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シリーズ・アイルランド紀行<3回連載>
最終回 アイルランドのパブでの会話 
教育学部助教授 及川和夫

及川和夫助教授は文学研究科博士後期課程出身。イギリス・アイルランド文学専攻、アイルランド出身のW.B.イェーツやワイルドを研究対象にしている。学生時代からアイルランドの伝承音楽に興味があった。ダブリンのユニバーシティー・カレッジの研究者を今月本学に招聘することになり、その打ち合わせの為、今夏アイルランドを訪問したものである。
※このシリーズはテーマカレッジ「アイルランドの文化」担当教員がリレー形式で執筆している。


ギル湖-白鳥の湖?
▲ギル湖-白鳥の湖?
アイルランドは北海道?
 今年の夏は半月少々イギリスとアイルランドに滞在した。アイルランドには北海道出身の私に故郷を思わせるところがある。リフィー河が流れるダブリンは、運河と赤煉瓦の倉庫のある小樽に似ている。詩人イェーツの墓があるスライゴーには白鳥の遊ぶギル湖があり、少年時代よくサイクリングをした洞爺湖を思わせた。霧にかすむベン・バルベン山は有珠山か。
 数年前小樽に行ったとき、運河の岸辺にアイルランド人女性の辻フィドル(バイオリン)弾きがいたのを思い出す。今思えば彼女がそこに居着いたのは、小樽という街がどこか故郷を思わせるせいだったのかもしれない。またアイルランドを代表する作家ジョイスのもっとも早い日本への紹介者に、小樽出身の伊藤整がいたことも一層この感想を裏付けてくれるような気がする。戦前の小樽は金融街、港町として栄え、人口も多かった。現在も港の方にはロシア人が多く、コンビニにはロシア語の表示があるエキゾチックな街だ。

パブ「ザ・テンプル・バー」の演奏風景
▲パブ「ザ・テンプル・バー」の演奏風景
テーブルの上のグラスに注目-飲みながら演奏している
音楽の街ダブリン
 ダブリンは音楽の街だ。スピーカーが異様に多い。繁華街テンプル・バーのパブでは音楽の生演奏は必需品である。ギネスかマーフィーズ片手に生演奏、これです。なかでも2大拠点は私の泊まったフィッツサイモンズ・ホテルの1階にあるパブと、そこから歩いて5秒の「ザ・テンプル・バー」だ。といっても、そこには微妙な相違もある。フィッツサイモンズは簡素ながらステージを設け、マイク+アンプ+スピーカーを備え、数年前から盛り上がっているアイリッシュ・ダンスをフィーチャーしているのに対して、テンプル・バーは客席と同じ目線でノー・マイクの歌と演奏を提供するのを「売り」にしている。
 私は最初テンプル・バーに行ったが、いきなり現在オーストラリア在住のスコットランド人歌手エリック・ヴォーゲルの反戦歌The Band Played Waltzing Matildaが聞えてきたので打ちのめされた。オーストラリアの第2国歌とも言えるWaltzing Matildaを歌いこんだこの歌は、トルコ人との戦争で脚を失った元兵士の「もうWaltzing Matildaは踊れない」という嘆きを歌っている。個人的には、学生時代から愛聴するイングランドの女性歌手ジューン・テイバーの無伴奏の崇高な歌声が忘れがたいが、アイルランドでは地元出身のパンク・フォーク?・グループ、ポーグスが有名にしたのだろう。こんな歌を覚えているとは、さすがアイルランドだ。

ボイル(左)とオニールのダブリン凸凹コンビ
▲ボイル(左)とオニールのダブリン凸凹コンビ
ボイルはサッカーが好きで「W杯の時に日本に乗り込む!」と息巻く。オニールはそんなボイルをなだめるイイ奴
パブでの会話
 旅をナメている私は、最初の2晩の宿しか取っていなかった。しかも家を出る10分前に国際電話で予約したのである。ところが向こうに着くと、その後の宿がない。予約だらけ。聞けばU2の凱旋コンサートだという。8万人集まったそうだ。「ボノやエッジのせいで宿なしになりかけた男」、これって自慢になるのだろうか。そこで西のスライゴーへ。パブで78歳の爺ちゃんに捕まる。8月下旬だがツィードの上着にハンチング。絵に描いたようなアイルランド爺ちゃんだ。「テレビなぞ見るから眼が悪くなる」に始まり、「戦争の時は塹壕掘ってな」「マイクなんぞ使うから音楽がうるさくなるんじゃ」等々、延々と話すが3分の2位しか聞き取れない。何しろ「お年寄り、田舎の人、酔っている」の3拍子である。翌日は「オイカワ」と発音できないパブの兄ちゃんにJapanese Paddyと命名される。隣のカリフォルニア出身のお姉ちゃんはAmerican Paddyだそうだ。アメリカ人は沢山いた。大学を出て「世界を見ている」というテキサス出身の若者は、ロックとブルーズが好きでカントリーが苦手だが、「ダブリンは最高!」と語っていた。またダブリンの技師ボイルはサウーディ・アレイビアで3年間日本の建設会社に勤務していた。曰く、「3年働いて分かった、俺には日本人は分からんてことがさ」。無知の自覚が知識の第1歩だろう。「ハハハ、違いねーや」。世の中は広く、かつ狭い。皆さんも行ってみませんか、アイルランド。どんな人に会えるかな。
 来年はアイルランド・カレッジで歌の授業をするので興味のある人は是非(と、「営業」を忘れない私でした)。


(2001年10月18日掲載)

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