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「地デジ化」のホンネとタテマエ 太田龍之介[社会文化][2011/5/26]

地上デジタル化に沸く業界

 今年7月24日の地上デジタル放送への完全移行を控え、この1年ほどのテレビや地上デジタルチューナーの売れ行きは目覚ましいものがあった。更に昨年12月からのエコポイント半減を受け発生した駆け込み需要により、昨年11月のテレビの売り上げ台数は600万台を記録、一昨年度同月比で約5倍となった。同年3月にもエコポイントの基準変更を受け売り上げを大きく伸ばしたが、その更に倍の利益を出した形となった。年間を通じては約2,500万台の売り上げがあったとされ、年間1,000万台が普通といわれる我が国のテレビ市場において、当然ながら異例の事態であった。これによって商品生産の現場でも例年にない増産体制が取られ、まさに書き入れ時といった具合であった。3月の震災以降、停電による営業停止や自粛ムードなどの影響により消費が落ち込んだと言われているが、4月以降はマイナス幅も縮小しつつあり、7月の完全移行に向けてまだまだ売り時にあると言えるだろう。

地上デジタル化の謎

 ところで、読者の皆様はそもそも地上デジタル放送への移行が行われるのは何故か、考えた事はあるだろうか。「今までより綺麗な映像でテレビ番組が見られる」というくらいの認識は誰しもが持っているだろうが、テレビ番組の視聴環境の向上のために国が動くというのはおかしな話であろう。
 これに関しては、総務省のウェブページ「地上デジタルテレビ放送のご案内」(http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/dtv/index.html)にその概要が記載してある。その内容はテレビ放送の高画質化・高音質化といった国策で行うべきであるか疑問のある部分や、いつでもニュースや天気予報が見られるなど、インターネットがこれほど普及した社会において必要とは言い切れない機能の説明があるが、その中に「電波の有効利用」というものがあり、現在国内で利用可能な電波の周波数に余裕が無い事と、放送のデジタル化によりその周波数に余裕を持たせる事が出来る、という旨の説明がある。
 これはどういう事だろうか。これは、アナログ放送が混信の影響を受けやすく、混信を避けるために周波数を大量に利用している事に起因する。我が国の国土はご存じのとおりその多くが山であり、そのため山間部も多く存在する。山間部では電波が届きにくいため、こうした地域でもテレビ放送の電波を受信できるよう、中継局が各地に多数設置されている。しかし、こうした中継局が増えると、複数の中継局から同時に電波を受け取る地域も増え、その複数の中継局が同じチャンネルを利用している場合は混信の問題が発生してしまう。これを避けるために別のチャンネルを、それも出来る限り間隔をあけて利用する必要があり、そのため過剰にチャンネルが利用されているのである。
 地上波デジタル放送はアナログ放送に比べ混信の影響を受けにくく、周波数間隔が狭くても利用が可能となる。そのため従来に比べチャンネル数を節約する事が出来る。何故デジタル放送は混信に強いかというと説明が非常に難しくなるが、簡単に言うとデジタルのデータとは数字のみを利用した情報の塊であるため、光の強さなどを利用するアナログのデータに比べ、エラーが起きにくいのである。アナログ方式であるVHSに比べデジタルデータであるDVDの映像は経年劣化しにくいという事を思い起こして頂ければ分かりやすいかと思う。

地上デジタル化の裏?

 とはいえ、これらは総務省発表の表向きの理由である。少し視点を変えてみると、電波の有効利用という公共の利益を第一目標として行われる政策なのかどうか、疑わしい部分も出てくる。
 冒頭にテレビやチューナーの売れ行きに関して記述したが、これを支えているのは我々一般の消費者である。インターネットの登場により相対的地位が低下したとはいえ、未だテレビが見られなくなると困る世帯が多数派であろう。つまり、テレビ放送の地上デジタル化によってほぼ全ての国民が支出を余儀なくされた格好となる。チューナーの無償給付といった施策もあるものの、NHKの受信料が免除となっている、ごく限られた世帯のみが対象である。そもそも、地デジ視聴のためには薄型テレビが必須である、と思っている方も多いのではないだろうか。テレビと比較すれば圧倒的に安価であるチューナーを利用すればテレビの継続視聴が可能であると知っていれば、わざわざ高価なテレビに買い替える事もなかった世帯もあるだろう。
 地上デジタル化に伴い支出を余儀なくされているのは、一般国民だけではない。地上波デジタル放送の送信に対応した放送設備の設置に伴う支出で、各地の放送局の経営が逼迫しているのである。現在、テレビ放送はアナログ放送とデジタル放送の2つを並行して放送している(所謂サイマル放送)が、その際2つの放送波が互いに干渉しないようにする必要がある。そのために放送用のタワーを増設する必要があるが、これは総額で852億円ほど、また放送局内の、デジタル放送用の設備自体がキー局一局あたり100~150億円ほど、系列を含めると1,000億円程に上るという試算がある。例えば、キー局のフジテレビの平成22年度の純利益が74億円、地方局であるテレビ埼玉の平成22年度の純利益が1,900万円であった事を考えると、この数字の大きさが分かるだろうか。
 こうした国の施策や宣伝方法に、「国民の利益のための政策なのだろうか」という疑念、もっと具体的に言ってしまえば「一部業界のための政策だったのでは」という疑念を抱いてしまうのも頷ける。

地上デジタル化の抱える問題

 地上デジタル放送への完全移行の際に、大きな問題となると言われているのが「地デジ難民」の発生である。「地デジ難民」とは、地上波デジタル放送移行後、対応設備が無い、あるいはそもそも電波が届かない等の理由でテレビ放送が見られなくなる人々をさし、昨年7月の段階で、全世帯の2割に当たる1,100万世帯で未だ地デジへの対応を終えていないと言われていた。特に放送電波の届かない山間部では遅れが目立っているという。こうした地域のために中継局の増設が急がれているものの、7月の完全移行までにすべての地域をカバーできるかどうかはまだ見通しが立っていない。また、震災の影響から岩手、宮城、福島の三県に限り完全移行が見送られる事となったが、サイマル放送継続により放送局に負担を強い続ける事となるなど、新たな問題が起きる可能性も十分にある。
 また既存のアナログ用設備に関する問題もある。地上デジタル移行後、国内には約5,000万の「粗大ごみ」が生まれることとなる。更に現在放送局が利用しているアナログ設備も処分しなければならず、どう処分すべきか、またそのための費用は、と問題が山積している。
 地上デジタル放送の移行には、誰しもが情報通信技術の恩恵を受けられるという大眼目が据えられていた。しかしながら、現状はこのように国民に負担を強いるものであったと同時に、その恩恵に与る事すら出来ない人もいる。政府がこうした既知の問題にどう対応していくか、そして7月の完全移行後何が起こるのか、そもそも7月に完全移行が行われるのか、興味が尽きないところである。

参考
『ワールドビジネスサテライト』テレビ東京
『デジタル放送10の論点』著:西正 中央経済社 2002年
『デジタル放送で何が起こるか』著:須藤春夫 大月書店 2001年
『デジタル放送の事がわかる本』著:湯浅正敏 日本実業出版社 1996年
『地上デジタルテレビ放送のご案内』
http://www.soumu.go.jp/main_sosiki/joho_tsusin/dtv/index.html
『家電Watch』
http://kaden.watch.impress.co.jp/index.html
画像
『イラストAC』より
http://www.ac-illust.com/member_ill_solo.php?id=19070

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