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リベラルアーツ教育は時代にマッチしているのか

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スノードン・ポール教授

 「僕が期待するのは、最初のしばらくの期間は色々なラインナップから興味関心を惹きそうな授業を選択できて、その後の専門選択のきっかけとなるようにする、いわば『T字型に学べる環境』かな」。これは以前の記事で扱った座談会にて学生から出た意見である。このように、T字型の教育を望む学生が増えている中で、今回はその代表的事例であるリベラルアーツ教育について取り上げる。まず、リベラルアーツ教育とはひとつの専攻を持つのではなく、幅広い分野を横断的に学び、教養を身につけることを重視する教育課程のことである。現在、日本では多数の大学に取り入れられており、早稲田大学でも国際教養学部が開設当初から実施している。そこで今回、早稲田大学の国際教養学部に取材を依頼し、2004年の学部開設にも携わった前学部長のスノードン・ポール教授にインタビューを行った。リベラルアーツ教育を採用した目的や、この教育の特徴などについてお話を伺った。

以下インタビュー概要(平成24年8月4日、早稲田大学11号館にて実施)

リベラルアーツ教育実施のきっかけ「入学の段階で専攻を決めていない学生のために」

――国際教養学部でリベラルアーツ教育を採用した経緯について
 文部省の大綱化の一つの影響として政治経済学部を始め、多くの学部で語学教養の割合が減ってしまいました。そのため各学部にいる語学教養の教授の方々は必ずしもそれに対して満足できなかったので、できれば教養的教育を提供できるような学部を作ってほしいというような流れになっていました。また学生にしても、例えば政治経済学部で政治家を目指す人は少なかったり、法学部の人がみんな弁護士になるわけではない。つまり、たまたまその学部に入部したから、(専攻は)あとで決めたいという態度を示す学生が多かったです。大綱化では専門教育が一年生のカリキュラムにも降りてきたので、その結果、一年生の中に授業の取得を迷う人も多かったんです。だから、現実を認めてまだ入学の段階で専攻を決めていない学生のために教養の学部を作ろうとしました。

――設立当初に他大学などで参考にしたところはありますか
 国際基督教大や上智大なども参考にしましたが、一番はアメリカの『リベラルアーツカレッジ』ですね。そこは幅広い分野のカリキュラムを持っていて、狭い専門がなくてもかなり優秀な卒業生を輩出しています。

――『リベラルアーツカレッジ』では後に大学院に進学することが主流だと思うのですが、早稲田の国際教養学部ではどのような方針なのでしょうか
 大学院に入るための最初の一歩としては考えていませんでした。18歳で入学してきて、まだ何を学びたいのかわからないことが多いので、留学先や学んでいく段階で専門を見つけ出すという風に考えています。なので、大学院の進学を最初から想定に入れるのではなく、4年間の教育で完全に育成できると考えていましたし、今でもそう思っています。

リベラルアーツ教育の短所「いくら良いカリキュラムを作っても不十分」

――リベラルアーツ教育の短所について
 すべての科目を用意しなければならないので、いくら良いカリキュラムを作っても不十分ということです。各専門に対して教授を一人か二人しか置けなかったりします。政治経済学部ではそれぞれの学科に多くの教授がいて、その中の細かい分野にも対応しています。そういう意味では外から見たらカリキュラムは表面的に見えてしまうかもしれません。

――3年後期に選択するゼミはどのような科目がありますか
 ゼミはそれぞれの教授の専門の中身になっています。そのため、その教授の分野がゼミを受講している学生の専門になっていきます。

理想とする人材像「柔軟に考えることができる人材」

――学生にはリベラルアーツ教育を通じてどのようなスキルを身につけてほしいですか
 多くの立場から同じ問題を分析する力ですね。例えば、今問題になっている電気料金は経済的な面から見てもいいし、政治的に見ることもできます。場合によっては心理的側面や社会的側面からも見ること可能です。そういう中で、国際教養学部では多くの方向から問題提起、問題分析、問題解決を養えるようにしています。それは社会人になっても一緒で、大企業に就職した場合は色々な部署に回されますよね。商社や銀行などでは狭い専門を持っている人をそんなに求めていないと思います。特に文系の卒業生には狭い専門分野より、たくさんの分野の知識が求められていると思っています。

――そのような企業側の目線も学部の設立の参考にしたのですか
 特に企業から意見を聞くということはなかったです。それでも当初から就職に関しては考えを持って取り組んでいました。90年代から日本の経済はあまり調子が良くないですね。状況が頻繁に変わる中で、狭い分野を学んだ人はすぐにその知識が古くなってしまいます。会社の事情が変わっても使えなくなってしまう。だからこそ柔軟に考えることができる人材が求められていると思うので、そのような人材の育成を考えています。

時代の流れを反映している教育

 今回のインタビューを通じて、早稲田大学におけるリベラルアーツ教育というのが学生や企業、大学など、さまざまな方面の要望に沿っているように感じた。学生に関しては大学全入時代に突入し、昔ほど大学に入学するということが困難ではなくなった。そういった状況の中で、目的意識が薄いまま入学した学生も多いのではないだろうか。リベラルアーツ教育は、そういった学生に対応した方針を持っている。企業にしても文系学生への専門知識に対する期待は薄い。2011年に発表された日本経団連の『産業界の求める人材像と大学教育への期待に関するアンケート』では、企業が文系の学生に期待することの中で「専門分野の知識を身につける」という項目は他に比べて低い値を示している。このことから企業が求める人材の変化がうかがえる。大学側としても、リベラルアーツ教育は文部省の大綱化による変化によって生まれた要望を形にしたものであった。このような点から、リベラルアーツ教育というものは、学生、企業、大学などそれぞれのカテゴリーの現実にマッチした形であるような印象を受けた。今後、これらの状況がより一層変化する可能性は大いにある。しかし、「国際教養学部としても将来的にもっと柔軟になることを目指している。極端な例を言えば国際公用語が英語でなくなったら、切り替えてもいいと思います。そのような柔軟性を持つべきだと思います」とスノードン教授は展望を話す。今後も時代の流れを反映する教育としてあり続けるためには、そういった対応力が必要不可欠になるだろう。(真下信幸)

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