失われた公演

コロナウイルスが私たちに教えたもの

福島明夫(青年劇場、日本劇団協議会専務理事)

2020年2月に突然出された首相の「イベント自粛要請」は、主として大型イベントを対象としたものだったが、それでも国立劇場や東京芸術劇場などの公共劇場や東宝、松竹の商業劇場が2月29日からの公演を中止とした。そのことにいち早く反応したのが、野田秀樹氏だった。NODAMAPホームページに3月1日付で「劇場閉鎖は演劇の死を意味しかねない」と一連の公演自粛に対する見直しを要望。演劇公演は観客がいて初めて成立する芸術であるのだから、劇場公演の中止は、考えうる限りの手を尽くした上での、最後の最後の苦渋の決断であるべきです、と。これに対し「演劇だけを特別視している」との意見がネット上で出回り、「炎上」という見出しさえ付けられた。この流れは3月期こそ感染防止対策をとっての公演が細々と行われていたものの、4月からの緊急事態宣言の発出によってほとんどの公演が中止、延期となった時期にも続いた。それは生計の手立てを奪われた演劇人、舞台芸術家、スタッフに対する支援策を求める声に対して向けられたのだ。平田オリザ氏や鴻上尚史氏などの発言がターゲットとなり、「不要不急」とか「好きなことをやっている人間に税金を使うことはない」など、ネット上のみならずテレビのバラエティ番組で言われたりもした。これらは演劇人に「演劇に対する社会的評価の低さ」として衝撃を与えることにもなった。

ただそのことが演劇人自身による支援策の拡大を求める運動を止めることにはつながらなかった。むしろ、そうであったからこそ演劇の果たしている社会的役割、その存在意義について積極的に語っていくという運動が広がっていったとも言える。そのことで活動継続を迷う若い演劇人を激励し、希望を与えたいという情熱がそこにあったからだ。

「芸術文化に支援を、文化芸術復興基金を創設しよう」という呼びかけによって、5月に入ってライブハウスの「Save Our Space」、ミニシアターの「Save the cinema」の運動と合流。「We Need Culture」という標語のもとに、21、22日の国会議員会館での省庁要請行動と記者会見、さらにネット番組でのリレートークやシンポジウムを実施した。議員会館には国会議員が30名以上出席、記者会見にも50名規模があつまり、ネット番組には渡辺えりさんや小泉今日子さんが出演したことで、当日以降のメディア媒体などに大きく取り扱われる結果となった。演劇のみならず、音楽、映画というお隣のジャンルと共同行動を行うことで、文化の価値、そして日本文化の現状そのものを問い直す運動になり、結果として当初生まれたアンチの世論の流れを変えたのではないかと思う。

これらの運動もあって文化庁は第2次補正予算で約500億円の継続支援事業を組む結果を生んだ。残念ながら給付金ではなく助成金であったことから、なかなか当事者に届かないという状況も生まれたが、それでも他の支援策と合わせ、特にフリーランスの実演家にとっての支えとなったことは確かだ。また、これはこれまでなかなか一堂に会することの少なかった演劇界で、劇団協議会、演出者協会、劇作家協会を始めとする33の演劇関連団体が集まった「演劇緊急支援プロジェクト」、あるいは野田秀樹さんの呼びかけで商業劇場も含めて作られた「緊急事態舞台芸術ネットワーク」という場が作られ、ともに行動することで行政、政治を動かしたという経験を作る結果になった。またこの運動が広がる中でドイツの文化大臣の「文化芸術は生命維持装置」という言葉が紹介されたことも、芸術文化の社会的役割をより明確にしたとも言える。特に昨今「稼ぐ文化」が言われ、支援の即効性、投資価値が問われる傾向が強かっただけに、その時空を越えた価値の創出という視点は、「芸術作品を愉しむことが生きる喜びの大切な要素である」ということをより明確にしたのだ。

とはいえ7、8月期の感染拡大によって、秋の公演中止、延期も相次いている。9月半ばにようやく政府としての屋内イベント50%規制は外されたが、会館、劇場ごとの判断で独自規制はまだまだ続く模様で、チケット収入で支えられない状態が続いている。これを配信収入で支えるという方向性も文化庁などから出されているが、演劇と映像作品が芸術ジャンルとして異なるのは自明の理。さらに言えば、感染拡大の波がいつ襲ってくるのかがわからない。観客の安心安全に加えて、稽古場も含めて出演者、スタッフの安全をどう図れば良いのか。PCRなどの検査を毎日やればよいのか。これも陽性反応が出れば即公演中止とせざるを得ない。それでも公演に漕ぎつけようという経済的にはあり得ない追求が続いているのだ。それを支えているのは「芸術文化を絶やしてはならない」という演劇人の決意としか言えない。この営みを支える社会であって欲しいと思う。

2020年10月1日

公益社団法人 日本劇団協議会
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