名古屋外国語大学・大学院教授
早稲田大学総合政策科学研究所研究員
高瀬淳一
2010年6月11日,菅直人首相は就任後初の国会演説となる「所信表明演説」をおこなった。本稿では,この菅首相の所信表明演説のレトリック上の特徴を指摘し,その政治コミュニケーション上の特徴について検討する。
特徴その1 キャッチフレーズの変化
まず,全体構成を表す言葉に注目しながら,菅首相の所信表明演説を鳩山前首相の就任直後の所信表明演説と比べてみよう。
2009年10月26日に行われた鳩山前首相の所信表明演説は,次のような構成になっていた(括弧内は小見出し)。
一 はじめに
(戦後行政の大掃除)
二 いのちを守り国民生活を第一とした政治
(友愛政治の原点)
(国民のいのちと生活を守る政治)
三 「居場所と出番」のある社会、「支え合って生きていく日本」
(人の笑顔がわが歓び)
(地域の「絆」)
(「新しい公共」)
四 人間のための経済へ
(経済・雇用危機の克服と安定した経済成長)
(「地域主権」改革の断行)
五 「架け橋」としての日本
六 むすび
鳩山演説の見出し語には,具体的内容よりも,むしろ聞こえのよさを優先して選択された言葉が多く用いられている。見出し語以外にも,この演説には「居場所と出番のある社会」,「友好と連帯の実りの海」,「無血の平成維新」といったイメージ化されたフレーズが多用されている。こうした情緒的なフレーズの利用は,明らかに鳩山演説を特徴づけている。
一方,菅首相の演説では,こうした情緒的フレーズはほとんど使われていない。鳩山政権が用いたものは一部で継承されたものの,目立ったのはむしろ政策の方向性をシンプルに示す言葉である。菅首相の所信表明演説の構成は以下のようになっていた。
菅演説において,鳩山的フレーズである「大掃除」は,比喩を止めて「改革の続行」や「無駄遣いの根絶」に具体化され,やさしさをイメージさせる「人間のための経済」は,「強い経済・財政・社会保障」に変わった。外交についても,「架け橋」のような比喩的イメージ語は用いず,むしろ事務的・官僚的な表現に終始した。
鳩山前首相を象徴する「いのち」あるいは「友愛」がなくなったのは当然としても,興味深いのは,民主党のスローガンである「生活」も重要語句からはずされたことである。
「国民の生活が第一」や「生活維新」といったフレーズは,小沢一郎前民主党幹事長を象徴する言葉である。政治は生活を豊かにすることであるというのは,小沢氏の師である田中角栄の主義でもあった。
菅首相は,この「生活」を巧みに避け,自身が好きな「強い」を,とくに経済政策について多用した。ちなみに,2003年の総選挙において,当時も民主党代表であった菅氏が政党CMやマニフェストで掲げた言葉は「つよい日本をつくる」であった。
「生活」の強調は,生活への不満をかきたてることで,政治からの恩恵的資源分配(=バラマキ)に対する期待を高める効果をもつ(拙著『政治家を疑え』講談社)。財政再建を掲げる菅首相が意識的に排除しようとしたのは,「生活」がもつこうしたニュアンスだったのではないか。
実際,菅首相は所信表明演説に先立つ就任直後の記者会見でも,「政治=生活第一」といった考えの修正を試みている。政治の役割は不幸を最小にすることであると述べ,「政治=最小不幸」と再定義したのである。筆者は,これを言葉による小沢流バラマキ政治からの脱却の試みではないか,と考えている。
特徴その2 名言の引用,庶民向エピソードの不在
通常,国会における政府演説は,所信表明演説であれ施政方針演説であれ,国民に聞かせることを意識して身近なエピソードや偉人の言葉などを引用するのが,近年の通例である。言うまでもなく,政治演説大国であるアメリカでは,こうした工夫は当然のこととされている。
鳩山前首相は,劇作家に草稿を依頼するまでして,こうした演説レトリック面での工夫に力を入れた。だが,それは鳩山前首相個人の日頃の言動から乖離していたためにリアリティをもたず,かえってイメージを悪くした面があった。この点については,この総政研レポートでも指摘したとおりである(拙著「鳩山内閣総理大臣の施政方針演説のレトリックに関する一考察」,総政研レポートNo.006)。
この鳩山氏の失敗をふまえてのことか,菅首相は名句やエピソードを演説に盛り込まなかった。例外は自身の政治経験である。自分の出自や政治活動の原点を語ったのは,自分が近年の自民党・民主党のリーダーたちと違って二世議員ではなく,また市民運動出身であることを強くアピールしたいとのねらいがあったためにちがいない。また,名言を用いて格調高い演説をするよりも,本気で政治に取り組む姿勢をアピールすることには,鳩山政権に付きまとった「言葉だけ」のイメージを打破する意図もあったのかもしれない。
こうした名句やエピソードの不在は,マスメディア時代の政治演説のレトリックとしてはけっして望ましいものではない。しかも,菅首相はこれまでも「やるやる詐欺」など,マスメディア受けする発言をしてきている。今回の所信表明演説ではあえてレトリックを封印したかたちとなったが,この演説だけで菅首相の政治コニュニケーション能力を判断することはできないであろう。
ただ,厳しい評価をするならば,自身の政治経験への言及において,制約された演説時間のなか,なぜ自分が学生時代に勉強した政治理論の話を日本の政治学者2名(松下圭一,永井陽之助)の名前を出して語る必要があったのか。この点は理解に苦しむ。鳩山演説においては,名前への言及はアインシュタインやガンジーであった。人への言及は,それが政策よりも具体性を帯びるために,演説の印象を左右しやすい。国民が耳にする演説において,自身の学生時代の勉強から政治理念を語るという手法は得策とは言えない。菅首相の好みでこうした内容が盛り込まれたのであれば,その政治コミュニケーションの資質についても問題点が見られないわけではない。
特徴その3 外交政策に対する官僚的・総花的言及
菅首相は,この所信表明演説の最後の「むすび」で「政治的リーダーシップの欠如」の問題に言及する。そして「本日の演説を皮切りに,順次ビジョンを提案する」と述べる。
蔵相から首相になった経歴を反映したためか,たしかにこの演説では経済・財政・社会保障についての新たなビジョン=「第三の道」が提示された。そして,蔵相時代から責任者となって策定を進めてきた「新成長戦略」の内容がかなり詳細に述べられた。しかし,「外交・安全保障政策の考え方」では,外交上重要な国・地域などについて一言ずつ総花的に触れるといった内容となった。
演説時間の制約があったとはいえ,学生時代の勉強の話まで持ち出して「現実主義を基調とした外交」を論じた直後である。しかも,この外交・安全保障のパートの後には,すでに述べたように「政治的リーダーシップの欠如」を非難する「むすび」が続く。
なぜ菅首相は,月末にG8・G20のサミット,ならびに日米首脳会談などの二国間会合が控えているにもかかわらず,かくも形式的・官僚的な表現に終始したのであろうか。「日米同盟は基軸」といったありきたりの表現だけでなく,オバマ大統領とは外交・安全保障問題について,こんな話がしたい,といった内容を盛り込むことも可能であったはずである。また,経験を語るのであれば,学生時代の勉強の話よりも,自身が参加したG7・G20などの国際会議のエピソードなどを語り,各国の政治家との面識などをアピールしてもよかった。いずれにせよ,菅演説の外交パートは,鳩山演説のそれと比べて,明らかに質量ともに見劣りするものとなっている。
菅首相の今回の所信表明演説では,得意であるはずの政治レトリックが封印されていた。就任直後の記者会見では,「最小不幸」,「奇兵隊内閣」などの独自フレーズを用いていただけに,心に残る政治演説を期待していた国民には物足りなさが残ったにちがいない。
内容的にも,学生時代の話や市民参加運動からの政治経験が強調されたためか,ベテラン政治家らしさも十分にアピールできていなかった。実際,内政については改革の理念を明らかにしたものの,外交や安全保障については形式的な言及に終始していた。普天間問題や北朝鮮問題に対する政治的リーダーシップを期待していた国民は,多少なりとも不満を抱いたのではないか。
たしかに国会における政府演説は,基本的には国会議員に向けたものである。その点では,菅首相が党派を超えた議論による財政問題の解決を訴えたことは特筆に値する。とはいえ,「参加民主主義」を信奉する菅首相であれば,この演説が同時に国民の支持をも喚起すべきものであることを知らぬはずはない。
鳩山前首相の失敗をふまえてものであるとはいえ,話し上手の菅首相の所信表明演説が,レトリックの少ない政策解説を早口で読み上げただけ,といった印象に終わってしまったことは,政治コミュニケーション学的にはきわめて残念な結果となったと言えるだろう。
早稲田大学大隈記念大学院公共経営研究科教授
早稲田大学総合政策科学研究所所長
江上能義
1 県知事
2010年2月末日現在,九州・沖縄地域8県における早稲田大学出身の県知事は,宮崎県知事の東国原英夫氏1名のみである。東国原氏は2007(平成19)年1月の県知事選で初当選。
ちなみに宮崎県知事以外の九州・沖縄地区の各県知事の出身大学は東大4,京大1,長崎大1,ハーバード大1で東大卒が突出している。経歴で目立つのは通産省出身3,自治省2と中央省庁出身者が非常に多いことである。
| 生年月日 | 出身 | 略歴 | 学歴 | |
| 東国原 英夫 | 1957(昭和32)年9月16日 | 宮崎県都城市 | たけし軍団 | 昭和55年 専修大経済学部卒 平成16年 早稲田大学第二文学部卒 平成18年 早稲田大学政経学部中退 |
2 県議会議員
九州・沖縄地域における早稲田大学出身の県議会議員は,長崎2(議員定数46),佐賀0(議員定数40),福岡4(議員定数88),熊本2(議員定数49),大分2(議員定数44),宮崎2(議員定数45),鹿児島2(議員定数54),沖縄0(議員定数48),合計14名である。
長崎県議会議員の学歴上の特徴は,地元の高校出身者(中退を含む)が17名と非常に多くて,議員定数の3分の1以上を占めている。大学卒業者の出身大学はさまざまであり,とくに地元の大学が多いわけではない。ちなみに長崎大学出身者はゼロで,長崎県内の短大出身者が2名いる。
佐賀県議会議員の特徴は,隣接する福岡県の大学(九州大学,福岡大学,九州産業大学など)の出身者が多いことである。ちなみに佐賀大学など佐賀県内の大学出身者はゼロである。また地元の高校卒業者が多く,議員定数の3割を占めている。
福岡県議会議員の場合は,県内の大学出身者が多いのが特徴である。福岡大学(私立)と九州産業大学出身者(私立)がともに7名で最も多く,九州大学(5),西南学院大学(3),久留米大学(3),北九州大学(3)が続く。県外の大学出身者では,早稲田大学(4),日本大学(4),慶応大学(3),創価大学(3)などが目立つ。地元の高校出身者も14名と多い。九州・沖縄地域で早稲田大学出身の県議会議員を最も多く輩出している県である。
熊本県議会議員の場合,大学卒の議員の出身大学はとくに特徴はない。県内の大学出身者では,熊本商大(現在の熊本学園大学)出身者が1名,中九州短期大学出身者が1名のみで非常に少ない。議員定数の3分の1を占める16名の県議が地元高校出身であることが熊本県議会議員の特色といえよう。なかでも熊本工業高校卒が4名と最も多い。
大分県議会議員の場合,大学卒業の議員では地元の大分大学(国立)出身者3名(大学院修了を含む)以外は分布に特徴はない。議員定数の約3分の1が地元高校出身者であることが際立った特色である。
宮崎県議会議員の場合,大学卒業の議員の中で,宮崎大学(国立)の出身者が7名と突出している。議員定数の約4分の1が地元高校出身者であることも特色として挙げられる。
鹿児島県議会議員の特徴は,国立の鹿児島大学出身者と私立の鹿児島経済大学出身者(中退を含む)がともに5名で最も多く,創価大学(3)と日本大学(3)が続く。地元の高校卒業者が6名,中学卒業者が2名いる。
沖縄県議会議員の際立った特色は,沖縄県内の大学出身者がはるかに多いことである。国立の琉球大学出身者9名(大学院修了を含む)を筆頭に私立の沖縄大学出身者5名(中退を含む),私立の沖縄国際大学出身者3名(中退を含む)と続く。本土の大学出身者は拡散している。名門校として知られた高校の出身者が8名いる。
以上,九州・沖縄地域における県議会議員の学歴の特徴をまとめると,地元の大学出身者が多い県とそうでない県に分かれる。また全体的に地元の高校出身者が多いといえよう。
| 県名 | 当選回数 /政党 | 生年月日 | 略歴 | 学歴 | |
| 高比良 元 | 長崎 | 1/民主 | 1952(昭和27)年5月7日 | 三和町長/県企画調整課企画監 | 早稲田大学法学部卒 |
| 宮内 雪夫 | 長崎 | 10/自民 | 1933(昭和8)年7月20日 | 福祉法人理事長 | 早稲田大学卒 |
| 中村 明彦 | 福岡 | 7/自民 | 1955(昭和30)年2月14日 | 党県幹事長 | 早稲田大学卒 |
| 浦田 憲一 | 福岡 | 2/自民 | 1942(昭和17)年7月26日 | 市議/PTA連会長 | 早稲田大学法学部卒 |
| 古川 忠 | 福岡 | 4/無所属 | 1948(昭和23)年9月25日 | 県私学教育振興会/新聞記者 | 早稲田大学卒 |
| 板橋 元昭 | 福岡 | 7/自民 | 1939(昭和14)年1月1日 | 党県幹事長/酒造会社会長 | 早稲田大学第一商学部卒 |
| 堤 泰宏 | 熊本 | 3/無所属 | 1947(昭和22)年5月7日 | 会社役員 | 早稲田大学卒 |
| 濱田 大造 | 熊本 | 1/民主 | 1960(昭和45)年7月19日 | 日商岩井勤務/衆院議員事務所 | 早稲田大学政経学部経済学科卒/08・4月 熊本大学大学院政策研究コース入学 |
| 末宗 秀雄 | 大分 | 2/無所属 | 1954年 | 建設会社重役/市議 | 早稲田大学卒 |
| 浜田 洋 | 大分 | 1/無所属 | 1943年 | 町商工会長/町議 | 早稲田大学卒 |
| 新見 昌安 | 宮崎 | 3/公明 | 1952(昭和27)年5月26日 | 宮崎銀行/党県幹事長 | 早稲田大学法学部卒 |
| 武井 俊輔 | 宮崎 | 1/無所属 | 1975(昭和50)年3月 | 宮崎交通/市民団体代表 | 中央大学文学部卒/早稲田大学大学院公共経営研究科修了 |
| 中重 真一 | 鹿児島 | 1/無所属 | 1977(昭和52)年3月28日 | 会社役員/市議 | 早稲田大学法学部卒 |
| 鶴田 志郎 | 鹿児島 | 3/自民 | 1957(昭和32)年12月29日 | 農業団体役員/衆院議員秘書 | 早稲田大学卒 |
*選挙年月日
長崎県議会:2007(平成19)年4月8日
佐賀県議会:2007年4月8日
福岡県議会:2007年4月8日
熊本県議会:2007年4月8日
大分県議会:2007年4月8日
宮崎県議会:2007年4月8日
鹿児島県議会:2007年4月8日
沖縄県議会:2008(平成20)年6月8日
主要参考データ
・長崎県議会,佐賀県議会,福岡県議会,大分県議会,宮崎県議会,熊本県議会,鹿児島県議会,沖縄県議会の各ホームページ
・http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/election/2007unity/nagasaki/
20070331/20070331_001.shtml(2010年2月5日閲覧)
・http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/election/2007unity/nagasaki/
20070331/20070331_002.shtml(2010年2月5日閲覧)
・http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/election/2007unity/nagasaki/
20070331/20070331_003.shtml(2010年2月5日閲覧)
・http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/election/2007unity/saga/
20070331/20070331_001.shtml(2010年2月5日閲覧)
・http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/election/2007unity/saga/
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・http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/election/2007unity/fukuoka/
20070331/20070331_001.shtml(2010年2月5日閲覧)
・http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/election/2007unity/fukuoka/
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・http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/election/2007unity/fukuoka/
20070331/20070331_004.shtml(2010年2月5日閲覧)
・http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/election/2007unity/fukuoka/
20070331/20070331_005.shtml(2010年2月5日閲覧)
・http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/election/2007unity/fukuoka/
20070331/20070331_006.shtml(2010年2月5日閲覧)
・http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/election/2007unity/ooita/
20070331/20070331_001.shtml(2010年2月6日閲覧)
・http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/election/2007unity/ooita/
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20070331/20070331_003.shtml(2010年2月6日閲覧)
・http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/election/2007unity/miyazaki/
20070331/20070331_001.shtml(2010年2月6日閲覧)
・http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/election/2007unity/miyazaki/
20070331/20070331_002.shtml(2010年2月6日閲覧)
・http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/election/2007unity/kagoshima/
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20070331/20070331_004.shtml(2010年2月6日閲覧)
・『琉球新報』2008(平成20)年6月8日,9日
・『西日本新聞』(福岡版)2007(平成19)年3月30日,4月9日
名古屋外国語大学・大学院教授
早稲田大学総合政策科学研究所研究員
高瀬淳一
2010年1月29日,鳩山首相は政権交代後では初となる「施政方針演説」をおこなった。施政方針演説は,通常国会での予算審議に先立ち,国会で国政全般について説明する重要演説である。鳩山首相はすでに就任直後の臨時国会で「所信表明演説」をおこなっているが,質・量両面から見て,本格的な国会演説として評価すべきは今回の「施政方針演説」であろう。実際,今回の施政方針演説の長さは字数にして約1万3600字,歴代首相の国会演説のなかでも第2位の長さとなった(第1位は1996年の橋本龍太郎総理の施政方針演説)。
本稿では,この鳩山首相の施政方針演説のレトリック上の特徴を指摘し,その政治コミュニケーション上の有効性について検討を加える。
特徴その1 冒頭部における奇をてらった叫び
「いのちを,守りたい。 いのちを守りたいと,願うのです。 」
(引用文の表記は首相官邸のホームページによる,以下同)
鳩山首相の施政方針演説は,このような自己の願望の叫びから始まった。そして,「生まれくるいのち,そして,育ちゆくいのちを守りたい」,「働くいのちを守りたい」,「世界のいのちを守りたい」,「地球のいのちを守りたい」と,小見出しのように「いのちを守りたい」という表現を繰り返しながら,鳩山首相はまず演説冒頭で,今後どういう社会を作っていくべきかについて,自己の理念を述べた。
従来の施政方針演説の冒頭での発言は,@形式的・儀礼的な文言で始まるものか,A内閣が掲げる政治的スローガンをアピールするものか,のいずれかのパターンに依拠してきた。そして,Aの場合,政治的スローガンはそれまでの政権運営や時代認識に関連づけられ,「日本の在り方」を念頭においた発言というかたちをとっていた。
@の「形式的・儀礼的な文言」の近年の例としては,以下のようなものがある。
「第162回国会の開会に臨み,小泉内閣として国政に当たる基本方針を申し述べ,国民の皆様の御理解と御協力を得たいと思います。」(小泉純一郎)
「第169回国会の開会に当たり,国政に臨む所信の一端を申し述べます。」(福田康夫)
Aの「政治的スローガンのアピール」の近年の例としては,以下のようなものがある。
「内閣総理大臣に就任して4年9か月,私は,日本を再生し,自信と誇りに満ちた社会を築くため,『改革なくして成長なし』,この一貫した方針の下,構造改革に全力で取り組んでまいりました。」(小泉純一郎)
「昨年9月,私は,総理に就任した際,安倍内閣の目指す日本の姿は,世界の人々が憧れと尊敬を抱き,子どもたちの世代が自信と誇りを持つことができるように,活力とチャンスと優しさに満ちあふれ,自律の精神を大事にする,世界に開かれた『美しい国,日本』であることを国民の皆様にお示ししました。(〜中略〜) 安倍内閣として国政に当たる基本方針を申し上げます。」(安倍晋三)
「今年は,平成21年。天皇陛下がご即位されて,満20年になりました。国民の皆様と,お祝い申し上げたいと存じます。 世界は今,新しい時代に入ろうとしています。その際に,日本が果たすべきは,『新しい秩序創りへの貢献』です。同時に,日本自身もまた,時代の変化を乗り越えなければなりません。目指すべきは,『安心と活力ある社会』です。 新しい世界を創るために,どのように貢献すべきか。新しい日本を創るために,何をなすべきか。私の考えをお話ししたいと存じます。 」(麻生太郎)
この類型で言えば,今回の鳩山演説は,自己の政治理念をスローガン的にアピールしている点で,Aに位置づけてよい。ただし,政権運営や時代認識よりも自己の心情吐露を優先させた点を考えると,「Aの変形」とみなすのが妥当であろう。
たしかに,この演説において「いのち」は「友愛」に代わって,鳩山内閣の政治理念を示すものとして聴衆に強く記憶された。マスメディアも,「いのち」が24回繰り返されたことに重きを置いて報道した。(ちなみに「友愛」は,「むすび」の部分で,再び「いのちを守りたい」を繰り返し叫んだあと,それを「私の友愛政治の中核をなす理念」と位置づける際に1度登場しただけであった。)
「いのち」重視に対する国民の声も,「いのちをまもる」ことを批判する意見が出にくいためか,あるいは内容的に政府による恩恵的保護を予告しているためか,おおむね好意的であったようである。
しかし,演説冒頭から「いのちを,守りたい」と叫ぶ演劇的手法が,聴衆にいささか奇異な感じを与えたことも否めない。従来の演説が,自己の政治スローガンをアピールする場合であっても,時代についての認識や国家へのまなざしを踏まえたものであったのに対し,鳩山演説はひたすらに「個人の感情がほとばしる」かのごとき独特の表現形式をとっている。
また,従来の国会演説の多くは,国会・国民の目を意識しつつ,また国権の最高機関であるである国会という場を踏まえ,内閣を代表して首相が謙虚かつ丁寧に政治についての考えを「申し述べる」との姿勢を言葉で示している。それに対し鳩山演説では,個人的心情の吐露が,「私」,「政府」,「日本」といった主語も明示されない文学的美文調のまま,冒頭部分の最終段落の手前まで語り続けられる。
こうした役者の独白のような語りかけは,演劇において主人公が舞台に登場するときなどには有効な表現方法なのかもしれない。だが,はたして政治演説としての有効性も同様のものと評価できるであろうか。
本来,首相の重要国会演説は,表現形式においてではなく,内容において目立つべきである。日本政府の長が国会ならびに国民に対して施政方針を説明する場面において,演説冒頭から奇異な感じを醸し出すことは,演説内容を「作為的なもの」に見せるマイナス効果をもたらしかねない。日頃からマスメディアの前で劇的ニュアンスをもった発言をしているのなら話は別だが,そうでなければ「つくりすぎ」,「演出しすぎ」の印象が出てしまう。
ましてや,その劇場政治的な振り付けが劇作家でもある平田オリザ内閣官房参与に委ねられたものであったとの話が報じられるようでは(読売新聞ならびに毎日新聞の1月30日朝刊),首相は真摯に自己の理念を語っていないのではないか,との見方も出てくるにちがいない。
演劇的手法や詩的表現の過剰は,政治演説に作為的雰囲気をもたらしかねないものとして,むしろ警戒すべきである。また,利用するにしても作為性が目立たないかたちでなされるほうがよい。今回の演説について言えば,首相個人がこれまでどのような「いのちを守る」政治活動をおこなってきたのかなどに言及し,演説内容にリアリティをもたせる必要があったのではないか。
特徴その2 引用部における非難材料の提供
今回の鳩山首相の演説は,冒頭の心情吐露に引き続いて,昨年末にインドを訪問した時に見たマハトマ・ガンジーの慰霊碑にある言葉の引用に移る。そこには,「七つの社会的大罪」として「理念なき政治」,「労働なき富」,「良心なき快楽」,「人格なき教育」,「道徳なき商業」,「人間性なき科学」,「犠牲なき宗教」が記されていたと述べる。そして,これらは「今の日本と世界が抱える諸問題を,鋭く言い当てている」と指摘する。
だが,この引用については,野党首脳から,実母から毎月1500万円の資金提供を受けていた首相が「労働なき富」を非難するとは自己矛盾ではないか,といった批判が出て,マスメディアでも取り上げられた。また,後に国会における自民党議員からの質問でも,「子ども手当」や「農家の戸別補償」は「労働なき富」に該当するのではないか,というかたちでさらに批判的に言及された。
たしかに,偉人の言葉などを引用することは,政治演説のレトリックの基本である。しかし,それは自分の政治的主張をわかりやすくするためのものであり,わざわざ政敵に非難材料を提供する結果になったのでは元も子もない。また,今回のように偉人の魅力的な言葉に即して演説全体を組み立ててしまうと,首相自身の言葉や考えによる説得という印象が薄らぐ。それならばガンジーのような清貧な指導者を選ぶべきであると考える人も出てくるかもしれないからである。いずれの点でも,今回のガンジーの言葉の引用は,政治的にマイナスの効果をもたらした点で,失敗であったと評価すべきであろう。
同様に,「むすび」に置かれた阪神・淡路大震災の追悼式典でのエピソードも,有効であったとは思われない。首相は,「十六歳の息子さんを亡くされたお父様のお話」について,あたかも物語を朗読するように,「ごめんな。助けてやれなかったな。痛かったやろ,苦しかったやろな。ほんまにごめんな。」といったセリフまで交えながら語った。だが,このエピソードを使って述べたかったことは,こうした辛さからの復興こそ「日本の新しい公共の出発点」であるという,ある種,論理的飛躍を感じさせる鳩山首相の解釈であった。
内容の吟味はおくとしても,鳩山首相の言う「新しい公共」は,言葉の意味からして,悲惨な体験を元にしなければ生まれないものとはかぎらないはずである。ならば,首相の政治姿勢をアピールするために,聴衆に辛い過去の経験を思い起こさせる必要はない。また,もし聴衆が,時の「自社さ政権」で与党議員であった鳩山首相が震災に際して何をしたのか,あるいはどう「新しい公共」のために力を尽くしたのか,などを知ろうとすれば,このエピソードは逆効果にもなりかねない。
ガンジーの慰霊碑を見た,あるいは阪神・淡路大震災の追悼式典に出たというのは,いずれの鳩山首相の最近の経験談である。経験談が演説に現在進行形的なニュアンスをもたらすことは否定しないが,自説を国民に知らせるエピソードとして適切であるかどうかという点は,やはり慎重に検討すべきであろう。無理な引用をすれば,事例が非難の原因となったり,無理なこじつけに見えたりする。政治家がエピソードを語る場合は,訪問の経験ではなく,自分が実践したことの経験を物語るほうが説得力をもつ。今回の鳩山演説にはこの種の説得材料が決定的に不足していた。
特徴その3 多すぎる美辞麗句,少なすぎるリアリティ
今回の鳩山首相の演説の内容については,「理念先行で具体論に欠けた」(毎日新聞)などとする評価が多く見られた。政治理念と具体的政策を対比的に位置づけた上での否定的評価である。おそらくこうした批判をレトリックに関連づけて言い換えると,「もっともらしいフレーズの使いすぎで,聴衆にはリアリティをもって受け入れらなかった」ということになろう。
小見出しの言葉やカギ括弧がつけられた独自のフレーズなどを見てみると,「人間圏」,「いのちを守る予算」,「新しい公共」,「文化立国」,「コンクリートから人へ」,「ライフ・イノベーション」,農業の「六次産業化」,「地域主権革命元年」,「緑の分権改革」,「戦後行政の大掃除」などと多彩で興味深い。だが,その意味するところがすぐに伝わるかという点になると,これらすべてに合格点を与えることはできないであろう。
たとえば農業の「六次産業化」についての説明は,「わが国の農林水産業を,生産から加工,流通まで一体的に捉え,新たな価値を創出する『六次産業化』を進めることにより再生します」だけであった。NHKで中継されて多くの国民が耳にする演説であるからには,もっとわかりやすい言葉遣いが必要であった。
また,いくつかの言葉やフレーズには違和感も感じられた。「チャレンジド」など,カタカナ語が多かったことばかりではない。たとえば,NPOなどが重要な役割を担う「新しい公共」や,地方政府が力をもつようになる「地域主権革命」は,はたして中央政府主導でおこなわれるべきものなのか。そうした内容面での素朴な疑問を聴衆が抱いた可能性も否定できないであろう。
ちなみに,議論を呼びそうな政策分野についての発言では,いわゆる官僚的な曖昧表現もしばしば用いられていた。北朝鮮の拉致問題については,「新たに設置した拉致問題対策本部のもと,すべての拉致被害者の一日も早い帰国を実現すべく,政府の総力を挙げて最大限の努力を尽くしてまいります」と述べたにとどまり,日米同盟については「今後,これまでの日米同盟の成果や課題を率直に語り合うとともに,幅広い協力を進め,重層的な同盟関係へと深化・発展させていきたいと思います」などと,具体的な方向性を明示しない「深化・発展」の言及のみに終始した。
たしかに今回の鳩山演説は,好印象を与えやすい「いのち」を軸に全体をわかりやすく展開しようとした。その点では,政治レトリックへの配慮は十分になされたと評価できるであろう。だが,結果として「演出しすぎのわざとらしさ」が目立ってしまった点で,この演説の政治説得効果は高くなかったのではないか。作為の営みである政治を扱う以上,政治レトリックの利用にはやはり慎重を期すべきであったにちがいない。
拓殖大学政経学部教授
早稲田大学総合政策科学研究所客員研究員
大谷博愛
1月18日に第174通常国会が召集された。鳩山政権が作成した予算案が審議されるこの国会は,国民注視の中で民主党の政権担当能力が裁かれる最初の審判廷である。ここで問われるのは夏から暮れにかけて展開されたマニフェスト作成,事業仕分け,税制改正,予算案決定という連続線上にある政治過程である。この一連の流れに一貫性があるのか,整合性を欠いた部分があればそれに対して国民を納得させる説明がなされるか否かが焦点となる。
1.マニフェスト
昨年7月27日,民主党は8月末の衆院選に向けたマニフェスト(政権公約)を発表した。ここで「ムダづかい」,「子育て・教育」,「年金・医療」,「地域主権」,「雇用・経済」のテーマで5つの約束と称する政策を発表し,この中で生活支援に関わる8項目を重点項目とした。この8項目というのは,子ども手当,高校無償化,年金制度改革,医療・介護の再生,農業の戸別補償,ガソリンの暫定税率廃止,高速自動車無料化,雇用対策である。これらの目玉政策の実行に必要とされる予算は政権構想の各年度毎に2010年度(7.1兆円),11年度(12.6兆円),12年度(13.2兆円),13年度(16.8兆円)から成り,4年間で合計50兆円に上るものである。
| 2010年度 | 2011年度 | 2012年度 | 2013年度 | |
| 子ども手当・出産支援 | 2.7 | 5.5 | 5.5 | 5.5 |
| 高校無償化 | 0.5 | 0.5 | 0.5 | 0.5 |
| 年金制度改革 | 0.2 | 0.2 | 制度設計 | 新制度 |
| 医療・介護の再生 | 段階的実施 | 1.2 | 1.6 | 1.6 |
| 農業戸別所得補償 | 制度設計 | 1 | 1 | 1 |
| ガソリン暫定税率廃止 | 2.5 | 2.5 | 2.5 | 2.5 |
| 高速道路無料化 | 段階的実施 | 段階的実施 | 1.3 | 1.3 |
| 雇用対策 | 0.3 | 0.8 | 0.8 | 0.8 |
| その他の政策 | 順次実施 | 順次実施 | 順次実施 | 3.6 |
| 概算合計 | 7.1 | 12.6 | 13.2 | 16.8 |
マニフェストでは,これらの財源を増税に求めるのではなく,無駄遣いの除去や特別会計における準備金や運用益のいわゆる埋蔵金の活用に求めた。政権構想の初年度(2010年度)に7.1兆円,ここで掲げた政策をすべて実現すると最終年度(2013年度)には16.8兆円が必要となり,予算の節約で9.1兆円,埋蔵金等の活用で5兆円,租税特別措置の見直しで2.7兆円を見込んだ。しかし,公共事業の1.3兆円の削減は景気回復を阻害し,地方重視を旨とする民主党の姿勢と整合性を欠くという批判もある。また,マニフェストの発表時点では赤字国債を想定していないが,直嶋正行政調会長(当時)はこうしたやり繰りで調達し切れない場合には国債に頼る可能性も示唆しており,予算ではそれが現実のものとなった。
| @予算の効率化,無駄遣いの除去 | |||
| 区分 | 09年度予算 | 節約方法 | 節約額 |
| 公共事業 | 7.9 | ダムなど公共事業の全面的な見直し | 1.3 |
| 人件費等 | 5.3 | 地方分権の推進,定員の見直しなどで人件費削減 | 1.1 |
| 庁費等 | 4.5 | 天下り先の独立行政法人などへの支出の見直し 低コストで質の高い行政で補助金削減 | 6.1 |
| 委託費 | 0.8 | ||
| 施設費 | 0.8 | ||
| 補助金 | 49.0 | ||
| その他 | 2.5 | 予算査定の厳格化 | 0.6 |
| @小計 | 9.1 | ||
| A埋蔵金や資産の活用 | |||
| 財政投融資特別会計,外国為替資金特別会計の運用益などの一部活用 | 4.3 | ||
| 政府資産の売却 | 0.7 | ||
| A小計 | 5.0 | ||
| B租税特別措置の見直し | |||
| 所得税の配偶者控除や扶養控除の廃止など | 2.7 | ||
| 合計 | 16.8 | ||
2.事業仕分け
9月16日に発足した民主党政権は国民に信任された政治の目で行政を管理コントロールするために行政刷新会議を新たに設けた。この会議は447事業を対象に予算要求の無駄遣いを洗い出すための事業仕分けを11月11〜17日,24〜27日の日程で行った。この作業で廃止,予算計上見送り,削減と判断され概算要求から削減可能とされたのは約7400億円,公益法人や独立行政法人の基金で国庫への返納を求めたのが約8400億円で,合計で1.6兆円である。これは事業仕分けによる削減目標3兆円の約半額である。
仕分けによる削減額がそのまま予算案に反映されるのではなく,この方針を受けて予算編成の作業が進められるのである。予算編成の段階で削減が見直されるものもあれば,マニフェスト実現のための財源確保の必要から仕分け対象外の事業でも予算が削減されることはある。
この仕分けに対して賛否両論ある。否定的な見方は,劇場型,不慣れ,拙速を問題視する。インターネット中継および会場での傍聴可という一般に公開された劇場さながらの環境で作業が進められたため,国民に政治主導を印象付けるためのパフォーマンスとも思われるような判断が示されたりした。また,政権担当経験がほとんどないために情報の乏しい仕分け人が僅か1時間程度で適切な判断を下せない事項もあったはずである。さらに財源確保の必要から客観的な検討以前に廃止または削減ありきに近い扱いをされたものもあった。一方肯定的な見方は,民主主義の重要な部分の公開性である。これまで密室で行われてきた予算編成作業の一部が公開され,行政による無駄遣いが国民の目に曝された。これによって国民は政治的判断の材料を獲得しただけではなく,投票結果によって政治過程が変わることを実感したものと思われる。
3.税制改正大綱と予算案
仕分けに続く予算編成は,その財源である税の枠組みを作る税制改正とセットである。鳩山政権は12月22日に税制改正大綱,25日に2010年度政府予算案をそれぞれ閣議決定した。
税制改正をマニフェストとの整合性から見ると,財源確保のための減税見直しや反発回避のための増税見送りないし修正を行ったためほとんどがマニフェスト通りにはならなかった。前者の例はガソリンの暫定税率の廃止と中小企業の法人税引き下げである。後者は子ども手当の財源と考えられた扶養控除の廃止と環境税の導入である。特定産業を税制上優遇する租税特別措置の透明化はある程度マニフェストに沿って促進され,1千億円の財源確保ができた。マニフェスト以外の領域では,タバコ税を増税し,住宅販売促進のために住宅購入に関わる親からの贈与は1500万円まで非課税,個人投資家育成のために100万円以下の株式投資を非課税とした。
予算案はマニフェストとの整合性と仕分け作業がどのように反映されているか,見てみよう。一応,マニフェストの重点項目および仕分け作業は予算案に反映されたといえる。しかし,マニフェストの目玉政策の実行を予算化したために,一般会計が過去最大の92.3兆円となった。しかも仕分け作業の段階でマニフェスト通りの歳出削減ができなかったので,国債増発や特別会計のいわゆる埋蔵金に依存する結果となった。国債発行が44.3兆円に達して税収を上回り埋蔵金は底をつくという,後年度に大きなツケを回す予算である。ある意味でマニフェストにこだわったために全体としては薄氷を踏むような危うさを持ち,2011年度以降の財政に大きな不安を投げかけた。国会論戦では,予算とマニフェストの整合性よりもマニフェストそのものの適切性と予算の合理性が問われそうである。
5.今国会の着目すべき点
今国会で最も着目しなければならないのは,マニフェスト,説明責任,追求責任の3点である。
第1は,マニフェストが公共政策の観点を重視したものか,選挙用の集票方策に過ぎなかったのか,国会論戦を通じて判断する必要がある。民主・自民両党ともマニフェストを掲げたキャンペーンを通じて政権交代が起こったという点で,昨年の総選挙は画期的なものであった。しかし,マニフェストが後世代にツケを回す無責任な政策の羅列であったり,詐欺商法の誘い文句まがいの夢物語の色彩を帯びたものであるとすれば,マニフェスト選挙自体が民主主義を脅かす危険な要因となる。
第2は,政府が説明責任を適切に果たすか否かに着目すべきである。この点から,いい加減なマニフェストを作る無責任な政府なのか,見通しの甘い政権担当能力に欠ける政府なのかチェックすることができる。政党が掲げる政策はヴィジョンV(vision),基本政策P(policy),具体的方策M(measures)の3つのレベルから構成されなければならない。Vを実現するための方針としてPがあり,そのPを現実の社会の中で具体化したものがMである。VレベルやPレベルが短期的に変化するようでは国民に信頼される責任政党と言えない。一方,業界の浮き沈みや景気の変動に象徴されるように現実の社会は変化しているので,Mレベルが可変的であることは何ら問題ない。選挙キャンペーンに向けて作成されるマニフェストはMレベルを多く含むものなので,修正があっても国民の納得する説明ができるかどうかが問題となる。
第3は,野党の追求能力も見所である。野党経験の乏しい自民党が効果的に政府の説明責任を問えるような質問をすることができるか着目に値する。単なるあら探しに止まらないこの種の追求を通じて,次の政権担当能力をアピールするのが健全な野党である。こうした本格的な与野党攻防が展開されると,国民の政治を見る目が養われる。
今国会では小沢氏の政治資金問題が与野党攻防の焦点の一つとなるだろう。この問題は政治過程の構造と政治の公正さに関わる重大な問題であることは間違いない。しかし,これによって今国会の本質的でより重要な論点がボケないようにしてもらいたい。この種の問題が生じると渦中の人はポストを辞することは疑いを認めたことになるから辞さないというのが政界の常である。これは改めるべき悪習である。いかなる立場に立とうが潔白を証明する努力を続けることはできるし,所属政党ないし支持グループもそれをサポートし続けることはできる。潔白が明らかになって復帰すれば,以前にも増して支持を集めより強い影響力を発揮することができる。にもかかわらず,当人がポストにしがみつくことによってこの問題を巡る論戦に多くの時間を費やすことになれば,国民の生活に関わる問題の審議が疎かになり,国民の利益を損なうことになる。これこそ重大な問題である。正常な国会審議が行われるための環境づくりが与党の新たな責任である。
今国会の論戦を通じて与野党それぞれが自らの立場の責任をいかに適切に果たすか否かが,夏の参院選に大きな影響を与えるだろう。
早稲田大学大隈記念大学院公共経営研究科教授
早稲田大学総合政策科学研究所所長
江上能義
2009(平成21)年8月30日に実施された第45回総選挙は,周知のように自民党から民主党への政権交代という歴史的な出来事をもたらした。表1は,この選挙で新たに選出された衆議院議員(定数:480)のうちで,早稲田大学出身者67名のリストである。このリストは翌日の諸新聞のデータに基づいて筆者が作成したものである。出身の大学と大学院が異なると,一方だけが新聞等で記載される場合が多いので,リストにデータ漏れが生じている可能性があるが,その場合はご容赦いただきたい。
衆議院議員総数480名のうち早稲田出身者が67名ということは,衆議院議員7名のうち1名が早大出身者という概算になる。所属政党別にみると,民主党43名,自民党21名,社民党1名,公明党1名,みんなの党1名,となっている。早大出身者に限れば,民主党議員の平均年齢は50.35歳,自民党議員の平均年齢は54.90歳と,若干,民主党議員のほうが若い。
出身学部は政経学部や法学部や商学部が多いが,他の学部からもまんべんなく議員を輩出している。また7名が大学院出身で,稲門国会議員の中でこれから大学院修了者が増えていくことが予想される。
他の大学と議員数を比較すると,東大出身者が95名と最も多く,2位が早大の67名,3位が慶大の41名,4位が京大と日大の22名,6位が中大の15名,となる。あとはひとケタで,明大,一橋大,立命館,東北大,法大などが続く。ハーバード大やコロンビア大など,欧米の大学出身者も目立つようになってきた。
東大,早大,慶大,日大,京大,中大の上位6大学はこれまでコンスタントに多数の国会議員を輩出してきたが,4年前の前回の総選挙と比較すると変化がみられる。トップの東大は前回104名の当選者を出したが,今回は大幅に9名減らして95名となっている。早大は前回の当選者数が63名だったので4名増になった。慶大は前回57名だったが,今回は16名も減らして41名となった。日大は前回の21名から今回の22名へ1増,京大は前回の18名から4名増やして22名となった。中大は前回の26名から今回は11名も減らして15名となった。明大は前回13名が今回9名とひとケタになった。 このように,政権交代を実現したこの歴史的な総選挙で,東大,慶大,中大,明大の退潮が著しく,早大と京大は逆に議員数を増やしていることが明らかになった。
ちなみに参議院にも25名の早稲田出身者がいるので,併せて表2を参照されたい。
| 1 | 北海道11区 | 石川知裕 | ②民 | 36歳 | 商 | |
| 2 | 同12区 | 武部 勤 | ⑧自 | 68歳 | 比例 | 二法 |
| 3 | 岩手2区 | 畑 浩治 | ①民 | 45歳 | 法 | |
| 4 | 同3区 | 黄川田徹 | ④民 | 55歳 | 法 | |
| 5 | 宮城3区 | 橋本清仁 | ②民 | 38歳 | 法 | |
| 6 | 同5区 | 安住 淳 | ⑤民 | 47歳 | 社学 | |
| 7 | 秋田3区 | 京野公子 | ①民 | 59歳 | 文中退 | |
| 8 | 福島3区 | 吉野正芳 | ④自 | 61歳 | 比例 | 商 |
| 9 | 同4区 | 渡部恒三 | ⑭民 | 77歳 | 文 | |
| 10 | 千葉3区 | 岡島一正 | ②民 | 51歳 | 社学 | |
| 11 | 同上 | 松野博一 | ④自 | 46歳 | 比例 | 法 |
| 12 | 同4区 | 野田佳彦 | ⑤民 | 52歳 | 政経 | |
| 13 | 同5区 | 村越祐民 | ②民 | 35歳 | 院中退 | |
| 14 | 同6区 | 生方幸夫 | ④民 | 61歳 | 文 | |
| 15 | 同8区 | 松崎公昭 | ④民 | 65歳 | 商 | |
| 16 | 同10区 | 谷田川元 | ①民 | 46歳 | 政経 | |
| 17 | 神奈川6区 | 池田元久 | ⑥民 | 68歳 | 政経 | |
| 18 | 同18区 | 樋高 剛 | ③民 | 43歳 | 社学 | |
| 19 | 南関東比例区 | 古屋範子 | ③公 | 53歳 | 文 | |
| 20 | 東京3区 | 松原 仁 | ④民 | 53歳 | 商 | |
| 21 | 同4区 | 平 将明 | ②自 | 42歳 | 比例 | 法 |
| 22 | 同5区 | 手塚仁雄 | ③民 | 42歳 | 文 | |
| 23 | 同9区 | 菅原一秀 | ③自 | 47歳 | 比例 | 政経 |
| 24 | 同11区 | 下村博文 | ⑤自 | 55歳 | 教育 | |
| 25 | 同13区 | 平山泰朗 | ①民 | 37歳 | 政経 | |
| 26 | 東京比例区 | 中津川博郷 | ③民 | 60歳 | 文 | |
| 27 | 茨城2区 | 額賀福志郎 | ⑨自 | 65歳 | 比例 | 政経 |
| 28 | 同3区 | 小泉俊明 | ③民 | 52歳 | 政経 | |
| 29 | 栃木3区 | 渡辺喜美 | ⑤み | 57歳 | 政経 | |
| 30 | 同5区 | 富岡芳忠 | ①民 | 42歳 | 比例 | 政経 |
| 31 | 群馬2区 | 石関貴史 | ②民 | 37歳 | 政経 | |
| 32 | 同4区 | 福田康夫 | ⑦自 | 73歳 | 政経 | |
| 33 | 同5区 | 小渕優子 | ④自 | 35歳 | 院(公共経営) | |
| 34 | 埼玉6区 | 大島 敦 | ④民 | 52歳 | 法 | |
| 35 | 同13区 | 森岡洋一郎 | ①民 | 34歳 | 法 | |
| 36 | 北関東比例区 | 野木 実 | ①民 | 67歳 | 法 | |
| 37 | 同上 | 中島政希 | ①民 | 56歳 | 院(法) | |
| 38 | 新潟5区 | 田中真紀子 | ⑥民 | 65歳 | 商 | |
| 39 | 同6区 | 筒井信隆 | ⑤民 | 64歳 | 法 | |
| 40 | 石川3区 | 森 喜朗 | ⑭自 | 72歳 | 商 | |
| 41 | 福井1区 | 稲田朋美 | ②自 | 50歳 | 法 | |
| 42 | 同上 | 笹木竜三 | ④民 | 52歳 | 比例 | 院(政治) |
| 43 | 長野5区 | 加藤 学 | ①民 | 40歳 | 商 | |
| 44 | 岐阜5区 | 阿知波吉信 | ①民 | 46歳 | 政経 | |
| 45 | 静岡3区 | 小山展弘 | ①民 | 33歳 | 院 | |
| 46 | 同6区 | 渡辺 周 | ⑤民 | 47歳 | 政経 | |
| 47 | 愛知5区 | 赤松広隆 | ⑦民 | 61歳 | 政経 | |
| 48 | 同12区 | 中根康弘 | ②民 | 47歳 | 商 | |
| 49 | 東海比例区 | 山田良司 | ①民 | 48歳 | 院(公共経営)中退 | |
| 50 | 同上 | 橋本 勉 | ①民 | 56歳 | 院(社学・教育学) | |
| 51 | 鳥取2区 | 湯原俊二 | ①民 | 46歳 | 比例 | 社学 |
| 52 | 広島1区 | 岸田文雄 | ⑥自 | 52歳 | 法 | |
| 53 | 大阪4区 | 吉田 治 | ④民 | 47歳 | 法 | |
| 54 | 同10区 | 辻元清美 | ④社 | 49歳 | 教育 | |
| 55 | 同上 | 松浪健太 | ③自 | 38歳 | 比例 | 商 |
| 56 | 兵庫5区 | 梶原康弘 | ②民 | 52歳 | 文 | |
| 57 | 和歌山2区 | 石田真敏 | ④自 | 57歳 | 比例 | 政経 |
| 58 | 近畿比例区 | 柳本卓治 | ⑥自 | 64歳 | 院 | |
| 59 | 徳島2区 | 高井美穂 | ③民 | 37歳 | 文 | |
| 60 | 高知3区 | 山本有二 | ⑦自 | 57歳 | 法 | |
| 61 | 福岡11区 | 武田良太 | ③自 | 41歳 | 院(公共経営) | |
| 62 | 長崎3区 | 山田正彦 | ⑤民 | 67歳 | 法 | |
| 63 | 同4区 | 北村誠吾 | ④自 | 62歳 | 比例 | 政経 |
| 64 | 熊本5区 | 金子恭之 | ④自 | 48歳 | 商 | |
| 65 | 大分2区 | 衛藤征士郎 | ⑨自 | 68歳 | 比例 | 院(政治) |
| 66 | 同3区 | 岩屋 毅 | ⑤自 | 52歳 | 比例 | 政経 |
| 67 | 鹿児島1区 | 川内博史 | ⑤民 | 47歳 | 政経 |
| 1 | 比例代表 | 平成16 | 荻原健司 | ①自 | 39歳 | 人間科学 |
| 2 | 比例代表 | 平成16 | 荒井広幸 | ①改ク | 50歳 | 社学 |
| 3 | 比例代表 | 平成19 | 池口修次 | ②民 | 59歳 | 理工 |
| 4 | 比例代表 | 平成19 | 西岡武夫 | ②民 | 73歳 | 教育 |
| 5 | 比例代表 | 平成19 | 山田俊男 | ①自 | 62歳 | 政経 |
| 6 | 比例代表 | 平成19 | 丸山和也 | ①自 | 63歳 | 法 |
| 7 | 山形県 | 平成16 | 岸 宏一 | ②自 | 63歳 | 政経 |
| 8 | 福島県 | 平成16 | 増子輝彦 | ①民 | 61歳 | 商 |
| 9 | 群馬県 | 平成16 | 富岡由紀夫 | ①民 | 44歳 | 政経 |
| 10 | 千葉県 | 平成19 | 長浜博行 | ①民 | 50歳 | 政経 |
| 11 | 長野県 | 平成16 | 北澤俊美 | ③民 | 70歳 | 法 |
| 12 | 長野県 | 平成19 | 吉田博美 | ②自 | 59歳 | 社学 |
| 13 | 静岡県 | 平成16 | 藤本祐司 | ①民 | 52歳 | 法 |
| 14 | 静岡県 | 平成19 | 牧野たかお | ①自 | 50歳 | 法 |
| 15 | 愛知県 | 平成16 | 浅野勝人 | ①自 | 70歳 | 政経 |
| 16 | 愛知県 | 平成19 | 大塚耕平 | ②民 | 49歳 | 政経,院(社学・博士) |
| 17 | 滋賀県 | 平成16 | 林久美子 | ①民 | 36歳 | 文 |
| 18 | 滋賀県 | 平成19 | 徳永久志 | ①民 | 45歳 | 政経 |
| 19 | 和歌山県 | 平成19 | 世耕弘成 | ③自 | 46歳 | 政経 |
| 20 | 島根県 | 平成16 | 青木幹雄 | ④自 | 74歳 | 二法 |
| 21 | 香川県 | 平成16 | 山内俊夫 | ②自 | 62歳 | 教育 |
| 22 | 愛媛県 | 平成16 | 山本順三 | ①自 | 54歳 | 政経 |
| 23 | 愛媛県 | 平成19 | 友近聡朗 | ①無 | 33歳 | 人間科学 |
| 24 | 高知県 | 平成16 | 広田 一 | ①無 | 40歳 | 社学 |
| 25 | 福岡県 | 平成16 | 吉村剛太郎 | ③自 | 70歳 | 政経 |
名古屋外国語大学・大学院教授
早稲田大学総合政策科学研究所研究員
高瀬淳一
2009年7月25日,麻生太郎総理大臣は,高齢者は「働くことしか才能がない」と発言し,問題発言としてマスメディアなどで大きく取り上げられた。このレポートでは,麻生総理の失言の質を「政治的失言の類型」を整理しながら検証してみたい。
1. 麻生総理の失言事例
2009年7月,麻生総理は日本青年会議所で講演をおこない,以下のように発言した。
・日本は65歳以上の高齢者が元気で,20%以上が65歳以上だ。その人たちは元気に働ける。介護を必要としない人は実に8割を超えている。その元気な高齢者をいかに使うか。この人たちは皆さんと違って,働くことしか才能がないと思ってほしい。働くことに絶対の能力がある。80歳を過ぎて遊びを覚えても遅い。彼らが納税者になれば,日本の社会保障は全く違ったものになる。暗く貧しい高齢化社会ではなく,明るい,活力ある高齢化社会。これが日本が目指すものだ。
この発言は,高齢者を「いかに使うか」という発想に立つべきことを示したうえで,日本の高齢者の特質を「働くことしか才能がない」と決めつけたものである。また,「80歳を過ぎて遊びを覚えても遅い」とも述べ,高齢者が新たな娯楽に挑戦することを無意味とするかのような発言となっている。
麻生総理については,2008年11月19日にも,全国知事会議で地方の医師不足に言及したさい,やはり物議を醸す発言をおこなっている。「自分で病院を経営しているから言う訳じゃないけど,医師の確保が大変のはよく分かる」と述べ,なぜか医師について「はっきり言って,社会的常識がかなり欠落している人が多い。」と規定したのである。
両発言の共通点は,①日本の人口の特定の部分(年齢的,職業的)について偏見を表わしていることと,②対象が自民党にとっては選挙対策上の重要セクターであるということである。①については日本の政治的に代表する総理大臣の発言としての適切性を,②については自由民主党の総裁としての政治的センスを問題にしなければならないであろう。
ちなみに,上記の高齢者についての発言について,麻生総理は翌日,「私の意図が正しく伝わってない」と釈明した。だが,テレビ政治が日常化している今日,発言の一部だけが大きく取り上げられることは「ありうること」として前提視すべきである。「意図が正しく伝わってない」と言うのであれば,麻生総理は,意図が正しく伝わるようにあらかじめ政治的に周到に準備された発言を試みるべきであった。
2. 政治的失言の類型
政治的失言には大きく分けて4つの類型がある。軽いほう,表1で言えば下のほうから「政治的軽率発言」,「政治的不適切発言」,「間接的差別発言」,「直接的差別発言」の4つである。
「軽率発言」とは,政治的配慮に不足があって野党や国民から非難される発言である。言葉の内容よりも,その言葉を発する政治家の態度が国民や野党などから問題とされるケースで,小泉元首相の「人生いろいろ」などがこれにあたる。麻生総理の場合で言えば,2008年10月の「ホテルのバーは,安全で安いとこだという意識がある」がこれに該当するにちがいない。「安い」という表現が庶民感覚から理解されないことは明らかで,不況期であるにもかかわらず,こうした描写をしたことにはマスメディアや野党から執拗な攻撃がなされた。
| 1. 差別発言 |
|---|
| 直接的差別発言……特定の社会集団への偏見を表明 |
| 間接的差別発言……特定の社会集団への配慮の欠如 |
| 2. 不適切発言 |
| 政治的不適切発言…民主主義など国の基本原理に反する発言 |
| 政治的軽率発言……政治的配慮の不足によって失言とされる発言 |
「不適切発言」とは,民主主義など国の基本原理に反する発言である。森喜郎元首相の「神の国発言」などは,その典型といってよい。麻生総理は,2009年2月,衆院予算委員会で,自身が小泉内閣の閣僚当時「郵政民営化には賛成でなかった」と発言したが,これなども内閣制度の形式に照らせばこの「不適切発言」の類型に属するものと言えるだろう。
さて,「差別発言」については,間接的なものと直接的なものを分け,後者をより程度の思い失言と位置づけるのがよいと思われる。
「間接的差別発言」とは,特定の社会集団への配慮の欠如を示した発言である。麻生内閣では,2008年9月の政権発足直後,中山成彬国土交通相が日本を「単一民族国家」と規定したが,この発言などは日本国民の多様性を考えれば「差別的」とも受け取られる発言である。なお,中山大臣はほかのも日教組や成田空港についての不適切発言があり,早々に辞任する憂き目にあっている。
「直接的差別発言」は,特定の社会集団への偏見を積極的に表明する差別発言である。具体的には,人口の特定の部分,たとえば性別や民族性を基にした人口区分に対し,マイナスのイメージを与えるような発言をすることである。すでに述べた麻生総理の年齢や職業を基にした「決めつけ」もこの類型に該当する。ようするに,麻生総理の高齢者や医師に対する失言は,失言のうちでも悪質な部類に属するのである。
3. 政治的失言の契機
政治的失言がなぜ生じるのか。上記の例を題材に考えれば,その契機には①ホンネで語ることを「正直な態度」,「堂々たる態度」と勘違いする風潮,②眼前の聴衆あるいは記者に対して語っているのだという誤解と気の緩み,にある。中山大臣の発言や麻生総理の郵政民営化発言などは①の例であり,青年会議所のメンバーを前にした高齢者差別発言などは②の例となる。
どちらも,多種多様な国民がマスメディアを通じて自分の発言に接するであろうという認識の不足を示すものである。国務大臣や総理大臣という高い地位の政治的公職に就いた者は,世界が自分の一言に耳を傾けているとの意識を常に強く持つべきである。この点への配慮にぬかりがあると,失言は生まれやすくなる。
我が国の政界から失言の悪癖をなくすためにも,政治家を志す人たちには,まず自身の発言が失言にならないように配慮することの重要性を認識してもらいたいと思う。
名古屋外国語大学・大学院教授
早稲田大学総合政策科学研究所研究員
高瀬淳一
2009年6月17日,麻生太郎総理大臣と鳩山由紀夫民主党代表による2回目の党首討論(衆参両院の国家基本政策委員会の合同審査会)が開催された。本稿では,この党首討論を材料に,1回目の党首討論との比較を交えつつ,麻生・鳩山両氏の政治コミュニケーションの巧拙を評価してみたい(以下,敬称略)。
1. 発言時間と発言スタイル
45分強の討論の発言は,鳩山から始まり鳩山のまとめで終わった。したがって,発言回数は鳩山のほうが7回となり,1回分多くなっている。最後の鳩山の発言は1分にすぎない短いものであったが,討論の総括を自分のねらいどおりにできた点で,この発言回数の多さは鳩山には有利に働いたはずである。
しかも,二人の討論者の最後の1分は,両者のレトリック技量のちがいをはっきりと印象づけるものとなった。
まず,麻生はそれまでの議論の流れを無視して安全保障の問題に言及し,アメリカ第七艦隊についての小沢発言を問題視するような姿勢を見せた。その上で,次回の党首討論では財源論と安全保障論をやりたいと主張した。
この党首討論では,それぞれ2順目の発言において北朝鮮問題に触れていた。麻生はその時点で安全保障へと議題を移すことが可能であった。未練を残すように最後の発言で唐突に安全保障に言及したことは,むしろ「なぜ最後になってその話なのか」という印象を与えた。また,この討論では麻生が財源論で民主党に迫る場面もあった。麻生はそこで民主党の財政についての認識の甘さを指摘しようとしていた。だが,麻生はすでに議題にのぼったことを次の第3回目で議論しようと申し出てこの討論を締めくくろうとした。議論の総括の仕方において,麻生の技量はきわめて低いものと映った。
一方,鳩山は麻生の最終発言を「突然に安全保障の話」「国民のみなさんも唖然」などと笑い飛ばした。そのうえで,自民・民主のちがいを表すものとして,4つの二項対立を並べ立てた。官僚vs国民,コンクリートvs人,中央集権vs地方主権,縦の利権社会vs横の絆の社会,の4連発である。これを締めの発言にした点は,準備の周到さを感じさせた。そしてそれは,敗北を次の討論で挽回しようとするかのごとき麻生の発言とは対照をなしていた。
ちなみに,両者の時間支配は鳩山約25.0分,麻生約20.3分で,時間占有率は鳩山約55%,麻生約45%であった。
この「発言時間」の数値は前回とほぼ同様であった。すなわち,鳩山がやや多めに時間を使っている。今回,鳩山のほうが押していたように見えたとすれば,それは発言時間のためではない。締めくくり発言を鳩山がおこなったことや,議論の展開のうまさによるものと考えるほうが適切だろう。
発言を「文」あるいは話の切れ目で区切ると,二人の「発言スタイル」のちがいは明瞭になる。前回同様,鳩山のほうが麻生のほぼ倍の文数を使っている。発言時間の差を考慮しても,麻生のほうが長い文=区切りの少ない発言をしていることは明らかである。
言うまでもなく,だらだらと長い発言は,とくに耳から聞く演説の場合,主張が不明瞭になりがちである。発言のテンポやわかりやすさへの配慮は,明らかに鳩山のほうが優れていると評価するのが妥当だろう。
2. しぐさと自己言及
党首討論は,NHKで中継され,テレビのニュース番組で必ず映像が利用される。したがって,党首は話す内容ばかりでなく,話す姿によっても,国民に政治リーダーとしての自己を印象づけなければならない。前回の党首討論では,その点での意識が麻生にかなり欠如していたように思われたが,今回はその点での改善が見られた。
しぐさによるアピールについては,依然として鳩山のほうが「手振り」を多く用いていたものの,麻生も前回よりははるかに多く「手振り」を使っていた。これについては,第1回の党首討論のあと,筆者らがマスメディアで麻生の身体表現の乏しさを指摘したことも影響した可能性があるかもしれない。
一方,自分が責任をもってリーダーシップをとることを強調する姿勢を表す「自己言及度」については,前回同様の傾向が観察された。すなわち,鳩山よりも麻生のほうが単数の「私」よりも複数の「私ども」や「われわれ」を多用していた。党首個人の力量をアピールする必要のある党首討論であるにもかかわらず,麻生には「私」を強調する姿勢が感じられなかった。
3. レトリック上の工夫
第2回の党首討論では,鳩山あるいは鳩山チームの討論準備の周到さが目を引いた。最後にその点を整理しておきたい。
第一に,2回の党首討論を通じ,「国民」への言及,とりわけ「国民のみなさま」への呼びかけは,鳩山にきわめて特徴的なレトリックとなっている。第1回と同様に第2回の討論においても,鳩山は「国民側」対「官僚側」という図式を示すとともに,党首討論である国民に配慮している姿を強調した。これは鳩山にとって,一挙両得の政治的な言葉の利用であると言ってよいだろう。
この種の対比や呼びかけについて言えば,麻生にきわだった努力の痕跡は見られない。野党党首が与野党のちがいを鮮明にさせようとするのは当然のことであり,それに対抗する意思があるのであれば少しは対抗策を講ずるはずである。それが見られない以上,党首討論における準備あるいは技量の不足を指摘されても仕方ないにちがいない。
第二に,事例の使い方についての工夫であるが,これも鳩山にしか見られない特徴であった。鳩山が用いた例は,第1回では小学校のボランティアの話という一生懸命がんばっている人の話であったが,第2回では亡くなった未熟児,20〜30代に多い自殺者,母子加算がなくなり高校や修学旅行に行けない子どもと,鳩山自身が「聞いたら涙が出ましたよ」と認めるような聞き手の情に訴える話であった。こうした悲惨な事例を入れながらの政府攻撃は野党の常套手段ではあるものの,一定の有効性を発揮しうるレトリックである。その意味で,鳩山チームは事例の使い方において第2回に向けた改善を図ったと考えてよい。
第三に,民主党の弱点ともなりうる財源論について,鳩山は麻生の主張を財務省の言いなりになっていると切り捨てる戦術を準備していた。麻生の側の数字は,そもそも官僚がつくった資料に基づくものとして受け入れず,それによって民主党の財政論にもそれなりの根拠があるかとの印象を与えようとしていたのである。これにたいし,麻生は細かな数字をあげることで対抗しようとした。だがこの対抗策は,鳩山が提示する大きな対比図式を壊すことができなかっただけでなく,瑣末な点にばかりこだわるリーダーとの悪い印象まで与える危険性のあるものであった。議論の内容の妥当性はともかく,政治コミュニケーション戦略の上では,やはり鳩山の手法のほうが秀でていたと認めるほかはない。
ほかにも,鳩山のレトリックについては,いくつかの小さな工夫を指摘することができる。全体として,鳩山の議論の進め方は政治コミュニケーションの基本的テクニックをきちんと踏まえたものであり,言い換えればスタンダードな議論の手法を用いない麻生のほうに技量の不足が感じられた。政治の議論ではもちろんその内容の説得力が重要ではあるが,テレビ政治の時代,首相であっても議論の形式上の工夫には適切な配慮をすべきだろうと思う。
なお,麻生・鳩山の党首討論について,筆者は第1回については読売新聞と日経ネットで,第2回については日本経済新聞,北海道新聞,日経ネットでコメントを発表している。両者の討論技量についての点数評価については,それらも参照していただきたい。
名古屋外国語大学・大学院教授
早稲田大学総合政策科学研究所研究員
高瀬淳一
2009年5月27日,麻生太郎総理大臣と鳩山由紀夫民主党代表による初めての党首討論(衆参両院の国家基本政策委員会の合同審査会)が開催された。本稿では,この党首討論を材料に,麻生・鳩山両氏の政治コミュニケーションの巧拙を評価してみたい。
通常,政治討論の評価は,発言内容の説得力をもっておこなう。しかし,その評価は党派的な好き嫌いに左右されるのが一般的である。そこで,本稿では「発言内容」よりもむしろ「発言形式」に焦点を当てる。政治家としての資質は,そうした「形式」からでも読み取れると考えてのことである。
1. 発言時間と発言スタイル
約50分に及んだ党首討論の発言はともに8回ずつで,発言時間はほぼ互角であった。これは両者の意見の開示が一方的にならなかったという意味で,評価すべきことである。ただし,1回の発言が3分を超えることも多く,また1度に複数の論点に言及するケースによく見られ,「丁々発止のやりとり」と言うほどのディベートらしさはなかった。この点については両者にさらなる努力を求めるべきだろう。
ちなみに,両者の時間支配率は以下のとおりである。
| 発言時間 | 鳩山=24.5分,麻生=20.8分(占有率:鳩山=約54%) |
|---|
さて,「発言時間」はほぼ互角であったが,発言を「文」あるいは話の切れ目で区切ると,二人の「発言スタイル」のちがいは明瞭になる。
| 文数 | 鳩山=168,麻生=84 |
|---|
話し言葉であることから,区切り方において誤差があることを念頭においても,鳩山の文の数は麻生のほぼ倍である。これは,鳩山のほうが簡潔な表現を使っていることの証左であり,反対から見れば,麻生のほうが「だらだらとした話し方」をしていたことを示唆している。
政治討論においては,多様な国民が聞くことを想定して,わかりやすく,かつテンポよく話す必要がある。麻生の話し方はその意味ではマイナスに評価されるべきだろう。
2. 非言語コミュニケーションにおける相違
党首討論は,NHKで中継され,テレビのニュース番組で必ず映像が利用される。したがって,党首は話す内容ばかりでなく,話す姿によっても,国民に政治リーダーとしての自己を印象づけなければならない。今回の党首討論では,その点での意識が麻生にかなり欠如していたように思われた。
| しぐさによるアピール |
|---|
| 麻生=眼前の机に手をおき前傾姿勢のまま,首だけを前に押し出すようにして話す。手を使ったアピールはほとんどない(5回目と7回目の発言にわずかに見られた程度)。座っているときは,鳩山の発言にニヤニヤしながら首をかしげる姿がしばしば見られた。 |
| 鳩山=2回目の発言から「手振り」が継続的に用いられる。テレビの中継画面にも頻繁に映し出されていた。しかも,鳩山の「手振り」の大半は両手を同時に使うもので,指によるしぐさも散見された。 |
「手振り」は,あまりにも大袈裟になると作為的パフォーマンスに思われるものの,一般的には説得力の増大に寄与する非言語コミュニケーションの一手段と考えられている。これをテレビで全国中継されている党首討論において,麻生はほとんど利用しなかった。これは,いかに発言内容に自信があったとしても,政治コミュニケーション戦略上,マイナスに評価されるべき行為と言ってよい。
3. 自己への言及における相違
政治家には,問題を解決する力が自分にあることをアピールする必要がある。ましてや党首となれば,自分が責任をもってリーダーシップをとることを強調し,国民の信頼をえなければならない。こうした印象形成は,選挙における「党首イメージ」の影響力が増すなか,近年,さらに重要性を高めている。
にもかかわらず,日本の党首は1人称複数の「私ども」や「われわれ」を多用する。「党首討論」なのだから単数の「私」をもって強調してよいはずだが,そうはなっていない。もちろん,オバマ大統領のように「we」を自分と有権者とをつなぐ言葉として利用しているのなら構わない。日本の党首の場合,「党」や「政府」を表す言葉として「私ども」や「われわれ」を使う。これは党首個人の力量をアピールする点においても,国民との共感を得る点においても,有効とは言えない表現形式である。
| 1人称代名詞の利用頻度 |
|---|
| 鳩山:単数=15回,複数=23回(自己言及度=約4割) |
| 麻生:単数=12回,複数=43回(自己言及度=約2割) |
麻生は,「私ども」を使うくらいであれば,「麻生内閣」,「私の内閣」などという表現で自分がリーダーシップをとっていることをアピールすべきであった。この点においても,鳩山のほうを高く評価すべきだろう。
4. 聴衆へのはたらきかけ
政治演説において大切なことのひとつに聴衆へのはたらきかけがある。党首討論はたしかに党首どうしの論戦ではあるが,ただ相手を論駁すればよいというものではない。オーディエンスを自分の側に立たせるための工夫も必要である。
たとえば「国民」への言及を見てみよう。相手の発言の引用を除けば,両者の言及頻度はつぎのようになる。
| 国民への言及 | 麻生=3回,鳩山=16回(うち「国民の皆様」が11回) |
|---|
麻生が「国民」を使ったのは,「小沢事件は国民の関心事である」と主張したくだりの3か所にすぎない。一方,鳩山は16回,すなわち1度の発言に平均2回は「国民」を使った。しかも,「国民の皆様」という表現によって,視聴者を意識している態度を明確に示した。
同時に,この討論では,鳩山は「国民側」対「官僚側」という図式で,二人のちがいを強調しようとしていた。つまり,「国民」は,視聴者へのはたらきかけと対立図式の確定の二面において,じつに効果的に利用されたのである。
一方,麻生は「政権担当能力」・「現実政治」対「理想論・抽象論」という図式で,民主党の弱点を強調することを企図した。だが,麻生はこの図式をオーディエンスの頭のなかに定着させる話術に欠けていた。
理由は「政策」と「政局」が討論で混在したことにある。「政権担当能力」や「現実政治」は,「政策」についての力量を意味する言葉である。にもかかわらず,麻生は小沢問題という「政局」についての議論に時間をかけすぎた。その結果,民主党の政策の不備をつきながら,現実対応能力のちがいを明瞭にするような議論の展開ができなかった。麻生の議論の進め方に戦略ミスがあったと評価してよい。
以上,麻生・鳩山二人の党首討論について,政治コミュニケーションの「形式」における巧拙を見てきた。この党首討論についてだけ言えば,鳩山の技量のほうに評価すべき点が多かった。
もとより,外形だけ整えられれば「よいコミュニケーター」というわけではない。だが,現代は,世論を喚起する政治力が重要なテレビ・デモクラシー時代である。あまりにも形式への配慮を欠いたコミュニケーションは,やはり話者の政治力の低さを表わしていると考えてよいのではないだろうか。