よくわかる!

よく分かる「人工臓器」 研究最前線
梅津光生 理工学部教授
大学院理工学研究科生命理工学専攻主任

梅津光生 理工学部教授
うめづ・みつお
1951年生まれ。栄光学園高校、早大理工学部卒、同大学院理工学研究科修了。国立循環器病センター研究員、オーストラリアのセントビンセント病院工学部長(人工臓器開発プロジェクトリーダー)などを経て、1992年より早稲田大学教授。また1993年よりオーストラリアのニューサウスウェールズ大学客員教授も務める。医学博士(東京女子医科大)、工学博士(早稲田大)
【研究分野】
医用機械工学・人工臓器工学
【所属学会】
日本人工臓器学会、日本機械学会、ライフサポート学会、日本エム・イー学会、国際人工臓器学会など
【表彰】
日本心臓財団奨励賞など
【愛読書】
JTBの列車時刻表
【趣味】
テニス
全置換型人工心臓(写真左)と補助心臓(写真中央/右)
全置換型人工心臓(写真左)と補助心臓(写真中央/右)
人工心臓を取りつけると、管から先は体の表面に固定される
人工心臓を取りつけると、管から先は体の表面に固定される
低コストを実現させるための人工心臓の部品の1つ
低コストを実現させるための人工心臓の部品の1つ(写真左:右は型)。これはハウジング(血液室)と呼ばれる。材質はポリウレタン
「人工臓器」と聞いて、何を思い浮かべるだろうか。「医学部のない早稲田大学で人工臓器?」とちょっとした違和感を感じる学生も多いのでは?しかし、実際には早稲田大学の中でも、人工臓器に関わる研究が理工学部を中心に行われているのだ。
 今回は、人工心臓の開発では草分け的な存在である梅津光生理工学部教授の研究を紹介しよう。

Q 「人工臓器」って、病院ではなく理工学部で作るものなの?
A 人工臓器は、理工学と医学の結晶物!


 人工臓器の研究と言うと、高度な医療技術を駆使した医学の分野の研究のように見える。ところが、実際は工学の基礎技術と医学が連携して、初めて実現することができるかなり地道な研究の成果なのだ。
 研究のきっかけは、「指導教授だった制御工学の土屋喜一教授に『女子医大に行って共同研究をしてきなさい』と言われたこと。本当は大型バスの設計をするか、運転手になりたかった!(笑)」。東京女子医大では多くの動物実験を経験。無駄死にが多いと感じ、何とかしたいという思いから実験用シミュレーターを開発し、特許を取得した。その後、現在では、本当の心臓のような動きや血液の循環を機械で再現することも可能になった。循環系を解析し、人工臓器を作り、それを検証する、これが梅津研の研究だ。
 人工臓器の一つである人工心臓の研究は、1957年にアメリカで日本人の手によって開始された。ちょうどこの頃、人間を月へ送るという計画も出始め、どっちが先に成功するかというのが当時のホットなニュースであった。早稲田大学の人工心臓の研究は、1963年に土屋教授の手によって始まり、それを梅津教授が継承した。。
 人工臓器を開発していくには、(1)材料の開発、(2)設計、(3)製作技術の3つの大事なポイントがある。これらの条件が最高の状態でそろって、初めて人工臓器として機能する。このポイントのすべてが理工学の得意とするものである。
 人間の身体には血液が循環しているが、この血液が人工心臓のちょっとした凸凹を異物として認識すると、それを拒絶しようとして血栓(血の固まり)を作る。これが血液の流れに乗って体内へ散ってしまうと、脳梗塞や腎不全になり、最悪の場合は死に至る。
「そうさせないように、生体に適応する材料を選び、上手に設計し、注意深く制作をするのが工学の使命であり、とても地道な研究なんだ」と梅津教授は言う。
 梅津研では、現役の医師たちも加わって研究が行われている。
梅津教授自身が手術へ立ち会うことも多い。循環器病センター研究員時代には人工心臓を持って、日本全国の病院を駆け回ることも多かったとのこと。工学の研究者が手術室に入るということでも、草分け的な存在だ。

Q 心臓移植を人工心臓でしているの?
A 現在は本物の心臓を助けるための補助心臓が主流!


 人工心臓とは、心筋梗塞や心筋症、心臓手術後などで不全に陥った心臓に対し、足りない心拍出量を補助したり(補助心臓)、あるいは心機能全体を代行する(本来の心臓の代わりに半永久的に体内に埋め込む全置換型)人工の血液ポンプシステムの総称である。それらのうち、補助心臓とは、病んだ自分の心臓の機能を補い、心臓移植までのつなぎとして使うもの。現在の研究の主流である。「例えば、体重50kgの人がいるとする。この人の場合、心臓は1分につき5リットルの血液を出している。この心臓が心不全となり、1リットルしか出せなくなると、その人は死んでしまう。でも、残り4リットル分を補助心臓で補えば生きていける」
 補助心臓をつけている間は、基本的には安静が必要だが、車椅子などでゆっくりと動くことも可能だ。
 一方、東京女子医大との連携大学院の一つの成果として、画期的な研究も行われ始めている。「にわとりのヒナの心筋細胞を培養して細胞シートを作成すると、培養液の中でなんとその細胞シートがドクッドクッと心臓の拍動のように動き始めるんだよ。機械の力を使って細胞を整列させると、力が一方向に定まり、さらに収縮する力が強くなる。この細胞シートを心臓の悪くなったところにペタっと貼りつけると、心臓がうまく動き始めるかもしれない! これは再生医工治療という分野になるけれど、これこそまさに理工学と医学の融合だね」

Q 人工心臓って高額のイメージがあって、移植をためらってしまう患者さんも多いのでは?
A 21世紀は低コストの人工心臓を開発する時代


 現在の国産の補助心臓は、1つにつき約350万円。これを高いと感じるか安いと感じるかは、その目的で異なってくる。補助心臓のおかげで3日で回復する例もあれば、無事に心臓移植を受けるまで1年以上かかることもあるからだ。
 人間の命を救うのに金額を気にすべきでないと思うかもしれない。「医療機器というと安全でしかも性能が良いのが基本で、費用は二の次になることが多い。だけど、例えば車を購入する時、誰もがベンツやBMWなど世界的に性能が良く高額な車種を選ぶわけではないよね。近所へ買い物へ行くために使うから安価な軽自動車を選ぶ人だってたくさんいるんだ。これと同じで、人工臓器にも目的に合わせたチョイスがあっても良いと思う。お金をかけて長持ちして性能の良いものを作る研究や、心臓の機能を短期間で回復させるためのものを安く作る研究なんかがあってもいいんじゃないか」
 梅津研では、大田区の町工場から学んだ技術で、現在の10分の1のコストで人工心臓を開発する研究も行っている。今以上に需要が増えて、より多くの患者さんが元気になることを祈りながら日々研究に励む。
 今後、周辺のテクノロジーの進歩により、人工臓器の研究は、理工学的・医学的にもアプローチがより具体的に、より明確になっていくだろう。理工学と医学の融合である生命科学・医工学という新しい研究分野の発展で、より多くの心臓病患者の命を救うことが可能になるだろう。

梅津研の皆さん
人工心臓の研究に毎日精を出す梅津研の皆さん

(2002年7月18日掲載)