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この先生に聞きました
スポーツにおけるコミュニケーション。
それを考えるとき、真っ先に思い浮かぶのは
選手とコーチ、あるいは選手同士の情報交換だろう。
共通の経験と暗号で 意思を伝えあう選手たちThirty two R, thirty two blue! アメリカンフットボールの試合を見たことがある人なら分かるだろう。グラウンドに散った選手たちが、数字や色を組み合わせたような言葉を大声で叫び合ったかと思うと、やおら力いっぱいボールを投げる。そんな光景をよく目にする。 これはもちろん、味方のプレーヤーに向けたメッセージである。これから自分は何をするのか、仲間の選手にどう動いてほしいのかを伝えるための、いわば作戦に基づく「暗号」である。当然、その意味するところが敵に知られてしまっては元も子もない。だから、選手たちはチームで練習や話し合いを重ねて戦略を練り、フォーメーションを確認したら、その動きが相手チームに悟られないように暗号化して本番の試合に臨むのである。 「一部の人たちだけに伝わり、他の人たちには伝わらないようなメッセージを発信すること。これが、スポーツにおけるコミュニケーション、つまり『スタジアムの中のコミュニケーション』に見られる大きな特徴の一つです」 スポーツ科学部で「コミュニケーション論」や「スポーツとメディア」などの科目を担当するリー・トンプソン先生はそう語る。先生によれば、一般的なコミュニケーションのモデルは、図に示したような形で表すことができるという。すなわち、ある人が誰かにメッセージを伝える時、それは一定の法則を持つ「コード」によって記号化された信号として発信され、それを受け取った人が同じコードを使って解読することで正しく伝わることになる。したがって、メッセージの送り手と受け手が同じコードを共有していなければ、意思疎通を図ることは難しい。 それを可能にするものが、コードを体得するための「経験」である。人は誰かと同じ経験を積むことにより、共通のコードを身に付けることができる。言葉やジェスチャーを習得すること、あるいは冒頭の例でいえば、戦略を練るための練習がこれに当たる。 「競技のルールもコードの一種といえます。だとすれば、スポーツではプレイそのものが、コミュニケーション活動だということになりますね」
スタジアム全体が コミュニケーションの場スポーツにおけるコミュニケーションは、選手の間にだけ成り立っているわけではない。監督やコーチ、審判、観客までもが一体となってコミュニケーションの場をつくり出している。選手が繰り出す動作は、あるときは仲間に向けた、あるときは対戦相手やファンに向けたメッセージとなり、逆に観客から選手に対しても声援という名のメッセージが送られるなど、情報の送り手と受け手が縦横無尽に絡み合う。 「会場全体を包み込むような大歓声、これは明らかに観客から選手への熱烈なメッセージなのですが、立場を変えて見ると、選手から選手へのメッセージを妨げる雑音にもなりかねません」 こんな現象も、「スタジアムの中のコミュニケーション」が持つ特徴の一つといえそうだ。このようにコミュニケーション活動には、情報の伝達を阻害するノイズが付き物だが、ノイズがいつも音であるとは限らない。選手にとってユニフォームは、味方と敵を瞬時に見分けるために欠かせないコミュニケーションの道具の一つだが、雨天決行のゲームでは泥にまみれて判別できなくなってしまったりする。この場合は、泥がノイズになるわけだ。 試合中のコミュニケーションを規定する要素の一つに、マナーに代表される暗黙のルールや慣習がある。サッカーの試合中に相手選手が怪我などで倒れたとき、敢えてフィールド外にボールを出してゲームを中断させるのはその好例である。敵方のスローイングで試合は再開するが、このときも「相手にボールを返す」という暗黙の了解がある。 一方、国民性や文化的価値観に裏付けられた「好み」によっても、プレイのスタイルは変わってくる。例えば、「一本勝ちこそ柔道の美徳」と考えるのは、いかにも日本人らしい価値観であり、選手の戦いぶりにもそれが表れている。 スポーツを通じて 社会の姿を読み解くこのようなコミュニケーションの様相を含め、スポーツを取り巻くさまざまな社会的事象について研究する学問が、トンプソン先生が専門とする「スポーツ社会学」である。先生は特に、スポーツと社会の関係をメディアを軸に考えているという。例えば、マスコミ報道がスポーツをどのように伝えているかを分析し、その背後にあるメッセージや世相、文化、価値観などを探ろうとする。あるいは、読者や視聴者の立場から、メディアから受ける影響や情報の受け取り方などに目を向ける。 アメリカの大学でコミュニケーション論を学んだトンプソン先生は、マスコミ研究のために大阪大学大学院に留学中、日本におけるテレビの歴史がプロレスの「力道山」人気に支えられて始まったことに関心を持つ。一九五〇年代初め、得意の空手チョップで屈強な外国人レスラーを一網打尽にする力道山は国民的英雄であり、その雄姿を見たさに爆発的にテレビが売れはじめたという経緯がある。その裏側にはプロレスにおける「日米対決」の図式があり、そこに興味を引かれたのがきっかけで、トンプソン先生の研究テーマはメディアとスポーツの、ひいては日本の社会や国家、民族との関係へと展開していった。 「スポーツ社会学の観点から見ると、プレーヤーやコーチといった直接的に競技にかかわる人間よりも、観戦する大衆やスポーツ産業の関係者、関連グッズを買う消費者など、間接的にかかわる人間の方が圧倒的に多いことに気付きます」 トンプソン先生がそう言うように、スポーツの周辺には実に多様な人たちが存在する。だからこそ、スポーツをコミュニケーションの側面から考えてみることが重要なのである。
(2005年10月29日掲載) |
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