人間科学部教授 吉村 作治
人間科学部教授
吉村作治
(よしむら・さくじ)
1943年東京都生まれ。70年早稲田大学第一文学部卒業。人間科学部教授を経て、現在、国際教養学部教授を兼任。工学博士。66年アジア初となる早稲田大学古代エジプト調査隊を組織しエジプトを調査。以来約40年にわたり発掘調査を継続している。専門はエジプト考古学、比較文明学。著書に『吉村作治の古代エジプト講義録(上・下)』(講談社+α文庫)、『ヒエログリフで学ぼう!』(荒地出版社)他多数。
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古代エジプトビールの再現計画

人間科学部教授 吉村 作治

ニアンククヌムとクヌムヘテプの墓の壁画
写真:ニアンククヌムとクヌムヘテプの墓の壁画。
壁画をトレースしたもの
図は写真の壁画をトレースしたもの

 ピラミッドの建設法を解明するためにミニピラミッドを再現するなど、今まで古代エジプトの文物の製作・復元をいくつもやってきた。これらの活動は「実験考古学」といい、考古学の分野でも比較的新しい手法であるが、やっている方もその成果を聞く方も実に楽しいためか、年々盛んになってきた。行政の文化財研究所などでは、夏休み中の子どもたちを相手に、縄文時代の日本人の生活を体験させるスクールを企画し、好評だったところも多いと聞いている。私もその手の研究は子どもの頃からとても好きでいろいろとやってきたが、古代エジプトビールだけはどうしてもうまくできなかった。

 世に言う古代ビールの復元は、ギリシャ人が古代エジプト人から教わったと称して伝えられたものが唯一の手引き書であった。それによると、古代エジプト人はビール造りにパンを使っていて、パンをお湯の入った大型の壺に入れ、封をして数日間放っておくとビールになったとある。パンの中にある酵母菌が増殖し、壺の中に自然にある菌が温かさで増え、発酵してビールになるという原理だ。しかし、できあがったビールと称する液体を飲むと、とても酸っぱい。そのまま飲むのはとても苦しい。だが伝えられたとおりやると必ずそうなるので、古代エジプト人は酸っぱくても我慢して飲んでいたのだろうとか、他に比較するものがなかったのでこんなものだろうと考えていたとか、ハチミツとかデーツの果汁を混ぜて飲んでいたのだろうなどと言われていた。

 そんな時、キリンビール株式会社(以下キリンビール)から、古代エジプトのビールを本格的に復元したいので協力してもらえないか、という話が来たので、新たな気持ちで古代エジプト時代に書かれたビール製造の記録を集めることにした。研究員や大学院生を動員し、早稲田大学の図書館の本や報告書を片っ端からひっくり返していろいろと調べた結果、どうも今まで言われていた製法は違うのではないかということになった。そのきっかけとなった1枚の壁画は、サッカラにあるニアンククヌムとクヌムヘテプという兄弟の墓にあった。その壁画(写真参照)をトレースしてキリンビール生産本部技術開発部の方にお見せしたところ、その部長である石田秀人氏は目を輝かせて、「もしかすると今までの通説はひっくり返るかもしれませんよ」と言われたのである。醸造学の専門家である石田氏は、その壁画を一目見ただけで、今までギリシャ時代からずっと私たちに提示されてきたケン・アメンのビール造りの壁画と違う図の中身を見抜いたのである。

 それから数カ月後、石田氏は壁画のシーンを製造工程の場面に分けてビール造りのチャート図(下図参照)を作ってくださった。石田氏はビール造りの工程別に場面を分ける前に、コモンパスという世界の醸造酒の標準工程表を作ってから、この壁画の場面分けに当たったのだと語ってくださった。私たち考古学者にはこの方法論は思いつかなかったし、なすすべがなかった。それからはキリンビールのたっての願いもあり、博物館にある道具類を参考にビール造りに必要な道具をエジプトですべて作り、日本に運び実験を繰り返したのである。約1年後にできあがった古代エジプト時代のビールの味は、まるで白ワインのようなものであった。考えてみればビールは醸造酒なのだから当然なのであるが、現代のホップの効いたほろ苦いビールからはとても予想できないものだった。終わってみて考えることは、やはりきちんと理論を作ってやらなければ、古代には戻れないということなのである。

図 ビール醸造の工程

図 ビール醸造の工程

 もっと詳しく知りたい人は… オススメ本

吉村作治著
『ファラオの食卓―古代エジプト食物語―』
小学館ライブラリー、1992年

(2004年7月7日掲載)




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First drafted 2004 July 7.