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「究めるひと」と「際めるひと」

 

TOP杉浦 正和 (SUGIURA Masakazu)

早稲田大学 ビジネススクール 教授
早稲田−南洋 Double MBAプログラム, Deputy Director 兼
早稲田大学 先端科学・健康医療融合研究機構(ASMeW) 戦略マネージメントセンター 教授

1982年京都大学卒(社会学専攻)、1990年スタンフォード大学経営大学院卒(MBA取得)。日米欧のグローバル企業(日産・Citibank・Schroders)大手コンサルティング会社(Bain・Mercer)で戦略企画・人的資源管理・リーダーシップ開発・マーケティング・投資教育を担当し、2004年より早稲田大学嘱任。STOも参画している「人材・組織・リーダーシップ」のクラス運営においては、クラス自体を学習する組織づくりの「実習」の場と考え、受講生が回り持ちでキャストとなる経営教育コンテンツのLinux/Wikipedia方式を開発。特技は飛び込み営業。

自分の「横顔」というのは鏡でも見ることは難しいものである。横顔を見ようとして鏡の前に横向きに立ち首を捻ってみると、そこには正面からの顔が映っている。捉えきれない横顔を見ようとすると鏡に映る背景に改めて気がつく。それは 今生かされていることに繋がる膨大な幸運の「あり得なさとあり難さ」だ。

それは様々な分野を「究め」たひとたちつまり「本物の研究者」との幾多の出会いである。その幸運を通常よりも遥かに「統計的に有意な差をもって」得ることのできたことに対して私ができる役割は、ひたすら学び続けて別種のきわめ方をする、つまり「際める」ではないか。それが今の率直な気持ちである。大上段で恐縮だが、私にとって学問はセルフとライフの追求に尽きる。逆に己を生かすのがラーニング。確立した各ディシプリンで高みを極める峰々を間近に見た幸運を、「際める」ことで生かしていくべく私は学び続けていきたい。

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早稲田大学ビジネススクールで「人材・組織・リーダーシップ」の授業を担当している。2004年の秋に ASMeW のMOT研究所に嘱任となり組織の立ち上げに参加した後、ビジネススクールに移籍した。現在は担当クラスの運営と並行して早稲田大学の海外プロジェクトであるシンガポールの南洋工科大学とのダブルMBAプログラムの助走を加速してきた。まさに今月三段跳びの「ホップ」を踏み切ったところだ。

スタートダッシュの連続という過激な生活であったが、走り回る量が多い分出会い頭の数も極大であった。そして何よりも価値のあることは早稲田で更に多くの「きわめる」ひとたちの出会いを経験したことだ。私自身は発展途上に過ぎないにも関わらず、幸運な偶然が重なりいわゆる理系から文系まで、基礎から応用まで、また日本だけでなく世界の「研究者の横顔」を沢山見るまたとないチャンスに恵まれた。

「きわめる」にはいくつかのタイプがある。真理を「究める」、価値を「極める」、奥義を「窮める」。「研・究」とは文字通り「研いで・究める」ことであるとすれば、第一義的にはきわめるひとを、研究者と呼んでよいと思う。「研究者の横顔」を書くにあたって、自分にとって研究とは何か、それを自問・瞑想・呻吟し試しに「究める」という字を大きく紙に書いて凝視してみた。すると、「究」の字が上下に分かれて「穴が九つ」になった。

どうも私にとってきわめることは一つの穴を穿つことと同義ではないらしい。沢山の「穴」つまり領域を全体として理解し、自分なりの地図を書き、まるごと了解するようにつとめること。自分にとってはそこに何らかの真実があると直感される・・・そういうきわめ方も許されるかも知れない。本物の研究者が「きわめ」、リーダーが「きわだつ」ために、それを可能ならしめる役目もあるかも知れない。そう居直ったときに、「際める」という造語が脳裏に浮かんだ。同時に「際もの」という言葉も浮かんで苦笑した。それは幾分自嘲気味であったけれども、実はこれもひとつのきわめ方かも知れないとどこか腑に落ちるものもあった。
 


ABC虎の穴
 

小学校では近木英哉元島根大学農学部教授(当時)にプロの昆虫採集に宿泊同行させて頂き科学する心の基本の基本を学んだ。例えば、昆虫の種類を決定づけるのは「節の数」などの構造であり、擬態や退化もある見た目の形態は本質ではない。

 


写真に写っているのは先生とただ嬉しそうに捕虫網を持つ少年であるが、分類学とその底流にある本質の見極め方について胸ときめかせて学んだときの貴重な一枚である。

その頃、後に生体肝移植で1000例を超える手術を成し遂げられ日本医学界を文字通り代表されている田中紘一教授(先端医療振興財団 先端医療センター長・前京都大学教授兼医学部附属病院長)の若き日の理想に燃えた姿を連日仰ぎ見る幸運を得る。思えばこちらは年端もゆかない子供であった。恐れ多いことである。早稲田大学に嘱任後、当時京都大学のスーパーCOEのリーダーであった先生を訪ねて京都にご挨拶に行った。最初に直感で正しいと思ったことを信じて歩み続けなさいとのご指導を頂いた。その言葉は私の中に生き続けている。

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研究者の横顔??           田中紘一先生を囲んで

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近木英哉先生と
 

高校は理数科で得意科目は数学であったが、敢えて文系に転じた。田中教授にキャンパス案内をして頂くという贅沢な機会を得た後受験し京都大学に入学し、社会学を専攻。上野千鶴子教授(東京大学・社会学)から多大なる影響を受ける。この懐の深い学問をロータリー財団の奨学金を受けてニューヨーク州に留学して英語でも学んだ。その時に先輩として助言を受けたのが佐々木輝美教授(国際基督教大学・教育学)であった。それがきっかけとなり自動車会社の海外部門の企画部に勤務。上司は法木秀雄教授(現早稲田大学ビジネススクール・以下WBS)であり、舞台が変わって現在もシンガポールプロジェクトでの心優しいパッション溢れる上司兼恩師である。

1990年にスタンフォード大学でMBAを取得。一番印象に残っているのはバーゲルマン教授(戦略論)である。卒業して西山茂教授(現WBS・会計学)との交友が始まり、今でも兄貴分として指導を頂いている。その後経営コンサルティング会社でまたシティバンクで世界最高水準の教育を受けた。その後英国シュローダーの人事部長であった時に知己を得た梅津祐良教授(WBS・組織人事マネジメント)には現在に至るまで直接の指導を受けており現在同じ科目を担当させて頂いている。

早稲田大学での正式嘱任にあたっては、正式赴任前から朝日透教授による怒涛の激励・奮起・特訓を受けることになる。(世界が3倍速で回っているかと思った。)研究分野では最近シンガポールの縁で太田正孝教授(早稲田大学商学研究科長)の研究グループの末席に加えて頂いている。脳科学者であるASMeW枝川義邦助教授兼STO候補者とは共同研究(或いは企画)を行っている。

結果的に「キャリアのABC」と私が勝手に呼んでいる A: アカデミア B: ビジネス, C: コンサルティングのそれぞれの分野を広い範囲で経験したことになる。私の本棚にもこの3つの分野の著者がそれぞれ並んでいる。”A”については:京都・スタンフォード・早稲田・南洋、”B”については日・米・英の世界企業、・”C”については戦略と人事についてのプロフェッショナルファーム。数えてみると確かにあわせて穴が九つあるが、それはともかくとして、”B”と”C”にいる間、一貫して”A”の指導を得続けていたことに驚かされる。現在は”A”の立場から先進技術を誇る利益300億円規模の企業と仮説検証型の実践的研究を進めている。少なくとも経営学に関する限り、この3つは共にあってよいしそれはむしろ望ましいと私は思う。

これらは「ABC虎の穴」と呼ぶにふさわしい厳しい世界であった。が、それぞれで受けた教育とトレーニングそしてその道のプロとの丁々発止は今振り返ってもワールドクラスのものであった。地理的・分野的カバレッジの広さだけは人後に落ちないと思うし、「新しい世界」の複雑性と不確実性にどう対処すればよいかについては随分と経験を積んだ。大成したわけではないが、仲良くする才能だけはあったので現在各方面を席巻し始めているそれぞれの虎の穴出身者とは今でも交流が深く、日々インスピレーションを受け続けている。

そんな経験をベースに私はその道を「きわめた」方たちとは全く異なる文脈で早稲田大学に関わってきた。すなわち、「国際」と「学際」である。この二つの「際」の交差点、波頭と波頭が更にぶつかる場所という一点において、私の「きわもの」ぶりもいくらか役に立てる場面が来たかも知れない。


「きわもの」の原義と6つの新解釈
 

日本語でいう「きわもの(際物)」とは、もともと時期的な「きわ」に由来し、門松など特別に必要とされる季節の間際にテンポラリーに売り出される品物を指したらしい。そこから例えば「正月過ぎの門松」のように肝心のタイミングを逃すと無価値になる面が強調され「一時的な流行をあてこんだ商品」となり、事件後脚色してすぐに出される小説や映画など本格的とは逆のものをさすように転化したという。ある特定の時点を機に必要品が不用品に転化するもの、あるいは本 物と偽者などのきわにあるものということになろう。そんな「きわもの」にも、場合と文脈によって、また言葉の解釈のしようによっては一定の役割が与えられることがある。試しにこの言葉を敢えて様々に(国際的・学際的に(?))英訳してみた。

第一の訳 境界人=“Marginal Man”
「きわもの」を文字通り英語に直訳してみると 際の(Marginal)者 (Man)ということになろう。”Marginal Man” は社会学においては重要な概念である。境界人とも周辺人とも訳されるが、要は保守本流の中心でなく周縁あるいは複数の集団の「きわ」に位置するひとである。真ん中にいるとわからないことが一歩引いてみると見えることがある。境界に立つことによってあたりまえと思っていることを疑うことができ社会の本質と問題点が理解できる。心理学的にはどの集団にも属さない、例えば幼児でも大人でもない「青年」がマージナルマンの典型ともされたという。Fence-sitter (フェンスの上に座る人)という言葉がある。柵の上に座ってどちら側にも与しない日和見主義者といった意味合いで普通は悪いこととされる。しかし、フェンスに座っているから見える光景というものもあるかも知れない。

第二の訳: 翻訳者=“Translator”
境界を「貫く」という側面(Trans-)に注目すると、Translatorつまり翻訳者という翻訳も可能である。ひとは翻訳という機能を通じて繋ぎ役にもなれるし破壊者にもなれる。黒子に見えて実は大変な影響力を持っていることは翻訳の翻が「ひるがえる」であることが暗示している。複数の異なる言語や文化において意図せざる結果をもたらすこともあるし、意思を持てば翻訳者は自在のパワーを発揮する。Transit (通過)もTransaction (取引)も境界を横切るときに起こる。Trans は変圧器というときには電圧を変換するが、クラブミュージックでいう音楽ジャンルとしてのトランスは何だかあの世につれていかれる感じのするリズムである。古語では恍惚とさせるといった意味だったらしく、「トランス状態」という言葉に繋がっている。もともとこの世とあの世の境目を突き抜けることに関係するのかも知れない。

第三の訳: 最適調整者=“Optimizer”
国境には3種類ある、と日ごろから知恵を授かっている方から学んだ。山・川・海などで隔てられる「自然境界」、国家が侵略してつくる「侵略境界」、そしてもう一つは「適従境界」。3番目の適従境界とは「最大の領土と最小の少数民族」という考え方で引かれた国境線ということらしい。適従とは難しい言葉だが、限界を知り自ずと甘受し従う、という意味だ。主権たる国家はできるだけ大きな領土を持ちたい、しかしそれが過ぎると多くのマイノリティーを含んでしまいアイデンティティーの確保が難しい。そこでこのトレードオフの関係にある二つの要件を Optimize (最適化)するように引かれたのが適従境界である。例えば隣の大国との関係で苦しみ続けたデンマークの国境はこれにあたる。ボーダーはそれ自身最適化(=ビジネスの根本概念のひとつ)の結果であり究極の調整者である。何とも示唆深い考え方だと思う。

第四の訳: 再枠組人=“Re-framer”
「きわ」が太い実線になると「輪郭」になり「わく」になる。ものごとを考える枠組みのことをフレームワークという。アメリカのビジネススクールで学んだときに夏休みの特別科目として油絵(=Painting)を習った。最初の授業では「まず材木と金槌を用意して好きな大きさと形でキャンバスを作る」ように指示されて度肝を抜かれた。どんな大きさと形で絵を書くか、それは自分が決めることなのである。そこに自由にフレーミングをした風景や人物や思いを描く。額縁つまりフレームももちろん自由デザインである。立派な金縁で囲っても良いし、なくても良い。きわものを「きわを作るひと」と考えれば “Framework maker” という造語も可能だろうし一文字で Frameworker ともいえるかも知れない。創造性を発揮するには普段の枠組みを “re-frame” することが必要だという。白いキャンバスに大きく絵を描きたい、そのためにはフレームは自分で決め常にリフレームしたい・・・これは私のキャリア形成においてまたものごとを考える上でいつも戻っていく価値観(=キャリア・アンカー)であった。

第五の訳 道化師=“Trickster”
「きわもの」は必要物と不要物の間、本物と偽者の間にある。”Trickster” (=道化師)もそんな場所に生息している。トリックスターは文化人類学や神話の構造を語る際に既成の秩序を壊すひととしてあらわる。トリック・レトリック・ジョーク或いは詐欺によって笑わせ或いは騙し価値を転換させる。私の好きな曲にダイアナロスの Upside-down という曲があり、この中で Upside down, inside out と歌っている。上が下に、内が外に、裏が表に。特にトリックスターが得意とするのは真と偽、正当と異端そして正常と異常の境界である。王の側には常に道化師がいた。「きわ」に生息して枠を壊してみせるトリックスターは、まさに「きわもの」といえるだろう。「際」という字には「祭」という字が入っている。きわというのはそこにおいて聖なるものと俗なるものが主客転倒しライフが宿るフェスティバルである。そしてそこで道化師は人を笑わせまたひそかに涙を流す。

第六の訳: 融合者=“Consolidator”
ASMeWは「融合研究機構」、英語にすると “Consolidated Research Institute” である。コンソリデートという言葉は、共に(con)固く(solid)するということ。ビジネスでは子会社との会計をあわせて連結決算するときにも同じ言葉を使う(略して「コンソリ」とも。)奥義を窮めた大科学者と研鑽し究めつつある若手サイエンティストが糾合するASMeWには設立において3つの「コンソリの志」がある。先端科学を健康医療の分野で「融合」することと「文理融合」を目指すこと(つまりミクロとマクロの「学際」)更に欲張って「国際」拠点を目指すこと。ここでコンソリデーションをしかけるのが融合人の仕事である。融合にはあるものとあるものの「間」を示す “Inter-” (例えば Inter-national)のほかに、それらを貫く “Trans-” (例えば前述の Trans-lation)、それらを上位概念で纏める “Meta-“ (例えば Meta-physics) などがあることを学び、深く「了解」するとともに「これはえらいことになった」と冷や汗が出た。

融合といっても、それぞれの「先端科学」に精通するのはもとより到底不可能である。私が結果的に一番多く援用したのは相手から聞きだし場を作り出していく “Facilitation” の方法であった。この手法はシティバンクやシュローダーで徹底的に仕込まれたので基礎はあった。加えて絶妙なタイミングで高木晴夫教授(慶応ビジネススクール)によるケースメソッドによるクラス運営の実証授業を受けることができた。静かな迫力に圧倒されるとともに、その根本が「おもてなしの心」であるという基本をここで学んだ。


6つの「きわもの」と「大学力」
 

思えばAdvanced Science を「先端科学」とはなかなか大した翻訳である。まさに「先端」とはものごとを「きわ(究・極・窮)めて」行った先にある「きわ」のことである。ものごとの真贋はそれ自体の中にあるのではない。きわを作るきわものがいて始めてその線はくっきりとする。融合の推進には「きわもの」という触媒も場合によっては有効かも知れない。

もともと「科学」とは専門化した「科」に分かれることをその本質としていた。Immanuel Wallerstein は Ilya Prigogineらとの共同研究において「19世紀の知の歴史を何よりも特徴づけるのは知識の学問分野化と専門職業化」であり、大学は「新知識を生産するとともに知識生産者を再生産するよう設計された恒久的な制度組織」と指摘している。「先端」に向かって枝分かれして、ついにバベルの塔以後お互いに言葉が通じなくなった人たちのようにそれぞれの世界のみ通じる方言が成立した。

私がそれを尚更強く感じるのは、3つの質的に異なるクラス運営の参加を通じてである。まずビジネススクールにおける「人材・組織・リーダーシップ」の担当。そして理系の博士号を持つASMeW教員が経営を学ぶSuper Technology Officer (STO)ゼミの運営。次に本日(2006年8月1日)新規開校した早稲田大学と南洋工科大学(シンガポール)とのダブルMBAプログラムの運営と「人的資本マネジメント」の現地授業。

私の早稲田大学とのかかわりは、「国際」と「学際」の両方の文脈において6つの「きわもの」を同時に演じることにあった。すなわち、Marginal Man(=境界人) として、Interpreter(=翻訳者) あるいはOptimizer (=最適調整者)として Reframer (=再枠組人)としてまたあるときにはTrickster(=道化師) の役目も負いつつ Consolidator(=融合者) を目指す、ということである。

早稲田大学ではそうした思いを結実させるチャンスを何度も頂いた。ハイライトは「大学力」の壮大なタイトルのもとで行われた大規模シンポジウム(2006年1月18日 於:早稲田大学国際会議場)であった。
http://www.waseda.jp/scoe/sympo02_poster.pdf) 「大学力」とは、「大学・力」(大学の力)であり、同時に「大・学力」(大きな学力)でもある。それは一体何か。このおよそ大学にとって最大級のテーマについて、全体企画の総責任者とパネルディスカッションのコーディネーターをつとめさせて頂いた。メインのゲストとしてお呼びしたのは青色発光ダイオードの中村修二教授(カリフォルニア大学サンタバーバラ校)。一度ASMeWの拠点をご訪問いただいていた(実際にはASMeW 朝日教授による「拉致」であった)ご縁で、アメリカのメールアドレスに直訴状を送って実現した。パネルディスカッションでは、パネラーとして田原聡一郎さんと「大学力」の著者即ち白井総長を中心に熱い議論を展開して頂いた。

 

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機構広報窓口として体外的対応をさせて頂いていた(これも「きわもの」ゆえか)ため大学への訪問者にキャンパス案内をすることがしばしばあった。近くにある大隈講堂に案内することは多かったが、いつも言っていたのは「ここには壁も門もない」ということであった。

日本の大学は高い塀をめぐらせて「門」がその権威の象徴となっていることが多い。それに比べて何の防御もなく広場にいきなり屹立するこの高さ125尺の講堂の存在感は格別である。(現在改修のためにすっぽり覆われているがいかに存在感があったかをひしひしと感じる。)この懐の深さが早稲田の真骨頂であり「大学力」だと私は思う。オープンドアポリシーによって雑種を取り込む度量が抵抗力を生み新たな時代への適応のもととなることはまさに科学が証明してきたことである。



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「際める」努力とシンガポール
 

 今、私はこの文章をシンガポールの南洋(ナンヤン)工科大学の宿舎で書いている。前向きな意味でのきわものとしての活動を特に「国際」の文脈で行ってきたことの一つの集約が開校式であった。2006年8月1日、早稲田−南洋Double MBA Program の開始日は将来振り返って早稲田大学においても記念すべき日になるに違いない。

unv.グローバル化がもたらす社会構造の決定的変化についての的確な予測をした大前研一の「ボーダレス・ワールド」が英文で発表されたのは1989年。私はちょうどスタンフォード大学ビジネススクールに留学中であったが、当時はWebも携帯電話もまだない頃である。その後通信と交通手段の幾何級数的発展が起きてボーダーレスがいよいよ現実のものとなった。今世紀に入っていよいよこの波が日本の大学にも押し寄せ、早稲田大学が大学自体の海外進出すなわち「外へ向けての国際化」に先手を打ったのがこのプログラムである。

進出先がシンガポールであったのは極めて象徴的といわざるを得ない。この、淡路島ほどの面積の都市国家は、マレーシアとインドネシアにはさまれ、国全体が最初から国境そのものである。最初に交通のハブとなり、次いで貿易・金融・バイオそして教育のハブとなった。1965年独立の年に、指導者リー・クアンユーは、「政府は国家の生存のために悪魔とでも貿易して国民の生活を守らなくてはならない」と言ったという。民族が、言葉が、宗教が、混じることなくそのまま「共にある」”Single Pool” としての正味コスモポリタンな都市Singapore では、ある意味で国をあげて「際める」努力が進められている。

きわものの第七の訳: 学習者=“Learner”
開校式と同時に朝日新聞と早稲田大学の共同企画である Asahi.com の中のワセダコム(オピニオン欄)に記事を掲載して頂いた。「国」や「学」の境界線の融解すなわち「脱境界化」が私のクラスのテーマであるリーダーシップという古くて新しいテーマとどう関係しているのかについては記事との重複をできるだけ避けたいのでポイントを纏めると次のようになる。
(記事:http://www.asahi.com/ad/clients/waseda/opinion/opinion199.html

国家や学問領域を隔てる壁は確実に低くなっており複数の脱境界化はお互いに関係し補強しあっている。学問の側もグローバルな文脈に晒されると使える知恵は総動員せざるをえなくなる。真の国際化はひとつの必然的帰結として学の融合をもたらす。あらゆる分野の学問を集結した「複雑系」の研究が世界最大の金融機関であり私も在籍した Citibank のジョン・リードによってスポンサーされていた事実が示唆するように、今後あらゆる境目でボーダーレス化がすすむのは現代社会における不可逆的な現象である。

ボーダーレス化とネットワーク化はもともと成り立ちの根源を一にしている。ゆるやかな繋がりにおいては、神戸大学金井壽宏教授(集中講義の一部を聴講させて頂き感銘を受けた)を初めとする学問の先達のご指摘のように、課題に応じてリーダーは入れ替わり得る。特にそれぞれの成員が十分な能力とモチベーションを有する「大人度」が高い場合、「オルフェウス室内交響楽団」にみられる相互のリーダーシップは有効である。そして、ここからは私の持論であるが、そうした組織においてリーダーをリーダーたらしめるのは、Learnershipすなわち学習者精神:(私的造語)であると思う。

近年、経営学・組織論において真の継続する差別化をもたらす組織能力、という文脈で「学習する組織 (Learning Organization)」」という言葉はいよいよ一般的なものになりつつある。自ら学び、発展・成長していく力を持つ、自立&自律型の組織。かつてのようにコミュニケーションが分断されていた時代なら圧倒する強い力がリーダーの根拠たり得たが今は違う。「みんながついてきている」そして「喜んでついてきている」人がリーダーであり、リーダーはその意味で不断の評価にさらされている。人を動かすのはいよいよ権力や権威ではなく「影響力」となってきている。パワーの源泉が発信する人にあるのに対して、影響力があるかどうかの決定主体は、それを受ける人である。(本学嘱任にあたり上野千鶴子教授から直接頂いた著書「サヨナラ、学校化社会」にも指摘されている。)そしてインフレンシャルな人というのは、他人から学び、学ぶことを学び、他人を学ぶ人に変えていく、自ら学習者精神のあるひとであると私は思う。

leadership参考までに、左記は私が「人材・組織・リーダーシップ」で使っているコンセプトであり、私のクラスはここにある5つの「マクロのS」(Strategy/ System/ Structure/ Staffing/ Style)と4つの「ミクロのC」(Competency/ Commitment/ Congruency/ Creativity)そしてそれを貫く2つのL(Leadership と Learnership)をそれぞれ議論して理解を深めていくことにある。

かつて「戦略」といえば「資源の最適配分」を行うこととされていた。最近は戦略にはVision(ビジョン)、Mission(使命)、Passion(情熱)が重要でリーダーシップが要だとする論調が主要となっている。私はPassive の派生語Passion があるのであればその逆Activeの派生語Action(行為)もペアで入るべきだ考えている。究極的にPassive (受動的)であるはずのPassionが最高に能動的なAction の元になる。その解題はここではおくとして、リーダーシップは「行為」に宿る、ということだ。そして行為の中身は「未来を起こす」こと。加えて「巻きこむ・つねに改める・きもちを配る・おおきく包む」ことに集約されると私は思っている。これらの漢字の中にはすべて、(学術的正確さはおくとして)“己”という字が入っている。

「セルフ」というのは元来「回帰的」ということであるが、この「己」という字が「回帰的」な形をしているのをみると象形文字のもつ直感的理解の凄みを感じざるを得ない。この字は一説によるとばねの形であるともいう。ばねは spring、そして spring は「春」であり「泉」でもある。泉は地下の水脈が無数に集まって湧き出る。無理に集めるのではなく集まり、湧き出すのではなく湧き出る。己を解放して柔軟に人を受け入れる余地を増やす、つまり「包」み「巻き込む」ことによってLifeをふきこむこと。リーダーシップは「ばね」として力を出し「泉」として湧き出し「春」を呼ぶことであると私は考える。

リーダーは何よりも学ぶことで Action しAction を通じて学ぶ。そして学ぶこと (Learning) は成長点を保持し続けること即ち生きること (Life) である。生き生きしていると「際立つ」ことができる。リーダーは屹立する。研究の領域では高みにおいて「際立つ」ひとたち、それが「きわめた」本物の研究者だと思う。

私の場合は上にというよりも横に進んでいった感がある。しかし、まっすぐ進んでいけばいつかは波打ち際に辿りつくように、学びを続ければ「きわ」に出る。幸いにも様々な経験を経て本物のしかも多くの高い峰を近くから仰ぎ見ることができ、高い峰の高さを知った。「際める者」の第7の役割は、常に学習者であり続け、本物の際立つ」リーダーあるいはきわめて研究者を指し示す学習者であり続けることだと私は思う。

北極星はみずからその位置を示すのではなく、北斗七星からの補助線によって発見される。7つのきわものの在りようが結果的に本物の研究者を示す北斗七星になれればこれ以上嬉しいことはない。

実際の細胞見学会
 
どんな商品も戦略も最終的には模倣されうる、そんな経営環境のもとで、真に継続する競争優位は、例えばトヨタグループのたゆまぬ「カイゼン」のように常に学び続けることでしか得られない。
 

経営学においては、「学習する組織 “Learning Organization”」についての研究が花ざかりとなり、一方で、脳・神経といった分野でのピュア・サイエンスと医学の両面からの研究も一気に進んだ。これからの学問は、ダイナミズムを「生」のまま捉えようとするベルグソン流の「ライフ」の周りに従来の学問領域を融合・統合しながら集積していく。

その意味でも、ASMeWの「ライフサイエンスの国際融合研究拠点」というコンセプトは秀逸かつ時宜を得たものだと思う。私の授業でも、課外特別催しとして、ASMeWの最先端ライフサイエンスの先生の全面協力を得て「実際の細胞見学会」を開催した。脳が「学習」している様子を実際にこの目で見てみよう、つまりLearning を visualize しようとの試みである。「細胞」が手を伸ばしあっている実物を見た参加者の間から起こった歓声と喚声。ライフサイエンスの最先端研究者と留学生を含むビジネススクール学生の細胞を見ながらの感動の共有と交換。脳科学者にとっては日常的光景も参加者にとっては初めて本物の富士山を見たときのような様子だった。ASMeW設立のミッションステートメント例え話として明記してある領域の融合によるシナプス結合がごく小規模ながら文字通りまさに本物のシナプスのおかげで達成された瞬間であった。

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明日見ゆ早稲田
 

「境界」は「自」と「他」の間に引かれる一本の線である。自己と非自己を見分ける機能が「免疫」であるが、これは「軍事」と同じしくみともいえる。平和に見えるシンガポールでも国の成り立ちと全国民による「トータル・ディフェンス」の概念は裏表の関係にある。身体が「非自己」を認識し外部からの異物を排除するのが免疫。国が外的を認識して排除するのが軍事。どちらも何がselfで、何がself でないかをわからないと始まらない。現在は self が揺らぎ、境界が点線になったり、点滅したり、或いは常に揺れ動いている状態になっているといえる。

現在の経営学はライフサイエンスからいよいよ多くの知恵を受け継いでいる。オートポイエーシス(自己創出)はライフサイエンスで始まりルーマンなど社会科学に受け継がれた概念である。また自己組織化や共進化の考えかたも組織論を中心として経営学のなかに取り込まれている。「生きている」ことに着目すれば、この自己のゆらぎと境界自体の変化と動きの中にこそ本質がある。

「複雑系」研究の興隆を経て、「分けない知」はデカルト以後の「小さく分けて単純にすればわかる」という要素還元的な見方つまり専門にどんどん分かれていく方向へ進化した。知のローカリズムからダイナミズムをまるごと飲み込もうとする知のグローバリズムという方向である。脱境界化に対応するということは、この続く地平を見渡してマップを作成した上で足元の専門領域に特化することといえるかも知れない。消化できるかどうかは別として。

思い出してもみれば、私の早稲田大学嘱任当初の活動のひとつが融合研究機構の英語での名称選定であった。ASMeWを私はネーミング責任者のひとりとして選び、「明日見ゆ早稲田」という特別な意味合いを持たせた。明日が見えること、それこそ文字通り Vision である。書家の渡辺大吾先生にお願いして書いて頂いた素晴らしい書を改めて掲載したい。

 

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自立し自律する「学習する組織」は決して企業経営だけの話ではない。むしろ大学こそそのフロントランナーでなくてはならないという使命を帯びていると私は思う。大学は率先して「学び」における先進的な組織となることを実践しなくてはならない。南洋工科大学とのダブルMBAプログラムによる国際展開とASMeWにおける文理融合研究。どちらも境界が溶けていくステージにおける新たな学びと際立ちへの挑戦といえる。

複数の境界に身を置くのは体が引き裂かれそうに感じるときもある。が、この「引き裂かれ感」が実はきわもの冥利なのかも知れない。カオスの縁でバランスを取ることが経営だともいう。少なくともライフ或いは命は「そこ」に宿る。私にとってリーダーシップの本質は学びによってセルフが生きる「際だち」そのものである。そしてそれは国際化・学際化など「際がなくなる」世界の裏返しでありそれ自身回答なのである。

私の身に起こった一連のできごとについては「あり得ないことばかりですね」という感想を口にされることがある。しかし、未来は未だ来ないものであり明日は(明るい日かどうかは別として)「今でとは違う」ことだけがはっきりしている。「あり得ないこと」は実は日常的に起こり得るし、偶発性(happenstance)をどう友達にするかが運命を決める。「あり得ないから・あり難い」のだ。たとえ「きわもの」に過ぎないとしても、「きわめた」研究者とのきわどい関係を維持発展させながら、自分らしく自分なりの仕方でこの大きな流れに対して貢献して行きたいと切に思う。それがセルフとしてライフを生きるということであり同時に明日を見ようとすることだと信じて。

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自分では見えない「横顔」はが写真では見ることができるように、「思い」は書きものにしてみることによって認識される。文字によって自分の考えが自分にフィードバックされ更に新たな思いがトリガーされることで思いの自己増殖が起こってしまう。多分それは書くことの本質かもしれないが、それこそ際限がない。支えてくれた妻と家族に感謝しつつ一旦ここでボーダーを引くことにしよう。
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参考図書: 
「現代アジアの肖像  リ−・クアンユ− 西洋とアジアのはざまで」 岩崎育夫[著] 岩波書店 1996年1月
「社会科学をひらく」 イマニュエル・ウォ−ラ−ステイン/ グルベンキアン委員会[著]山田鋭夫訳 藤原書店 1996年11月 (原題 Open the Social Science ・ Report of the Gulbekian Commision on the Restructuring of the Social Science, 1996)
「リーダーシップ入門」日経文庫 金井 寿宏 [著] 2005年3月
「サヨナラ、学校化社会」 上野 千鶴子[著] 太郎次郎社 2002年4月