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早稲田大学スポーツ科学部

プロからの一言

スポーツ科学部は2007年3月に第一期生が卒業し、各界で活躍しています(将来の進路へ)。このコーナーでは、スポーツ科学部を卒業した学生が就く可能性のある、各職種の方々からアドバイスをしていただきました。

小宮山 悟
トップパフォーマンスコース
小宮山 悟
こみやま さとる
プロ野球選手(投手、ロッテオリオンズ―横浜ベイスターズ―ニューヨークメッツ―千葉ロッテマリーンズ)
平成2年 教育学部卒業 野球部OB

卒業後、プロ野球の世界に身を投じ、15年が経過します。野球界に身を置き、「野球の知識はあるものの、そのベースになるべき根本的な知識のなさ」を痛感しております

在学中に、もっと、真剣に学んでいれば良かったと、改めて、後悔しております。

おそらく、今も、在学生は、「楽しい」事になびいてしまっていると思いますが、それはそれで、仕方の無いことなのかもしれません。が、しかし、「究める」と言うことを考え、学習することを願います。

なぜならば、今、日本のスポーツ業界は、その道の、「エキスパート」を必要としているからです。

深野 悦子
スポーツビジネスコース
深野 悦子
ふかの えつこ
社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)企画部
人間科学部スポーツ科学科卒業

私は現在、社団法人日本プロサッカーリーグ(Jリーグ)に勤務し、主に選手契約やホームタウン(クラブ作り、まち作り)活動などの業務を担当しております。

Jリーグ開幕は大学4年生の5月でした。体育局ア式蹴球部女子部に所属し、インカレ出場を目指していた私にとって、最初のJリーグへの興味は純粋な競技としてのものでしたが、いわゆる一般的な就職活動を行うにつれ、サッカーの職場で働く事を考えるようになりました。その後、先輩の伝手等により話がとんとんと進み、今に至ります。

自分の興味を突き詰めた結果が今にあります。学生の皆さんにも、とことん興味に向って邁進していただきたいと思います。何をしたいか判らない場合は、少しでも興味あることを試して、方向性を掴んでください。一度しかない自分の人生です。自分と対話し、どう生きて行くのか、どうなりたいのか、その為に何をすべきか、何をしたいのか、考えて積極的に行動してほしいと思います。

ともする私も自身に悩む毎日を送っていますが、悩みながらも前進はするもので、前業務がきっかけではじめたサッカー審判資格が今では女子1級となりました。週末は全国各地でLリーグや全国大会の審判をしています。審判の世界は広く、日本のみならず世界中に審判の友達ができました。突き詰めれば、身近なところも世界に繋がっています。

星野 有治
スポーツ文化コース
星野 有治
ほしの ゆうじ
(株)ベースボール・マガジン社 サッカークリニック編集部
人間科学部スポーツ科学科卒業

スポーツジャーナリストと聞くと、表現力を高めたり、多くの読み物に触れることが大切と思われるかもしれませんが、学生という期間を考えた場合、スポーツと多くの関わりをもつこと、そしてそれを通していろいろな人と接することの方が大切だと思います。私もスポーツ医科学に関心を持ちながら選手としてサッカーに打ち込み、大学院では研究のかたわら高校の部活動のコーチをやり、実に多くの人と関わることができました。これらの経験から得たものが、スポーツを伝える立場にいる現在の自分(まだまだ「ジャーナリスト」とは言えませんが…)の礎となっています。皆さんもスポーツ科学部でそれぞれの「関わり方」を模索し、それに飛び込んでいって下さい。

瀧聞 久俊
スポーツ教育コース
瀧聞 久俊
たきぎき ひさとし
土浦日本大学中学校教諭 (保健体育科)
平成7年 人間科学部スポーツ科学科卒業

私は土浦日本大学中学校で保健体育の教員をしています。土浦日本大学中学校は今年度開校した新しい学校です。去年度より新しく学校を立ち上げる準備として保健体育のカリキュラム作りに携わりました。生徒の発達段階を考慮し、成長に応じた運動種目を効率よく配列するためには種目に関する知識だけではなく、運動学、発達運動学、運動生理学、解剖学、バイオメカニクス、スポーツ心理学などの大学で得た学術的な知識が役立ちました。大学時代は様々なことにチャレンジできる時だと思います。私自身もいろいろ経験をし、識を得ました。その経験や知識が現在の職場で役立っています。最初から「できない」と考えチャレンジしないのではなく、「できる」と思い込めば不可能なことはないでしょう。将来のためにも今できる経験は今のうちに!

釋迦野 亮
トレーナーコース
釋迦野 亮
しゃかの りょう
FC水戸ホーリーホック(Jリーグ2部)トレーナー
平成7年 人間科学部スポーツ科学科卒業

私が在学中の当時は(と言ってもたかだか10年ほど前の話ですが…)、まだ『トレーナー』に必要な知識や技術を学ぶ場所やカリキュラムが、ほとんど整備されていない状態でした。そんな状況下で、私は幸運にもアメリカンフットボール部の学生トレーナーとして、鳥居先生や鹿倉先生のご指導の下、貴重な経験を積ませていただくことが出来ました。いま振り返ると、当時の自分の得られた経験は、その後現場でプロとしてご飯を食べていくには甚だ不十分なものでしたが、それでも現在の自分の基礎となっているとても重要な柱になっています。もちろん現在もまだまだ成長しなければならないと、日々勉強中の身でありますが…

当時、学ぶ場所すらなかった時代から、現在は大学でカリキュラムとして学ぶことが出来る、非常に恵まれた時代になっていると感じます。学生の皆さんには、現在のこの状況を築き上げてこられた先達、開拓者たちへの感謝の念を忘れずに、日々頑張って欲しいと考えます。学ぶことが出来る場所があることが、決して当たり前ではないということを忘れずに、これからもお互い頑張っていきましょう。