自動車産業の栄光の陰

〜トヨタ生産方式の持つ労務管理的デメリット〜

 

宮本 治樹

はじめに

  約100年前に欧米のメーカーの見よう見まねではじまった日本の自動車産業は、現在日本経済を代表するにとどまらず、世界でも一流の存在にまで成長した。特にトヨタ自動車は2004・5年度二年連続で最終純利益1兆円を突破し、またその生産台数において世界最大手のゼネラル・モーターズ(GM)を上回るのも時間の問題とさえ言われている。このトヨタの好業績の要因は販売戦略・商品力など数多挙げられるが、私はその中で『トヨタ生産方式』に注目したい。『トヨタ生産方式』は『徹底したムダの排除』による『効率的な経営』を目指すものであり、いまや同業他社にとどまらず国内外の様々の企業や自治体などにも取り入れられている。しかし、『トヨタ生産方式』がもたらすものはメリットだけであろうか。『徹底したムダの排除』による『効率的な経営』はそこで働く労働者にどんな影響を与えるのだろうか。『トヨタ生産方式』の効能を挙げるとともに、そのデメリットを検証したい。また、ポスト・フォーディズム論争の中で『トヨタ生産方式』とともにそのオルタナティブとして挙げられたスウェーデンの自動車会社ボルボの『ボルボシステム』との比較を通してよりよい労働を考えてみたいと思う。

 

トヨタ生産方式とは何か

  トヨタ生産方式とはそもそもはトヨタ自動車という一企業が長い時間をかけてつくりあげてきた生産方式であり、正確な起源を特定するのは難しい。一般的に元トヨタ副社長である大野耐一氏の著作『トヨタ生産方式―脱規模の経営をめざして』により体系化されたといわれており、本論文もその見解に従うものとする。また、『トヨタ生産方式』はあたかもパソコンソフトのように明確なパッケージが存在し、なんにでもインストール可能なものと考えられがちであるが、トヨタの行ってきた『トヨタ生産方式』には明確な境界線がなく、導入可能なものもあればそうでないものもある。業績向上のため、効率的な経営に貢献するものすべてが『トヨタ生産方式』に含まれると言っても過言ではなく、トヨタ自動車独特の事象も多分に含まれており、また思想的なものも存在する。ベースとなっているのは、アメリカの工場に学んだ科学的管理法、ベルトコンベアラインによる生産と需要の同期化であり、その意味でトヨタ生産方式はテイラー・フォーディズムの正常進化形と言えるだろう。

 

  『トヨタ生産方式』は別名「リーン生産方式」や、「かんばん方式」、「トヨタシステム」などとも言われている。「リーン」とは英語で「無駄のない」という意味であり、まさに『トヨタ生産方式』をよく表しているといえる。大野耐一氏は、トヨタ生産方式の基本思想は『徹底したムダの排除』だと述べている。排除すべきムダとしてトヨタは次の7つを挙げている。@つくりすぎのムダ A手持ちのムダ B運搬のムダ C加工そのもののムダ D在庫のムダ E動作のムダ F不良をつくるムダ、である。これらの思想に基づき、後に述べる「ジャスト・イン・タイム(J I T)」や「自働化」などの手段を実行することでコストの削減をはかるのである。トヨタ生産方式をすすめるにあたっての基本姿勢として@改善はニーズに基づくこと A理想の徹底追求 B現地現物主義 C『5回のなぜ』による真相追求 D行動の中から思想が生まれる E改善は巧遅より拙速を尊ぶ F設備投資より作業改善 G安全と品質を必ず確保、が挙げられている。

  

トヨタ生産方式を支える2本の柱が「ジャスト・イン・タイム(JIT)」と「自働化」である。「JIT」とは、必要な物を、必要な時に、必要なだけ届け、必要な量だけつくることである。これにより、余分な在庫の発生を極力おさえコストを下げる。たとえば、ハンドル取り付け工程で1時間あたり15台の処理を行うのなら、前の工程からハンドル部品を、取り付け時間に、15台分だけ仕入れればよいのである。このとき、前工程と後工程と取引の際に使われるのが「かんばん」である。「かんばん」とは、後工程が「必要な物を、必要な時に、必要な量だけ」前工程から部品を受け取るために作成される注文書のようなもので正確には「受け取りかんばん」と呼ばれている。また、前工程が「必要な物を、必要な時に、必要な量だけ」後工程に納めたという納入書のような「引渡しかんばん」も存在する。前工程が後工程に過不足なく部品を納入するには、後工程が単位時間あたりどの程度生産するのかがわからなければならず、後工程には生産量が整っていることが要求される。かんばん方式のためには「生産の平準化」がなされなければならない。

  

自働化」とは「自動化」ではない。「にんべん」のついた『自働化』である。生産ラインの機械に人間の知恵を内在させることとされる。トヨタの工場にある機械にはすべてに自動停止装置が搭載されており、「あんどん」が機械の異常を知らせる。人は異常でラインストップしたとき初めてそこにいけばよく、結果労働者の多能工化・工数低減がすすみ生産効率が上昇する。また人手作業の生産ラインには停止スイッチがついており、ラインで異常があれば現場の労働者の判断により直ちに停止することができる。これにより無駄な不良品の発生を防ぐとともに、また労働者が主体的に製造に携わることが可能になる。『自働化』はJITの成立に必要不可欠の要素である。

 

  JITを達成するには、必要な時に、必要な所に、必要な人(労働者)を配置することが必要になる。反対に、不必要な所からは人を除くことである。このように生産に高い柔軟性を持たせるためには、生産にとって柔軟的な労働者管理が不可欠になる。自働化による労働者の多能工化や改善活動を通じて生産に必要な人の数をスリム化して『少人化』をはかり市場の状況にフレキシブルに対応できるようにする。

 

  またトヨタ生産方式の「カイゼン」活動の代表的なものとしてQC(Quality Control)サークル活動がある。これは労働者の小集団を編成し、労働者が自主的に参加し、品質・原価・安全の管理のための改善を計画するための活動であり『不良品撲滅運動』と呼ばれていた時期もあった。不良品の発生を減らすことに貢献し生産性の向上につながることが期待される。また労働者の自覚を強めたり、労働者の一体化の効果もある。

 

  トヨタ生産方式は現状に満足せず妥協のない「カイゼン」を絶えず行うことで、人的ロスや工程間ロスなどの「ムダ」を徹底的に排除することにより、組織の持っている資源をムダなく効率的に利益につなげることを目的とするシステムである。そのことはトヨタ自動車が業績で証明しており、その点でも高いアドバンテージを持っているといえるだろう。

 

 注1:テイラー・フォーディズム

    20世紀初頭アメリカのテイラーが提唱した科学的管理法と、フォード社の開発したフォードシステムをあわせた生産方式。前者は課業管理による組織的怠業の排除や差別的出来高給制を用いての労働への金銭的動機付けを目的とし、後者はベルトコンベアの導入などにより労働を細分化し単純化することで、非熟練工での生産を可能にした。

 

トヨタ生産方式の問題点

  効率性を高めフレキシブルな組織にするトヨタ生産方式は、言い換えれば労働者の犠牲を組織の利益に変換する変数である。生産の効率化が最優先されすべてがそれに注がれる。アメリカのある研究者はトヨタの工場を見て「軍隊が自動車をつくっているのか」と述べたという。「お国」が「トヨタ」に変わっただけで、すべてがトヨタのために注がれるという、あたかも戦時下のような状態と言っても大げさではないかもしれない。ここではトヨタ生産方式の問題点を挙げていく。

 

トヨタ生産方式の基本思想であり一番の特徴である『徹底したムダの排除』生産性向上に結びつかないもの・阻害するもの=ムダとされる。例えば、ある工場ではトイレに行くことも「カイゼン」された。この工場のトイレは作業現場から片道3、4分のところにあった。往復の時間と用を足す時間で約7〜10分程度かかっていたわけだが、会社側ではこれを「ムダ」としてトイレを作業現場から1分のところに移してしまった。一見すると労働者思いの措置に見えるが、トイレ休憩は労働者にとって過密を極める生産ラインから開放されるささやかなゆとりであるのに、それさえも「ムダ」として排除しようとする。優先されるのはラインの稼働率であり効率性である、労働者のゆとり・精神的余裕は度外視され、労働者の機械的運用が行われる。トヨタ式の工場では歩き方さえ束縛される。「ルートはABCDの順で。それぞれを6歩・7歩・5歩・8歩で」という具合で決められたルートを決められた歩数で移動するのを強制される。トヨタ式では労働者はラインへの機械的同期化を要求される。通常ラインには緊急時のバッファーとして予備在庫を配置するが、これも「カイゼン」として削減・排除してしまっているので、ひとたびラインに異常が発生すると超過勤務に直結してしまう。『徹底したムダの排除』行き過ぎる危険性が高く、必要なゆとりをも排除されて労働者への高負荷につながる。

 

JITの「必要な物を、必要な時に、必要な量だけ」受け取る仕組みは、後工程の前工程への在庫リスクの転嫁となる。トヨタに部品を納入する下請けメーカーは「必要な物を、必要な時に、必要な量だけ」しか納入できず、トヨタの工場前の道路には納入待ちのトラックがあふれることになる。公共道路の在庫置き場化である。トヨタは、自社の生産を平準化し取引メーカーにもトヨタ生産方式を導入すれば全体としてコストの削減になりリスクの転嫁にはならないとしているが、取引メーカーからすればもし仮にトヨタに納入が遅れるようなことがあれば取引打ち切りになる恐れがあり、それを防ぐためバッファー在庫を置くようにしており、在庫リスクの転嫁がないとは言い切れない。JITは作業のサイクルタイムと直結しておりかつこの時間が非常にタイトである。JITは現場作業者の過密労働によって達成されている。

 

 トヨタ式のための人員政策も問題を含んでいる。消費者の変化するニーズに対応するためには、それに対応しうる柔軟な生産体制の構築が必要である。JITに基づき「必要なときに、必要なだけ」生産するには「必要なときに、必要なだけ」労働者を配置することになる。不必要な所から人を除き必要な所に配置する。この人員配分も『徹底したムダの排除』に基づき最小限の数で割り振られる。『自働化』が1人の労働者が多数の工程を掛け持ちする「多能工」化を実現させ1人あたりの生産効率をたかめることで、『少人化』を可能にする。少ない人数でより多くの労働をこなすことになり労働を高密度にする。高密度化は「カイゼン」により加速し、労働者の健康を脅かすことになる。余分な人員は置くことができないため労働は過密になり、異常発生時の人的バッファーがないので労働者は常に超過勤務の不安にさらされる。これらは、配転・応受援・ローテーション制にも表れる。配転・応受援で移動させられた新人にとって新たなラインはもはや尋常ではないスピードで動いており、赴任直後の事故が後を絶たない。また受援側にしてもただでさえ過密な作業に新人の面倒もみなければならなくなるためより過密さが増す。「ニーズに基づく生産」が労働者の事情よりも優先されるため、労働時間の短縮の要求は無視され長時間・不規則労働が強制される。無理な労働者配置により肉体的・精神的余裕を奪い家庭内不和、労働災害などが頻発している。

 

QCサークル』も建前は労働者が「自主的」に参加・運営するものであるが、実態は「強制」である。サークル構成は上から設定され、話し合いの内容は報告が義務づけられ、会社に不適切な内容には指導が入れられる。QCサークルの参加状況は人事考課に直結しており、トヨタの実質的低賃金下では労働者は参加せざるをえない。また、不参加は他の労働者の反感を買うおそれがある。ラインの異常もQCサークル活動を強制的に発生させる。かりにある機械が故障したり、不良品を生産し始めるたりすると、全ラインがストップし夜中でも監督者が呼び出される。たいていの場合は失われた生産時間を取り戻すため、超過勤務を予定せざるをえない。その結果、問題をただす活動が、しかるべきQCサークルで行なわれ、カイゼン計画が立てられ、生産性が上昇することになる。QCサークル活動は「労働」なのかが曖昧なのも大きな問題だ。勤務時間内におこなわれていた時期もあるが、後に時間外に変更、つまり超過勤務となった。しかも90年代には残業代もカットされサービス残業を強制していることになった。

 

  トヨタ生産方式の諸特徴に通じて言えることは、労働者のすべてを、勤務時間のすべてを生産に変換することが目的とされている。そして「カイゼンは限りなく」続くということだ。それはまるで徳川時代の農民政策「生かさぬように殺さぬように」あるいは「百姓と菜種は搾れば搾るほど」のようである。「カイゼン」で生まれたゆとりはさらに労働にあてられその繰り返しである。「カイゼン」の成果はもはやあるべき人間の限界を超えており、トヨタ生産方式の徹底された作業は劣悪な労働環境にあると言える。劣悪な労働環境は労働者の組織への忠誠度・好感度を著しく下げ、離職率の上昇や求人不足につながり、そうなれば組織にとっても損害となるはずである。

 

トヨタ自動車特殊の背景

  トヨタ自動車では上記のような問題があまり表に出てこない。しかし、問題が起こっていないのではなく、内部で巧妙に処理しているのが本当のところであるようだ。第一の方策として、劣悪な環境でも働かざるを得ないようにしむけることがされている。その最たるものが実質的低賃金である。他の企業に比べて名目賃金は高くはなっているが、内訳を見ると基本給は低く設定され残業代なしでは生活できないようにされている。時短になれば給料は激減したちまち生活は困窮する。そのため労働者はいやがおうにも長時間労働に従事しなければならない。またトヨタの住宅政策も劣悪労働へ縛り付ける要因だ。トヨタの社宅はわずか10年で退去が義務づけられており追い出された人々は関連会社の「トヨタホーム」製の家を買うことになる。このときに会社からローンを受けることになり、このローンの返済のために労働することになる。もしローンを払えなくなれば持ち家を手放すことになる、つまり持ち家を通して労働者を逃がさない方策がとられている。こうした労働者の権利を侵害していることに対し、トヨタ労働組合は典型的企業従属の労働組合のため労組による労働者救済は期待できない。第二の方策は問題を隠すことだ。この過密労働下ではやはり労災は発生している。しかし会社が労災認定することはめったにない。トヨタは自衛隊経験者を優遇採用し、会社に異論を唱える者を力で封じることも行われた。第三の方策は問題であると感じさせないように仕向けることである。トヨタの城下町・豊田市はもともと「挙母」という養蚕業しか目立った産業がない農村だった。トヨタはこのなにもない土地をトヨタ関連産業で覆うことで閉鎖的な社会をつくりあげた。さらには豊田市政へのトヨタ社員の派遣を行い、トヨタにとって都合のよい地域社会づくりを成し遂げている。また、市政や県への影響力を使ってトヨタ式的な内容の管理教育を施すことで、トヨタ生産方式へ違和感を持たないようにさせる。

  トヨタ自動車では以上なような手段を用いてトヨタ生産方式の生み出す弊害をやり過ごしてきた。しかし、この手法は問題の棚上げであり、本当の解決とはとても言いがたい。トヨタ生産方式が労働者迫害の側面を持つことを認識し、その弊害を隠蔽するのではなく起こらないようなシステムづくりをしなければ、その問題は阻却されない。

ボルボシステム

  80年代、アメリカ型大量生産方式の行き詰まりや、コンベアライン方式の非人間性が問題視されるようになり、それまでのフォーディズムのオルタナティブを模索する動きが活発になった。その際、トヨタ生産方式とともに注目されたのがスウェーデンの自動車会社ボルボ社の行っていた通称『ボルボシステム』である。ボルボ社ももともとはフォード式の生産方式をとっていたが、いち早くその非人間性を認識し、「労働の人間化」をめざして改革を行った。その改革で生み出されたのが「ボルボシステム」である。ここでは「ボルボシステム」の簡単な沿革と特徴をみていきたい。

  1920年代に創設されたボルボ社は30年代には世界の潮流だったフォード式のベルトコンベアラインによるシリアル(直列的)・フローな生産方式を取り入れ、1964年操業の本社トシュランダ工場でも採用されていた。年産20万台を誇るスカンジナビア最大の工場であるトシュランダでは、近代的機械の導入とフォーディズムの原理である作業の細分化、機械的同期化のいっそうの徹底で高い生産効率が達成されていた。しかし、それと同時に労働密度は上昇し、離職率が高まり、労働力の供給が困難になるという弊害が出始めた。行き詰まりを感じたボルボの経営陣は、新工場の建設に際して現場の職長や労働組合代表などの意見を取り入れることにした。そして建設されたのが改革の第一段階であるカルマル工場(1974年操業)である。

同工場では、まずベルトコンベアラインを廃止し、代わりにAGV(Automatically Guided Vehicle:自走式台車)を用いることでシリアル方式のもつ同期化原則の部分的否定を実現した。またこのAGVにより、それまでのシリアル・フローに加えドッグ組立方式(パラレル・フロー)を組み合わせ、フロー形態をセミ・パラレルへと転換した。これは、一本の直線のように流れるAGVのライン上で作業を行うシリアル(直列)なラインと、AGVがライン本線から平行的に存在する作業現場・ドッグ領域へと引き込まれて組み立てが行われるパラレル(並列)なラインを設けたものである。他にも作業をチーム制にし労働者の主体性を高めたり、各作業エリア間にバッファーの配置、作業への人間工学的配慮がなされ労働者への負荷を軽減する措置がとられた。しかし、80年代に入ると需要の増加と製品の多様化のため生産は再び過密化し、カルマル工場操業当時にはかられた上記のような労働者への配慮は次第に行われなくなってしまった。

そしてこの増産体制の中ボルボ社は新たな工場の建設を計画した。この新工場の計画に前後して労働組合の経営への参加が協約によりなされ、新工場の設計には労働組合が強い影響を与えた。この新工場が改革の第2段階であるウッデヴァラ工場(1989年操業)である。ウッデヴァラ工場ではカルマル工場の経験を踏まえパラレル方式への転換がいっそう進み、ついにはクルマを静止したまま組み立てる完全パラレル・フローのみでの完成車生産を実現した。またRPS(Reflective Production System)方式を採用した。RPSはその作業が完成品のどの機能を果たすのかを明瞭にして作業者が主体的に労働に携わることを意図した。たとえば、部品を機能ごとにグループ化しその労働が実際の製品にどう結果するのかを作業者が認識するのを容易にして作業の実感を高めた。また細かい部品をある程度組み込んでキット化して作業工程の削減をはかった。この結果、労働者は一人でクルマを完成させることが可能になり、これまでにない労働者自主的な生産システムができあがったのである。

その後、ボルボ社は業績不振のためカルマル・ウッデヴァラ両工場の閉鎖(1991)が決定され、コンベアラインを廃した先進的な生産システムは中断を余儀なくされ、ボルボ社はコンベアシステムのトシュランダ工場でトヨタ生産方式を参考にしたKLE戦略で経営再建をはかることになった。KLE戦略はコンベアライン方式をベースに、ウッデヴァラ工場での経験を活かし生産のグループ制を採用し労働者の自覚を高めるよう配慮している。しかし、コンベアライン方式にグループ制の導入はトヨタの九州宮田工場でも行われており、つまりボルボ社も独自の「ボルボシステム」を諦めトヨタ生産方式をとったことになった。

 

トヨタ生産方式とボルボシステム

  それでは、トヨタ生産方式とボルボシステムとを比較してみたいと思う。どちらが優れていると思うかと聴いたら、おそらく多くの人が前者を支持するだろう。たしかに、ボルボは業績不振により「ボルボシステム」からトヨタ式にシフトしてしまったし、対するトヨタ自動車は堅調であるからだろう。しかし、それは会計帳簿に現れる数字上の勝敗であり、そこに表れない従業員への配慮などの指標を加味すれば必ずしもこういう答えにはならないのではないか。

  生産効率性のトヨタ生産方式とボルボシステムとの直接の比較は、トヨタとボルボの企業規模の大きな違いにより困難だが、ボルボ社でのトヨタ式的なKLE戦略(1996)とそれ以前のボルボシステム(1991)との生産台数比較では、前者では年産20万台で後者は13万台であった。また1台あたりの製造時間比較でも91年が78時間・96年が35時間と二分の一以下の短縮を達成している。経営効率の観点から見ればトヨタ生産方式のアドバンテージは大変大きい。しかし、企業にとって効率性・業績だけが大事なのであろうか。企業という存在はあくまで利益を追及するものであり効率性が問題になるのは当然のことであろう。だが、その生産を支える生身の人間の存在が置き去りにされてしまってはないだろうか。「労働の人間化」への貢献度はボルボシステムのほうが高いと考える。トヨタ式とボルボシステムの大きな違いはコンベアラインの労働か否かに表れている。コンベアラインはまさに効率化への最短距離である、しかし同時に労働者の機械的同期化を強制してしまう。トヨタ式はコンベアライン方式をとる限り、この危険性はつきまとう。一方のボルボシステムは勇敢にもコンベアラインを廃止した。製品は静止した状態で組み立てられ、労働者を機械的同期化の恐怖から救った。トヨタ生産方式もボルボシステムも原点はアメリカのフォード式にあるが、それぞれの生成過程においてトヨタ式は経営者の論理によって、ボルボシステムは経営者と労働者が一緒になって創り上げてきた。このような成り立ちの違いもそれぞれの功罪を表しているのだ。

  

まとめ

無駄を徹底的に排除し、コストの削減をはかり、効率的な経営を行うことで企業業績をあげる。トヨタ生産方式は、あたかも金科玉条のように多くの組織に支持されてきた。しかし、その導入の動機は好業績を目指す経営サイドの論理であり、現場で働く労働者側からの視点を欠いていた。しかし、トヨタ生産方式は現場の労働者の犠牲を企業利益に変換するシステムでもあり、自社のコストを外在化・転嫁する仕組みでもある。労働者に負荷の大きいトヨタ生産方式は、労働への意欲を低下させ高い離職率や求人難につながる。そうなれば企業経営も立ち行かなくなるだろう。組織はただ業績を上げることだけを考えてはいけない、労働者の視点も考慮することが不可欠となってくるのである。

定職につかないフリーターや就業意識の薄いニートの増加も行き過ぎたトヨタ式の弊害ではなかろうか。もちろんトヨタ式のみが原因ではないだろうが、その一端を担ってしまったのではないかと考えてしまう。企業の利益のために削り落とされてきたものが関係しているのでないか。トヨタ式が育てた高効率なシステムがもはや、あるべき人間のレベルを超えたものとなっているのではないか。トヨタ式が想定するほど、すべての人間が効率的ではない。現在、多くの企業のみならず公的機関にまでトヨタ式は取り入れられている。われわれはトヨタ式の中で働いている、どこへ行ってもトヨタ式がある。こうした窮屈な「仕事」から排除され、逃げ出してしまったのがニート・フリーターという存在なのではないだろうか。現段階では、トヨタ式は修正されながらも生き残り、そのオルタナティブとかんがえられたボルボシステムは中止を余儀なくされ結果的にはトヨタ式の方が優れたシステムとされている。しかし、これからの労働力不足問題を考えた際、トヨタ式では行き詰まりをみせるのではないだろうか。私見だが、トヨタ式で行くとするなら外国人労働者の積極受け入れにつながるだろう。よくも悪しくも、外国人労働者は劣悪な労働も引き受けてくれる確率が高いからだ。一方、国内労働力、特にニート・フリーターを積極的に活用していくにはボルボシステムをとるべきである。労働者配慮に篤いボルボシステムなら、実際の労働と彼らの就業意識の差を近づけることが可能になるのではないだろうか。

生みの親であるトヨタ自動車の自動車市場の制覇とともに、経営手法として覇権をとったトヨタ生産方式だが、裏返しに爆弾をかかえていることもわすれてはいけない。もちろん、その方法論は高性能であるし学ぶべき点も数多くある。しかし、そのパフォーマンスが何に支えられているかを、「活きた人間」の存在を認識してほしい。

 

 

参考文献

  鎌田慧 『トヨタと日産』 講談社文庫

  猿田正機 『トヨタシステムと労務管理』 税務経理協会

  田村豊 『ボルボ生産システムの発展と転換 ―フォードからウッデヴァラへ― 』 多賀出版

  佐武弘章 『トヨタ生産方式の生成・発展・変容』 東洋経済新報社

  手塚公登/小山明宏/上田泰 『経営学再入門 再チャレンジ! ―基礎から最新の理論まで― 』 同友館