やぐち・てつや
◎教育・総合科学学術院教授。1956年、栃木県生まれ。都立高校を経て、早稲田大学に入学。同大学院文学研究科博士後期課程教育学専攻単位取得退学。高等学校、大学などの講師を経て、現職。専門は生涯教育、青少年教育。著書に『21世紀の生涯学習関係職員の展望』(共著・多賀出版)、『社会教育の杜』(共編・成文堂)など。
 PROJECT W 早稲田の挑戦者たち

Mission
 男女共同参画社会を実現せよ!

矢口 徹也 教育・総合科学学術院教授

男女雇用機会均等法施行から二十年。
女性の社会進出は飛躍的に進み、
大学卒業時の就職率だけを見ると、
男性と女性の差はなくなっている。
しかし、それですべてが解決したといえるだろうか?
「女性のキャリア形成支援プロジェクト」に東奔西走する
矢口徹也教授に話を伺った。

  「文部科学省が募集している『研究者養成のための男女平等プラン』の策定を、ちょっと手伝ってもらえないだろうか?」

 二〇〇六年二月十日深夜、生涯教育・青少年教育を専門とする矢口徹也先生のもとに、早稲田大学研究推進部から一本の電話が入った。認められれば、全国に先駆けて早稲田大学が女性研究者育成のモデル機関となる一大プロジェクトだという。

 折しも、入試直前の多忙な時期。恐る恐る「計画書の締め切りは?」とたずねると、「二月二十四日」。締め切りまで二週間。矢口先生たちの徹夜の作業が始まった。


「早い時期からの、 継続的な導入教育が必要です。」

なぜ早稲田で 女性のキャリア形成支援?

  もともと矢口先生は、大卒の若年女性の就業、就業継続と再就職を支援する文部科学省委託事業「J-CAREER WASEDA PROJECT」の事務局を務めるなど、女性のキャリア支援に深くかかわってきた。

 早稲田でなぜ女性のキャリア支援を? と思う向きもあるかもしれない。しかし現在、一万五千人ほどの女子学生が通う早稲田は、日本有数の「女性の多い大学」となっている。その彼女たちが将来直面するであろう昇進や上級管理職への見えない壁、いわゆる「ガラスの天井」の問題に無関心ではいられない。

 加えて、早稲田に限らず、近年学生たちに「『保守化』の傾向が見られるからだ」と矢口先生は続ける。

 高等教育を受け、才能も申し分ない彼女たちが、就職やその後の家庭と仕事の両立に不安を抱えるあまり、結婚や出産後は家庭に入り、専業主婦になりたいと希望する。以前は見られなかったそんな学生が増加しているというのである。

 「早い段階で、多くのロールモデルを提示することで、将来への不安を解消し、その後のビジョン形成の手助けをすることができます」

 そんな矢口先生の考えに基づき、「J-CAREER WASEDA PROJECT」は、最前線の現場で活躍する女性たちを大学へ招き、さまざまな働き方のロールモデルや、女性のキャリアを取り巻く情勢を紹介してきた。同時に、大学を飛び出し、各地の高校の協力を得て、女子高校生を対象としたキャリア形成に関するパネル・ディスカッションも行った。

 「高校一年生くらいには、文系、理系の進路選択をする生徒が多い。進学後に希望と実際の学問や進路とのミスマッチで悩まないためにも、高校と連携したキャリア形成の導入教育が不可欠なのです」

 働く女性の話を聞く機会がなかなか得られない彼女たちにとって、この機会は、将来のビジョンを考え直すきっかけとなっている。

「行動」で不安を解消する 女子学生たち


CCCを立ち上げた法学部四年4年の中島美紗央さん(左から2番目)と、メンバーたち。左から法学部4年の戸塚葉子さん、商学部4年の雨森美妃さん、国際教養学部2年の牧野元美さん。

CCCが企画運営を担い、今年6月に開催された講演会『「私らしく」を見つけた女性たち〜ウーマン・オブ・ザ・イヤーから学ぶ輝く秘密〜』の様子。会場は女子学生で埋まった。

講演会終了後、CCCメンバーがゲストスピーカーの日経WOMAN編集長野村浩子さん(前列左から4人目)を囲んで記念撮影。

  同様の動きは女子学生たち自身の間にも見られる。取材を進める中で出会った女子学生のためのキャリアデザインサークル「CCC(Campus Cue Chances!)」は、行動することで将来への不安を解消しようと、「普通の企業」で働く女性たちから話を聞き、ロールモデル探しを通じて自分に合ったライフスタイルを考える活動を行っている。

 「将来に危機感を持っていた」という法学部四年の中島美紗央さんは、二年生の冬に、同じような意識を持つ学生とCCCを立ち上げた。設立から一年半で、十数人の中心メンバーと、九十人近いメールマガジン会員を擁する組織に育ち、CCCが企画する講演会はいつも大盛況だという。やはり多くの女子学生が、キャリアプランに関する不安や危機感を抱いているのだ。

 では、彼女たちが抱えている不安はどのようなものだろう、また、実際に行動することで、それをどう解消していったのか。CCCのメンバーに話を聞いてみた。

 商学部四年の雨森美妃さんの場合、働く母親の姿を見て、育児と仕事を両立させる難しさを肌で感じていた。「あんなに大変なことが私にもできるのか」と不安だったという。だが、CCCの活動で多くの働く女性と出会い、またインターンシップで仕事の現場を経験したことで、ON/OFFの切り替えさえうまくできれば、仕事と家庭の両立は可能かもしれないと思い始めたそうだ。

 起業家志望だった国際教養学部二年の牧野元美さんは、さまざまな人と出会ううち、起業にこだわらずに将来の可能性を考えるようになった。また、「働くって大変そうで嫌だな」と思っていた法学部四年の戸塚葉子さんは、OG訪問を通じて「楽しいから働いているんだ、と分かったことが収穫」と話してくれた。

まずは大学から。 女性が働きやすい 環境を整える

  話を矢口先生の活動に戻そう。二〇〇六年六月、これまでの活動実績が認められたこともあり、冒頭の「研究者養成のための男女平等プラン」が承認された。早稲田大学は、男女共学の私立大学としては唯一の実施機関であり、大規模私立総合大学のモデルケースとして大いに期待されている。

 現在、早稲田大学に在籍する女性研究者の割合は、全体の約十三%。理工系にいたっては、七%に過ぎない。この数値を、五年間で二倍に引き上げることを目標に、今後、さまざまなアクションが実施される。

 男女共同参画社会の実現に向けて、まずは大学自体が変わろうとしている。早稲田大学の取り組みは、始まったばかりである。

「いつかこの分野から手を引く時こそ、本当に問題が解決した時」。その日まで、矢口先生たちの理想実現への道のりは続く。

J-CAREER WASEDA PROJECT
【URL】http://www.waseda.jp/prj-j-career/

 Book Review ―「キャリア形成」を考える入門書―

若者が〈社会的弱者〉に転落する
宮本みち子 著/洋泉社
 青年社会学、家族社会学、ライフコース論を専門とする著者が、自立せず、社会とかかわりを持たない若者が増加する現在の状況と日本の社会が抱える問題について社会学、経済学、家族心理学の視点から分析した一冊。

家庭の生成と女性の国民化
小山静子 著/勁草書房
 「家庭」とは、普遍的概念ではなく、近代国家の基本単位として形成された歴史的概念である、との視点から近代国家と家庭の関係を論じた一冊。さらに、その結果として女性がどのように社会とかかわりを持つようになったかを明らかにする。

良妻賢母という規範
小山静子 著/勁草書房
 近代の日本の女子教育の歴史を考える入門書。明治期における近代国家の成立や「家族」の概念の生成と切り離せない要素として、西洋思想との連続性という新しい視点から良妻賢母思想をとらえている。

(2006年9月30日掲載)




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First drafted 2006 Sep 30.