紺谷典子
(こんや・ふみこ)
1968年早稲田大学第一文学部史学科東洋史専修卒業。同年、(財)日本証券経済研究所に研究員として入所。1984年から同研究所主任研究員。専門は数量経済学、証券経済学、企業金融論。国際基督教大学教養学部非常勤講師(財務管理論)、上智大学経済学部非常勤講師(資本市場論)、お茶の水女子大学生活科学部非常勤講師(生活と金融)などを歴任。現在は女性投資家の会代表幹事も務めている。
 痛快!校友インタビュー

(財)日本証券経済研究所主任研究員  紺谷典子さん

経済論壇やテレビのコメンテーターとして、周囲の議論に流されない、 問題の本質をスパッとつくような発言が印象的な紺谷さん。
「何かを伝えたい時は『難しいものを分かりやすく、分かりやすいものを面白く、 面白いものを深く』するのが信条」という彼女に、経済が分かる"ツボ"をお伺いした。
「経済が分からない、難しい」と言っている諸君は心して聞け!


『どうしてそうなの?』という素朴な疑問を、 まずは、自分で考えてみることが大事。

―学生たちへ経済に関するアンケートを取りました。皆さん経済への関心は高い一方で、数学が苦手だから経済も分からないと考えている人も多いようです。

 「数学が分からなくても、経済は理解できると思います。数学を使うのは、論理展開をする時に数式を使うと楽だというだけです。経済が難しいという原因には、まず制度が前提であるということでしょう。経済はいろいろな法律やルールの相互関係で動いていますから、制度を知らなかったら意味が分からないということがあります。

 もう1つは、「風が吹けば、桶屋が儲かる」というように、目先のことだけ見ていたのでは分からない。国内だけに限ってもいろいろな所に波及効果が及びますし、国際関係もあります。だから、円高で困ったと言ったかと思えば、今度は円安で困ると言う。一体どっちなのか分からない。円高にも円安にもプラスとマイナスがあって、その時々の置かれた状況によって、プラスよりもマイナスの方が経済に大きく効いてしまう状況もあるわけです。円高でも円安でもどちらでも騒ぐというのはあり得ることなんですね。ただ、日本は何でもマイナス方向に捉えて、騒ぎすぎるという癖もあると思いますよ」

―紺谷さんは文学部のご出身ですが、経済を勉強された時に困ったという経験はありませんでしたか?

 「私は歴史や哲学、それに文学は好きだったけれど、経済にはなんの関心もありませんでした。ひょんなことからこの日本証券経済研究所に入って、経済を一から勉強させられたんです。でも、当初は本当に分からなかった。なぜ分からなかったかというと、経済学で使われている言葉がまず分からない。例えば、『expectation』を『期待』と訳しています。でも、本当は『予想』という方が適している。『期待』と訳したために、『経済悪化の期待』というおかしな訳語の教科書が売られていたりするわけです。私は一つ一つの言葉の意味にこだわり、言葉から入るタイプなのでいちいち引っかかりました。

 『限界効用逓減の法則』というのも経済学を学び始めた頃に習いました。英語では『marginal utility』というのですが、この『marginal』を『限界=リミット』と訳してしまうんですね。でも『』には『端っこ』という意味があって、この場合まだ先があるんですよ。限界というと『ギリギリ最後』の感じがしますが、マージナルはそうではない。『追加の一個、端が一つ追加された』という意味なんです。『utility』も『効用』というより『満足度』。ですから、『marginal utility』というのは、例えば、喉がものすごく渇いた時には、コップ1杯の水がものすごくおいしいけれど、2杯目となるとそうでもない。3杯目はいらないけどまだ飲める。5杯目になるとだんだん拷問に近くなってきて、10杯飲めと言われたら相手を殺したくなるようなことにもなるかもしれない。そんな風に追加的なものは、同じ1単位であってもその人が今どういう状態にあるのか、どのくらいの上に積み重ねられた1単位であるのか。ゼロの上の1なのか、10の上の1なのか。それによって嬉しさ、喜びというのが違ってくるという意味なんですね。それを『限界効用逓減の法則』なんて言われても分からないじゃないですか。それより『追加満足度減少の法則』の方が分かるのではないですか。私も経済学を学び始めた頃は、訳語が悪いということでとても苦労しました」

―経済をもっと知りたいと思っている学生は、何から始めたらよいでしょうか?

 「まずは、新聞を読むことでしょう。新聞には間違った情報も載っていますから、過信してはいけませんけれど。私も若い時はそうでしたが、知りたいけれど難しいといって手をこまねいているのは、若い方々の悪い癖です。マラソンの高橋尚子さんも、『走り始めは辛いのだけれど、そのうちアドレナリンが出てきてとても快適になる』と言っていますね。入口はとても厳しいですけど、そこを通り越さないといけません。分かりづらいことはたくさんありますが、だんだん楽になります」

―経済学が分かるツボというのは?

 「自分の頭で考えて、どうしてそうなの?本当にそうなの?って考えれば、特別な勉強をしなくても分かるはずです。

 例えば、経済に元気がない。消費や投資が少ない状況で、モノが売れないから企業が倒産し、そこで働いていた人たちが失業していく。そんな状況で、国までが支出を絞っていったらどうなりますか?ますます経済が悪化して、税収もなくなってしまうでしょう。財政支出を絞ったためにもっと財政が悪化することにもなるのです。そもそも国の財政や日銀というのは何のためにあるのでしょう?中学生がろうそくの火で勉強していて火事で焼け死んだとか、老夫婦が水道まで止められて餓死したとか、そういうことを起こさないように、国民経済が健全であるように、国民の生活が安定するためにあるのではないですか。それなのに、国民生活の健全化より財政の健全が先だというのはおかしいですよ。

 経済政策というのは、トータルな組み合わせなんです。景気を良くするためには財政支出が必要だとしましょう。しかし、国債を発行すると金利が上がって、それが企業の負担を増やして景気にマイナスかもしれません。だから、その時金融を緩めて、お金をたくさん流してあげて、金利を上げないようにすることが大事なんですね。ところが、日銀は金融緩和しろと言っても嫌だと言います。日銀の財務の健全性が損なわれるとか、信用されなくなるというのです。だけど、国民経済が破綻している時に、日銀だけが信用を保ってどうするのでしょうか。それは、家族が皆インフルエンザで苦しんでいる時に、うつったら大変だからといって、お母さんが台所で1人でお茶を飲みながらテレビを観ているようなものじゃないですか。『日銀は熱は下げたが患者を殺した』と言われています。病気治療のために形成された医師団の1人が、『私の仕事は熱を下げることだけ』と言って、他の治療や症状を無視して患者を氷漬けにして良いでしょうか。経済政策はトータルなものなんです。なのに学者の方々も『日銀は独立なんだから』と言います。日銀の独立性は疑問の余地なく必要なことと思われています。だけど、私は『どうして日銀は独立していなくちゃダメなの?』という素朴な疑問を持ちました。教育だって、福祉だって、外交だって、時の権力が思いのままにしてはならないという点では、どんな政策だって独立でなくてはならないはずです。なぜ金融政策だけが特に独立でなくてはならないのでしょうか。確かに皆が同じことを言っている時に、人と違うことを言うというのは勇気のいることです。でも、どうしてそうなの?という疑問を持ったら、突き詰めてみるということが大事なのです」

―紺谷さんは投資啓発のボランティア活動も行われているとお聞きしていますが。

 「株価の暴落は投資家や証券会社が損をするだけだから放っておけ、と当初は言われていました。でも、株価が下がることによって銀行や企業の経営が立ちいかなくなり、恐慌の恐れさえあるほど経済は悪化しました。それに私たちは知らないうちに株主になっているということを知らなすぎるんです。日本は国民皆保険ですが、私たちが支払った年金は株式で運用されています。株価が下がったことにより、年金や保険が危なくなってしまいました。株価の下落がどんなに経済を傷めるのか。暴落すれば、経済にとって大きなマイナスだということを、もっと認識していただきたいんです。

 世界を見ても、日本人ほど株式投資をしていない国はないでしょう。豊かであればあるほどリスクを負担できるのにも関わらず、異常なまでに株式投資をしていない。それはやはり『株は博打だ』としか思われていないからなんです。でも、学校選びも博打、就職も博打、結婚だって、将来に関わることはみんな博打ですよね。では、株式投資と博打は何が違うかと言えば、例えば競馬は大切な楽しみの1つかもしれませんが、ないとやっていかれないということはないですよね。だけど、株式投資をする人がいなくなったら、経済はもたないんです。企業の借り入れが全部銀行からのものだったら、不況で赤字になった時、金利が払えなくなってすぐ倒産してしまいます。不況の時は配当がなくても株価が下がっても、好況の時に儲けさせてくれれば良いという株式投資家がいることによって、企業は成り立っているところがあるんです。お父さんが株式会社に勤めていて、そこからもらったお給料で生活しているのに、『株なんか』と言っていていいのでしょうか」

―最後にこれから社会に出る学生たちへメッセージをお願いします。

 「まず、自分が何をしたいのかということをよく考えるとよいでしょう。最近ではやり直しがきく社会になりつつあります。転職はごく自然な、自由度のあるものになってきています。ですから、あまり将来の生活の保障ばかり考えずに、自分は何がやりたいかを良く考えてそれを始めてみたらいかがでしょう。それが若さの特権なのですから。

 自分は社会に対してどんな貢献ができるのかということもどこかで考えていてほしい。まだ社会の様子もあまり知らないのに、何をしたら良いか多分答えが出ないと思います。でも、それはとても大事な感覚で、何か社会の役に立っていたいと思う気持ちを持ち続けることが大切だと思うんです。『自分の役割は何か』などと大げさに考えずに、目の悪い人が改札口のまわりをウロウロしていたら、手を引いてあげるとか、その場その場でできることというのはたくさんあるはずです。そういうことをしているうちに、本当にやりたいことがきっと見つかると思いますよ」

(2002年1月10日掲載)




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First drafted 2002 January 10.