会場にいた恩師、マカナニパア先生が、めったに引き受けない個別指導をOKしてくれたのだ。まさに「愛弟子」となったわけだ。翌2000年7月、ついにフラの指導資格でもある「クムフラ」の称号を取得。マカナニパア先生の後ろ2文字を受け継ぎ「クレアパア」(「幸せな成功者」の意)襲名。「クムフラの称号なんて雲の上の存在で、自分がもらえるなんて思ってもいませんでした」。いつしか会社勤めを辞め、フラ一筋の生活に。 <「ハワイ民族舞踊研究会」新規メンバー募集中!> ハワイアンのウクレレを習おうと探し当てた田中英夫先生が、本学の「ナレオ」出身者。ナレオは、かつて大学軽音楽で栄光の名を欲しいままにしたハワイアンミュージックの名門。そこから、ナレオ稲門会との交流が始まった。「ハワイアンの大家である白石 信さんなど、キラ星のようなメンバーと知り会えたのも大きな収穫でした。でも、ナレオの踊り手は私ともう一人だけ」と淋しがる。現在、本学の「ハワイ民族舞踊研究会」を全面支援し、新規メンバーを募集中。「在学中も卒業してからも、私はサークル立ち上げばかりしています。運命ですね(笑)」 <フラ、その魅力は?> 「歌詞に表れてくる自然、愛などの、表現を形にするのがフラ。ささくれた心を癒し、愛する心を思い出させてくれます」。殺伐たる現代日本では、福音とも感じる言葉。また、フラは激しくも穏やかにも踊ることができ、体力勝負ではない。男性のフラも迫力があって魅力的。この夏、フラを始めてみませんか!? さっそく一瀬先輩に連絡だ!! (2003年7月24日掲載)
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