くぼ・かつゆき
◎商学学術院助教授。慶應義塾大学経済学部卒業。同大学院経済学研究科修士課程修了。London School of Economicsにて博士号(Industrial Relations)を取得後、一橋大学経済研究所専任講師、早稲田大学商学部専任講師を経て2003年より現職。専攻はコーポレート・ガバナンス、労働経済学。 >>webサイトへ
 「働く」を学問する ―学問の最前線2

成果主義賃金は本当に望ましいのか
 [労働経済学 ―賃金の研究]

久保 克行 商学学術院助教授

このところ注目を集めている「成果主義賃金」制度。
年齢や社歴に関係なく、成果を上げている人を評価する。
そう聞けば望ましく思えるこの制度だが、
現実には乗り越えるべき課題が山積しているという。

  成果主義賃金が導入されたというニュースをしばしば耳にする。別表に示したように、多くの企業で、伝統的な職能給に代わって成果主義賃金が導入されている。しかしながら、成果主義に対する批判や反論も多くなされている。果たして成果主義賃金は本当に望ましいのだろうか。

 成果主義賃金に関する議論は多い。しかし、成果主義にどのようなメリット・デメリットがあるかについては誤解がある場合も多い。そこで、ここでは経済学から見た成果主義賃金のメリットとデメリットを簡単に整理しよう。

メリット―
 従業員のやる気を引き出し 企業の業績に結び付ける

  成果主義賃金の大きなメリットは、やる気を引き出す効果があるということであろう。もともと上司や会社にとって、部下がどの程度熱心に働いているのかを知ることは容易ではない。また、上司が部下一人ひとりの業務内容について完璧には把握していないこともあるだろう。このような状況では、熱心に働いている従業員とそうでない従業員を区別することは難しい。このとき、従業員はまじめに働いても働かなくても評価は同じとなる。すなわち、従業員は熱心に働こうという努力インセンティブを持たないであろう。成果主義賃金を導入することにより、こうした状況が変わる可能性がある。すなわち、従業員は一生懸命働いて成果を上げることによって、より良い処遇を受けることができそうだという期待を持つことになる。

 ただし、個々の成果を正確に把握し、それに基づいて賃金を決定することは決して容易ではない。特に、総務・管理部門のホワイトカラーなど個人の生産性や成果を直接観察できないことも多いと考えられる。このため、インセンティブ効果が実際にどの程度観察されるかどうかは必ずしも明らかではない。

 成果主義的な人事管理のメリットとして、しばしば指摘されるもう一つの点は、それぞれの従業員の成果目標が明らかにされることによって、各自が何を目的に仕事をすれば良いかが理解しやすくなることである。従業員の成果目標と企業の目標を有機的に結び付けることにより、従業員の努力が企業の業績と結び付きやすくなる。この効果は、過去の欧米における実証分析でも強調される点であり、実際に大きな効果を持つと思われる。


成果主義賃金の導入状況


【出典】社会生産性本部『日本的人事制度の課題と現状』2002年

デメリット―
 技能や品質の低下を防ぐ 別のシステムが必要

  成果給のデメリットとして、その企業特有の技能を身に付けようというインセンティブが小さくなることが、まず考えられる。能力・技能と賃金の関係が弱くなることで、従業員はより多くの技能、より深い技能を習得しようというインセンティブを持たなくなるであろう。このため、成果主義賃金を導入した場合、従業員の技能レベルを上げるための別のメカニズムが必要となる可能性がある。

 成果給のもう一つのデメリットとしては、柔軟な人事管理が難しくなることが指摘できる。成果主義のもとでは、従業員がジョブ・ローテーションで職場が変わったときに処遇が変化する可能性が大きい。このため、雇用者・労働者の双方から見て、ジョブ・ローテーションに対する抵抗が大きいであろう。ジョブ・ローテーションが従業員の技能形成に重要であれば、ローテーションに対して何らかのインセンティブを与える必要がある。  成果主義賃金の問題点として、生産物の量を増加させることにのみ集中し、質を無視するようになる可能性もある。例えば、営業担当の従業員の報酬が新規に獲得した売上高によって決定されているのであれば、既存の顧客に対するアフターサービスは疎かになるであろう。また、自動車会社のような製造業の場合、表面上の売上高が伸びていても、実際は子会社や販売会社の在庫が増えるだけという危険性もあり得る。

 仕事が複雑になるほど、複数の目的のバランスをどう取るかという問題は深刻となる。複数の課題をこなさなければならない労働者に対して、一つの課題に対してだけ報酬を与えるとすると、その他の課題が疎かになる。複数の課題の達成度をすべて合わせて報酬を決定する場合は、それぞれの課題の重要度を評価して重み付けしなければならないが、そのことは容易ではない。それぞれの目標を適切に達成するインセンティブを与えるような報酬体系を設計することは不可能に近いであろう。

 成果主義賃金では労働者がある程度のリスクを負担する。すなわち、業績の多寡に応じて報酬が変化する。ここで問題となるのは、業績は努力以外の要因によっても変化するということである。成果主義賃金では、景気の悪化、原材料費の高騰、天候の変化など労働者が操作できない要因によって報酬が変化してしまう。普通の従業員は、そのような変化を歓迎しないであろう。


 このように見てみると、成果主義賃金は、必ずしもメリットばかりではない。業績変化のリスクが大きい職場、業績を観察しづらい職場、協力が重要な職場では、成果主義賃金体系が当初の目的を果たさない可能性もある。

 しかし、同時に考える必要があるのは、完璧な賃金体系は存在しないということである。大企業の多くで運用されてきた職能資格制度に基づく賃金体系もまた、さまざまな問題を含んでいる。企業の置かれた競争環境、戦略などに応じて、最適な賃金体系を模索することが今後の課題となろう。

 Book Review ―成果主義を考える入門書―

日本企業の人事改革―人事データによる成果主義の検証
都留康、阿部正浩、久保克行 著/東洋経済新報社
 成果主義的人事制度は1990年代後半から急速に日本企業に広がった。その影響はどう表れているのか。現実のデータを分析し、賃金改革や企業合併にともなう人事制度統合の効果を徹底的に検証している。


(2006年9月30日掲載)




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First drafted 2006 Sep 30.