こんな授業!どんなゼミ?

2001年度後期分 目次




国際貿易研究ゼミ 〜高麗大学との交流を終えて

商学部4年 池田篤史

 わがゼミは2000年4月にできた新しいゼミである。木下俊彦教授は民間企業を経て去年の4月に商学部に着任したばかりだからである。ゼミでは主に東アジア経済における貿易や通商問題について勉強している。最近では、中国のWTO問題やFTA(自由貿易協定)のことを取り上げた。
 ゼミで、学生から海外で発表をやりたいという提案が出た。11月の商学部デーに韓国の高麗大学で発表することになった。韓国での発表前に、9月に民間企業で働く方を審査員として招き、学生を5つのチームに分けてプレゼンテーションを行い、順位を競った。そこで高麗大学で発表を行う3つのチームが選出された。
 ここから本腰を入れ、プレゼン内容に磨きをかけた。出発前の1週間は深夜遅くまで議論した。我々は語学力では劣ると感じ、「日韓トンネル構想」、「日韓共同証券市場」という発想力で勝負することに決めた。ただ先生から「それはあまりにも現実味がなく、もっと実証に照らさなければならない」と指摘を受けた。しかし、「相手の心に訴えるものでなければならない」と、発想で勝負しようと決めた。
 発表会の当日は、パワーポイントを有効に使い、英語で議論やプレゼンテーションを行い、我々も韓国側のプレゼンテーションも結果的に成功したと思う。
今回の交流で2つの発見をした。1つは国内外を問わず斬新な発想は相手に訴えることができるということである。韓国の教授からも賛辞をいただいた。もう1つは高麗大学のビジネスの授業は英語で行われて、英語に優れた人が多かったことである。
 韓国の学生はさまざまな事例を挙げる実証的な発表が多く、我々のは斬新なアイデアが強みであり、両者が切磋琢磨できたことは有意義であった。海外での発表は我々のゼミのテーマである「国際貿易研究」において必要不可欠であるということをより一層実感した。今後もこうした海外交流を我々のゼミの伝統として築いていきたいと思う。
討論を終えて高麗大学生と木下ゼミ生と一緒に記念撮影
討論を終えて高麗大学生と木下ゼミ生と一緒に記念撮影

(2001年12月13日掲載)


「インターンシップ基礎演習」配属先:(株)鷹山
〜体感! ベンチャースピリッツ

左から人事担当の桧垣さん、2番目が筆者、3番目が情報システム室室長坂口さん、4番目が情報システム室市川さん。
左から人事担当の桧垣さん、2番目が筆者、3番目が情報システム室室長坂口さん、4番目が情報システム室市川さん。
理工学部情報学科2年 片山博順

 私がこの「インターンシップ〜ベンチャーコース〜」に参加した目的は大きく分けて2つあった。一つは、自分が将来的に身を置くであろう「IT産業の世界」を肌で感じたかったこと。そしてもうひとつは、「ベンチャースピリット」に触れたかったことである。
 実習を行うにあたり、事前に、派遣先である(株)鷹山の担当者の方と、「私がこの実習で何を得たいのか」について十分に話し合うことができ、二週間という限られた時間だったが、非常に内容の濃いカリキュラムを組んでいただくことができた。この実習で体験したことは、その一日一日が新鮮で、机上の勉強に少々疲れていた私に活力を与えてくれた。
 実習内容は、2週間かけて、ベンチャー企業を支える各セクション(開発、営業、総務、法務etc)に1日づつ配属していただくという形で、その結果ベンチャー企業という組織が社長を中心にいかにダイナミックに動いているかを肌で感じることができた。また、第一線で活躍される技術者との対話は貴重だった。会食の中で語られる「片山くん、技術者ってのはさぁ……」で始まる一言一言が財産となり、その多くが、今でも心に刻まれている。初日と最終日、幸運にも高取社長に直にお話を伺うことができたが、その時に感じた身震いするような感動は今も忘れられない。「これがベンチャースピリッツか!!」と。
 「ベンチャースピリッツ」。口に出すのはたやすいが、あのあまりに巨大なエネルギーには実際に参加してみないと触れることはできなかったと思う。もしも、またこういった機会があれば是非参加したい。「何かがやりたい!」少しでもそう思う人には、お勧めできる講義だと思う。

(2001年12月6日掲載)


「インターンシップ基礎演習科目」新宿区役所「外国人留学生と区長との懇談会」の企画・運営・司会進行

小野田隆区長と外国人留学生の懇談会(左奥で立っているのが古川さん)
小野田隆区長と外国人留学生の懇談会(左奥で立っているのが古川さん)。「国際理解は、ボランティアなど、一緒に仕事することで促進されるのでは」など、活発に意見交換がなされた。
法学部2年 古川瑞穂

 インターンシップの制度のことは、前から知ってはいたが、就職活動の事前根回しにすぎないのではないか、と疑問に思っていた。また、自分がやってみたいことをやらせてもらえるのか、学校の授業との兼ね合いはうまくいくのか、企業の都合で業務の幅が狭められはしないかなど、個人で参加するには不安が多すぎた。
 しかし、大学の授業であれば、インターン生同士の情報交換になり相乗効果が期待できるし、不安なことも大学に相談できる。就業先と学生の間に大学が入り、何回も相談しながらマッチングができるので、業務内容についての希望も出しやすい。また、大学で受けた事前・事後の授業は、マナー演習、キャリア形成、政策形成など通常の講義形式の授業にはない新鮮さがあり、驚きと発見の連続だった。
 今回のインターンシップ受け入れ先は新宿区役所で、企画部広報課から外国人留学生と区長との懇談会を企画し実施するようにとの連絡があった。その事前業務としては、関係者から聞き取り調査をしたり、資料を集めて分析し、現場において生じている問題を考えた。去年まで特に設定されていなかったテーマを「交流」にし、司会者からの国際交流事業についての説明も加え、資料も参加者に配布して、意見交換の参考になるように工夫した。参加する留学生には、事前に面接し、自己紹介カードを提出してもらい、懇談会を進行していく上で参考になりそうな情報を把握した。職員の方たちにはロールプレイング方式でリハーサルを行い指導していただいた。
 自分が企画した懇談会がはたして成功するだろうか、不安と期待が入り乱れる中、当日を迎えた。留学生は皆、日本に来て1年足らずにも関わらず、日本語で一所懸命に意見を言ってくれ、大変スムーズに進めることができた。彼らは目をきらきらさせ、一日一日を有意義に精一杯過ごしているように感じられた。後日、懇談会の記録として、議事録をまとめた。立案し、自信を持って相手に説得し、納得いくまで具体化する。これが今回の業務を通し、企画について私が学んだことである。

(2001年11月29日掲載)


「インターンシップ科目演習 国際貢献コース」
〜JETROハノイセンター実習生の視点〜

ハノイ大学学生との交流
ハノイ大学学生との交流
商学部4年 林 正
政治経済学部政治学科2年 紀野秀行


 スーツ姿で毎朝、ハノイ一の目抜き通りを歩く日本人が2人。真夏である。地元の人は絶対に着ない。街の中で明らかに浮いていたが、何を隠そう、それが私たちであった。今回のインターンシップは、学部生派遣としては初ということもあり、緊張していた。全く過去の蓄積がないため、どのような仕事をするのか、どんな危険地帯で何に巻き込まれるか、鬼が出るか蛇が出るかと勢い込んで乗り込んだのである。
 ところが着いてみるとひどくのんびりした所で、当初から予定されていたJETRO広報誌用のレポート作成や情報収集を除くと、オフィス外での活動が主な実習内容となった。現地工場実態調査や市場における家電価格調査、ASEAN内貿易での企業戦略セミナーへの参加などを通して、さまざまな地元の人々や在越邦人から生の意見を聞くことにした。せっかくベトナムまできたのだから、空調の効いた近代的ビルにいてもつまらない。
 現場での活動で衝撃的であったのは、現地労働者を含む市民層の、意外なほど低い発展に対する意識である。開発経済学では、内発的発展のプロセスには現地市民の発展に対しての明確な意識が必要である、と言われる。しかし実習期間を通じ、出会った一般のベトナム人の口からは、国の発展に対する積極的な意見を聞くことはなかった。交流した大学生などの一部の人間が、国の発展を真剣に考えていただけである。市場経済体制導入による負の影響も強く存在し、貧富の差も大きいように見えた。まだ発展というプロセス自体が一般市民層を含んでいるとは言えないと感じた。大学で学んだ理論を現場で肌で感じること─インターンシップは、その絶好の機会となった。
 実習中、悪夢は突如として襲ってくる。緊張がほぐれた時は2人そろって腹痛に。同じ物を食べていなくても同時にかかるのである。何度か腹を壊したが、幸い大事には至らなかった。宿泊先が個室で本当によかった。

(2001年11月15日掲載)


「インターンシップ基礎演習」―ベンチャーコース― 〜時速200キロで十分間車を走らせたことはあるか?〜

企画開発作業にあたる筆者
▲企画開発作業にあたる筆者
商学部3年 城間 健市郎

 私がベンチャーコースを選んだ動機をまずは伝えたい。私はゼミで経営学を学んでいるので、ベンチャー経営に興味があったこともあるが、要はベンチャースピリットに触れたかった、そして、実社会を垣間見たかったからである。
 実際に、社会人としての私は仕事に対しての意識の低いことを痛感したし、ベンチャースピリットを肌で感じて、彼らのエネルギーに圧倒されることもあった。見かけはただのサラリーマンに見えても実はベンチャー起業家なんて事も多々あった。彼らは家庭も地位もあるのに、すべてを賭けて勝負しているのである。そんな姿を見て、大企業志向で安定志向だった自分が恥ずかしくなった。そうした経験の中で、私は社会へ出るにあたって、学生から社会人に脱皮するのに必要なモノが何なのか知ることができた。
 良い大学に入るために勉強してきて、いざ大学に入ったら、大学での勉強に対してモチベーションがなくて、勉強しないと言う人は多いように思う。もしそうなら、一度インターンシップをしてみれば良い。社会を肌で感じれば、社会に出るにあたって自分に何が足りないかを知り、それを得るため勉強しようというモチベーションが生まれるはずだ。
 最後に体験したことを一つ伝えたい。堀場製作所 堀場雅夫会長と出会った時のことである。彼をはじめ、たくさんの大物社長に出会ったが、彼は一際輝くエネルギーを発散していた。当然、彼が語った一言は忘れられないものとなった。会長は「時速200キロで十分間車を走らせたことはあるか?」と尋ねられた。もちろんあるはずはない。しかし、ベンチャー企業で成功する人はビジネスの世界で、それに相当するほどの無茶な仕事振りをし、苦労した末に成功しているという意味であった。私は1カ月間、時速200キロで走る、ベンチャー企業と言う車に試乗していたのである。

(2001年11月8日掲載)


インターンシップ基礎演習科目:ドイツNRW州インターンシップ参加

デュッセルドルフ市長表敬訪問の記念写真
デュッセルドルフ市長表敬訪問の記念写真(8月22日)。10大学から50人の学生が参加した。
商学部2年 畑原麻梨子

 大学2年の夏をどう過ごそうかと考えたのがこのインターンシップへ参加するきっかけだった。私はデュッセルドルフ日本商工会議所への研修が決まった。ドイツ滞在期間は27日間。いろいろな人に出会い、さまざまな経験をし、海外生活を味わった。
 インターンシップを通して学んだことの一つは、社会経験も業界知識もないのに実務をさせてもらうので、頂いた業務をできる限りやり遂げること。もう一つは、自分の興味あることをその仕事を通じて学ぶこと。私は、自分から提案して、デュッセルドルフに進出している日系企業へのアンケート調査と会社訪問、また、実際のインタビューまで全部任され、帰国した今、その分析を始めた。興味があることは、将来のキャリアにつながる。そのイメージを持っていてはじめてインターンシップ参加の意義があると思う。私自身、将来の職業や生き方を考える良い経験となった。

 学生時代に一定期間、自分の専攻やキャリアプランに関連する企業・自治体などで実務経験を体験する制度がインターンシップだ。
 日本ではまだあまり普及していないが、本学では今年度から「インターンシップ基礎演習科目」でその体験ができ、単位も取得できる。このシリーズは、行政、国際貢献、ベンチャーの各分野から学生に寄稿してもらい6回シリーズで掲載している。
 インターンシップに関する情報は、オープン教育センターホームページを参照。
【URL】http://www.waseda.jp/open/internships/menu.html
※ドイツNRW州インターンシップは来年度も実施予定。


(2001年10月25日掲載)


2001年度 インターンシップ基礎演習 (国際貢献コース)
"初めて"が生んだ苦労と収穫


▲インターンシップを通じて、得がたい経験だけでなく、学生でも社会に貢献できることを実感
社会科学部 4年  齋藤文徳
政治経済学部 3年 馬場久美子


 今回の受け入れ先となっていただいたJICA東京国際研修センター(TIC)にとっても、そして私たちにとってもインターンシップというのは初めての試みであった。苦労を伴ったが、この"初めて"ということが私たちに、最終的に大きな収穫をもたらした。
 インターンシップといえば、書類やパソコンに向かい実務的に事業をサポートすることをイメージしていた私たちは、開始早々、延々と続く職員の方たちによる講義の連続に戸惑った。
 一方、職員の方々も、どのようなプログラムを組めば真に学生のためになるのか試行錯誤なさっていた。
 その中でも、TICの方々は私たちの声に精一杯耳を傾けてくださった。このことで、互いに意見を活発に交えることができ、TIC職員の方々と学生によって、私たちなりのインターンシップを作り上げることができた。
 最初は戸惑った講義の連続も、結果的には、講義があったおかげで、その後関わった事業をそれぞれ点と点のままにせず、一本の線として理解することができ、実務にも問題なく取り組めた。自分たちの一つひとつの行動を緩慢に見過ごすことなく、主体的に行動することができたのである。
 当初は大学では得難い実務的経験を得ることが最大の目的であったが、この経験は、それに加えて、自分が置かれた局面で熟慮し、自分たちができることを最大限実行する姿勢が重要であることを確認させてくれた。そして、実習中に職員の方々から、JICAを介して来日する留学生に対するサポートに限界があることを知った私たちは、友人として彼らをサポートすべく"FUSION"という名のサポートグループを立ち上げた。
 こうして私たちは、ただ受動的に本機関に関わるのではなく、学生でも貢献できることを実践する道を模索し、実現させていこうとしている。私たちは職員の方々と共に、初の試みで何も下地のないハンディを克服し、短期間で最大限の成果をあげることができたのある。
 インターンシップはまだまだ日本ではなじみの薄いものではあるが、私たち自身がそれぞれのインターンシップを創造する余地があふれていることを実感した。本学の学生の皆さんが一人でも多く学生のうちにインターンシップを経験することを強くお勧めしたい。

(2001年10月18日掲載)


高橋世織ゼミ 〜イメージの図像学〜

政治経済学部経済学科3年 田中俊行
 高橋世織ゼミと聞いて何を思うであろう? 私は早稲田に入学し初めて先生の講義を聴いて"これが大学の授業だ!"と深く感激した。そんな先生の下で学んでみたいと思ったのが高橋世織ゼミの門を叩いた個人的な理由である。

 正直ゼミに入る前は何をするのか分からなかった。毎年写真展をやっているくらいしか知らなかった。ましてや当時の私はカメラや写真が大嫌いだった。なぜならば私にとって写真といえば旅行で名所をパチパチ撮ることで、そのことに違和感を覚えていたからだ。"自分の瞳がシャッターさ!"と変なことを心で呟きながら。しかし、ゼミに入り、私の写真に対する考えは貧しいものであることに気づいた。

 さて、ゼミの特徴・内容はというと、まず先生に負けずゼミ生が個性的であるということだ。映像に興味ある者は勿論、音楽、演劇、パントマイム、体育会等に打ち込んでいる人などさまざまだ。ゼミの進め方は先生の助言の下、学生が話し合って進めていく。前期の前半(4、5月)はゼミ生の興味関心のあるテーマを自由に設定して発表し議論をするというやり方であった。そのテーマも実に多彩で、色彩・同潤会アパート・種子島・タイムマシーン等々枚挙に暇がない。前期の後半(6、7月)は写真にテーマを絞り各々の主題に則した写真を撮り、それを持ち寄って映写機を通して発表・議論となった。二泊三日の夏合宿もし、共通テーマを決めてカメラを持ってフィールドワークをし、キャンプファイヤーやソフトボール(世織先生も! しかも中々上手い!!)もした。

 そういう過程を通じて自分は「主題に則して(則さなくても)撮りたいと感じたモノを撮る行為」にはまってしまい、カメラを単なる記憶装置と思っていた自分がいつも鞄にカメラを忍ばす程写真が好きになってしまった。

 このように高橋世織ゼミとは映像理論を実践に昇華させる「場」であると私は考える。

▲高橋先生に劣らず個性的で頼もしいゼミ生が集う
【高橋世織ゼミ写真展】のお知らせ:
  1. 10月24日〜10月31日まで大隈講堂2階ロビー
  2. WASEDA EXPO期間中の11月3日(祝)・4日(日)、西早稲田キャンパス7号館321教室
 是非足を運んでみてください!

(2001年10月11日掲載)


 国際貿易研究 江夏健一ゼミ 〜タイ&ベトナム研修旅行記〜


ベトナムといったらアオザイでしょ!!
ベトナムといったらアオザイでしょ!!
商学部3年 羅 和益

 "アイーン!"タイ・チュラロンコン大学とのレセプションでのことである。タイの伝統舞踊を披露してもらった後、何かお返しをと考えて真っ先に出てきたのがこの冒頭のアイーンだったのだ。おやじギャグ権威の江夏先生のゼミ生だから無理もなかった。しかし、これが意外にもウケた。しかも、馬鹿ウケだ。瞬く間にアイーンの輪が広がった。サワッディーカップがタイの挨拶なのにみんな一様にアイーンの大合唱。もちろん、ジェスチャー付きだ。調子にのった僕は、この後、ベトナム貿易大学で行われた歓迎会の席でも懲りずにアイーン、アイーン言っていた。もう、それは水を得た魚のように、そして、おやじギャグを飛ばした江夏先生のようだった。

 今回の旅行の目的は二つ。一つ目は、現地の多国籍企業を訪問し、実際に見聞することでゼミで学んだことの理解を深めること。そして、二つ目は、異文化交流の体験。またこの旅行は毎年、江夏先生の学会の先生方のゼミ生との他大学交流の場でもある。今年は関西学院大学、九州産業大学、専修大学、広島市立大学、富山大学と総勢73人の訪問団であった。

 タイ&ベトナムを観光し、企業訪問し、毎晩コンパに明け暮れた11日間。異文化に触れ、カルチャーショックに新鮮さを味わい、時には絶望もした11日間。本当に筆舌には尽くしがたい経験をした旅行だった。それなのに、なぜ、アイーンなの? 正直、自分でも良く分からない。もちろん、僕は志村けんの回し者ではない。別にアイーンじゃなくても良かったと思う。しかし、アイーンが僕に異文化の壁を乗り越えるヒントを与えてくれたのは紛れもない事実であった。 

■江夏ゼミホームページ 【URL】http://faculty.web.waseda.ac.jp/enatsu/15
全員でアイーン!!
▲全員でアイーン!!

(2001年10月4日掲載)