先輩に乾杯! |
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“闘うお嬢様”はプロレスラー 賀川 照子さん
ここまでの人生なら、今ごろは、セレブで優雅な若奥様だったかもしれない。しかし、このお嬢様は大学4年になって初めて進路に悩み、もっと勉強したいと、早稲田に学士入学。この2年間がその前の約20年の教育を凌駕し、お嬢様はハジケ、なんとプロレスラーになってしまった! <早稲田に入り目からウロコ。「人はどう生きてもいい!」と悟った> 「早稲田大学に入って自分の世界がいかに狭かったか実感。早稲田は、まさに何でもありの世界でした」 そんな折、偶然バク転している人を見て「クルクル回りたくなり」中国武術の学校へ。そこでアクション俳優を目指す人々と出会い、吉本女子プロレスの「アストレス」(アスリート&アクトレス)養成企画に応募。元来、体を動かすのが好きだったが、大卒後の遅いデビューにも関わらず頑張り抜き、リングを自分のアクション舞台にしようと考え始めた。 <鎖骨陥没骨折で全治5カ月…家族の猛反対もやがては理解に> 女優なので顔は傷つけないなどの約束事はあるが、試合や練習が始まってしまえば忘れられ、ちょっとしたケガも付き物。しかし、練習中に右肩から落ちて鎖骨陥没の大ケガをした時は、さすがの両親も激怒! しかし、本人の意志が強く結局親は折れた。「今では父も前ほど文句を言わなくなり、母は『てるちゃんのキック上手〜!』と手をたたいてます」 <癒し系レスラーは、“闘うお嬢様”なのよ!> 穏やかな家庭では、蹴るとか殴るという言葉もあまり使わず、「試合中は大きな声を出せ!」と言われても、「バカヤロー」「コノヤロー」とは叫べない。いつしか「癒し系レスラー」と言われるように。 『てるりんはお嬢様なのよ! “闘うお嬢様”』最近自分で付けたキャッチフレーズだ。「以前は『お嬢さまだ』と言われないよう、隠そう隠そうとしていたのに、今は誰も言わないから自分で言う。それでも誰も信じてくれない(笑)」。 さて早稲田に在学中のお嬢様諸君、「私はお嬢様よ!」とカミングアウトしてみよう。周囲がそれを単なる冗談だと思ったら、あなたはもォ正真正銘の早稲田人だ!! (2002年11月21日掲載)
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