よくわかる!

シリーズ よくわかる!(3) 「人権と平和」
研究最前線
法学部 水島朝穂教授

法学部 水島朝穂教授
■水島朝穂(みずしま・あさほ)
【略歴】1953年東京都府中市生まれ。早稲田大学法学部卒。同大学院法学研究科博士課程単位取得退学。札幌学院大学法学部助教授、広島大学総合科学部助教授を経て、1996年から早稲田大学法学部教授。1999年から1年間、ドイツのボン大学公法研究所で在外研究。博士(法学、早稲田大学)。NHKラジオ第1放送「新聞を読んで」などテレビやラジオで平和や憲法に関するニュースコメントを行っている
【研究分野】憲法学、法政策論、平和論
【著書】『現代軍事法制の研究―脱軍事化への道程』日本評論社、『武力なき平和―日本国憲法の構想力』岩波書店、『司法制度改革と市民の視点』(共著)成文堂、『沖縄・読谷村の挑戦』岩波ブックレットなど多数
【所属学会など】日本公法学会、日本平和学会、全国憲法研究会運営、憲法理論研究会、国際法律家協会理事など
【表彰】1978年小野梓記念学術賞
【趣味】音楽鑑賞、ドライブ。特にブルックナーは中学時代からのファンで、演奏会には新幹線を利用して聴きにいくほど。

■平和憲法のメッセージ
【URL】http://www.asaho.com/
各地で見つけた現物資料
「まず現場」をモットーとする水島先生は、各地で見つけた現物資料を授業やホームページで惜しむことなく紹介している
アフガニスタンのストリートチルドレンが造ったおもちゃ
アフガニスタンのストリートチルドレンが造ったおもちゃ。このおもちゃのミンチ機はは武器をミンチして鉛筆や本などに変えたいと言う思いの表われ。この「平和への転換」という考えは敗戦直後に当時の文部省が発行した『新しい憲法のはなし』の挿絵にもある
 人権問題と聞くと、ブラウン管の中の出来事と考えていないだろうか? 同時多発テロ以降、日本を含めいくつもの国が、「安全」の名の下に人権をないがしろにする立法措置を急いでいる。テロを撲滅するという目的が正当でも、その手段を誤ったり、行き過ぎたりして、さまざまな人権侵害も起きている。
 人権や平和はなくなってはじめて愕然とするもの。今回は憲法学の法学部水島朝穂先生のよく分かる「人権と平和」だ。



現代に生まれる新しい人権を守るには?

〈人権とは?〉
 人権は、内容も範囲も時代や社会と共に常に変化する「ナマモノ」。ゆえに、「国のかたち」を示した憲法の制定時には考えられなかった権利も生まれてくる。「新しい人権問題が出てきたとき、裁判官にその解釈を委ねるのではなく、われわれ一人ひとりが、まずその権利が保護されるべきかを懸命に考える。そして、生活の営みの中で法を豊かにし、人権を発展させていくプロセスが重要です。日本国憲法は、生命・自由および幸福追求に対する国民の権利は最大の尊重を必要とすると述べると同時に、国民に権利自由を『不断の努力によって保持しなければならない』と言っています。103カ条しかない日本国憲法も、55年の歴史の中で、環境権やプライバシー権など判例や運動を通じて豊かなものにしていきました」

〈憲法第13条「個人の尊重」原理〉
 脳死や先端医療の問題など、人権は今後さらに、学際的な解決が必要となる。「もはや、裁判所や法学者だけが考えていく問題ではない。現代は普通の人々の眼差しが、個人の生き方や存在まで傷つける。だから、今日の人権を考える際、日本国憲法第13条『個人の尊重』の今日的ありようを考えていくことが重要です」
 封建的拘束からの個人の解放と共に、全体主義の否定、個人の自律領域の確保を包括し、かけがえのない個人それ自体を価値として扱おうとするのが、「個人の尊重」である。「例えば、『同性婚』を考えてみましょう。憲法第24条には『婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立し』とあり、婚姻は両性、つまり男女間でしか想定していなかったのです。でも、個人の尊重を徹底すれば、『家庭のかたち』の選択は個人に委ねられることになります。ヨーロッパでは、同性婚を認める国が増えてきました。オランダでは養子縁組も可能です。日本でも長期的には、婚姻についての意識も変化するでしょう。まずは偏見の克服が大事です」

なぜ憲法は必要なのか?

〈善意の行動も弱者の人権を侵害する〉
 立憲主義の原点、なぜ、国に憲法があるのか。「権力は必ず『目的合理性』に走る。人は傲慢で間違うもの。だから、『より効率的に』と、政治家や官僚は善意で行動しているのに、いつの間にか弱者の人権を侵す場合がある。目的と手段のバランスが崩れると正義ではなくなるのです。議会、民主的多数者も同様に誤りをおかします」。ゆえに憲法は弱者の領域を示し、国家に権力を抑制するよう働く。ここに裁判所の役割の大切さがある。権力が憲法を無視して人権を脅かしたとき、市民も、憲法の内容を実現しようとする「不断の努力」と普段の努力で、憲法を解釈して、自分の権利を主張していかねばならない。

〈憲法は人々の夢を実現する設計図―市民の想像力と創造力〉
 沖縄は1972年に「祖国復帰」したので、沖縄の人にとってはまだ憲法は30周年。その沖縄の読谷(よみたん)村が、「地方は末端ではなく、先端だ」というコンセプトで、「人間性豊かな環境・文化村」を目指し、日米両政府と対等に渡り合って、米軍基地内に村役場まで作った。「彼らにとって憲法は、自分たちの夢を実現するための設計図というイメージが強い。前村長は、憲法は、国を超えた『自治体外交』を認めているとの考えです。こうした努力が、憲法第92条『地方自治の本旨』を実践的に豊かにしています」

国家だけが平和や人権を守る時代は終わった!

〈「人間の安全保障への道」の提言〉
 第9条を中心とする日本の平和憲法と自衛隊の存在が、さまざまな議論を産んできた。その中で、平和憲法に基づく国際協力、人間の安全保障への道を提言すべく、先生は研究に励む。「憲法の規範力の鍵の1つは、憲法自体に市民と結びつく内容と魅力があること。もう1つは、安易な憲法改正による違憲の事実の正当化ではなく、障害を越え憲法の内容を実現しようとする市民の意思なんです」

〈軍事力によらない平和〉
 1980年代に核戦争を危惧したイギリス内務省が、「Protect & Survive」(核シェルターを配備して生き残ろう)というパンフレットを出して市民に呼びかけた。しかし、思想家のE・P・トンプソンが一文字変えた『Protest & Survive』という同じ形のパンフレットで、平和の非暴力的な実現を呼びかけた。核とシェルターという矛と盾の考えを捨て、国境を越えて市民が手をつなぐことで、米ソの核軍拡を批判して、平和を守ろうという逆転の発想だ。このような軍事力によらない平和のために(1)仲裁・交渉・和解の粘り強い追求、(2)内部からの平和的世論、(3)紛争やテロの真の原因である貧困・飢餓・人権侵害等の根幹治療の3つを先生は挙げる。もはや、自分の生活や権利を守るために、自国の安全のみを考えられる時代ではない。「『もし攻められたら』と、安全第一主義の下、自由や人権を侵す法制をえるよりも、『平和への転換(コンバージョン)』の思想を持つ方がよい。地雷除去活動や、NGOの難民教育支援、相互理解を深める文化や芸術、スポーツなど多面的な交流を市民が行っていく方が、よほど平和で安全な社会になりますよ。『国際的な法による平和』という思想と共に、人権を守る平和や安全保障を国任せにしない考え方が重要です」