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土屋ゼミ2015年度 <第8回>反・反捕鯨ドキュメンタリーとその効用

  土屋ゼミ6期 加藤



 日本で一時的な上映中止騒動が起こった映画『ザ・コーヴ』に対する、日本側のアンサー映画である『ビハインド・ザ・コーヴ ~捕鯨問題の謎に迫る~』が2016年、日本で上映を開始した。「反・反捕鯨活動」と言うべきこの映画から、日本を巡る反捕鯨活動について考えたい。
 そもそも私がこの映画に関心を抱いたのは、以前『ザ・コーヴ』を鑑賞した際、その手法に疑問を持ったからだ。『ザ・コーヴ』については後述するが、事実を切り取って都合良く描くその映像は、本当に真実を伝えているのか疑問に思ったのだ。そしてその時初めて、日本のイルカ漁や鯨漁の文化、また、それに敵対する活動に、興味を抱いた。そして昨年9月、『ザ・コーヴ』に対する反論とされるドキュメンタリー映画がカナダで放映されるというニュースを目にした。以来このドキュメンタリーを何としても鑑賞したいという思いに駆られていた。この度日本で上映されるに当たり、そもそものきっかけである『ザ・コーヴ』の方についても振り返る。

『ザ・コーヴ』について
 和歌山県太地町のイルカ漁を描いた、ルイ・シホヨス監督のドキュメンタリー作品。2009年公開。和歌山県太地町で行われているイルカ追い込み漁を描いた作品で、第82回アカデミー賞長編ドキュメンタリー映画賞受賞作である。同地のイルカ追い込み漁の残酷さを描き出し、大きな反響を呼んだ。映画評論家のレビューを集めたデータベースサイト“Rotten Tomatoes”によると、94%が肯定的な評価をしている。物語としてのクオリティは高く、「動物愛護団体が悪しき漁の実態を暴くストーリー」として見れば、完成度の高くドキドキさせられる物語だ。一方で、その手法に対する批判も存在する。事実を都合よく切り取り、漁師達を残酷な「悪役」として描くその映像は、一方的な文化否定だという声さえある。立場によっても評価が大きく分かれる作品であろう。


『ビハインド・ザ・コーヴ』について
 八木景子監督によるドキュメンタリー作品。『ザ・コーヴ』監督や出演者、反捕鯨団体などに突撃インタビューを行う。八木氏は元々アメリカの映画配給会社の東京支社で勤務しており、退職後に初監督作品として、単独撮影したのがこの作品だ。貯金を切り崩しながら制作に臨んだという。八木氏をそこまで駆り立てたのは、日本を巡る捕鯨問題について、真実を知りたいという思いであった。『ザ・コーヴ』の舞台となった和歌山県太地町は、映画公開以降平穏を失いつつあった。反捕鯨団体「シーシェパード」が活動家を常駐させており、漁業の妨害行為や、器物損壊・暴行事件などの違法行為も起こすなど問題が生じていた。八木監督は現地を実際に訪れたことで、以前の平穏な町を取り戻したいという強い思いを抱いたという。この映画によって、『ザ・コーヴ』にて描かれたものが、必ずしも真実ではないということが伝わるであろうか。


『ビハインド・ザ・コーヴ』はアンサーとなり得たか
 実際に『ビハインド・ザ・コーヴ』を鑑賞し、感じたことについて考える。この映画のスタンスは、一貫して「反・反捕鯨活動」である。日本の鯨食文化や歴史を切り口に、反捕鯨への反論という主張が貫かれている。また、『ザ・コーヴ』にはなかった、異なる立場の意見を扱う姿勢があった。『ザ・コーヴ』では漁師達の意見をきちんと聞くシーンは見られなかったが、この映画では反捕鯨側の意見もしっかりと取り扱っている。特に、『ザ・コーヴ』のルイ・シホヨス監督や、本人役で出演したリック・オバリーのインタビューが行われている点は素晴らしいと感じた。反捕鯨活動の積極性に比べ、それに対する目立った反論がなかったことを考えると、この映画の価値は大きいのではないかと思う。


しかし一方で、作り込みの甘さを感じる面もあった。様々な意見を扱ってはいるが、意見が乱立し論点が見えづらいという問題が見られた。また、この映画では太地町でのインタビューを行ってはいるものの、現在太地町で行われている追い込み漁の実態に迫るような内容にかけている。“「ビハインド」ザ・コーヴ”というからには、『ザ・コーヴ』に対するアンサーを期待する人も多かったと思うが、そこで批判されたイルカ追い込み漁がおざなりとなっている感は否めなかった。

示された道筋
 とは言え、『ザ・コーヴ』で見られた様々な問題点に対して、日本側からの「回答」をした作品であるとは思う。「よく言ってくれた」というような思いもある。『ザ・コーヴ』においては、言ってしまえば「悪の巣窟」のような描かれ方をしていた太地町が、親しみやすく描かれている。『ザ・コーヴ』の作中人々は、カメラを向けると何も喋らなくなったと、ルイ・シホヨス監督は作中で述べている。いきなりカメラを向けて意見を言えという方が無理があるかもしれないが、「日本人は意見をあまり言わない」という意見も確かであろう。この作品では、「日本人はあまり意見を言わない国民性だけど、ちゃんと言おう」というメッセージが投げかけられる。『ザ・コーヴ』への完璧なアンサーであるかは疑問が残る作品だが、日本人としての意見を届けた作品であることは間違いない。観た者がしっかりと考え、意見を持つ余地があり、道筋を示した作品であると感じた。意見を押し付けるのではなく、問題を提起し、議論することができるのがドキュメンタリーのあるべき姿ではないだろうか。この作品は、捕鯨や反捕鯨に対する人々の意見を引き出すきっかけとなる、十分な力があると思う。特に『ザ・コーヴ』を観たことがある方には、ぜひとも観てほしい作品である。


(参照)
・“Rotten Tomatoes”  https://www.rottentomatoes.com/

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