大学院アジア太平洋研究科教授
篠原 初枝
(しのはら・はつえ)
  1981年早稲田大学法学部卒業、早稲田大学大学院法学研究科博士課程退学、シカゴ大学Ph.D. (歴史学)。専攻は日米関係史、アメリカ外交史、国際関係論。著書に『戦争の法から平和の法へ』(東京大学出版会)、訳書『太平洋戦争の起源』(東京大学出版会)、『権力政治を超えて』(岩波書店)などがある。
 コミュニケーションを学問する

複雑化する 国際社会のコミュニケーション ―国際関係学―

大学院アジア太平洋研究科教授 篠原 初枝

国と国とのコミュニケーション、外交。
伝統的に「外交」の担い手は「国」を単位にしてきた。
しかし、交通や情報通信網が飛躍的に発達した現在、 国際社会のコミュニケーションにも変化の兆しが見えている。

外交とコミュニケーション

  外交を円滑に進めるために、コミュニケーションは欠くことのできない重要な要素である。誰が外交を行うかという主体を限定的にとらえ、国家や政府が外交の主たる担い手だとするならば、国家間、政府間の対話を円滑にし、利害を調整するため、各国が大使館を設置し大使を交換するなど外交の仕組みを発展させてきたといえる。二十世紀の二つの世界大戦を経て、多くの国際機関がつくられ、政府同士が意見を交わす制度は、飛躍的に整備された。

 また、特定の国家間で、戦争回避にはコミュニケーションが不可欠だと認識された事例もある。核戦争の瀬戸際といわれた一九六二年キューバ危機の後、ケネディ米大統領とフルシチョフソ連首相の間で直接会話できる電話回線(ホットライン)が設けられた。

 そして国同士が関係を深め、協調の道を探る過程で、お互いに共通の利益を見いだし、その関係を律するために国際法というルールを制定してきたのである。通常、一つの条約や取り決めができるまでには、関係諸国が長い間協議する過程が必要であり、この意味では、国際法規は国家間のコミュニケーションの帰結であるともいえる。

国際関係の新しい概念 「ソフト・パワー」

  このように、コミュニケーションを制度的に整備させてきたにもかかわらず、国際関係において完全なる平和、戦争のない世界は未だ達成されてはいない。この問題を考えるためには、法や制度に加えて、国際関係における重要な要素である「パワー(力)」、すなわち国際関係を牛耳る実力の要素を考えなければならない。国と国の関係において、一国一票という法的・制度的平等は確立されているが、領土の大きさ、人口、資源などの先天的要素、あるいは軍事力や経済力などの後天的要素の面で、国が持っている実質的な力は残念ながら平等ではない。そこで、最近議論されているのが、「ソフト・パワー」という概念である。これは「人々を引きつける魅力」と定義されており、「文化の力」、「知の力」といった語に置き換えられる。

 このパワーという視点から国際関係をとらえると、経済力や軍事力のみならず、ソフト・パワーの面でもアメリカが優越しているという見方も提示されている。戦争を数多く遂行してきた一方で、なぜアメリカに引きつけられる人々が世界には多いのであろうか。その問いに対して、アメリカはその魅力を訴えるコミュニケーション能力にも秀でており、大衆文化(ハリウッド映画など)や理念(民主主義や自由)によって人々の意識の中に入り込んでいるからだ、というのである。

 他国の人々の間にアメリカ的思考・生活様式が広まるためには、何らかの形でコミュニケーションが存在すると想定される。このようなコミュニケーションの機会を政策としたのが、文化交流政策であり、ある国の考え方や文化が他国の人々に広まるためには、人々が他国の文化に触れ、体験する機会が重要だとされた。例えば、アメリカは戦後、大規模な留学生招致計画(フルブライトプログラム)などを通して、各国の人材に教育の機会を与えたのである(日本もODAの一環として留学生を招聘している)。

 ソフト・パワーの視点も含めて考えると、アメリカという「帝国」が一筋縄ではいかない手強さを持っていることが分かる。軍事力や経済力だけではなく、人々の生活様式や思考にまで入り込む能力を有しているからである。



「国境」を越えた アクターの台頭

スーダンで活動する国境なき医師団の看護師
スーダンで活動する国境なき医師団の看護師

  このように考えると、国際関係の将来に悲観的にもなる。しかし、国や政府ではなく、国際関係において社会や個人の力とそのネットワークを重視する見方も生じている。国家や政府を超えて、一国の社会とある国の社会、あるいは個人と個人との交流といった面から、国際関係をとらえようという見解である。つまり、国際関係における国家中心の見方を和らげて、国境を越えて活動する他の主体に目を向けるのである。

 そこで着目されるのは、NGO(非政府組織)などの組織である。アムネスティ・インターナショナルや国境なき医師団などのいわゆるNGOの発展は、国境を越えて社会同士、個人同士のコミュニケーションが頻繁になされていることを示している。例えば、対人地雷禁止条約や京都議定書といった国際的ルールの成立に向けて、NGOが大きな影響を果たしたことが示すように、世界各地の人々が情報を交換し運動を組織することで、国の枠組みを超えた「市民社会」が生まれつつあると論じる学者もいる。国を超えた市民同士の対話やコミュニケーションが、共通の関心を育成し、政府間関係とは異なる次元での活動が生まれているというのである。

 かつては国家や政府レベルが中心だった国際関係におけるコミュニケーションは、国家が他国の人々の意識に働きかけるというソフト・パワーや、国境を超えた社会・個人のつながりが生み出す市民社会が示すように、より重層化し複雑化していくのではないだろうか。

 Book Review 国際関係学のための 入門書

ソフト・パワー ―21世紀国際政治を制する見えざる力
ジョセフ・S・ナイ 著、山岡洋一訳/日本経済新聞社
軍事力や経済力などのハード・パワーに対するソフト・パワーの概念を紹介。各国におけるソフト・パワー強化の取り組みや分析もあり、興味深い。

Global Community
Akira Iriye著/University of California Press
(早稲田大学出版部より2006年に訳書刊行予定)
「グローバルコミュニティー」の発展を、政治や戦争、外交といった従来の国際関係の枠組みではなく、NGOを含む国際機関が果たした役割から解説。 

(2005年10月29日掲載)




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First drafted 2005 October 29.