第二章 タイ経済に関するIMFの動きについて

 長い間戦場であったインドシナにおいて、権力を掌握した共産党政権は、経済苦境を脱するために経済の自由化と対外開放に取り組みはじめた。タイはいち早くこの点に注目し、同地域に対する従来の敵対的外交政策を転換して、活発な外交・経済活動を開始した。そして完全に政経分離を実行し周辺諸国との経済交流を活発化させていった。さて、今回は7月2日に起こったタイの変動相場制以降のIMFの動きについて順を追って見てみたい。
 7月2日にタイが変動相場制に移ると即座にバーツが暴落した。この時点でオーストラリアと日本はタイからの要請があればバーツ買いでバーツを買い支える意向を表明した。タイはこの時には国内総生産の8%強にものぼる経常赤字を抱え、さらにバブル崩壊によって(1)金融危機(2)国際収支危機(3)国内インフラ不足といった問題を抱えていた。そのためIMFはこのバーツ下落が東南アジア全体に波及し、メキシコ危機にも状況が以ていると判断してタイへの監視を強化した。ただしIMFはメキシコ危機の場合は政府主体の短期債務であり、立ち直りも早いとみて即座に融資を決めたが、今回のバーツ暴落は民間の債務が多いことからIMFだけでなく、日本にも融資をするように要請した。
 IMFは日本主導で金融支援をし、それも1ヶ月〜6ヶ月の短期融資をすることを7月の前半に考えていた。7月10目の時点で(1)バーツ不安による資金の流出(2)税収の低迷(3)金融機関が抱える巨額の不良債権があり、これを日本輸出入銀行を中心としてIMFとの協議に入った。なぜ日本が主導で融資することを要請されたかというと、900億ドルにものぼる対外債務のうち実に3〜4割が邦銀によるノンバンクを通して行われた融資であるからなのだ。
 タイバーツに影響を受けたペソ通貨のフィリピン(フィリピンペソは、ペソ相場が過大に評価され、バーツと状況が似ていると判断されたためペソ売りが加速した)は早くも14日にIMFと日本輸出入銀行に支援を要求している。これをうけてタイ・チャトモンコン大蔵次官はIMFの支援を排除しないと発表したがこの時点ではまだ積極的な融資の要請は考えていない。7月18日にはタノン蔵相が来日して三塚蔵相と会談してバーツを買い支えで協調することで合意した。
 18日にはIMFはフィリピンに約4億ドルの追加融資をして総額約11億ドルを融資することに決定した。この融資の条件として(1)為替相場が安定するまで高金利を維持すること。(2)財政政策での金融引き締めなど条件を課した。しかしながら、タイの方はと言えば、「まだ現段階ではIMFや日本輸出入銀行には頼らない」と蔵相は発言し、なにも要請はしてきていない。このことはバーツがさらに売りの標的になるおそれがあった。なぜタイがフィリピンとは違って融資を早急に要請しないのかというと、一つにはIMFが融資するに当たって出してくる条件(要は緊縮財政政策への転換への抵抗)を飲むのが融資卒業国になろうとしていて、また東南アジアの中でも経済発展のお手本とされ、海外から高い評価を受けていたタイにとっては非常に屈辱的であると考えていること。二つ目にはメキシコ危機の場合と同列視されたくないというなんとも情けないプライドが今一歩融資要請に踏み切れない理由だ。だが国際金融機関や機関投資家、投機家などは遅かれ早かれIMFの融資を受けるのは時間の問題と見ておりIMF当局も今年の春に独自の調査団を派遣しており、随時IMF本部に報告をしている。そして上述したように、5割近くの日本の企業が多くのノンバンクを通して融資を行っているためIMFフィッシャー副専務理事は「アジア通貨安定には日本の役割が重要」と述べ、また「バーツ下落の影響は限定的で、タイに限ればゼロ成長はないが、低成長は長引きそう。シンガポールや香港は当局がしっかりしており、市場の通貨売りも弱い」と発言しており、バーツ安をふまえて速やかに総合対策を打ち出すよう要求した。しかしそのシンガポールや香港通貨も乱高下しており決してしっかりした経済基盤を持っているとは今のところ思われない。スパチャイ元副首相やアスウィン産業金融公社はIMF融資をタイ政府に要求しているが、蔵相は上述した理由から融資には消極的である。
 しかし7月28日にタイ政府はついにIMF融資要請に踏み切った。同国政府筋によると、IMFは融資に伴い、付加価値税の引き上げを求めている。これに対しチャワリット首相が消極的でタイ政府は融資要請に消極的だったが、通貨パーツが下げ止まらないため軌道を修正した。これによりタイの支援要請を受けていた日本政府は前提としていたIMF融資の道筋がついたことで日本輸出入銀行の融資と具体案の準備を急ぐ。
 8月にはいると融資額の具体的な数字があがってくる。7月2目にドル連動の固定相場制から管理フロート制に移行して1月がたつが、依然としてバーツが下落していることからIMF調査団が必要額や条件となる構造改革プログラムの作成を急いでいる。8月3目には今月後半にもIMFと日本輸出入銀行でそれぞれ40億円づつ計80億円を緊急融資することで合意。さらに民間金融機関も、さくら、東京三菱、日本工業銀行などの有力邦銀が軸となり米国、東南アジアなどの銀行と数十億ドル規模の協調融資を検討する。IMFはタイに対する出資割り当て8億ドルの5倍程度の40億ドルを1年程度と比較的短期の「スタンド・バイ融資」が基本になる。日本は輸銀の「アンタイド・ローン」(資材調達先を特定しない貸し付け)を中心に構造改革を後押しする考え。タイ政府向けの民間銀行の融資額は欧米とアジア有力銀行で約50億ドルの融資枠を設定。その約半分を邦銀が負担する。
 一方タイの方は8月5日の閣議で再建策を正式決定。IMFと邦銀の融資を受け入れる本格的体制に入った。IMF当局者は7月27日にバンコク入りし、1週間にわたってタイ政府と協議してきた。この中でIMFは、付加価値税(VAT)の引き上げや貯蓄保険機関の設立など、財政、金融規律の強化をタイ政府に求めてきた。これに対し、タイ政府は大筋を渋々受け入れる予定。だが、付加価値税の引き上げ率などで依然食い違いが残っていることを示す。ただし金政界ではIMFの融資に抵抗している。また金融機関の不良債権処理策の枠組みがみえてこないことも不透明感を払拭しきれない要因だ。5日の財政再建策の閣議決定でタイはIMFに一定の枠内でいつでも引き出せるスタンド・バイクレジット120億〜150億ドルを要請する一方で、その見返りに付加価値税を現行の7%から10%に引き上げるほか、公共料金の値上げなどを打ち出した。IMFの厳しい条件を飲み込むことでタイ政府は希望する融資額を受け入れることができるが、国民生活には深刻な影響を与えそうである。
 8月6日総額200億ドル規模のタイ向け国際金融支援案が決まる。IMFは40〜50億ドルのスタンドバイ融資。輸銀は最大70億ドル。民間銀行も邦銀を中心に最大50億ドル。通貨危機の再発を防ぐ。

タイに対する国際金融支援の骨格

公的支援(最大150ドル)
*最小必要額 120億ドル
・IMFのスタンドバイ融資40億ドル
・アジア開発銀行による融資10億ドル
・日本の輸銀による融資60億ドル(IMF、世銀、ADBにそれぞれ同額の協調融資)

*追加調整中の融資の枠 30億ドル
・アジア諸国による2国間融資10億ドル以上
・IMF、輸銀は各10億ドル以内で融資枠追加も検討

*民間支援 最大50億ドル
・欧米、アジアの民間銀が緊急融資枠設定、さくら銀行、東京三菱銀行など邦銀が約半分を引き受ける方向で検討

 タイに対する支援会合を11日に開き、タノン蔵相が10日に再来日して各国高官と協議した。この会議は三塚蔵相が主催して、タイの経済改革構造案を聞いた上で具体的な支援金額の調整に入った、また日本政府はシンガポール、香港、インドネシア、マレーシア、オーストラリア、ニュージーランドなどアジア太平洋地域の主要国の参加を呼びかけた。そして結局公的支援資金は160億ドルと決まる。

タイ支援の内訳

*IMF:約40億ドル
*日本輸出入銀行:約40億ドル
*オーストラリア:約10億ドル
*マレーシア:約10億ドル
*シンガポール:約10億ドル
*香港:約10億ドル

*韓国:約5億ドル
*インドネシア:約5億ドル

*世銀、アジア開銀など:約30億ドル

 また、中国もタイに対して、当初5億ドルと言われていた資金融資を10億ドルに増やすことを14日に決め、BIS加盟主要国もつなぎ融資(ブリッジローン)で約33億ドルを融資をすることを検討していた。そして20日IMFは理事会で、タイ支援の39億ドル融資を正式決定した。今後34ヶ月わたる経済改革の雲行を円滑にするねらいで、16億ドルは直ちに融資される。今回の融資は95年1月におきたメキシコ危機(178億ドル)に次ぐ規模。IMFは条件となった経済改革の重要性を指摘。「経常赤字の国内総生産比を98年に3%まで引き下げる」目標を明示している。金融政策については、通貨供給量を絞るため、経営危機にあるノンバンクへの支援中止を促している。財政政策は付加価値税の引き上げなどの増収策で、98年には小幅黒字化を目指す。金融システムについては問題会社の処理、健全な機関の信頼回復などのため、合併の促進や外貨導入による自己資本の増強策などを提案している。
 タイに対する金融支援策は、アジアにおける地域協力の前例のない前進として描かれている。会議を主催した日本はもっとも多くの支援金をだし、インドネシアから、韓国までアジア各国が融資に応じた。しかし、今回の取り決めの重要性を過大評価するのは性急すぎる。日本は中心的な役割を果たす以外に選択肢がなかったのだ。日本はタイに巨額の投資をしているし、日本の銀行もタイに相当関わっているからだ。
 一連の動きの駆動力となったのは国際通貨基金であり、その背後にはアジア地域の経済安定安全保障上の強い関心を持つ米国がいる。アジア各国の政府はIMFと協力して、資金提供の条件が実行されることを監視しなければならない。160億ドルの融資が実際に何に使われるのか不透明なことも気がかりだ。融資が適切に使われなければタイの混乱は収まらず、地域協力の有望な実験も水泡に帰してしまうだろう。

IMF融資とは

 IMF融資とは国際収支が悪化したり外貨が不足している国に対してIMFが外国為替の資金繰りをたすけるために行われるもの。累積債務が膨らんだり、短期間の大規模な資金移動で外貨不足が進むと国際的な金融危機があり、それを防ぐのがねらい。融資は財政赤字削減など「IMFが提示した経済再建案の実行」を受け入れることが条件であるのが特徴。基本的には1〜2年の短期融資で、融資額は対象国の出資額の3倍が上限。貸付を行うに際し、その条件としてその国に適切な経済政策を実施させる。加盟国がIMF融資をうけるには、国際収支の悪化を訴えるだけでなく、収支を好転させるための政策パッケージを提案しなければならない。今回のタイの場合は98年度の財政黒字を対GDP比1%以上にする、付加価値税の引き上げ、歳出のカットなどである。
 赤字国は、なぜこれほど厳しく監視されながらもIMFからの融資を受け入れるのだろうか。それは、IMFとの合意(ましてや好評価を得る)がその国の経済政策に対するお墨付き機能をもっているからである。他の国際機関、援助国、民間銀行は、IMFがその国の制作にOKを出すかを注目している。このことは、IMFとの交渉がまとまれば、IMFが貸してくれる数倍の金融支援が世界中からその国に流れ込むことを意味している。今回の例でいくと、日本は、単独で先に融資を決めてもよかった。しかし邦銀も含めてIMFの融資決定を待ったのは、上記の理由からが一つの理由と考えられる。また、IMF融資決定を待っていた理由のもう一つの理由が、アメリカがIMFと世銀に圧力をかけることができるということである。このことはアメリカの公式文書や、議会宣言で宣唱されている政策なのである。“鬼教師”とか、“世界経済の警察官”とか呼ばれる反面、こうしたアメリカの政治的圧力でその政策原則が守られないこともしばしぱある。9月に香港で開かれた一連の経済政策会議で日本を軸とした「アジア通貨基金」構想がアセアン各国から提唱されたが、タイには1ドルも出さなかったアメリカがインドネシアにIMF経由ですぐに融資させたり、香港会議でルービン米財務長官が「この構想を懸念している」と発言した裏には、これからもまだまだ発展するであろう中国も含めた一大マーケットを日本にとられたくないという考えがある。
 タイを含めたIMFのこれからのアジアに対する見方は、いくらタイの金融危機がメキシコに似ているからといってもメキシコのようにはいかないかもしれない。マハティール首相の投機家非難、アジア各国の米国、日本の経済侵略懸念、IMFはアジアの歴史的、民族的、背景を考慮しながらアジアの今後を見守らなければならない。決してワシントンD.C.にその本部があるからと言って政治的な流れに流されないでほしい。

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