関根研究室では何を研究しているのか?
河川に何が流れているのかを考えたことがありますか.簡単に想像がつくのは水と土砂ですが,これ以外にもさまざまなものが流れています.また,水や土砂が流れると川の地形も変わります.川は本来時間とともに姿を変えるものであって,いつも同じ状態にとどまっているわけではないのです.川とどのようにつきあうのか,あるいはどのような河川の姿を望ましいとするのか,については最近議論が進んでいるように思います.しかし,この議論の前提として,川が自ら姿を変えていく機能(これを河道の「自律形成機能」と呼びます) が十分によく理解されている必要があることは容易に想像がつくと思います.それでは,どれくらいこれが明らかにされているのでしょうか.実際のところはまだまだ十分とは言えませんし,これを理解しようとする研究もそれほど多く試みられているわけではないのです.特に,1990年代以降,河川環境に重きをおいた研究に携わる研究者が増え,河川のありかたを考える上で最も重要なテーマである「土砂移動やこれに基づく河道の変動のメカニズム」に関する研究者が少なくなりました.最近になってようやく多くの人がこのことに気づくようになりましたが,人はすぐには育ちません.今後は,河川ならびに流域において自然の猛威をどう受け止めるのか,どのくらい自然と共生していけるのか,といったことを考えていかなければなりません.私が河道の自律形成機能にこだわってその変動予測を目指した研究を続けてきたのには,こうした背景と理由とがあります.この分野の研究には,既存の考え方にとらわれない柔軟な思考が必要であり,20歳代前半の皆さんの頭脳を存分に活かせる課題が多く残されています.早稲田からこうした研究の新たな流れをつくっていけたらおもしろいと思います.関根研究室で取り組んでいる研究テーマの半数は,この「河道の自律形成機能」に関わるものです.このような研究を進めていく手法としては,主に次の3通りのものが考えられます.
(1) 実河川において実際に観測を行い,その結果や航空写真などに基づいて行う研究
(2) 実験室内の水路の中に模擬河道をつくり,これを使った実験により現象の本質に迫ろうとする研究
(3) コンピュータの中に河川を再現して数値シミュレーションによって河道の変動のメカニズムに迫ろうとする研究
(1)に関しては,たとえば鬼怒川・小貝川(いずれも利根川の支川)や酒匂川(神奈川県)を対象に研究を進めてきています.このいずれもが行政との共同研究のような形で進めているものであり,それぞれの河川が抱えている問題を洗い出すこと,ならびにその解決策を見出すこと,などを目的としています.前者は国土交通省関東地方整備局の下館河川事務所の方々と,後者は神奈川県県土整備部の方々とのつながりを大事にしながら進めています.研究室に閉じこもるのではなく,実河川に出向いて現地の河川の変化を目の当たりにしてよく考えること,これが学生にとっても私にとっても重要なことと考えています.しかし,現地を見るだけでそこで何が起こっているかがわかるわけではありません.そこで,(2),(3)の手段による研究が必要であり,これにより複雑な現象の背後に潜む「力学的なメカニズム」を探ることにチャレンジします.
(2)に関して一例を挙げますと,関根研究室ではほぼ10年にわたって「粘着性土の浸食速度評価に関わる実験的研究」を行ってきています.わが国のみならず欧米諸国を流れる主な河川を見ると,そのほとんどが粘着性をもたない砂や礫あるいは石などで形作られていることがわかります.治水上の観点から言えば,こうした非粘着性砂礫の移動機構を解明することが重要であり,これを礎としてたとえば河道計画の策定などがなされてきました.粘着性土に関わる問題に関しては,これまであまり目を向けられることがなく,その浸食がどのように進行するのかについてはほとんど調べられていなかったのです.しかし,近年,治水と同様に水域の環境の問題が重要に捉えられるようになり,粘着性土の浸食の問題は年々強い関心を持たれるようになってきました.こうした問題は,実験室内に用意された水路の中で,条件を制御しながら系統的な実験を行うほか解明の糸口を見つけることは難しく,(1)や(3)の手段でアプローチするのは不可能に近いと思います.関根研究室はこの分野の研究において常に世界の先頭を走り続けています.
(3)の数値シミュレーションに関しては,PCの性能が飛躍的に向上した結果,今では容易にチャレンジできるようになりました.ただし,誰がやっても同じことができるような数値計算をしたのでは面白くありません.そうではなく,むしろ我々にしかできないことをやろうではありませんか?これが我々の誇るべき合い言葉です.「未知のメカニズムを解き明かそう!」,「これまで不可能とされてきた予測計算を可能としよう!」といったことを考えながら取り組んでいます.たとえば,河川の水の流れを計算するならば,おおよそ必要な精度でそれを行うことは難しいことではありません.河道の変動の問題を取り扱う場合であってもある程度のことは誰にでもできるようになってきました.しかし,土砂移動(すなわち「流砂」)に関わる未知の課題を棚に上げて計算ができているかのように錯覚していても仕方ありません.私は将来を睨んで考えてきましたが,引き続きこの分野の研究を牽引する存在でありたいと願っています.なお,よく卒業研究を前にした学生から「自分にも数値解析ができるでしょうか」といった質問を受けますが,何も心配はいりません.興味とやる気さえあれば誰でも計算できるようになります.是非関心を持ってチャレンジして下さい.
ここまでは,私が学生時代から関わってきた「移動床水理学」に関する研究テーマについての説明でした.
関根研究室が最近になって脚光を浴びている理由の一つに,これから説明する「都市の浸水・氾濫」に関わる研究があります.東京のような高度に都市化された区域が「ゲリラ豪雨」と称されるような局地的集中豪雨に見舞われたとき,いったいどのようなことが起こるのでしょうか.これから卒論に着手する皆さんには何度かこのような話をする機会がありましたので,ある程度理解してもらっていると思います.東京のような大都市は,想定範囲内の豪雨であれば深刻な水害に見舞われるようなことはありませんが,最近の地球温暖化と都市特有のヒートアイランド現象の進行により,想定をはるかに超える豪雨に見舞われることは稀ではなくなりました.昨年も8月26日に豪雨が発生し,羽田空港近くのアンダーパスが冠水するなど被害が発生したことは記憶に新しいものと思います.大都市がこうした豪雨に見舞われたときに考えられる最悪のシナリオは,大規模地下空間が浸水してしまうと言うことでしょう.地下街や地下鉄駅構内に水が浸入したとき,いったい何が起こるか考えたことがありますか.いざこのような状況に居合わせたとき,どのように行動すべきかご存じでしょうか.我々はこうした情報を提供するために日々研究に励んできています.これまでに新宿ならびに渋谷駅周辺地域の地下街,複数の地下鉄が接続する溜池山王駅などを対象とした浸水シミュレーションを行ってきましたし,2011年度には東京丸の内の大規模地下空間を対象とした検討にも着手し,どのようなことが起こりうるかが明らかになってきつつあります.また,ゲリラ豪雨時にリアルタイムで浸水を予報していくシステムを作り上げる取り組みも始めており,近い将来このような予報を皆さんが耳にすることもあると思います.それから,万一このような浸水が発生してしまった場合には,浸水した地下空間から利用者をどのように避難させるとよいかを明らかにするための予測手法に関する研究にも取り組んでいます.河川工学あるいは水理学という分野が与えるイメージとは少し異なるテーマですが,人間科学あるいは人間工学的な知見を活かして行わなければならない研究と言えます.こうした研究テーマにもまだまだ手つかずのものが残されています.河川や沿岸域からの越水によって発生する氾濫現象がその一つとして挙げられます.これまでの研究により培ってきたノウハウを活かして,東京を水災害から守るためにさらなる研究を推し進めていくつもりです.
このテーマに関して,国土交通省下水道部や東京都,日本気象協会や建設コンサルタント,ならびに個別の地下空間管理者などと一緒に検討を進めています.現実の問題に直にふれることができ,研究の成果がすぐに社会に還元できるという点でやりがいのある研究と言えるのではないでしょうか.
これ以外にも「水」あるいは「河川」と関わりのある数多くのテーマについての研究を行っています.流域住民の浸水意識に関わるテーマ,河川の整備に関わる社会科学的なテーマ,都心部の大規模公園が都市防災上どのような役割を果たしうるのか,といったことも研究テーマになると思います.また,斜面崩壊や土石流といった土砂災害に関わるテーマにも取り組んでいます.そこで,「このようなテーマに関心があるのですが,この研究室でこれを取り扱うことはできますか?」と尋ねてもらえればと思います.
社会環境工学科 関根
(2012年3月31日)