先輩に乾杯!

“闘うお嬢様”はプロレスラー  賀川 照子さん

賀川 照子さん
かがわ・てるこ
1975 年東京都生まれ。私立田園調布雙葉学園(幼稚園〜高校)を経て97年東洋英和女学院大学卒業。同年4 月早稲田大学第一文学部に学士入学。専修はフランス文学(卒論指導は平岡篤頼先生)。2000年3月同学部卒業後、吉本興業且蜊テ「アストレス」デビュー。2年限定のプロレス修行後、アクション女優兼タレントに。9月に後楽園ホールでプロレス復帰。趣味・特技:書道(五段)、ジェットスキー、ヌンチャク、ウクレレ。
高さと美しさでファンを魅了するドロップキック
高さと美しさでファンを魅了するドロップキック
 祖父は医学者、父も医師。ミッションスクール出身の母は「命が大切、心が大事」と、心と体の健康だけをおっとりと願いながら一人娘の照子さんを育てた。自宅は大田区内の高級住宅街の古い洋館。幼稚園から高校まで、皇太子妃雅子さまも出身の田園調布雙葉学園に通い、選んだ大学は東洋英和女学院大学。実に分かりやすいお嬢様の初登場。
 ここまでの人生なら、今ごろは、セレブで優雅な若奥様だったかもしれない。しかし、このお嬢様は大学4年になって初めて進路に悩み、もっと勉強したいと、早稲田に学士入学。この2年間がその前の約20年の教育を凌駕し、お嬢様はハジケ、なんとプロレスラーになってしまった!

<早稲田に入り目からウロコ。「人はどう生きてもいい!」と悟った>
 「早稲田大学に入って自分の世界がいかに狭かったか実感。早稲田は、まさに何でもありの世界でした」
 そんな折、偶然バク転している人を見て「クルクル回りたくなり」中国武術の学校へ。そこでアクション俳優を目指す人々と出会い、吉本女子プロレスの「アストレス」(アスリート&アクトレス)養成企画に応募。元来、体を動かすのが好きだったが、大卒後の遅いデビューにも関わらず頑張り抜き、リングを自分のアクション舞台にしようと考え始めた。

<鎖骨陥没骨折で全治5カ月…家族の猛反対もやがては理解に>
女優なので顔は傷つけないなどの約束事はあるが、試合や練習が始まってしまえば忘れられ、ちょっとしたケガも付き物。しかし、練習中に右肩から落ちて鎖骨陥没の大ケガをした時は、さすがの両親も激怒! しかし、本人の意志が強く結局親は折れた。「今では父も前ほど文句を言わなくなり、母は『てるちゃんのキック上手〜!』と手をたたいてます」

<癒し系レスラーは、“闘うお嬢様”なのよ!>
 穏やかな家庭では、蹴るとか殴るという言葉もあまり使わず、「試合中は大きな声を出せ!」と言われても、「バカヤロー」「コノヤロー」とは叫べない。いつしか「癒し系レスラー」と言われるように。
 『てるりんはお嬢様なのよ! “闘うお嬢様”』最近自分で付けたキャッチフレーズだ。「以前は『お嬢さまだ』と言われないよう、隠そう隠そうとしていたのに、今は誰も言わないから自分で言う。それでも誰も信じてくれない(笑)」。
 さて早稲田に在学中のお嬢様諸君、「私はお嬢様よ!」とカミングアウトしてみよう。周囲がそれを単なる冗談だと思ったら、あなたはもォ正真正銘の早稲田人だ!!

(2002年11月21日掲載)