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心と語らう世田谷散歩―美術展案内―
政治経済学部教授 牛丸 聡

牛丸聡政治経済学部教授
▲牛丸 聡政治経済学部教授
 財政学を専門とする牛丸聡政治経済学部教授のもう1つの顔は、趣味の域を遥かに超えた美術評論。美術評論家であった故・坂崎乙郎先生の門下生として美術研究に努め、年間に100以上も美術展に足を運ぶ。研究室の本棚は財政学の研究書と美術書が半々と、美術研究にも並々ならぬ情熱を注いでいる。
 「将来、美術評論の本を1冊上梓し、坂崎先生の墓前に捧げるのが夢」と語る牛丸先生に、この秋オススメの美術展を巡る、小さな旅をレポートしていただいた。遠出をすることだけが旅ではない。授業の合間にぶらりと出かける風雅な旅で、深まりゆく日本の秋を慈しんではいかがだろうか?



 秋が深まり、遠くから冬の足音が聞こえてくる。落着いたこの季節、本当の美に出会いたい、心について深く考えたい。そう思って、美術館を巡る散策に出た。「心と語らう世田谷散歩」。12月2日(日)に終わってしまうが、しっとりとした2つの美術展を紹介しよう。

◆20万冊の和漢の古典籍と5千点に及ぶ東洋古美術品を収蔵する「静嘉堂文庫」
 田園都市線の二子玉川駅からバスに乗り、静嘉堂文庫入口で下車する。門を入り、両側を樹木で囲まれた道を歩んでいく。山道を歩いているように錯覚してしまうが、それは美という異なった時空間に私を導く回廊のように感じられる。眺望が開けてくると、上品な静嘉堂文庫の建物が目に入ってくる。その左に、美術館が建っている。静嘉堂文庫美術館。優れた館蔵品を選び展示した今回の展覧会。「伝えられた名宝―美の継承展―」。
 入口から真直ぐ進むと、紅葉した木々を臨むことのできる窓から入る自然光の下に一つのケースが置かれてある。その中に、「ようへんてんもくちゃわん曜変天目茶碗」が納められている。曜変天目茶碗とは、内部にさまざまな班紋を持ち、外からの光を受けて、それらが微妙な光彩を放つ、中国南宋時代のお茶碗である。世界で3つしか残されていない。そのすべてが日本に伝わり国宝に指定されている。展示されているのは、その一つである。黒釉の上に浮かび上がる班紋。その班紋の回りには、自然光に反射して、藍色を始めとした、虹のような色彩が生まれている。心を振るわせる、本当の美しさ。口径12.2cm、高さ7.2cm。小さなお茶碗の内部なのに、広大な宇宙が存在している。人間の大きさというものについて深く考えてしまう。今の私という存在が、途方もなく小さく思えた。
 別の展示室には、国宝「俵屋宗達筆 源氏物語関屋澪標図屏風」、国宝「倭漢朗詠抄 太田切」、大名物「唐物茄子茶入 松本茄子」などの優品がいくつも展示されている。

◆国宝5点、重要文化財49点を含む約4,000点の美術品を所蔵する「五島美術館」
 心を残しながら、もう1つの美術館に向かう。二子玉川駅から大井町線で1駅、上野毛駅で降り、閑静な住宅街を縫っていく。五島美術館に辿りつく。国宝「源氏物語絵巻」「紫式部日記絵巻」を所蔵し、春と秋には特別展示している。本年のそれらの展示はすでに終わってしまった。12月2日(日)までの今の時期には、「名物裂(めいぶつぎれ)―渡来織物への憧れー」という特別展が開かれている。茶人がその道具において用いた渡来織物を陳列した美術展である。ケース越しに1つひとつの織物を眺めていて、私は織物というものがこんなにも美しく、しかも温かいものであることを改めて知った。
 それらを見ながら、次のようなことを考えていた。私を含めたこの頃の人間は、どうしてか思いやりを失い、温かさをどこかに置き忘れてしまったようだ。織物の文様とその色彩を視線で追いながら、思いやりと温かさが人間にとって大切なのだと改めて感じた。せめて私は生涯人を傷つけることのない人間であり続けたい。
 世田谷散歩の最後、私は歩みを留め、1本の街路樹を見上げた。枝に残る葉は、黄や橙、微妙な赤紫に色を変えていた。表に陽光を受け、輝きを放っていた。決して誇示することはなく、静かに己の良さを示している。だからこそ、美しい。本当の心を大切にしたい。

■静嘉堂文庫美術館
【URL】http://www.mitsubishi.or.jp/jp/group/seikado/info.html

■五島美術館
【URL】http://www.gotoh-museum.or.jp/top.html

(2001年11月29日掲載)

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