序章 フィリピンの海外出稼ぎ労働の歴史と現状

 

第1節 フィリピンの海外出稼ぎ労働の歴史

この節ではフィリピンの現在の過剰な海外出稼ぎ労働を生み出すに至った歴史を中岡三益氏の『難民 移民 出稼ぎ』をもとに3つの期間に分けて考えたい。

・第1期−20世紀初めから第二次大戦後まで−

フィリピン人の海外出稼ぎ労働者は1906年プランテーション労働者としてハワイに到着したのが最初だと言われている。当時のフィリピンはアメリカ合衆国の植民地化にありその渡航先もほとんどがアメリカであった。1909年から34年までの間におよそ12万人が契約労働者としてハワイに渡っている。1)その大半は農民であった。34年にフィリピンはタイディングス=マクダフィ法をアメリカと締結しその翌年からはフィリピンの政治的地位はコモンウェルス(独立を前提とした自治政府)に移行し、アメリカへの移民は制限されるようになった。

・第2期−第二次大戦後から1960年代まで−

1946年7月4日にフィリピンは共和国として独立を果たす。戦前ハワイに渡りそのまま残留した者も少なくなかったが、65年にアメリカの移民法が改正されるまではフィリピンからは年100人がアメリカに渡れるに過ぎなかった。2)したがってアメリカに渡ることができたのは、戦前の移民の家族、戦前に米軍に勤務したものであった。またこの時期にはハワイ、アメリカ本土以外に米領グアム、沖縄などに復興建設労働者として進出し始めている。1965年にはアメリカの移民法改正によりそれまでの国別人数制限が撤廃され、より多くのフィリピン人がアメリカに入国できるようになった。この時期の出稼ぎは主として医師、看護婦、技師、歯科技工士など高度な専門職につく者がく、また60年代にはホテルのボーイやメイド、看護婦、家政婦などの職を得てヨーロッパに渡るものも出始め、外国籍の商船に雇われ海員になるものも徐々に増えていった。

・第3期−70年代から90年代初頭まで−

この時期の特徴は海外出稼ぎ労働がフィリピン政府の政策として制度化された点にある。これにより多くのフィリピン人が世界各地に出かけていった。70年代には石油ブームに沸く中東へ建設労働として大量の出稼ぎが発生した。石油開発により資金が潤沢となったこの時期の中東諸国は比較的人口が希薄であったため多くの労働力を必要とした。この時期の主な傾向としては医師や看護婦などの高度な専門職につくものはアメリカへ、電気・建設技師などの専門職・熟練労働者は中東地域へ、ウェイターなど非熟練労働者はヨーロッパへ、香港やシンガポールへは主に家政婦として、そして日本に来るほとんどはホステス等の接客業というものであった。近年は80年代後半以降の石油市場の軟化、石油価格の下落により中東地域の経済開発が頭打ちになり、特に90年代前半からはアジアへのシフトが進んでいる(表序−1)

 

第2節フィリピンの海外出稼ぎ労働の現状 

フィリピンの海外出稼ぎ労働者3) は95年は65.4万人となり、前年比9.2%減となった。96年は66.0万人となりほぼ横ばいになった後、97年は74.8万人となり、前年比13.3%増となった(表序−2)。この数字は他のアジア諸国と比べても飛びぬけて高いものである(図序−1)。フィリピン政府は貴重な外資獲得、および失業圧力の軽減のために当座の措置として海外出稼ぎ推進政策をとっており,海外出稼ぎ労働者を取り扱う機関としてフィリピン海外雇用庁(POEA)と海外労働福祉庁(OWWA)を設けている。POEAは海外での雇用のための組織的なプログラムを実施し適正ある雇用のために設けられた機関であり、OWWAは海外出稼ぎ中のなんらかの被害を被った場合に適切な措置を施す機関である。後に触れるが近年は雇用機会の拡大によりフィリピン人の出稼ぎ労働者は単純労働者が減少し、熟練労働者が増加している。フィリピンは高い識字率と高学歴の労働力を有する点で人的資源不足の多くの途上国より有利な条件にあるにもかかわらずそれを有効に活用できない点に問題があるといえよう。

先にも述べたがフィリピンは他のアジア諸国と比べ海外出稼ぎ労働者が多く、その送金額は年々増加している。GNPに占める割合は94年には4.47%、95年は6.4%、96年は5.6%となり、高い割合を占めており(表序−3)、また87〜90年の年平均GNP成長率は5.4%、同GDP成長率は4.8%であり、この差は海外経常余剰より生じているがそのほとんどが海外出稼ぎ労働者の本国送金によっているとみられる。しかし合法、非合法を合わせると約400万人が海外で働いているとみられている。またインフォーマルな形での送金額は正規ルートの3〜4倍といわれており、過去10年間に320億ドルのインフォーマルな送金があったとする説もある。4) 送金の用途としては投資・貯蓄目的で土地を購入する傾向もあり、送金を受取っている家族の貯蓄傾向は受取っていない家族に比べて高くなる。しかし主として消費に向けられることがほとんどであり、生産的用途に使われることは少ない。

 

1) 中岡(1991 )

2) 同上

3) ILOの定義では「難民、旅行者、巡礼者および遊牧民を除く広義の雇用を目的として本人の国籍とは異なる国に移動した者」、「短・長期、永住・非永住問わず就労を目的として国境を越えて移動する者」を指す。

4) 榊原 (1994)

 

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