【早稲田大学研究者紹介WEBマガジンとは】
本大学で活躍する研究者の先端的で魅力あふれる研究を、毎月15日(原則)皆様にご紹介いたします。
大学の内と外が研究へのニーズや関心で繋がり、社会のあらゆる場面で「知の共創」を実現したいと願っています。

亀山 渉(Wataru Kameyama)

第10回05/06/15

亀山 渉(Wataru Kameyama)

早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授

本格的な通信と放送の融合による
「コンテンツ流通社会」の未来が見えてきた

MPEGを中心とする標準化の取り組みも、上流から下流へとシフトしている

 私の専門は大きくは情報通信ですが、もともとのバックグラウンドは、メディアの符号化や圧縮、情報の構造化などです。なかでもMPEG(エムペグ)という情報圧縮の標準化技術のプロジェクトには、産学の両方の立場で、ずいぶんと長い間かかわってきました。MPEG-2は、最初から最後まで、MPEG-4 とMPEG7-も、それぞれ半分くらいずつ携わりました。

 MPEG という言葉を聞いたことのある方なら、「それはテレビや映画などの大容量の情報を圧縮して、インターネットなどで高速にその情報をやりとりして、自宅ですぐに見られるようにする技術でしょう」とおっしゃるかもしれません。確かにその通りです。しかし、MPEGはすでに、通信と放送のそれぞれのデジタル・コンテンツの情報圧縮に共通の符号化技術を提供するという役割を果たして、次の新しい段階へ進んでいます。

  MPEGを始めとする様々な標準化団体の現在のターゲットは、より下流のアプリケーションやサービスに関連した技術の規格化へとシフトしています。例えば、来るべき通信と放送の融合の時代と本格的なコンテンツ流通社会の到来に向け、「メタデータ」の規格化と利用、及び権利処理方式等が、主要な話し合いのテーマになってきています。メタデータとは、例えば、デジタル・コンテンツの所有権情報や、より高度なコンテンツ検索を可能にするための副次的な情報のことです。

 このように、近未来のコンテンツ流通社会の問題へと議論が発展しているのも、映画などの大容量コンテンツの情報が手軽に扱えるようになったからこそです。それを可能にしたのが、まさしく10年以上前に世界中の英知が集まって規格化された、MPEGに代表されるような素晴らしい情報圧縮方式なのです。MPEG の歴史は、情報通信社会の発展に間違いなく貢献しており、もしこの技術基盤ができていなければ、コンテンツ流通はいまだ議論にもなっていないでしょう。

 今、ようやく、サービスやアプリケーションのレベルでの通信と放送の融合について、5年から10年先の実現を見通した、新たなインフラへの取り組みが進んでいます。どうしたらこの融合が早く進むのか、ユーザにとって良い方向へ行くのか、ここはもちろん工学だけでは解決しません。社会学や経済学の領域をも巻き込んで考えていく必要があります。

 こうした流れに伴って、私の研究も現在はさらに発展して、サービスとかアプリケーションをどう利用するか、どう統合するかといった、まさにユーザに直結したところへ移ってきています。工学=エンジニアリングは、やはり人に使ってもらえること、役に立つことを創り出してこそ、意味があると思っており、自分としても非常に興味深く取り組んでいます。

 通信と放送の融合については、もう何年も前から議論されていますが、その進展度合については、どのレベルで見るかによって全く見解が違ってきます。例えば、音声や映像の情報は、すでにインターネット上でもデジタル放送でも、同じ符号化方式や伝送方式で送られています。技術的なレベルでみれば、通信と放送の融合はなされているといっても過言ではありません。

 ところがユーザの側からは、まだ通信と放送の融合が進んでいるようには感じられません。サービスやアプリケーションのレベルでの統合がまったく進んでいないからです。例えば、パソコンやテレビ、携帯電話を使いながら、どれかボタン1つで、通信から放送へ、また放送から通信へと、シームレスに行き来するなどということは、まだできていません。やはりユーザから見てそう感じられなければ、通信と放送の融合がなされているとはいえないでしょう。

 20 世紀の終わりから21世紀の始めにかけて、放送のデジタル化に伴って、通信と放送の融合について世界的に大きな議論がありました。しかし、結局、日本の放送業界はデジタル化にあたって、コンテンツのアプリケーションのレベルでは、インターネットとはまったく互換性のない方式を採用しました。デジタル放送もマルチメディア的な仕掛けのある番組を配信したりもしていますが、その方式は、インターネットとは似て非なるものです。

サーバ型放送への移行で、視聴スタイルが変わり、ビジネスモデルが変わる

 通信と放送の融合における最大の問題の一つは、通信の業態と放送の業態がまったく違うという点にあります。放送業界のビジネスモデルというのは、NHKを除けば、スポンサ企業からの広告収入で成り立っています。だから、自分のところでサービスを作り、自分のところのコンテンツをずっと見続けていてくれないと困るわけです。視聴者を自分たちのサイトに囲い込む必要があるわけです。民間テレビ放送の歴史は今年で52年目になりますが、このビジネスモデルは、今日までまったく同じで何も変わっていません。

 これに対して、通信業界のビジネスモデルはまったく違います。学生に説明するときによく使うのが、NTTドコモの例です。NTTドコモがここまで発展してきた背景には、iモードを立ち上げる時に、自分たちのオフィシャルサイトだけにサービス・プロバイダを囲い込むのではなくて、誰でも勝手にiモード向けのコンテンツを作ることができて、利用者はそれらを自由に見られるというオープンなビジネスモデルを取り入れたことがあります。この戦略によって、iモードのアクセス数を膨大に増やすことに成功しました。

 NTT ドコモにしてみれば、誰かが勝手に作ってくれたコンテンツのおかげで、放っておいても通信料収入が増えるわけです。彼らのビジネスモデルは、通信回線をより長く、より頻繁に使ってもらえばもらうほど収益が増える構造になっており、コンテンツを囲い込んでサービスを独占する必要はまったくありません。これが通信業界の基本的なビジネスモデルです。

 こうしたビジネスモデルの違いが、これまで両者のサービスの融合を阻んできました。例えば、放送のビジネスモデルに通信のビジネスモデルが入り込んできて、視聴者がある番組を見ている途中で「関連サイト」や「お勧めサイト」のハイパーリンクが出てきて、視聴者に別のサイトへ飛んでいかれたら、放送のビジネスモデルは根底から崩れてしまいます。両者のビジネスモデルがあまりにも違うので、ビジネスを統合しようとすると、そこに軋轢が生じるわけです。この軋轢が典型的に表れたのが、今回のライブドアとフジテレビの一件でしょう。

 ところが、この放送のビジネスモデルは、根本から変わらざるを得ないところにきています。すでに百時間、二百時間を録画できるようなハードディスクレコーダ付きのDVDプレイヤーが入手できるようになっており、オンタイムでテレビを見る必要がなくなっています。視聴者はあらかじめ興味のある番組をチェックして、ざっくりと録画しておいて、後からゆっくり見ることができます。ハードディスクの値段は急速に安くなっていますから、来年か再来年には、まるまる 10局分の番組を、一週間分まるごと収録できるような大容量ハードディスクが、一般家庭にも普及するようになるでしょう。

 このように、受信した番組をいったんパーソナル・デジタル・レコーダ(PDR)に落として、「好きなときに、好きな番組を、好きなだけ見る」という新しい視聴のスタイルは、「サーバ型放送」とか、「TV-Anytimeシステム」などと呼ばれます。私が副議長を務めているTV-Anytime Forumという任意の国際標準化団体がありますが、ここが推進しているサーバ型放送の標準化規格は、すでに日本の規格としても採用されています。日本では2006年頃から、順次この方式を導入する放送局が表れてくることになるでしょう。

 このような方式が定着すれば、家庭用のサーバのボックスが通信と放送の共通の受け皿になりますから、ユーザから見たときには、それがインターネットのコンテンツなのかテレビのコンテンツなのかの区別もつかなくなります。サーバ型放送への移行によって、通信と放送の融合がいよいよ果たされるわけです。

 サーバ型放送が本格的に始まると、従来のコマーシャルというのはまったく無意味になってしまいます。視聴者がコマーシャルをスキップして見るということだけではなく、コマーシャルをオンタイムで見なくなるということが、現在のビジネスモデルに大きな影響を与えることになります。「夜9時のこの帯は、視聴率 ×%は確実ですから、ぜひここにコマーシャルを出してください」という、これまでの放送局の広告営業のモデルがまったく無意味になってしまうのです。視聴率に応じたコマーシャル料金の体系も崩れてしまいます。大手の民放各社には、この方式には乗ることに大きな抵抗があるようですが、このサーバ型放送への移行は、すでに世界的な潮流となっており、日本だけが抵抗しつづけることは難しいでしょう。

 米国では、一部ですが、すでに商用サービスを始めているところがあり、かなりの成功を収めています。まだまだ視聴者の絶対数はそれほど多くないのですが、顧客満足度がものすごく高い。一度入るとそのサービスを止めない人が多く、契約継続率が90数%と非常に高いのです。これまでのペイ・テレビでは、キャンペーンをやって人が大勢集まっても、終わるとみんな脱けていってしまうので、契約者数はほぼ横ばいでした。しかし、サーバ型放送のビジネスモデルには、喜んで放送局にお金を払い、長期的に契約してくれる顧客をたくさん掴める可能性があります。英国のBBCなどは、長い歴史の中で積み上げてきた質の高いコンテンツを大量に持っています。そうした資産を再活用し、多くの人に見てもらえるチャネルとして、積極的にこの方式を活用していきたいと考えているようです。

工学と法、そしてビジネスを融合した先駆的な研究で、実社会に運用できるシステムを提案していく

 こうした新しいサービスの普及を前提として、最初に述べたように、いわゆる「メタデータ」に関係した様々な開発作業が着々と進行しています。メタデータは、大きく3種類に分けて考えることができます。1つは、コンテンツそのものの副次的内容を示すメタデータ--例えばタイトル、登場人物、カテゴリなど、より高度な情報検索のためのデータです。2つめは、コンテンツの権利関係のメタデータ--そのコンテンツはいくらで、誰にお金を支払うのかといったデータです。3つめは、ユーザ側の嗜好の傾向を示すデータです。

 1つめの情報検索のためのメタデータは、「どうしたら本当に欲しい情報が手に入るのか」ということに関わるテーマで、いわば情報処理の究極の課題の一つといえます。ここが進展すれば、コンテンツ流通の可能性がさらに大きく広がっていくことになるでしょう。

 2つめの所有権の明示や課金システムのためのメタデータについても、現状の一方的に流れるコンテンツ流通、いわゆる一次流通のためのシステムではなくて、将来の新しいコンテンツ流通の方式に対応するものが必要です。将来的には、受け手がさらに一次情報を編集加工して、市場に向けて二次流通、三次流通させるといった、新しいビジネスモデルが登場してくるでしょう。そうしたこれまでにない新しい「コンテンツ流通社会」に向けて、新しい権利関係と課金の仕組みを組み込んだインフラを整えていく必要があります。

 3つめのメタデータは、コンテンツとユーザのパーソナル情報を先ほどのサーバ上で連動させることによって、コンテンツをより知的にカスタマイズすることを可能にするものです。ユーザはあたかも「自分だけに編集されたマイ・チャンネル」を見ているかのように、番組を楽しむことができるようになるわけです。

 この他にも、協調作業支援システム、アドホック・ネットワーク、ハイパー・メディア・システムなどの研究を行っていますが、根っこはすべて「コンテンツ流通社会」の実現という目的で繋がっています。協調作業支援システムはコンテンツの共同制作作業の支援、アドホック・ネットワークはいつでもどこでもユーザが情報にアクセスするためのネットワークのインフラ、ハイパー・メディア・システムは情報と情報とを新しい方式で関係づけることで高度な検索システムを作ろうという研究です。

 これらの研究に、大学院国際情報通信研究科の学生たちと一緒に取り組んでいます。すべての学生には、なんらかの形で委託研究、あるいは共同研究のプロジェクトに参加してもらっています。そもそも、国際情報通信研究科の設立の理念として、企業との共同研究や委託研究の中で修士論文を書くということが積極的に推奨されています。ですから、「こういうのがあるから、ぜひ一緒にやろう」と、学生たちに声をかけています。

 国際情報通信研究科には大学院の学生しかいませんので、学生一人一人にどういう研究テーマに取り組んでもらうかというところが非常に重要です。本研究科は、2000年4月に開校して、今6年目に入ったところです。私は研究者としては、民間での経験を合わせて15年ほどの経験がありますが、教育にはここの創設時から初めて取り組みました。

 最近ようやく分かってきたような気がしますが、大学院生あるいは学部3・4年生の教育というのは、知識や技術を教えるということよりも、むしろその学生にとって良い環境をいかに整えてあげるか、いかに彼らの背中を押してあげるかということが重要ではないかということです。そのような意味で、おこがましく「教育」などと構えて言うこともないのかなと考えています。

 現在、新たなコンテンツ流通社会の到来に向けて、工学だけでなく、法律、ビジネスモデルの研究と一体となった新しいプロジェクト研究所の立ち上げを構想中です。米国のMITやスタンフォードでは、すでにこうしプロジェクトに積極的に取り組んでいるのですが、日本ではまだ遅れています。特に、スタンフォード大学は、サイバー法の権威として知られる法律学者のローレンス・レッシグ教授が中心となって、法と工学を結びつけた研究センターを立ち上げ、活発に活動しています。

 やはり、実社会に運用していけるシステムを世の中に提案していくには、工学と法、そしてビジネスが結びついた研究が必要です。近いうちに、コンテンツ流通社会の課題と真っ向から取り組む、新しい学際領域、異分野融合領域を先駆けるプロジェクトを、早稲田から発信していきたいと思っています。

 
 
(インタビュー・構成/田柳恵美子)
亀山 渉(Wataru Kameyama)

■プロフィール

亀山 渉 (かめやま・わたる)

早稲田大学大学院国際情報通信研究科教授

1992年、(株)アスキーに入社、(株)ジー・シー・テクノロジー、(株)グラフィックス・コミュニケーション・ラボラトリーズ、(株)アスキー未来研究所、フランステレコムCCETT研究所に出向し、デジタル・ビデオの符号化方式、ビデオ・オンデマンド・システム、マルチメディア表現方式の研究開発に従事。1998年 (株)メディアグルー取締役、1999年 早稲田大学国際情報通信研究センター助教授、2002年 より現職。ISO/IEC 13522-1およびISO/IEC 13522-8のエディタ、ISO/IEC JTC1/SC29/WG12議長を歴任し、2001年よりTV-Anytimeフォーラム副議長を務める。主な著書に「ディジタル放送教科書 上下 (共著)」「情報圧縮技術 (共著)」「ブロードバンド+モバイルMPEG教科書 (共著)」「インターネット教科書 (共著)」「最新MPEG教科書 (共著)」等。