国際教育センター教授 中原道子
国際教育センター教授
中原道子
(なかはら・みちこ)
国際教育センター教授。専門は東南アジア史(マレーシア・シンガポール)および最近は強制連行、強制労働、性奴隷制等、東南アジアの日本占領期の研究。「女性・戦争・人種」学会の創設に参加。共同著作として『講座イスラム2「イスラム・転変の歴史」』(筑摩書房)、『イスラーム:ナショナリズム─マレーシアの場合─「イスラムの都市性研究報告」』(文部省科学研究費重点領域研究報告書)、『講座世界史「近代世界への道」「イスラーム世界のなかの東南アジア」』(東京大学出版会)、『岩波講座近代日本と植民地5』(岩波書店)などがある。
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アジアの宗教―イスラムとの融和・共存の可能性

イスラムに対する偏見と無知が、問題の把握・分析を誤らせる。

イスラムをめぐる偏見と無知

 まず、「イスラムとの融和・共存の可能性」というタイトルは与えられた仮のものであって、私がつけたものではない。しかし、ちょうどよい「例」として使わせていただく。さて、なぜユダヤ教やキリスト教には問われない「融和・共存の可能性」がイスラムにだけ問われるのか。可能性というからには、イスラムとの融和・共存が不可能か難しいという認識があるのだろうか?

 イスラムをめぐるさまざまな言説には、偏見と無知がつきまとっている。時には政治的な意図に沿って作られ発信される。昨年、米国のアフガニスタン侵攻の頃、オレゴン州に滞在していたが、テレビで繰り返し放送されていたのは、ベールをまとった女性が男性に殴られている映像だった。この映像は、米国のアフガニスタン侵攻を心情的に正当化するのに使われた。つまり、アフガニスタン空爆はこのように虐げられている女性を解放するのだと。

 イスラムについて学ぼうとする人はエドワード・サイードの『オリエンタリズム』、『イスラム報道』、『戦争とプロパガンダ』、とか「カンダハール」の監督モフセン・マフマルバフの『アフガニスタンの仏像は破壊されたのではない、恥辱のあまり崩れ落ちたのだ』、ライラ・アハメドの『イスラームにおける女性とジェンダー』等を読んでほしい。自分で無意識のうちに同一化している価値観から自立してほしい。そう言えば湾岸戦争の頃、マレーシアで箱にイラクのフセイン大統領の顔が描かれたキャンディーが売られていた。そのキャンディーの名前は「ヒーロー」というものだった。

マレーシアにおけるイスラムの社会的意味

 東南アジアでは、インドネシアは世界最大のムスリム人口を擁する国家であり、マレーシア、ブルネイではイスラムは国教である。フィリピンの南部、タイの北部などにもムスリムが住んでいる。イギリス領マラヤは、1942年から1945年まで日本軍によって占領され、軍政下に置かれた。戦後、戻って来たイギリスは再植民地化を目指すが、最終的にイギリス領マラヤはマレーシアとして独立する。独立への過程で各民族とも公民権取得のためのさまざまな動きがあったが、結局はマレー人、華人、インド人という「民族」の枠を越えられないままに多民族国家として独立した。イスラムが国教に、マレー語が国語になり、マレー人はさまざまな恩恵を政府から受けた。こうして、1人ひとりの信仰としてのイスラムに極めて政治的な意味合いが付加されるようになった。政府は民族別のクォーター制を取り、その結果として、大学教育を受けるマレー人学生の数が飛躍的に増大し、元来の農業という分野から公務員、公共企業等の事務職員、製造業における工場労働者等の分野で目覚ましい発展を見た。マレー人社会のこのような劇的な変化、急速な近代化に伴い、大学生、国家公務員、専門職員等の中からイスラム復興運動が生まれ、学生運動やイスラム共同体を作ったアルアルカム等の運動が起こった。イラン革命は、マレー人のこうした運動に大きな影響を与えたことは言うまでもない。イスラムが本来持つ、地球規模での国際化も加速された。このようなイスラムの運動は、与党UMNOに対する批判勢力としての機能を果たしたが弾圧されていった。現在、UMNOと対立するイスラム政党PASは、現実に北部2州で選挙に勝ち、政権を取っている。

テロリズムとの混同

 さて、最後に朝日新聞の「新聞を語る」に載ったインドネシア人留学生の投書を紹介したい。その学生は、毎日ムスリムとして新聞を読むのは苦しい、「心がないています」と書いている。例えば、朝日の「テロリストうごめく3」では、サラエボのモスクの写真が掲載されている。読者は、無意識のうちにテロリストとモスクを関連させてこの記事を読むだろう。この学生は「日本にイスラムへの憎しみが増えたら、来年、就職する私に(とって日本が)どんなに住みにくいところになるか」と書いている。東南アジアのムスリムの留学生たちが、どんな気持ちで日本で勉強しているか考えてみてほしい。テロリズムは極めて政治的・経済的な問題であって、意図的に宗教としてのイスラムに結び付けているのは問題の把握・分析を誤らせるものである。

 オススメ入門書

ライラ・アハメド著
『イスラームにおける 女性とジェンダー』
法政大学出版局、2000年

(2002年12月16日掲載)




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First drafted 2002 December 16.