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清水

第24回06/11/15

清水 孝(Takashi Shimizu)

早稲田大学商学学術院教授(大学院会計研究科)

「管理会計」——会計の視点から
戦略マネジメントを追求する

「管理会計」は、管理のための会計ではなく、経営のための会計である

 私の専門である「管理会計」というのは、経営全般の問題に関連のある、学際的でとても幅の広い学問です。英語でいうと「Management Accounting」または「Managerial Accounting」ですが、「管理」というよりは「経営」に直結したものです。

 企業では、他社の事業を買収するといったトップレベルの意思決定から、今月の売上予算の編成など現場のマネジャーレベルの意思決定まで、大小あらゆるレベルの意思決定が日々行われています。意思決定には様々な情報が必要になりますが、その1つに会計情報があります。平たくいえば管理会計とは、こうした意思決定において、会計情報を役立てていくこと、また意思決定が実践され成果を挙げたかどうかをチェックし評価する方法論を確立していくことを目指した領域です。

 一般的に「会計」というと、電卓を叩いてお金の出し入れを計算するとか簿記といったことをイメージされると思いますが、管理会計というのは、いわゆるテクニカルなものとはまったく違うものです。もちろん簿記のテクニックや財務会計が分からなければ話にならないのですが、それを作成する実務にはタッチしません。むしろ電卓を叩く代わりに、経営戦略論に関連した議論をしているような領域なのです。

 戦略論は管理会計のメインではありませんが、企業の戦略を理解して、それを全社の意思決定や実行につなげていけるかを考えることは重要な使命です。戦略は立てることよりも、実践することの方がはるかに難しいのです。米国のビジネス誌『Forbes』によれば、戦略は立てられたもののうち10%も成功していないという数字が出ています。

 どうしたらこの成功率を少しでも上げられるのか、どうしたらより効率的に成功に導けるのかについて、もっと考えられなければなりません。素晴らしい戦略があるのなら、それを素晴らしい成果につなげていかなければ意味がありません。私も戦略論から管理会計にブリッジをかけるアプローチを「戦略マネジメント」と呼んで、積極的に研究しています。(図1、図2参照)

 私は、学部のゼミのときから、ずっと管理会計を専門にしてきました。財務会計は証券取引法や商法の下に正しい計算・開示が求められる、きわめて法律的な学問領域です。それに対して、管理会計はとても経営的な領域です。ゼミを選ぶにあたって、どうも自分は法律的な領域より、経営的な領域の方が向いているのではないかと思って管理会計を選びました。

 早稲田の会計学といえば、きら星のごとく著名な先生がおられて、当時その中では まだ若手だった西澤脩先生のゼミに入りました。西澤先生はこの分野のホープで、当時で60冊、現在までに110冊を超える著書・訳書などを出されています。今振り返れば、西澤ゼミを選んだのは非常に正しい意思決定で、今の自分にとってすべてがプラスになることばかりでした。

 「管理会計とは実務の“蒸留”である」というのが、西澤先生の持論でした。管理会計は実務密着型のフィールドであり、実務でやっていることの普遍化こそが、我々の学問だと主張されていました。私も企業へ伺ってお話を聞いたり、実態調査を行ったり、フィールドスタディをたくさんやってきました。たぶん、フィールドに出かけている割合は、恩師である西澤先生以上に多いのではないかと思います。


図1
図1 管理会計の領域 

図2
図2 戦略マネジメント・システムの体系 

戦略を可視化し、長期的な経営改革を目指すツール、「バランスト・スコアカード」

 戦略と管理会計を結びつけて経営改革を進める上でとても効果的なツールに、「バランスト・スコアカード」があります。バランスト・スコアカードは、1992年に『ハーバードビジネスレビュー』誌で紹介された、比較的新しいツールです。私は、これは直観的にいいツールだと思って、ずっと研究を続けています。アメリカで4冊のシリーズ本が出ましたが、その2冊目と3冊目には、日本語版の翻訳メンバーとしても携わりました。

 バランスト・スコアカードは、そのロジックが興味深いのです。良き企業経営のベースとして、投資家や顧客からの評価、企業内の業務プロセスさらには従業員の学習と成長、会社の風土などを重視します。競合他社に勝っていけるような会社にするために、3年、4年かけて何を達成していくべきか、そのストーリー性溢れるロジックがとてもおもしろいのです。すべての視点が関連し合っていて、そのどれが欠けてもいけないのです。

 バランスト・スコアカードは、コミュニケーションツールでもあります。会社の中でトップが何を考えているのかが、実はそんなに明確に共有されていないという問題があります。バランスト・スコアカードは「戦略の可視化」を可能にするツールです。これにより会社の将来方針への理解が促進され、個々の従業員が戦略と実践を明確に結びつけて、具体的に何を行っていくべきなのかがわかるようになります。

  管理会計やバランスト・スコアカードについて、日本の企業は「アメリカ流のやり方だから日本の企業にすぐに導入できるとは限らない」などと思っているかもしれません。しかしそれは大きな間違いです。というのも、例えばバランスト・スコアカードというのは、まったくもってアメリカ的ではない、むしろ日本が得意としてきた経営手法を取り入れたツールだからです。

 かつてアメリカの企業経営は目先の利益を追求する短期主義、日本の企業経営は長い目で見て経営を考える長期主義といわれてきました。しかしこの10年、20年に、アメリカの企業は日本の企業経営の良いところを猛然とキャッチアップしてきました。その一方、日本の企業経営も、かつての株式の持ち合い構造から脱して経営の透明性を高める方向へ、つまり投資家の信頼を得るために、短期の利益追求をはっきりさせることが求められています。

 バランスト・スコアカードは、企業は目に見える売上や利益だけに捕らわれてはならない、それを上げていくには、顧客の満足や投資家の評価、従業員の能力といったものを、長い目でしっかり高めていく努力が必要だという、はっきりした理念にもとづいています。欧米型だけではなくて、日本型の企業経営の良いところも併せもった、非常に斬新なツールなのです。

 欧米の企業では財務会計の担当者とは別に、管理会計の専門職が必ず存在します。「コントローラ」という職名で、本部や各事業部門に配置されています。欧米では財務会計の担当者ではなく、管理会計の担当者がCFO(Chief Financial Officer)になるケースが多いのです。バランスト・スコアカードの導入や作成も、コントローラの方々が主導することが多いようです。

 これに対して日本の企業では、管理会計はまだ明確な職能として確立していません。なんとなく暗黙のうちに誰かがやっている。経営企画部や社長室、各事業部門の経理の人間などの中で、おのずと向いている人が似たようなことをやっている。そんな状況で、組織としてしっかりとした管理会計を行っている企業はそう多くはないと思います。

 確かに20年前に比べれば、日本の企業でも管理会計の重要性は、はるかに強く認識されるようになってきました。その背景には、外資系の企業がたくさん入ってこられ、これらの企業では管理会計が非常に重視されていること、ビジネススクールで管理会計をみっちり学んだ方がトップに立たれているという状況に影響を受けてきたということもあると思います。

 しかし、日本企業の対応にはまだまだ不満を感じます。ことあるごとに企業の方々に、「きちっとした管理会計の担当部署なり担当者を置かずして、長期的な経営の改善はなしえません」と申し上げているのですが、日本企業の反応は今ひとつはっきりしない。「管理会計?結局、予算だろ」といわれてしまう。予算はあくまでツールであって、「戦略」をいかに遂行するか、予定通り遂行されているかをどのように評価するかが重要なのだと一生懸命主張しています。

 それで最近はかなり思い切って、「予算なんてくだらないものはもうやめてしまったらどうか」という研究をやっています。予算というのは、その編成に時間はかかる上に、できたとたんに陳腐化しているという、きわめてやっかいな代物なのです。各現場と本部の間で、お互いにとって都合のいい主張を言い合って、何ヵ月もかけて予算の取り合いの駆け引きが行われる。結局、どこの部署も売上高予算は低く見積もって、経費予算はたくさんほしい。これはよく考えたら、企業経営が向かうべき方向ではありません。

 無駄な労力をかけて意味のない予算を立てるくらいなら、予算なんて作らずに、いわゆる「ストレッチな(非常に高い)ターゲット」の達成に向けて、本当にやるべきことのために臨機応変に予算を振り向けていける、機動的に動ける組織を作った方がずっといい。そういうやり方で成功している企業は少数ではありますが、広い世界には存在しているのです。


国際的な舞台で活躍できる会計スペシャリストの育成へ

 経営の問題点を解決するにあたっては、いったん現状を批判してみる必要があります。思い切った意見を経営の現場にぶつけ、徹底的に議論を重ねる中で、ふっと実践的な解決策が見えてくるときがあります。その瞬間が、「この仕事をやっていてよかった」と思うときです。自分のやっていることが、いくばくでも社会のためになっていると感じられる瞬間です。

 今後は海外に向けて、日本の先進事例をもっと発信していきたい。海外からの関心は非常に高いのに、日本の会社がやっている素晴らしい事例が知られる機会がなかなかないのです。私が海外でトヨタ、ソニーなどの取り組みの事例を紹介すると、「もっと日本の話を知りたい」と熱心にいわれます。

 日本の大学における会計学の御三家は、一橋、神戸、早稲田といわれます。この3校のうち、会計大学院を持っているのは本学だけです。開設して1年半が経ちましたが、先駆者としてしっかりした実績を築いていきたいと思っています。会計のスペシャリストといえる企業内職業人を育てるのが本旨ですが、今のところはどうしても、公認会計士試験の受験希望者の受け入れが多い状況です。

 そこで来年4月から、企業人向けの「高度会計専門コース」という1年間コースを別途設置することになりました。こちらは完全に、企業内の専門職の育成が目的です。この新しいコースに力を入れながら、会計大学院を企業内の会計専門職と公認会計士の養成についてバランスとのとれたものにしていきたいと考えています。

 さらには、ハワイ大学のアカウンティングスクールとの連携で、本学の大学院で修士号を目指しつつ、同時にハワイ大学の修士号もインターネット中心の履修で取れるというコースも始まります。ハワイ大学のビジネススクールは、インターナショナルビジネスの領域では全米トップ20に入っており、アメリカでの信頼性は非常に高い。国際的なビジネスで活躍していきたい人にとって、これは大きなメリットがあります。その他、ヨーロッパのビジネススクールとの提携の話も進んでいます。英語教育の拡充化も進めており、ここ数年で国際化の方向へ突っ走り、国際的に活躍できる人材を育てていきたいと考えています。(図3参照)

 私は今、会計大学院で教務主任を担当しています。この立場になってみて、自分の研究をそのまま大学経営の実務に使えることのおもしろさを感じています。実際、大学院のバランストスコアカードも創ってしまいました。研究科には実務家肌の先生がとても多いので、ビジネスライクな議論を重ねて、建設的なマネジメントができています。しんどいですが、楽しみながらやっています。


図3
図3 早稲田大学大学院会計研究科
http://www.waseda.jp/accounting/curriculum/course2007.html
(インタビュー・構成/田柳恵美子)
清水 孝

■プロフィール

清水 孝(しみず・たかし)

早稲田大学商学学術院教授(大学院会計研究科)

1982年早稲田大学商学部卒業。1991年早稲田大学大学院商学研究科博士後期課程単位取得満期退学。2000年博士(商学)。朝日大学経営学部助教授などを経て、2005年より現職。2002-2003年カリフォルニア大学バークレー校客員研究員。著書に『戦略管理会計』、『上級原価計算』、共著『バランスト・スコアカード 理論と導入』、『入門原価計算』編著『戦略マネジメント・システム』、訳書に『業績評価の理論と実務』他。