先輩に乾杯!

会社員→結婚→二児の母→医大生
仲津留 恵日さん

仲津留 恵日さん
なかつる・えにち
 1967年埼玉県生まれ。県立浦和第一女子高校を経て87年4月教育学部理学科数学専修入学。鈴木晋一ゼミで卒論指導を受け、91年3月同学部卒業。同年4月(株)住商情報システム入社。93年6月退社。99年4月国立東京医科歯科大学入学。現在、同校4年在学中。
 早稲田出の医者第2弾は、前回(2年前の911号)の例より一気にパワーアップ。恵日さんは、卒業後、システムエンジニアとして約2年働き出産を機に退職。2児の母となってから受験勉強を開始し、3度目の挑戦で合格。現在、東京医科歯科大学医学部4年在学中。インタビューは仲津留家で。一見レスラー風な同窓の夫(沖永良部(おきのえらぶ)島出身。たくましさと優しさを併せ持つ厚生労働省公務員)と小3女児(今回カメラ担当)と小1男児の4人で志木市の小さなマンション暮し。

<観察好き! 生物大好き! でも、趣味にしようと考えた>
 女性が生活を支える手段として、「とりあえず教員資格を」と、大学では数学専修に進んだ。そこで所属したコンピュータ・サークルで覚えたプログラミングが面白くなり、その方面に就職。
 でも、生来の生物好きは変わらず。教育学部のエレベーターでウニをバケツに入れて運ぶ白衣のグループを見ると「あっ! ウニの観察だ!」と羨ましく、生物実験室のドアが開いていれば「何か見えるかな」と覗く妙な学生だった。
 会社員時代も、在宅でZ会(物理)の添削をしながらの子育て中も、生物や医学関連の読書やTV番組視聴の「趣味」は続行。

<「生まれ変わったら? 生まれ変らなくても今やれば!」夫の一言で人生が変わった!>
 「私、生まれ変わったら生物か医学やりたい」と言う妻のつぶやきに、夫のこの一言! 年を追うごとに募る知的渇きは独学では癒せないほどだったが、思いがけない夫の一言に背中を押された。多忙時は自身が夜中の3時に帰宅するようなキャリア官僚がなかなか簡単に言えるセリフではない。妻、2児の母、難関医学部受験生(地理的経済的条件に合うのは東大か医科歯科大だけ!)すべてを完璧にこなすのは無理だ。家族全員が何かを少しずつ我慢しながら恵日ママを助ける。特に夫の隆氏のおおらかな後ろ盾は大きい。早大生諸君! こんなことを伴侶に言える人間を目指せ。そして誰もが認める情熱を持ち続けよ。そして、何より伴侶はよく選ぶべし。

<医学部は「学歴ロンダリング」の場じゃない!もっと学ぶ楽しさを分かってほしい!>
 子供のころからの夢がかない、どの授業も実験も面白くてしょうがない。また、物をじっと観察し絵を描いてきた目が、解剖や診断画像の読み取りなどに非常に役立つのも発見。これまで積み重ねてきた幅広い知識のおかげで「何でそんなことまで知ってるの?」と20歳そこそこの同級生によく言われる。そして「私は身の回り全部親がかりでもいつも時間が足りなくてヘトヘト! 2児の母なのに、全然大変そうに見えないのはなぜ?」と驚く。これは、居ても立ってもいられないような知的渇望感を味わった社会人学生であればこそ。「学ぶことがどれほど楽しいか」を教えられるのも、社会人学生の存在意義だと彼女は信じる。
 「医学部に入れば一発逆転!」とばかりに、いわば「学歴ロンダリング」をしようと再受験戦線に加わる人が増えているという。だが、今や医者余りの時代で、昔のようにオイシイ職業ではない。知識だけでなく対人折衝能力が大切で、口のきき方ひとつが訴訟につながったりする。「本当に好きなことなら続けられる。自分の大切なものを忘れないで!」それだけで人生がいかに豊かになるかを恵日さんの生き方は証明している。

☆恵日さん自身のHPを公開している。「えにっ記」という漫画レポートがオススメ。子供たちとの対話、大学での実験の様子、医大生の日常などが軽妙なタッチでほのぼのと描かれている。
【URL】http://www.tt.rim.or.jp/~turuenny/index.htm

(2002年6月27日掲載)