放送のデジタル化はアメリカに何をもたらすのか

 
放送のデジタル化はアメリカに何をもたらすのか〜
 
河北新報朝刊 1997年8月4・5日掲載

公共の電波の財源化

 今年の4月、アメリカの有力放送局は、米連邦通信委員会の要請に従って、1998年の終わりまでに放送をデジタル化することにおおむね同意した。

 期限をきってデジタル化を進めるというのはいかにもアメリカ的だが、1998年の終わりまでには、わずか1年半ほどしかない。さまざまな問題が複雑にからみ合って、なかなか動きださない放送のデジタル化を連邦通信委員会の強い指導のもとにとにかく前に進めてみようというのだ。

 もちろんこの背景にはアメリカが進める情報スパーハイウェー構想がある。従来のメディアの垣根を越えて大容量の情報を双方向でやりとりする高度情報インフラを構築し、これによっていち早く新たな情報通信産業と、雇用人口を創出し、併せて情報通信の分野において世界に覇を唱えようという構想だ。

 興味深いのは、米連邦通信委員会が放送のデジタル化を「電波は誰のものか」という問いを改めて問う絶好の機会と捉えているということだ。

 放送のデジタル化に際して、アメリカの放送業者は、新しく割り当てられたデジタルチャンネルと従来のアナログチャンネルの両方を数年間並行して使用することになっている。 この移行期間の後は、これまで使用していたアナログチャンネルを返還し、デジタルチャンネルで放送することになる。返還されたアナログチャンネルは競売にかけられ、その収入は政府の財政均衡のために使われる。

 米政府はこの競売に263億ドルの収入を見込んでいる。もしこの額に満たなかった場合は、不足分をデジタルチャンネル使用料として放送業者から徴収することも考えているといわれる。電波を競売にかけて、収入を財政赤字の補填に充てるという発想は意表をついている。なおかつ、その収入が予定より下回ったら放送業者からその分を徴収するという考えはさらに驚かされる。

 電波は公共のものだ、だから使用する者が公共の利益のために使うよう、様々な規制で縛るというのがこれまでの考え方だった。電波は公共のものだ、だからそれをできるだけ高く売って、その売上で納税者の負担を軽くするという発想には驚きを禁じ得ない。高く売れなかった場合は、予定した値を下回る分だけ放送業者からまた別途取り立てるという考えには仰天してしまう。

 電波は放送業者のものではない、にもかかわらずそれを使って営利事業をしているのだから、相当の代価をこの際にはっきりとした形で支払ってもらうという連邦通信委員会の強い姿勢がうかがえる。

 いつもならば、放送業者の方も議会工作や米連邦通信委員会へ公聴会の要求を通じて反撃を試みるのだが、今は時期が悪い。今は新たなデジタルチャンネルの割り当てを米通信委員会から受けなければならない時だ。アメリカの放送業者は、デジタルチャンネルを人質にとられて、一方的に守勢に立たされている。

 このように、放送のデジタル化は、公共の電波を放送業者からひとまず政府に返還させるというという役割を果たしている。電波を返還された政府は、再び放送業者割り当ててしまう前に、それを公共の財源とするための制度の確立を急いでいる。

 放送のデジタル化がアメリカにもたらすものは、公共の電波の競売による新しい財源であり、そこに見られる公共の電波に対する新しい考え方だといえる。

公共の電波の浄化

 米連邦通信委員会の強い要請を受けて、今年の四月に、アメリカの有力局は、1998年の終わりまでにデジタル放送を始めることに同意した。これに応えて連邦通信委員会は、すでに放送局にデジタルチャンネルの割り当てを行っている。

 割り当てに際して、連邦通信委員会は、これまでのアナログチャンネルの割り当てと同様、使用料に類するものは一切放送免許事業者に科していない。これまでのアナログ放送ならば四チャンネル分の内容を送ることのできるデジタルチャネルをただで与えている。

 しかし、俗にいうように、ただより高いものはない。アメリカの放送業者は、デジタルチャンネルと引き換えに厳しい要求を連邦通信委員会に突きつけられている。その主なものは、(1)番組格付け制度の強化、(2)子供向け教育番組の拡充、(3)公共番組・広告の拡充、の3点にまとめられる。

 番組指定制度は、放送業者に、子供に見せる上で問題があると思われる番組については、その情報を両親に与える義務を負わせたもので、そのような番組が映らなくなるよう受像器に組み込まれるVチップとともに大きなテレビ番組浄化の効果をあげると期待されている。今回の連邦通信委員会の要求は、さらにこれに暴力や性や言葉など内容別のカテゴリーを加えて、この制度を一層強化しようというものだ。

 子供向け番組の拡充に関していえば、わずか週3時間の放送を求めているに過ぎない。だが、今回放送業者が困惑しているのは、それが努力目標ではなくて強制だという点だ。しかも、デジタルチャンネルの再割り当てが受けられないという罰がちらつかされている。

 公共番組の拡充にしても、全放送時間のわずか5%を公共番組に充てるように求められているに過ぎない。だが、アメリカの商業放送の現状では、これでも大変な数字と関係者はいう。 従来のアナログ放送の4チャンネル分にあたるデジタルチャンネルをもらっているのだから、これらの数値をもっと高くすべきだという理屈もでてこよう。現在のところは3時間と5%で済んでいるが、将来はより大きな数値を要求される可能性も否定できない。

 デジタルテレビが放送地域の95%の家庭に普及しないうちは、放送業者はアナログ放送とデジタル放送を並行して行えることになっている。つまり、アナログ放送からデジタル放送への完全な転換は、数年間の移行期間が終わった時に完了する。この移行期間が終わらなければ、電波の再配分は実際には完了しない。完了しない間は、アメリカの放送業者は、連邦通信委員会に対して、原則的に常に弱い立場に立ち続ける。この期間に連邦通信委員会の要求が、またアメリカの社会的要請が、エスカレートないとも限らない。

 放送業者は、放送設備のデジタル化のための巨額の資金をどのようにねん出するか、デジタルチャンネルのメリットをどのように事業に活かすか、テレビ業界全体が再編成される中でどのように生き残っていくかという問題で頭がいっぱいだ。米通信委員会は、公共の電波の使用者として、放送業者はどのような放送事業を心がけるべきなのか、どのような代価を支払うべきなのかという、もう一つの難問をそこに付け加えようとしている。

 少なくとも現在のところ、アメリカの放送のデジタル化は、思いがけない所でアメリカに大きな社会的利益をもたらそうとしているように見える。

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