【早稲田大学研究者紹介WEBマガジンとは】
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第36回08/2/15
三尾 忠男(Tadao Mio)
早稲田大学教育・総合科学学術院教授
教員と学生の「学び合い」の空間を作り、
よりよい授業を目指したファカルティ・ディベロップメントの潮流を
■「教えることの選択肢を広げる」ことが教育工学の目的の1つ
教育工学という学問をご存知でしょうか。私が教育工学と出会ったのは、大学生の頃です。物理の高校教師を志していましたが、学内にコンピュータを教育に生かす研究に取り組んでいるセンターがあって、「コンピュータゼミ」という学内に広く学生を募っていた勉強会にサークル活動のような感覚で参加したのが、きっかけでした。
当時(1980年代)世の中では、まだコンピュータが個人向けではなく、大変珍しいものでした。コンピュータを用いた教育支援のためのプログラミングを手伝ううちに、この分野の研究に興味を覚え、大学院修士課程まで進みました。院生時代には、一緒に学んでいる学校の教諭の方々と寮で酒を飲みながら、教育現場の問題についてよく語りました。
当時はパーソナルコンピュータの値段は1台100万円近くもして、学校にはようやくワープロ専用機が1校に1台入り始めたという時代でした。インターネットでなく、パソコン通信がようやく広がろうとしていました。学生時代は、このコンピュータゼミの先生の指導の下、教材作成用ソフトや教育用プログラム言語の開発、院生時代にはパソコン通信と電子ファイリングを連動した資料配信のデータベースの開発など、「教師教育」という領域での先進的な実践と研究を経験しました。
大学院を出た後、千葉県幕張にあるメディア教育開発センター(元放送教育開発センター)に助手の職を得て、12年間、高等教育でのメディア利用の基礎研究やファカルティ・ディベロップメント*の研修開発などに取り組んできました。
(*ファカルティ・ディベロップメント(FD):大学教員の教育者としての専門的能力の維持・改善を図るための組織的な研修や研究の取り組み)
教育工学は、教えることを対象とした実践的な学問です。ある時はたと気づいたのですが、私自身は非常勤講師の経験はありましたが、専任教員として教壇に立ったことがなかった。大学教員のメディア利用、ファカルティ・ディベロップメントや授業評価調査を推進するためには、実際の現場を経験せねばと思っていた時、本学に来る機会を得ました。
学生時代から本学に来るまでの約20年間のコンピュータをめぐる環境の進化は著しいものです。一方、私の専門としている教育工学が世の中に認知されてきたかというと、そうではないというのが実感です。
教育工学の目的をひとことで言えば、「教師が教えることの選択肢を広げるための手段、よりよく問題を解決する手段を提供する」ことです。教育工学は、教師教育や授業研究を従来からの基本的なテーマとしていますが、その研究のアプローチには大きく2つあると思います。1つは、手段としてのコンピュータやデジタル・メディアなどの工学的研究の側面です。もう1つは、教育の現場で起こっている問題を実践的に解決していくために工学をどう使っていくかという、教育的開発の側面です。
教育工学の歴史は、視聴覚教育の登場と歩を一にして始まり、コンピュータ利用、ネットワーク利用と、メディアの進歩とともに発展してきました。最近ではeラーニングがブームですが、こうした工学的な手段の取り組みに比べると、これらの教育を支える根本となる授業研究や授業開発といった実践的な問題解決への取り組みは、多くの人に注目されてきたとは必ずしも言えません。
この(2008年)4月から、すべての大学にファカルティ・ディベロップメントを組織的に実施することが、文部科学省によって義務づけられました。その目的は、大学の教育機能を高めることに、組織的に取り組んでいこうというものです。
■講義から授業へ。生徒から学生へ。今、必要な授業改革とは。
大学生の質はめまぐるしく変容しています。私個人は、学力低下という言葉でなく、「変容」と考えています。従来、大学教員はそういう変容にあまり関心を払ってこなかったし、大学側もそういう方針は特に取ってきませんでした。高校までの授業内容が昔とは大きく異なることに、もっと敏感である必要があるかもしれません。
学生の学ぶ姿勢も変わっているようです。例えば、最近、学生の出席率が高いのです。それがなぜかは、よく分からないのですが…(笑)。出席率が高いこと自体は歓迎すべきことですが、ただそこにいるという感じがしないでもないのです。
「宿題を出すなどして、勉強させてほしい」「授業に出席させるよう指導してほしい」という声があると聞いています。もちろん、授業を充実させ、予習や課題を適切に課すことは必要と思いますが、高校までの「生徒」とはちがい、何をどう学ぶかを自分で決めることができるのが大学です。「生徒」のままでいる学生が増えているのが最近の我が国の大学の状況だと感じます。
社会が求める大学像が変容するなか、大学教員も、こうした変容に対応していかねばなりません。教壇に立って一方的にしゃべる「講義」から、学生に学ばせる「授業」へと教える側がまず変わらなければいけないようです。そうしないと教育効果が上がらないなど、教員も手応えが感じられなくなり、せっかくの90分間がもったいないと思います。
私が心がけているのは、学生の変容を敏感に感じ取り、授業設計に常に微修正を加えていくことです。その点では初等教育も高等教育も違いはなくて、むしろ大学教育からすれば、小学校の先生に学ぶべきことはたくさんあるような気がします。彼らは一人ひとりの生徒をよく観察していますから。
これまでは、大学講義の工夫、改善は、基本的に教員一人ひとりの自助努力に任されてきました。しかし、今必要とされているのは、学科や専修などの組織単位で改善に取り組む仕組みです。すでにそのような仕組みを取り入れたファカルティ・ディベロップメントを実践している大学も増えていますが、その数は多くはありません。学生の4年間のカリキュラムを開発し、運営しているのは学科や専修です。教員が協力して社会や学生の変容を見通したカリキュラム開発に持続的に取り組んでいくことが重要です。
学生による授業評価調査にしても、「ベスト・ティーチャー」のように教員個人に対してのみスポットを当てることには疑問を感じます。学生が初めて接する学問の概論や基礎を扱うような授業は、演習などと比較してクラスサイズも大きく、一般に学生の満足度など印象評価は低くなってしまうのではないでしょうか。カリキュラム全体から見れば、そういう授業もあっていいと思います。
一方の学生は、4年間の学習プランを立て、教えられるのではなく学ぶという自立的な姿勢を身につける必要があります。学ぶ側も、「生徒」から「学生」へ変わってもらわなければなりません。そのために重要なことは、大学側が学生に対して、4年間のビジョンを自分できちんと立てられるよう支援することだと思います。
そのために、『導入教育』、『初年次教育』といった、学生としての学び方などを指導する試みが多くの大学で始まっています。私の所属する専修でも入学式当日に独自に実施しています。さらに、1年次前期と3年次の私の担当する必修の授業では、専修のカリキュラムの関係図を学生各自で考え作成することを課しています。大学としては、全学的な取り組みはもちろんですが、学科など個々の組織での取り組みを支援していく必要があります。
■学生が顔を上げて聞き入る「面白い」授業が、教員と学生の学び合いを生む
授業中、学生が90分間ずっとうつむいたままだと、学生の頭ばかり見えて、教室全体が黒っぽい印象も受けます。時々、学生が興味をもち、顔を上げると、教室が白くなります。これを字義通り「面白い」状態とでもいうのでしょうか。そうなるとお互いに良い時間の共有になり、学び合いが生まれます。「講義から授業へ」というのは、私自身の経験から生まれたキャッフチレーズでもあります。
私が授業で試みていることのひとつに、「大福帳」(皇学館大学 織田揮準教授考案;写真1参照)という学生とのコミュニケーションシートの活用があり、本学に着任時から使用しています。授業のたびに学生に「満足した」「満足していない」などの授業評価と、感想などのコメントを書き込んでもらい、それに対して私からもコメントを返す。いわば教師と学生との交換日記のようでもあり、出欠の記録にもなるものです。
学生が200人もいる授業だと大変な作業ですが、これをやっていると教員は学生個々の履修状況を把握できますし、なによりも学生がその日の授業で何が疑問に残り、何を新しい知識として受け止めているかがよくわかります。
ほかにも、マークシートによる授業アンケートを毎回、実施する授業もあります。その中で、ある時、学生の満足度がガクンと下がった回がありました。この時はパソコンが不調なため急遽、プリントと板書での授業になってしまったのです。自分がいかにメディアに依存しているかを自覚して愕然としました。
このように毎回の学生評価を実施している授業では、学期末の試験前に、その集計を学生に報告しています。各回の満足度がどうだったか、出席率がどうだったかを学生たちと一緒に振り返り、「●回目の授業は、詰め込み過ぎて、説明が速すぎたようだね」なんて反省もするわけです。
このマークシートと大福帳を比較してみると、大福帳の方が学生の満足度が高くなる傾向にあります。やはり、学生一人ひとりのコメントをきちんと読んでしかも一人ひとりにフィードバックしますから、学生もコメントを真剣に書き込んでくれます。もっとも、あまりにもびっしり書き込まれていると、「授業を聞いてなかったのか」とショックをうけることもあります(笑)。これは授業中に書き込むものですから…。
教職課程の科目で2年前から「マイクロ・ティーチング」という、教育工学では古典的な手法を取り入れた授業を開いています。1960年代に米国のスタンフォード大で開発された手法で、1チーム6名ほどで学生が教師役と生徒役に分かれ、10分ほどの授業を実施し、それを収録したビデオ映像を再生してチームで評価します。教師役は授業を修正して、2回目を実施し、その後、改善された点などを評価しあうものです。
この科目は、受講学生からの評判は非常に良いです。完璧な模範から学ぶより、長所も欠点もあって、失敗もする自分と同じレベルの授業を見ることは、学びの効果が高いようです。また、ビデオカメラを使って自分をみるような手法をビデオの「鏡的利用」とも言います。私たちには向上心がありますら、鏡に写して悪いところがあれば、直そうとするものなんですね。
来年度からは、このように収録していくビデオ映像のうち、許可の得られたものをiPod(アップル社製携帯用AV再生機器)でいつでもどこでも反復して見られるようにして、自分だけでなく後輩たちにも参考になるようにしたいと考えています(写真2)。
教員同士が互いの授業を評価する「ピアレビュー」も、もっとやられるべきだと思います。私は、同じ科目を別のクラスで担当している同僚との間でやっています。大学では、とかく他人の授業に口出しするのははばかられる空気がありますが、ピアレビューは自分の授業のマンネリ化や、同じ教材でも自分とは違う使い方を知ることができるなど、非常に刺激のある方法です。気恥ずかしさはありますが、一度は同業者(大学教員)の皆さんにもぜひ体験してもらいたいと思います。逆に体験しないともったいないと思うのです。
写真1 教員と学生とのコミュニケーションシート「大福帳」の例
写真2 iPodによるマイクロ・ティーチング映像の活用
■新設の教職大学院は、世代や立場を超えた「学び合い」の場を目指す
本学では、この4月から教職大学院を設置します。教職大学院は、プロの教師として必要な専門能力、具体的にはカリキュラム開発や生徒指導、学級経営などを学ぶための場です。学校での実習が多いのが特徴で、すべて本学と提携を結んだ連携校で行われる、現場重視・実践重視のカリキュラムとなります。
本学の教職研究科は、教員免許を持っている学部を出たばかりの学生から、現職の教師まで様々な教職キャリアの方が学びます。私は、ここでぜひ、マイクロ・ティーチングを用いた実践的な授業を行い、さらに単なる批判や批評で終わらず、授業を分析できる授業研究の力を育成したいと考えています。現職の教師からガツンと言われると、学部を出たばかりの学生にはいい勉強になるはずですし、その逆もまたしかり。世代を超えた良い学び合いの場になることを期待しています。
私も本学に来て、7年目を終えます。個人的には、今後は自分の授業評価調査や授業開発の取り組みを、まとめてみたいと考えています。これから大学教員を含む教師への道を目指す人々にとって、自己成長を追究する助けとなるような資料や方法論を、もっと開発していきたいと思っています。
こうした教育実践は、私以外にも日常的に行っている同僚は何人もいます。その工夫と成果を、すなわち、授業改善や授業研究の実践知、経験知を大学教員に限らず、小・中学校や高校の教員が広く共有し、よりよい教育実践を目指す潮流を加速していくことに貢献したいと願っています。このような私たち大学教員、学校の教師たちの意欲と活気が必ず学生にも伝わるものと信じています。
早稲田大学 大学院 教職研究科(教職大学院)ホームページ
http://www.waseda.jp/ted/index.html
■プロフィール
三尾 忠男(みお・ただお)
早稲田大学教育・総合科学学術院教授
1963年兵庫生まれ。専門は教育方法学、教育工学。修士(教育学)。京都教育大学特修理学科卒業。鳴門教育大学大学院で学校教育専攻を修了。文部省大学共同利用機関放送教育開発センター(後に、メディア教育開発センター)助手、同・助教授を経て2001年より早稲田大学教育学部助教授、2005年より現職。2003〜2007年まで、文部科学省「特色ある大学教員支援プログラム」テーマ別審査部委員を務める。主な編著書に『FD(ファカルティ・ディベロップメント)が大学教育を変える』(共編)、『授業評価活用ハンドブック』(高等教育シリーズ140、共著)、『教育メディア科学』(共著)など。