【早稲田大学研究者紹介WEBマガジンとは】
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アントニ

第33回07/10/15

アントニ・ローレンス(Laurence Anthony)

早稲田大学理工学術院准教授

日本の科学技術を世界に広めるには
テクニカル・コミュニケーション力の向上が不可欠

日本の科学技術の研究水準の高さに魅せられ、そのまま日本で暮らすことに

  私は根っからの理系人間で、7歳の頃にはすでに、宇宙物理学者になることを夢見ていました。それがなぜ今、日本で技術英語や、技術を分かりやすく的確に伝えるためのテクニカル・コミュニケーションを教えるようになったのか、自分でも不思議な力に押されてここまで来たような気がしています。

  中学・高校時代もずっと理系志望は変わらず、マンチェスター工科大学(現・マンチェスター大学)に進んで、数理物理学、理論物理学を学びました。ところが大学生になって初めて、科学が現実離れしていることに少し疑問を持つようになってきました。修士に進んでプラズマ物理を学ぼうかと考えて、担当の先生に相談をしていたら、ちょうど窓の外で夕日が沈んでいく美しい風景が見えたんです。その光こそ、まさにプラズマですよね。そのとき、自分はいったん学問の世界を離れて、現実を見てみるべきだと思いました。

  欧米の学生では珍しくないことですが、勉強をいったん休止して世界を旅して、それから次のステップを考えることにしました。ちょうど高校の時の化学の先生が、東京の大学に研究員として滞在することになったので、彼と一緒にまず日本に来ました。日本語はまったくできなかったんですが、とても不思議なことに、到着してほんの数時間で、違和感がまったくなくなっていて、まるでずっと前からここに住んでいたような、不思議な感覚に襲われました。結局、世界を回るはずだったのが、そのまま日本に住み着いてしまったんです(笑)。

  日本に留まったのには、他にも大きな理由がありました。一緒に来た化学の先生の関係で、日本の科学技術の研究現場に触れる機会が持てたのですが、その研究レベルの高さに、大変驚かされました。そして、これだけ素晴らしい研究が行われているのに、それが世界にまったく知られていないのはなぜだろうかと思いました。

  例えば、核融合エネルギーの研究は、世界的にはほとんど進展を見せていなかったのですが、日本では素晴らしい研究がされていました。しかしそれが、世界に届いていない。早稲田の物理にしても、ノーベル賞を取っても不思議でないようなレベルの高いものがたくさんあります。最大の問題は、知られていないということです。そこには大きく2つの問題、政治的な問題と、英語の問題があるのだろうと思います。学者が政治家をちゃんと説得できていない問題と、論文が世界の学界で広がっていない問題です。

  最初は少しの間、英会話教師をやったりもしましたが、長く働ける職に就きたいと思い、岡山理科大学に英語教員として就職しました。最初は一般教養の英語を教えていたのですが、理工系の先生方と話すうちに、これからは、技術英語、テクニカル・ライティングやテクニカル・コミュニケーションのための英語のプログラムが必要だねという議論をするようになり、新しいプログラムを開発する仕事に取り組むことができました。

  当時1990年代の半ば頃でしたが、日本ではまだそういうプログラムは、ほとんど教えられていませんでした。最近になってようやく、各大学が本格的に取り組みつつあるという状況ではないでしょうか。以来今日まで、英語によるテクニカル・コミュニケーションを教えることに、ずっと取り組んできました。


教育と研究の成果から、修士・博士論文を書き、様々な論文作成支援ツールを開発

  日本では、論文の書き方を教えるということも、体系的にはやられていません。学生は研究室のゼミに入って、何となく論文というものを目にするようになって、見よう見まねで書くという感じでしょう。海外では、論文の書き方の教科書は山のようにありますし、そのための基礎を教える講義もきちんとあります。

  論文を書くときには、論理的に構成し、論点をはっきりと主張することがとても重要です。論文の書き方の作法が欠けていると、論文を読んでも研究の価値が見えてきません。自分の研究の何が重要なのか、何を主張したいのかが見えてこない。学生に教えたり、研究者の方々の論文を添削したりしているうちに、この作法が欠けているために、日本の研究があまり広がらないということもあるのではないかと思いました。

  そんな状況を何とかしなければと思い、英語のテクニカル・ライティングのプログラムを開発し、そこにコーパス分析という手法を少しずつ取り入れてきました。すでにある論文のデータベースをコーパスと言い、これをコンピュータの自然言語処理や機械学習の手法を使って分析し、すでに使われているパターンから学ぶという手法が、コーパス分析です。

  このコーパス分析が、現在まで私の仕事の中心となっています。幸いなことに、この分野では研究と教育が一致しています。良い教え方を考えることが、良い研究につながるのです。そのため、日本で教員をしながら、英国のバーミンガム大学で修士号、博士号を取ることができました。修士論文では、情報科学系の論文のイントロダクションに対象を絞って、その中で論理的構成に用いられる定型的な表現、専門的に言うと「レキシカル・フレーズ」の分析を行いました。

  バーミンガム大学には、シンクレア教授という、コーパス分析では世界のトップレベルの研究者がいました。彼は、語彙と文法を別のものとして捉える従来の考え方を否定して、語彙と文法は一体のものだという新しい考え方を主張した人です。例えば、come fromとか、go toというのは、切り離せない塊であって、語彙も文法もそこには同時にある。こうしたフレーズを、レキシカル・フレーズと呼びます。

  科学技術の論文で、どのようなレキシカル・フレーズが、どのように論理構成をなしているかを研究したわけですが、最初はとても大変でした。当時はコンピュータの分析ソフトもありませんでしたから、論文を読みながら、赤鉛筆でチェックして、ワード数を数えて…という具合に、気が遠くなるような作業を繰り返したものです。

  こうした苦労の末に修士論文をまとめ、博士論文ではその成果をさらに進めて、実際に自動分析ソフトを開発しました。ソフトには、自分の姓のアントニから「AntMover」と名付けました。並行して、どの語とどの語が一緒に使われているか(コロケーション)を自動分析するソフト、「AntConc(アントコンク)」も開発し、どちらも無償のフリーウェアとして一般公開しています。

  「AntConc」は、論文データベースからコーパス分析するので、化学の論文と機械工学の論文との違いなどにも対応できます。「これは文法的には正しいけれども、宇宙物理学の論文ではあまり使われないよね」とか、そういう実際的な用語や用法を抽出することが可能です。

  そもそも科学技術の世界というのは、少し専門が違うだけで、用語や論文の書き方もまったく違ってきます。最近では、例えば医学と工学など、学際的な研究も多くなっていますから、1つの研究で色々な分野の学会に発表しなければなりません。そこでこういうソフトを活用して、良い論文をどんどん作っていこうというわけです。

  電子辞書やスペルチェッカー機能の登場で、昔に比べて英語の論文を書くのはずいぶん便利になりました。しかしこれらの道具だけでは、論理構成や正しい英語表現など、ライティングの本質的な問題解決の支援はできません。そこで開発したのが「AntMover」や「AntConc」なのです。

  「AntConc」(図1)は、これまでにすでに本学はもちろん、日本全国の大学、世界中の大学などから、毎月1万件近いダウンロードを数えています。1件のダウンロードで何人でも使用できますから、実際のユーザ数はちょっと想像できません。同じようなソフトはすでに世の中にありましたが、使い勝手があまりよくなかったのです。フリーウェアであること、研究者向けに開発してあること、インタフェースが使いやすく工夫してあること、マック、ウインドウズ、リナックスすべてに対応していることなどが、人気を得ている理由でしょう。

  この他にも、これまでに「AntVocabCheck」や「CASEC-G」(キャセック・ジー)といったソフトを開発してきました。「AntVocabCheck」は、使っている単語の難度を測定分析するソフトです(図2)。単語の専門性や難度のレベルが高すぎたら、読む人に理解されません。ほどほどのレベルの単語を使っていくことが重要です。例えば、小学校高学年向けの本に、中学生レベルのボキャブラリを使っていたらまずいでしょう。そういうチェックができるソフトです。

 「CASEC-G」は、コンピュータで英文を打つと、自動誤り分析と添削をしてくれます。和文英訳のチェックにも、英作文のチェックにも、どちらにも対応します。例えば、エッセイ・スコアリングという、TOEFLのエッセイなどを自動分析して評価するシステムの研究も進んでいますが、自動添削までできるソフトはまだ遅れています。「CASEC-G」はそこを先駆けたもので、企業との連携ですでに商品化しています*。

(*CASEC-Gを用いたパフォーマンステストは、株式会社教育測定研究所によって商品化されている。ウエブサイト http://g.casec.jp/


図1
図1 AntConc画面例


図2
図2 AntVocabCheck画面例

英語で学び、英語で考え、英語で表現する機会をもっと増やしていきたい

  テクニカル・コミュニケーションはとても幅広い分野で、レポートの書き方、プレゼンテーション、ウエブデザイン、マニュアル作成など、様々なものが入ります。専門の学会のサブテーマを見ても、研究開発マネジメントにおけるコミュニケーション、研究審査の方法、さらには安全・安心のコミュニケーションなどまで、ものすごいバリエーションです。

  ただ、どちらかというと文系の研究者が多くて、私のように理工系から入ってきた人は、あまり多くはないと思います。研究者としての私のこだわりは、特定の分野、特定の言語にしか使えないような研究成果には決して終わらせないことです。他の分野にも広げていける汎用性を持たせていくことが、研究のモットーです。

  これはもしかすると、私の理工系の性格もあるかもしれませんね。例えば、先ほどの「AntConc」にしても、英語だけではなく、日本語、中国語、韓国語、ポーランド語、デンマーク語…、ユニバーサルに対応できるソフトなのです。こういう汎用性を持ったソフトは、世界で他にないかもしれません。

  2004年に早稲田に来てから、技術英語の新しいプログラムを開発し、講義のバリエーションを増やしてきました。定着させるまでには時間がかかりますから、ここ数年は、まず学生のレベルの向上を確かなものにしながら、より良い成果を出していくことが大切です。

  教えるのは大好きです。私のテンションが高すぎるという声もときどき出ますが(笑)。学生はみんな、ものすごく真剣です。最近とても印象に残ったある学生は、コースの最初に比べて、一通り終えて再びプレゼンテーションをしたら、ものすごく素晴らしいものになっていて、本人も「ああ、自分にもできるんだ」と、とても感動していました。実際、これくらいの発表ができたら世界的に活躍できるというくらいの、高いレベルに届いていました。

  TOEICやTOEFLの受験勉強も大事ですが、コミュニケーションはそれだけじゃないんです。例えば、国際学会での論文発表の後のディナーなどで、外国人との何げない談話がとても大切です。日本人の学者は、みんな同じテーブルに固まっていて、全然会話に加わらないのですが、これは問題です。若い人はだいぶ変わってきているとは思いますが…。逆に言えば、コミュニケーションを学べば、自然とTOEIC、TOEFLの点数も上がってきます。

  次のステップは、英語での専門講義を増やしていくことでしょう。そもそも、翻訳で英語論文の作成を解決していくには限界があります。グローバルに活躍するには、英語で学び、英語で考え、英語で表現していく機会をもっと増やしていくことが理想です。

  早稲田は125周年に向けて、「グローカライゼーション」をキーワードに掲げています。理工系の先生方の中でも、もっとグローバルに活躍していかなければいけないという意識が高まってきていることを強く感じています。これを追い風に、早稲田の研究をもっともっと世界へ知ってもらえればと願っています。


(インタビュー・構成/田柳恵美子)
アントニ

■プロフィール

アントニ・ローレンス(Laurence Anthony)

早稲田大学理工学術院准教授

1970年英国生まれ。マンチェスター工科大学(現・マンチェスター大学)数理物理学専攻卒業後、来日。1993年から岡山理科大学で専任講師を務める。2004年より早稲田大学にて現職。英国バーミンガム大学にて1997年に修士号(英語教授法 TEFL/TESL)、2002年に博士号(応用言語学)取得。2005年、共同研究プロジェクト「備前焼模様“緋襷”の微細構造と生成過程」で第8回ロレアル色の科学と芸術賞金賞受賞。