(1)2節導入
この2節では、メキシコおよびタイ両国において発生した通貨危機の原因について比較を行い、メキシコの復興を今後どのようにタイの復興に生かすことができるか、その手がかりを得たいと思う。
(2)タイの通貨危機
(A)短期資本の流入
タイ国内におけるインフレ対策および外資の導入政策として高金利政策(グラフ2参照)・為替の変動リスクを負わずにタイに資本投下させることが可能となるドルリンクの通貨バスケット制また、通貨バスケット制によるバーツの高値維持(グラフ1参照)が行われた。しかしながら、この政策によってタイ国内に多く流れ込んできたのはBIBF(バンコクオフショア市場)を経由した海外からの投資、高金利運用(バーツ金利とドル金利との差)を狙った非居住者によるバーツ建ての預金など、短期資本がその多くを占めた。(グラフ4参照)
(B)貿易収支の悪化
1980年後半から、タイでは輸出志向型の工業化に取り組み、その輸出が海外からの投資ともかみ合ってタイ経済を1995年までの約10年間大きく成長させた。
しかしながら、経済成長を支えたタイの輸出に陰りが見えたのは96年に入ってからである。その理由としてあげられるのは次の3つである。(グラフ5・グラフ6参照)
まず最初に90年代前半には考えられなかったドル高円安(バーツ高)の進行によって対日輸出競争力・先進国の第三国への逆回輸出・国際競争力が低下したことが挙げられる。
次に経済成長過程における労働者不足を理由とした賃金上昇などによる生産コストの高まりから、繊維、衣料といった労働集約型製品の価格競争力が、元を切り下げ輸出力を大幅に伸ばしてきた中国に比べて低下したことも大きな理由である。
3番目に、労働集約型産業の価格競争力を低下させたタイは、近隣諸国との競争のために高付加価値産業への移行が重要であったが、必要とされる資質を持っている労働者の不足(14歳時の就学率が約40%など)が影響し、移行は困難であった。
また輸入についてであるが、タイでは組み立て・加工産業が中心であり、資本財や部品・中間財については先進国による技術移転の状況は十分とはいえず、関連産業はまだまだ未発達といえる。こうした、輸入依存型の産業構造のうえに、米ドルの上昇に影響されるタイバーツの高値が輸入の増加へとつながった。
輸出の不振、同時に輸入依存型、タイバーツの高値などによる輸入の増加はタイの貿易収支赤字の拡大につながった。
(C)短期資本の流出
貿易収支の大幅な悪化は、海外投資家の信頼を失うことになる。貿易収支赤字の拡大によるタイ経済の信頼の低下は、米ドル上昇に伴ったバーツの割高感(グラフ1参照)や、同時に発生した金融市場の混乱と共なりまた同時に95年9月から10月にかけてタイ中央銀行が通達した外貨貸出規制が引き金となって短期資本の流出が起きた。さらに、5月に入ると「バーツ切り下げ」の噂が市場で流れたこともあり、バーツ売りの動きが加速され、5月14日には一時1ドル=26.60パバーツと10年振りの最安値を記録した。
(D)バーツの切り下げ
タイ中央銀行はバーツ防衛のために、国内銀行に対して非居住者との為替取引の自粛要請や、証券市場経由のバーツの国外持ち出しの禁止、さらに市場介入(ドル売りバーツ買い)といった策を実施した。この市場介入のために、外貨準備高の1割以上となる40億バーツを失った。(グラフ15参照)
バーツ防衛策によってタイバーツ切り下げ圧力は一時的に緩和されたものの、バンコクオフショア市場(BIBF)を通じた国内への資金流入減少による国内マーケット金利の上昇、バーツ価値維持のための高金利政策など苦しい金融政策を続ける必要があった。
また、一時的なバーツの買い支えでは内外投資家の信用を取り戻す事はできなかった。
手詰まりになった金融政策・大きく失った外貨準備によってタイはバーツの買い支えを断念し、ついに7月2日にバーツの管理フロート制への為替制度の移行へと踏み切るのである。
(3)メキシコの通貨危機
(A)短期資本の流入
メキシコにおけるGATT加盟・NAFTAの発効などによる市場の信頼性の向上・またインフレ対策による経済の安定化、金融市場の開放は外国からの多くの投資を引き付けた。さらに、メキシコ通貨であるペソをドルにリンクさせドルペッグ制をとり、上限を1ドル=3.0512ペソに固定、下限を毎日O.0004ペソ切り下げることにより為替変動のリスクを抑え、外資の導入に努めた。
しかしながらそのなかで、特に多くメキシコ国内に流入したのは米国金利の低下を背景とする証券投資を主とした短期資本であった。これは、外貨引き付けを目的としたテソボノス(TESOBONOS)というドル建ての短期国債の発行や、金融市場のあまりに急速な自由化、また外貨準備高の順調な伸ぴによるカントリーリスクの低下などによって、証券投資などが増えたことを示している。(グラフ8参照)
(B)貿易収支の悪化
ドルにリンクしていたペソはドルが高騰するにしたがって、実力を超えた通貨価値を持つようになった。これは輸出の価格競争力低下につながり、同時にNAFTA発効による自由貿易の強化・ペソ高を理由とした輸入の増加と伴って、貿易収支の悪化を生み出した。(グラフ11・グラフ12参照)
(C)短期資本の流出
メキシコに流入していた短期資本は貿易収支の悪化に伴う信頼の低下、大統領候補暗殺・チアパス州での武装集団の蜂起などによる政情不安等のカントリーリスクの高まりによって流出が始まり、また米国における金融引締めの公定歩合上昇・高金利政策(グラフ2参照)に投資家の目が向けられるようになると急速に資本が米国に回帰するようになった。これによって、94年第二四半期の証券投資によるメキシコへの資本流入は激減した。(グラフ14参照)短期資本の流出・ペソ売りによって、メキシコ政府の外貨準備高は大幅に激減した。(グラフ10参照)
(D)ペソの切り下げ
短期資本の流出によって多くの外貨準備を失い、TESOBONOSの償還すらも不可能になるほどのダメージを受け、ついにペソ売り圧力に抗しきれなくなったメキシコ政府は12月22日に為替レートのターゲットゾーンを取り払って完全な変動相場制度に移行した。(グラフ13参照)
(4)以上をもって言えること
タイとメキシコの通貨危機は、為替政策の失敗による輸出の不振、輸入の増加、それに伴った貿易収支の悪化(貿易収支赤字の増加)、そしてこれが債務返済能力不足を露見することにつながり、キャピタル・フライトを起こしたために発生した。通貨危機において大きな原因である貿易収支の悪化は、メキシコ・タイ両国に共通していえることであることが分かった。