永六輔
(えい・ろくすけ)
1933年、東京都生まれ。早稲田中学在学中にNHKラジオ「日曜娯楽版」に投書をして以来、ラジオの構成作家となる。52年、早稲田大学文学部中退。数多くの人気バラエティ番組を手掛ける。作詞家として「上を向いて歩こう」、「こんにちは赤ちゃん」などがある。主な著書に、『大往生』(岩波新書)、『「無償」の仕事』(講談社)などがある。92年、NHK放送文化賞受賞、94年、都民文化栄誉賞受賞。
 痛快! 校友インタビュー

永六輔

 作詞家として「上を向いて歩こう」など数々の名曲を手掛け、ラジオ、テレビ、文壇と多彩な舞台で活躍してきた永六輔さん。戦後焼け跡の時代から、多くの災害の現場での救援活動を行ってきたことでも知られている。常に世の中の流れを読んできた鋭い視点から、ボランティアの現場で必要とされていることや、学生時代に身に付けておくべきことなどを語っていただいた。

永六輔さん
「「南無阿弥陀仏」は「ボランティアします」という意味。そう育てられていますから
気が付いたら自然にやっていましたね。」

―永さんは数多くのボランティア活動に参加してこられたとお聞きしていますが、そういったことに対していつぐらいから関心を持たれたのでしょうか?

 僕は寺育ちですから、小さい時から福祉施設にいたみたいなものなんです。だから別に福祉を手伝おうとかというのは一切なかったですね。気が付いたら、やっていたというだけのことです。例えば「南無阿弥陀仏」という言葉で育ってきてますから。説明すると「南無」っていうのはサンスクリット語で、「あなたについていきます、あなたを尊敬しています、あなたを愛しています」という意味です。その後ろに「阿弥陀仏」が付いているわけですから、「阿弥陀様の考え方を支持します」ということなんです。阿弥陀様の考え方の1番のベースは誰かを救うことによって自分も救われるということです。分かりやすくいえば「南無阿弥陀仏」っていうのは「ボランティアします」という意味なんです。そう育てられていますから、僕は早稲田大学中退ですが、早稲田中学、早稲田高校と6年間早稲田にお世話になったので、大抵の早大生よりボランティア活動はたくさんやっていましたね。家でも、学校でも。

―具体的にはどんな活動をなさっていたのでしょうか?

 中学のころから自立して放送局で働いてましたから。だから金銭的なボランティア、それから、自分が手伝いにいくボランティア、あと焼け跡の片付けとか。まだわれわれの中学時代は焼け跡が残っていて、親もいなければ家もない戦災孤児が仲間にたくさんいました。そこで彼らを集めて例えば金目の物を売って、そのお金で食事したり、連れて回って遊んだりということを、中学のころに既にやっていました。といっても特別なことじゃないんです。周りにもいましたから。ましてや家は寺ですから、否が応でも人は集まってくる。だから福祉活動とか、ボランティアとか全然意識しないうちに早稲田中学時代からやっていました。でもそれは普通のことで、寺の子だからということではなくて、普通、誰でもみんなもやってると思っていました。

―ボランティア活動の現場にいて見えてくる問題点などはどんなことでしょう?

 僕らボランティアの中にいて感じるのが、来たのにどうしていいのか分からない人が多すぎること。「大変だから手伝いに行かなきゃ」っていう気持ちは分かりますよ。でも、どうしていいのか分からないんです。言われたことはやるんですけどね。右の物を左に運べっていうのはできるんですけど、その前に、これはこっちに運んだほうがいいなっていう想像力と洞察力は、ない。ないけどいる。そういう人が多すぎる。もっとはっきり言うと、邪魔なボランティアがたくさんいる。リーダーシップを執れる若者がいない。特に大学生にいない。でも、高校生にはいっぱいいる。全国で高校生の取り仕切っている現場っていっぱいあるんです。大学生が「はい!」って言って動いてる。あれは学校生活の違いだと思うんですよね。高校生は学校のホームルームの延長で来ているんです。だからチームワークがある。いっぺん高校出て大学入っちゃうと、チームワークが崩れてしまう。だから、いろんなところから来た人たちを再編成して仲間をつくるのに時間がないんですよ。初日は「おまえ高校生だろう」とか言ってても、数日すると高校生がリーダーシップを執ってまとめてるケースが多いですよ。震災のときも。特に神戸はそうだった。この前その話をしたら、新潟にボランティアに行ってた人も「高校生が1番頼りになる」って言っていました。高校生はクラスメイトと来てるから、最初から組織立って動けるんですよ。「何かすることありませんか?」って言うのは大学生ですね。ボランティアってのは絶対数は足りないんです。つまり余ってる所があれば足りない方に流れなくてはいけない。それが全然できていない。その点、高校生の方が大学生よりうまく動ける。

 僕は職人と一緒に行動することがよくあるんですが、職人の間では、状況判断が大切なんです。今、本当に必要な物は何か? すべきことは何か? そういうことを的確に把握できる人でないと、業界から追い出されてしまいますから。そういう適切な状況判断のことを職人は「風を読む」といいます。まさに、ボランティアの現場でも同じことがいえます。風がどこに向かっているのか、全体の風がどっちからどっちに向かって流れているのかっていうことの把握ができないと。「どけどけ!」って言われてる邪魔なボランティアは、風が読めてない。来てるんだけど役に立ってない。風って流れてるじゃないですか。どこかに助けに行かなくちゃいけない。物を届けに行かなきゃいけない、ご飯を作らなきゃいけない。今自分はどうやってこの風の流れの中で生きるかっていう、その状況判断。それができないと「お前には風が読めてない。見えてない。無駄だ、邪魔だ」って言われてしまう。要は利口かそうでないかを分けるのは風が読めるかどうかということですね。それを感じ取るのは、アンテナなんです。受信能力。発信能力はみんな持っているんです。でも、受信能力が本当にない。自分じゃなくって他人がこっちに何を発しているかっていう。特に大学生には、発信するアンテナはあるんだけど、受信するアンテナがないという人が多いですね。

―なぜ高校生は「風を読む」力に優れているのでしょうか?

 大学生は、すぐそこに社会人を控えているじゃないですか。社会人になったときのことも頭に入れているから、ボランティアをしておくと、入社試験の時に「ボランティアをしました。新潟に行きました」と言える、という計算が入っちゃう。高校生は違う。とりあえず目の前に大学があるけれど、その先の社会人になったときのイメージまでは持ってないから、その時の元気、活力、エネルギーがフルに動くんですよ。そして「自分にはこれができなくても、あの人にはできそうだ」っていう読みが速い。大学に入ると見事に駄目になりますよ。中にはできる人もいるけれど。だから災害現場に入ると、われわれはすぐに高校生とつながっちゃう。そうすると的確。状況も把握しているし、何がどう足りないかっていう、こっちからこっちっていうことが高校生の方が指示が速いんです。大学生は「いい女の子いないかな」とか「入社試験の時に有利だぞ」とか。どこかで何かあるんですよ。いろんな余計なことを考えてしまうから、風が読めないんです。

―ボランティアの現場で風を読んで、受信するアンテナを持つためにはどうすればいいでしょうか?

 とにかく、現場で360度見渡すことです。自分のふさわしい立場を探して、くまなくアンテナを張り巡らせて、できるだけ聞く。自分の目で見る。そして、風の流れを読む。それでどうするのか決める。状況判断は自分が動いてちゃできないんですよ。あたりをしっかり見回して、どこに自分を呼んでるところがあるか、必要なところがあるか、行かなくちゃいけないところがあるか、把握しなくてはいけないんです。うろうろ探して動いてたら駄目なんです。頼もうとしてもいないんだから。役に立たないんですよ。あとは高校生に学んでください(笑)。自分が大学生だと思わないでください。本当に!

―最後に、若い人たちにこれからより良く生きていくためのアドバイスをするとしたらどんなことでしょうか?

 まずはメディアに振り回されないこと。メディアなんてろくなものじゃないですから。例えば新潟の震災でいえば、「こちら現場です」ってメディアが大勢行ってますよね、彼らがどれだけ邪魔になっているか、現場の人は1番よく知っています。ヘリ飛ばしたりしてるくせに、大事なときには帰ってしまっていていないんですから。そこで明後日の食事のことも、布団のことも、全部考えてるのはそこに残ってるボランティアでしょ。でもそのボランティアの連中も、テレビカメラで動いちゃうんですよ。自分が写る方へ写る方へ。そういうのは大体、大学生。

 そしてやっぱり、風を読むということ。今度の震災の話でメディアの批判も含めていうと、新潟の震災の前に、台風23号の被害があって、豊岡にメディアが群がって、その後新潟の地震があったらメディアはみんな新潟に移っちゃうんです。大変なのは地震も台風も同じように大変なのに、誰もいない。1人残らず新潟に行っちゃう。そんな中で、今こっちに行かなきゃっていうボランティアは風の読める優れた人ですよ。今こそ台風23号のケアをしなきゃっていけないって。それがないんですよ。みんなメディアと一緒に移動しちゃう。神戸はあれだけのことがあったから、神戸のボランティアが豊岡に入ってますよね。置き忘れられていくということが分かってるから。次に別の災害があればそっちに行っちゃうんだから。われわれは今ここにいなくてはいけないんだっていう、指示のできる大学生がいない。だからそういうときに、しっかり風を読んで、リーダーシップを執れるということが、とても大切なんです。

 もちろん、ボランティアに限ったことではなく、風を読むということは時代を読むということですから、生きていくためにもとても重要なことです。

 今、メディアでも企業でもそうですけど、行動力がある、購買力がある、お金を持ってるっていうのは若い人だと思っているんですね。だから、その人たち向けの物がどんどん開発されていくんですよ。でも、本当に行動力があって、お金を持ってて、消費力があるのは60代なんですよ。60代、70代、さすがに80代までいくと体力は落ちてきますが、60代、70代が今、どれだけ動いてるか。観光客をみても年寄りばっかりですよ。でも、世の中は60代に向いてないんですよ。ここが、マスメディアの1番駄目なところなんです。バラエティ、ドラマ、どれ1つ取ってみてもそう。つまり、1番状況判断のできない連中がメディアにいるんですね。

 だから、そんなメディアの情報をうのみにせずに、自分のアンテナで時代の流れをどう読むかっていうことを大学の時にしっかり学んで、世の中に出たときに役立ててほしいと思っています。

(2004年12月24日掲載)




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First drafted 2004 December 24.