日本におけるこれからのインフラ整備

早稲田大学社会科学部
政策科学研究ゼミナール4年
佐名木 智博


研究動機

東日本大震災や、昨年起こった中央自動車道の笹子トンネルの天井崩落事故などを受けインフラ整備の重要性を知り、日本のインフラ整備の現状について研究したいと考えたから。

章立て


第一章 社会インフラとは?


産業や生活の基盤として整備される施設を意味する言葉であり、道路・鉄道・上下水道・送電網・港湾・ダム・通信網といった産業基盤となる施設のほか、生活基盤となる学校・病院・公園・公営住宅なども含まれる。
長期にわたって人々の快適な暮らしを支え、地域の経済活動を活発にする役割を果たす。
社会インフラ事業は民間の事業としては成り立ちにくいため、通常は国や地方自治体、公的な企業により整備・運営される。例えば日本の道路の場合、国内の重要都市を結ぶ主要な道路(一般国道)は国が、高速道路は旧道路公団を前身とする各高速道路会社が、そのほかの道路は自治体が整備・運営を担っている。



第二章 事故の事例


笹子トンネル天井板落下事故
 ⇒日本の高速道路上での事故としては最も死亡者数の多い事故で、完全復旧までに68日を要した。
○事故の起きた原因
1、設計  
  笹子トンネルは交通量が多く大量の換気が必要とされていたため、天井板からトンネル最上部まで5.3メートルもあり、他のトンネルと比べて点検が困難
2、設備の老朽化  
  トンネルが開通した昭和52年以降、天井板を固定するボルトや金具の交換や補修が行われていなかった
3、ずさんな詳細点検  
  天井板のボルトの異常を検知する打音検査が2000年以降実施されていない
4、外圧説  
  東日本大震災の影響
○事故の影響
・物流への影響  関連エリアへの郵便物や商品の配達遅延や、運送ルートの変更
・旅客輸送への影響  高速バスの運休や遅延、ルートの変更  他の交通機関への集中
・観光産業への影響  通行止めによる観光客の減少
・株式市場への影響  トンネル工事を請け負う会社の株価の上昇                  
   ⇒インフラが麻痺すると多方面の事業に影響


第三章 日本のインフラの問題点

@老朽化


日本では1960年代の高度経済成長期に、道路や上下水道、橋、学校などの社会インフラが一斉に建設された。そして、その多くが耐用年数とされる50年を超え、建て替えの時期を迎えていて実際に事故も発生している。
老朽化したインフラは、本来は適切に補修・修繕を行い、機能維持を図ることが望ましいが、なかには、適切な補修・修繕が実施されないこと等により損傷程度が悪化し危険性が増し、供用することができなくなったインフラも出てきている。
こうした状況は市区町村においてより深刻であると考えられ、通行止め・通行規制が行われている橋梁について見ると、その数は、管理する橋梁数が国等に比べて多い市区町村において大きく増加している。

(出所:日経全図解ニュース解説(http://www.nikkei4946.com/))

A予算の縮小


国が予算を投じて社会インフラを整備する「公共事業」には、景気対策の側面もあって、不況の際に、国が巨額のお金を使って社会インフラを整備すれば、建設を請け負ったり資材を供給する企業にお金が回って、新たな雇用を生み出したりさまざまな企業の設備投資を促すことが期待できる。
                                              ↓
日本ではこれまで景気対策として社会インフラ整備に巨額のお金が投じられてきたが、もうすでに全国の主要な地域には道路・鉄道網がはりめぐらされて社会インフラが広範に整備された現在では、かつてほどの大きな経済効果は望めなくなっている。効果が期待できないにもかかわらず施設や設備を新たにつくってしまえば、長期にわたってその維持管理のためのコストが発生し続けることになってしまう。
                                              +
少子高齢化や長引く不況の影響によって、日本の国家財政は厳しい赤字状態に陥っていて近年では、国の財政支出を削減するために社会インフラの新設に充てる予算は縮小され、2012年度当初予算の公共事業費は約5.1兆円と、1998年のピークと比べると3分の1程度にとどまっている。こうした事情は自治体も同じである。
                                              ↓
                                            予算が縮小

(出所:日経全図解ニュース解説(http://www.nikkei4946.com/))

B将来の維持・管理費、更新費の増大


(出所:日経全図解ニュース解説(http://www.nikkei4946.com/))


すべてのインフラが耐用年数どおりに更新されると仮定した場合、一般道路の更新需要のピークが2017〜21年、港湾分野の外郭設備のピークは2030〜34年となる。 この結果、インフラ更新需要時期が2020^2040年代になる。
国や自治体は、これからの更新需要に対し莫大な財源を確保しなければならない。
したがって、財源の内、更新や管理に関する資金の比率が増え、新規整備が出来なくなる。

Cデータ不足


日本で早い時期に建造された道路や橋のうち、具体的なデータが不足しているものは全体の87%を占め、これらの道路や橋の多くは設計図だけが残っている。 また、特に昭和の時代に建造された道路や橋はデータが残っていないものが多い。
これにより、インフラ設備の管理者がだれであるかわからなくなっている状況が発生している。

D人口問題


人口減少や少子高齢化により今後日本では、2040年代には人口が一億を割り、65歳以上の人の割合が4割近くまで上がると予想されている。これにより、今後利用範囲が狭まるインフラが増加したり、税収の減少や社会保障費の増加により財源が確保されなくなることが予想される。つまり、利用者が減ることによって料金の引き上げ、サービスの低下が起こり、現状の福祉サービスを行っていくとしたら財政支出の大きな負担になるので、若い世代の負担が増えるということになる。
また、インフラの維持管理・更新を担当する技術職員の数が減少し、業務が十分に行えなくなるといった問題もある。


第四章 政府によるインフラ整備に関する施策


@財政投融資
 ⇒租税負担に拠ることなく、独立採算で、財投債(国債)の発行などにより調達した資金を財源として、政策的な必要性があるものの、
民間では対応が困難な長期・固定・低利の資金供給や大規模・超長期プロジェクトの実施を可能とするための投融資活動(資金の融資、出資)
 ※「長期・固定・低利の資金供給」「大規模・超長期プロジェクト」といった特徴が、インフラ整備の資金源として適しており、戦後の大量の近代的インフラ整備は、財政投融資制度により資金的に支えられていた側面もある。


A国土交通省によるインフラ長寿化のための地方自治体向けの補助金制度 

B社会資本整備重点計画法に基づく整備
  ⇒社会資本整備重点計画は、社会資本整備重点法に基づき、社会資本整備事業を重点的、効果的かつ効率的に推進するために策定する計画である。
 (1)計画の対象
   道路、交通安全施設、鉄道、空港、港湾、航路標識、公園・緑地、下水道、河川、砂防、地すべり、急傾斜地、海岸及びこれら事業と一体となってその効果を増大させるため実施される事務又は事業
 (2)主な計画事項
 ・計画期間における社会資本整備事業の実施に関する重点目標
 ・重点目標の達成のため、計画期間において効果的かつ効率的に実施すべき社会資本整備事業の概要
 ・社会資本整備事業を効果的かつ効率的に実施するための措置 等

C国土強靱化基本法案
・概要
  (1)経済等における過度の効率性の追求の結果としての一極集中、国土の脆弱性の是正
  (2)地域間交流・連携の促進、特性を生かした地域振興、地域社会の活性化、定住の促進
  (3)大規模災害の未然防止、発生時の被害拡大の防止、国家社会機能の代替性の確保
                      ↓
        3年間を国土強靭化集中期間とし、15兆円を追加投資

Dインフラ長寿命化計画の作成
各府省庁が管理する施設の老朽化対策だけでなく、文科省や経産省が所管する新技術の活用、自治体の老朽化対策に関する財務省との財政的支援策の検討などもテーマとする。
                      ↓
・中長期的な維持管理・更新コストの縮減や平準化、新技術の開発によるメンテナンス産業の活性化などを主な方向性として示す
・改修などによる施設の機能延長だけでなく、新設や更新も含めて必要な対策を盛り込み、各省庁が管理する各施設を幅広く対象にする


第五章 地方自治体によるインフラ整備に関する施策


@府中市の事例
インフラを長期的に効率よく維持管理するための工程表=「インフラマネジメント計画案」を作成。道路や橋、下水度などのインフラの老朽化状況を詳しく調べたうえで、定期的に修繕をするなど計画的な維持管理を行って寿命を伸ばすというもの。

(出所:NHK解説委員室(http://www.nhk.or.jp/kaisetsu-blog/100/142887.html))



Aコンパクトシティ計画
 人口減少が進み財政制約に直面する地方都市において、コンパクトシティを形成していくことが重要である。
 そこで、福祉等の生活サービス機能と居住を誘導し、高齢者も安心して暮らせるコンパクトなまちづくりを進めるため、「都市再生特別措置法等の一部を改正する法律」が2014年5月に成立し、居住機能や福祉・医療・商業等の都市機能の立地、公共交通の充実等に関する包括的な立地適正化計画を作成した市町村では、都市機能誘導区域において誘導したい機能について、容積率及び用途規制の緩和等が可能となる。
 また、市町村が誘導したい機能が指定した区域外で立地する場合について、届出を受けることにより、市町村が働きかけを行うことができるようになる。
 これらにより、都市機能や居住を一定のエリアに誘導することが可能となる。また、区域内で都市機能を整備する民間事業者に対して、市町村が公的不動産を提供する場合、国が直接支援する制度を創設する。

・概要
  都市部に人口を集中させることでインフラをコンパクトにし、効率化を目指すという政策

・背景
日本は欧米に比べて都市部と農村部の境界がはっきりしておらず、都市が周辺の農村部にまでゆるやかに広がり、人口密度の低い地域にも都市部と同様のインフラが広がっている。

インフラを効率的に運用することが難しい

・青森県での事例
  1)背景
   @中心市街地における人口の減少(2000 年までの 30 年間に約 13,000 人が郊外に流出)
   A市街地拡大に伴う行政コストの大幅な増加(@に伴う道路、下水道などのインフラ整備等に約350 億円)

  2)計画の方針
   ・段階的な密度構成の土地利用
   ・生活に必要な都市機能を中心市街地に集中
   ・都心部と郊外部を区分し、それぞれの地区で、都市機能の役割分担を設定
  
  3)主な取り組み
   @都市部において公共施設との複合商業施設の整備
   Aまちなか居住の推進
   B公共広場の整備
   C四季を通じた快適な歩行空間確保

  4)効果
   @中心市街地の居住人口が増加
   A青森駅前の歩行者通行量が約4割増加
   B民間企業による中心市街地のマンション建設の増加

 ※コンパクトシティ政策における課題
  ・自動車の利便性をすべて公共交通や徒歩等で代替できるか
  ・既に拡大した郊外をどう捉えるか
  ・郊外の発展を抑えれば中心市街地が再生するのか



第六章 民間によるインフラ整備に関する施策


@技術革新とその推進
民間事業者等により開発された有用な新技術を公共工事等で積極的に活用するための仕組みとして、新技術のデータベース(NETIS)を活用した「公共工事等における新技術活用システム」を運用している。
これまでに公共工事等に関する技術の水準を一層高める画期的な新技術として推奨技術を21件、準推奨技術を47件選定した。また、現場の維持管理の効率化を推進するため、NETISを活用し、技術テーマを設定し、応募のあった技術について現場で活用・評価することで、新たな技術の現場への導入や更なる技術開発を推進している。

 例)東京工業大学、オムロンは社会インフラの劣化進行の監視や地震などによる突発的な損傷を検出する新しいセンシング、モニタリング手法の共同研究を開始し、2015年度中の実用化を目指して研究を進めている。
       ↓
   インフラの使用環境・動態・挙動を捕捉・分析し、劣化進行監視・限界状態防止を図ることが目的。点検と点検の間の安全性の確保や、現状の構造物の性能・挙動の確認、地震や台風などによる突発的な損傷の検出、原因究明や将来の損傷劣化予測などに役立てる。

(出所:OMRON公式HP(http://www.omron.co.jp/press/2013/08/s0807.html))



Aネーミングライツ
ネーミングライツとは、スポーツ施設等の名称に、スポンサー企業の社名や商品名等のブランド名を付与する権利であり、集客力のあるスタジアム等では高額で取引されたりするケースも見られる。
このネーミングライツは、道路や歩道橋等の社会インフラにも広まってきており、公道での初めてのネーミングライツは、2009年に静岡県磐田市で新設された市道2路線「さくら交通通り」「ららぽーと通り」で、それぞれ5年間で約150万円、約210万円の収益が得られ、道路の維持管理費用に充当されている。
大阪府では安全・安心な道路施設を維持するため、歩道橋の通称名のネーミングライツを全国で初めて実施した。条件は年間30万円以上、期間5年間であり、現在は10箇所の歩道橋で契約されている。

(出所:国土交通白書2014(http://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/h25/hakusho/h26/index.html))




第七章 海外のインフラ整備に関する事例

@「荒廃するアメリカ」とその後の取組み


1980年代の米国では、インフラの老朽化問題が深刻化し、それが経済や生活の様々な面に影響を及ぼした。例えば、当時の記録として、スクールバスで通学する学童が、橋梁の重量制限のため迂回路を通らねばならなかったり、また、橋の手前でスクールバスを降りて橋を歩いて渡ることを余儀なくされたりといった様子が記録されている。
また、多数の橋梁により周辺地域とつながるマンハッタン島では、1980年代に複数の橋梁で損傷事故が起こり、いたるところで大規模補修が行われた。このような状況のなか、1981年にはパット・チョートとスーザン・ウォルターにより「荒廃するアメリカ」が出版され、劣化するインフラの状況について警鐘が鳴らされた。
この本は日本語にも翻訳され、「荒廃するアメリカ」はインフラ老朽化に直面する1980年代の米国を象徴する言葉となった。

(出所:国土交通白書2014(http://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/h25/hakusho/h26/index.html))


米国においてこのような事態が生じた一因としては、1960年代後半から1970年代にかけてハイウェイ関係予算が削減されるなかで、十分な維持管理・更新がなされなかったことが挙げられる。
インフラの劣化が広く社会問題化したことを背景として、1983年には、持続的なインフレーションにもかかわらず1959年の水準に据え置かれてきたガソリン税が5セント増税されほぼ倍増となり、財源の拡充が図られた。
下の図は、米国連邦政府のハイウェイ関係支出の推移を、資本的支出と運営・維持管理に分けて示したものであるが、維持管理費の確保は、単純に新規投資を削減することによってなされたのではなく、インフラ全体に対する投資を確保し、既存インフラの適切なメンテナンスと戦略的なインフラ整備を両立させていたことがわかる。
その後は、継続的な維持管理・更新の取組みを通じ、米国における欠陥のある橋梁数は着実に減少を続けている。

(出所:国土交通白書2014(http://www.mlit.go.jp/hakusyo/mlit/h25/hakusho/h26/index.html))



こうしたインフラの劣化に対する一連の政策的対応は、国としての交通政策を規定する長期的・戦略的な計画策定を通じて行われたことにも注目する必要がある。レーガン大統領は、「新たな連邦主義」を掲げ、州政府への権限委譲と歳出削減による小さな政府の実現を目指していたが、「荒廃するアメリカ」の現実を前に、1983年に陸上交通支援法が制定され、交通政策において連邦政府の強い関与が残されるとともに、増税による財源確保が行われた。
現行のオバマ政権においても、グローバル経済において企業集積と雇用創出を促進するために、質の高いインフラが必要であるとの問題意識が強く表明されている。
2013年の一般教書演説等のなかでは、
 1)「Fix-it-first」プログラムにより、補修・修繕の遅れたインフラのメンテナンスに対する400億ドルの支出を含む、500億ドルをインフラへの投資に充てること
 2)「インフラバンク」の設立等により、官民が連携したインフラ事業に対する貸付や債務保証を行うこと
 3)インフラ事業の許可にかかる事務手続きを効率化すること
等が提案された。
上下両院のねじれと、財政政策をめぐる共和党・民主党の対立により、政府閉鎖等の混乱が生じたため、「Fix-it-first」プログラムを含む多くの政策は実施されるには至らなかったが、2014年の一般教書演説においても、インフラの機能強化のために交通関係の法案を成立させるよう議会に対する呼びかけが行われるなど、インフラの質の向上は引き続きオバマ政権の重要な政策課題の一つとなっている。



第八章 政策提言



以上で述べてきたことから、これからのインフラの維持・管理に必要における課題をまとめると
 @予算の不足 Aインフラの維持管理体制強化 B技術者の確保・育成
の三つが代表的なものとしてあげられる。

これを踏まえてインフラ整備の現状を打開するための、私が考える政策提言を以下に示す。

     T.過疎地域などのインフラの配置を再検討し、空いた土地を売却あるいは再開発をして民間企業の資金を呼び込み維持管理費用の財源とする。

     U.地方自治体に“維持管理全体を取りまとめる部署”の設置を義務化しインフラの点検項目を統一、全ての設備の管理者を明確に記録。
       また、老朽化の把握状況などの情報全てをインターネットで一般に公開。

     V.人材不足解消のために業務の一部を民間と共同で行い、自治体等土木職員と民間の建設会社職員が協力して管理にあたる。

以上であげたように、これからはインフラの整備を自治体が一括して請け負うのではなく民間企業と常に協力していくことが重要だと感じた。
近年の消費税の増税などから、更なる増税による税金を財源とする予算の確保は民意の面から見ても非常に厳しく、民間の力を借りる以外に方法はないと考える。
また、老朽化の情報を公開することによって地域の人々の関心も高まり、日本全体としてインフラ整備の重要性が浸透していくのではないかと思う。



参考資料


Last Update:2015/1/27
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