早稲田大学名誉教授
中島 峰広
(なかしま・みねひろ)
1933年宮崎県生まれ。早稲田大学教育学部地理歴史専修卒業。開成学園教諭を経て早稲田大学教育学部教授。2004年早稲田大学名誉教授。畑地潅漑・棚田関連の論文多数。棚田学会副会長。全国棚田連絡協議会理事。NPO法人棚田ネットワ−ク代表。「日本の棚田百選」の選定委員。著書に『日本の棚田−保全への取組み』、『百選の棚田を歩く』(古今書院)などがある。
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食と文化的景観

農山漁村の「文化的景観」の保護は、安全な食物の生産にも結び付く。

早稲田大学名誉教授 中島 峰広

食が生む「文化的景観」

 「文化的景観」とは、文化庁が2004年国会において文化財保護法を改正して、保護を必要とする6つ目の分野として新設を目指している景観のことである。

 それは、「農山漁村地域の自然、文化を背景として、伝統的産業および生活と密接にかかわり、その地域を代表する独特の土地利用の形態または固有の風土を表す景観」と定義されている。つまり、農山漁村地域において、食の原材料をつくり出す伝統的産業や生活と密接にかかわっている独特の土地利用や、風土的特色を顕著に示している景観と言うことができる。

 具体的には棚田やハサ木(稲束を干す時に用いる樹木)などが見られる水田景観、ミカン・茶などの畑地景観、放牧や採草地などの草地景観、独特の漁場や養殖筏などが見られる海浜景観、茅葺き民家や散居形態などの集落に関連する景観などである。

消えゆく「文化的景観」

 ところで、これらの「文化的景観」は、近代化と経済効率を重視した国の施策や社会的風潮の中でないがしろにされてきた。ことに、1960年代以降の高度経済成長期を中心にして行われた公共事業や民間投資によって大規模な地域開発や圃場ほじょう整備事業が盛んに展開され、地域住民が長い時間をかけてつくり上げ、心のよりどころにしてきた原風景とも言える景観が急速に失われていった。

 例えば、われわれが美しいと思っている農村景観は、それぞれの地域の自然と食を生み出す伝統的産業や生活、文化の下で、地域の資材を用い、生活様式に合わせて建てられた固有の民家と耕作景がつくり出されていた。それが家屋は全国共通の同一規格の住居になり、耕地も整然とした大型圃場に姿を変えた。また、ハサに利用された畦畔木(けいはんぼく)は切り倒され、用・排水路は3面コンクリートに整備されて個性のない風景に塗り変えられている。小学唱歌に「春の小川はさらさらゆくよ、岸のスミレやレンゲの花に」と歌われた風景は姿を消し、無機質の直線的なコンクリート張りの水路に変わってしまったのである。

見直される「文化的景観」

輪島市白米の千枚田(石川県
輪島市白米の千枚田(石川県)

 このように、経済効率の名の下に醜く改変され、さらに耕作放棄などで荒廃していく国土を見て、人々は物の豊かさを追求してきた結果であることに気付き、心の豊かさを充足させ、安らぎを与えてくれる「文化的景観」に魅かれるようになった。人々の物事を判断する価値観が変わったのである。

 さらに、「文化的景観」は美しい国土を保全する役割をも担っている。例えば、代表的な「文化的景観」とされる棚田は、米を作るほかに降った雨をすぐに海へと流失させない保水機能、土壌侵食・地すべり防止機能、洪水調節機能などの多面的機能を有している。また、「文化的景観」をつくり出している伝統的産業や生活は、食の安全に結び付く環境への負荷が少ない持続的・資源循環型の生産・行動様式であることも認識されている。これらが背景になり、「文化的景観」を見直す施策の展開が文化庁によって進められるようになったのである。

 オススメ入門書

中島峰広著
『日本の棚田−保全への取組み−』
古今書院、1999年

(2004年7月7日掲載)




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First drafted 2004 July 7.