おさだ・こういち
◎早稲田大学第一政治経済学部新聞学科卒。同大学院文学研究科社会学専攻博士課程退学。一九九〇年代から「道空間研究会」を組織し、四国遍路道の研究を継続。社会的時間論、余暇論などにも関心がある。『現代の四国遍路』(共著、学文社)、『現代に生きる四国遍路道』(CD-ROM、長田攻一・坂田正顕監修、日本図書センター)などを発表。
 「働く」を斬る!

自由時間と仕事  ―より良く生きるための人生デザイン

長田 攻一  文学学術院教授



   人生八十年といわれる現代、われわれは約七十万時間という時間を生きる。二十二歳から六十五歳まで四十四年間、毎年二千時間ずつ働いても、総計は、たかだか八万八千時間と少ない。働く時期の年間自由時間三千四百時間を四十四年間足し合わせると、実に十四万九千六百時間にも及ぶ。ましてや個人の生き方は自分自身で切り拓いていくものだとされる今日、それまでの教育期間は、仕事に就くまでの準備の時間であり、さらには退職後の自由時間を含めれば、睡眠時間を差し引いても、働き過ぎの日本人ですら、人生の大半は自由時間であるともいえる。

 このような計算をもとに現代人の人生を考えるならば、仕事は長い人生のほんの一コマにすぎないように思えてくる。自由時間こそが人生のデザインの鍵である。では、自由時間の二つの側面に注目してみよう。 

 一つはデザインされる対象としての自由時間であり、もう一つは、デザインを修正する節目の時期における自由時間の役割である。

 就職は誰にとっても最も大きな節目の一つであろう。ただし、転職がごく普通になるとすれば、それも人生デザインの中にあらかじめ組み込んでいく必要がある。しかし、仕事よりも長い自由時間をどうデザインするかはもっと重要なはずである。海外旅行、スポーツ、ボランティアなどの社会活動、ライフワークとしての研究テーマの探索など、人生において可能なことはいくらでもある。仕事はそのような人生デザインの中の要素の一つにすぎない。

 他方で、われわれは人生のいくつかの節目で危機を迎える。人生はえてしてデザインした通りには進まない。受験に失敗したり、恋愛問題に悩んだり、身近な人の死に直面したり、就職に失敗したり、新たな危機が人生の節目ごとに人を襲い、その都度、人生デザインの修正を迫る。この危機を一つひとつ乗り越えることが人間の成長ならば、それぞれの時点で、われわれは過去の自分を見直し、これからの自分を創造していかなければならない。

 ふと旅に出たくなるときがある。旅は、日常生活から一時的に脱出して異郷の地に身を置き、非日常的体験を通して自分を振り返る絶好の機会である。過去の自分を浄化し、新たな自分への再生を図ることにもつながる。このような節目の時間は、現代人にとっては自由な時間を前提としていることに注目しよう。

 現代人にとって、人生の節目における危機の内容も、迎える時期すらも個人化している。これからの時代を生きる若者にとって、自由にデザインできる時間を軸にして仕事の時間を編成することがますます求められていく一方、人生の岐路において、自由な時間を確保しつつ自己の再生を図っていかなければならない。



 四国四県にまたがる遍路道は、発心、修行、菩提、涅槃の道場とされる。これは、俳人種田山頭火が「人生即遍路」と詠んだように、「人生は旅である」ことを象徴している。

(2006年9月30日掲載)




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First drafted 2006 Sep 30.