人間科学部教授 鈴木秀次
人間科学部教授
鈴木秀次
(すずき・しゅうじ)
1946年香川県生まれ。70年早稲田大学教育学部卒業。75年ワシントン大学大学院修士課程修了。杏林大学医学部助手、講師、早稲田大学人間科学部講師、助教授を経て、現在同大学人間科学部教授。医学博士。専門は身体運動科学・運動制御・バイオメカニクス。
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 素朴な疑問にお答えします!

人はどこまで速く走れるのか?

「記録は更新されるためにある!」とはいうけれど、いつか限界は来ないのだろうか。今後記録を塗り替えていくには、どのような素質が求められるのだろうか。

図1. 過去100年間における男子100メートルの記録の変遷

図2-1 ランニング周期での片脚におけるスウィング相とスタンス相

図2-2. ランニング速度の増大に伴う1周期の移動距離と1周期に要する時間

図3. 100メートル競走における理想的な時間−速度曲線

人類は100m走の記録を過去100年で1.2秒も短縮した

 今年8月、パリで行われた世界陸上選手権の男子200m決勝で末續(すえつぐ)慎吾選手が3位に入り、五輪、世界選手権を通じて短距離種目で初の日本人メダリストとなりました。素晴らしいことです。それにも増して、この種目で黒人選手以外から入賞者がでたことは画期的なことです。

 さて、ここでは「100mの記録はどこまで伸ばせるのか」、その可能性を探ってみます。図1は、過去100年間における陸上男子100mの世界記録の変遷を20年ごとに示したものです。100年間に1.2秒短縮、20年ごとで見ると0.16秒から0.3秒記録が伸びていますが、1960年からの20年間は0.29秒と記録の伸びが幾分急になっています。これは、走路が土から合成樹脂の素材に変わった時期と一致します。最近は、科学の進歩、特にハイテク機器を使った科学的な裏付けのもと、1人の選手が新記録を樹立しては、ほかの選手がそれを目標に挑戦し、それを再び突破するという繰り返しで記録が更新されています。一体、人はどこまで速く走ることができるのでしょうか?

 現在の100mでの世界記録は、2002年にT・モンゴメリがつくった9.78秒です。このぶんですと図1で示すように2050年には9.55秒となります。うまくいくと9.50まで記録が伸びるかもしれません。が、反対に9.65秒でとどまるかもしれません。

チーターの体から見えてくる速く走るための4つの条件

 速く走るには一体、何がポイントとなるのでしょうか。まず、図2を見てください。ヒトが走るときの片脚の動きはスウィング相とスタンス相とから成ります。走速度が増し、高速になるとスタンス相よりスウィング相の短縮が顕著になりますので、ここが記録更新の鍵です。

 では、スウィング相を短くするにはどうすればいいでしょうか。地球上で1番速く走るチーターの走りがいいヒントになります。チーターは上下肢とも付け根(近位)の筋肉が素晴らしく発達し、手足(遠位)はほっそりしていて、一気に加速し獲物を捕らえます。図3は、100m競走における10秒間の速度変化を示しています。選手はスタート後、加速して4秒ほどで最大速度に達しますが、その速度は100mまで続かず、徐々に減速します。加速するためには高パワーが出せる筋肉が必要ですが、下肢の付け根の筋、特に骨盤と肩甲骨の周りの筋肉を鍛えることが重要です。また、筋肉の働きを効率よく動きに変えるために、筋群を合理的に動かすための神経筋制御がポイントです。共縮(主動筋と拮抗筋が同時に収縮すること)を起こしたのでは動きが重く硬くなり、スピードは出ません。チーターが疾走している姿はとても軽やかであり、本能的です。

 もう一つの問題は、空気抵抗です。チーターは同じネコ科のライオン(2.4〜2.7m、120〜180km)よりもかなり小柄(1.1〜1.5m、30〜65km)です。短距離の世界トップ選手の体格がそれほど大きくない(身長は175a、体重は75km)のも理にかなっています。  まとめますと、100mでの記録更新の要因は、(1)瞬時により大きなエネルギーを放出することができる筋肉を持ち合わせていること。(2)体表面積があまり大きくないこと。(3)筋肉以外の身体の部分は大きくない方がいい。(4)本能で走る、というところにあるでしょう。以上、速く走るための科学をもっと詳しく知りたい人は、ぜひ私の授業を取ってみて下さい。

 もっと詳しく知りたい人は… オススメ本

J・エンタイン著、星野裕一訳
『黒人アスリートはなぜ強いのか?』
創元社、2003年

(2003年12月15日掲載)




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First drafted 2003 December 15.