2014年東京都知事選挙におけるメディア利用−ネット選挙運動の動態観察レポート−(総政研レポートNo.012<2014/04/14>)

名古屋外国語大学教授
高瀬淳一

本稿は,2014年2月9日に実施された東京都知事選挙(以下,都知事選)において,有力候補者ならびにその支持者が,テレビ等の既存マスメディアとインターネット(以下,ネット)をいかに選挙戦で活用しようとしたかを調査し,新たな傾向を見いだそうとするものである。

周知のごとく,日本におけるネット選挙運動の解禁は,2013年4月に成立した改正公職選挙法によって実現し,2013年7月の参院選で初めて実際に利用された。今回の都知事選は,ネット選挙運動が利用可能になってからの知事選挙としては, 2013年11月10日投開票の広島県知事選挙,2014年2月2日投開票の長崎県知事選挙に次ぐものであるが,これらの選挙では候補者が2人と少なく,しかも自民党・公明党・民主党が推薦あるいは支持する現職知事に共産党の新人が挑む構造になっていたこともあり,選挙結果に対するネット選挙運動の効果はきわめて限定的であった。

一方,都知事選においては16人が立候補し,しかも衆議院の第1党から第6党まで(自民,民主,公明,維新,みんな,結い)が党本部推薦候補を立てなかった。党本部主導の組織型選挙の程度の低さ,ならびに有権者に占める無党派層の多さといったこの選挙の特徴を念頭に置けば,各候補者がマスメディアやネットを駆使した選挙戦を進めることは容易に想定できた。本稿が,知事選挙の中でも特に都知事選に着目し,選挙におけるマスメディアとネットの利用動向を検討するのは,こうした東京都知事選挙の特徴によるものである。

ちなみに,この選挙は猪瀬直樹前東京都知事が,2013年12月18日に,任期途中で辞職願を提出したために行われた。選挙の告示日は2014年1月23日であった。16人の立候補者のうち,政党(党首個人を含む)が支援を表明したことから「主要候補」と見なされたのは,自民党東京都連と公明党東京都本部が推薦する元厚生労働大臣の舛添要一氏,共産党と社民党が推薦する日本弁護士連合会の元会長の宇都宮健児氏,民主党,結いの党,生活の党が自主的に支援する元総理大臣の細川護熙氏,元東京都知事で日本維新の会の共同代表である石原慎太郎氏が個人的に支援する航空自衛隊の元航空幕僚長の田母神俊雄氏の4人であった(いずれも無所属・新人)。ただし,NHKはニュース等において,IT関連会社役員の家入一真氏と発明家のドクター中松氏を含めた6人を他の候補者と別扱いにした。

選挙結果は,舛添要一氏が2,112,979票(得票率43.4%)を集めて当選となり,以下,宇都宮健児氏(982,594票),細川護熙氏(956,063 票),田母神俊雄氏(610,865 票)などとなった。投票率は都知事選においては過去3番目に低い46.14%であった。

1 メディア選択:テレビを避ける選挙戦術

 今回の都知事選の特徴の1つは,メディアとしてのテレビ利用の低下であった。これには「都知事選に特有の傾向」と「候補者の戦略的判断」が関係しており,必ずしもネット時代への移行ばかりが要因とは言えない。だが,選挙におけるネット利用の解禁によって,代替手段をもった候補者が容易に「テレビ離れ」を選択できるようになったことは明白であり,その一端は今回の都知事選に明瞭に現れていた。

   ちなみに,「都知事選に特有の傾向」とは,無党派層の有権者が多いことを念頭に各党が知名度の高さを候補者選定基準に据えようとする傾向と,それゆえに,各党の推薦候補の選択が政党主導ではなく候補者主導で進められる傾向である(上述のように今回もそうであった)。

 一方,「候補者の戦略的判断」とは,すなわち告示前のマスメディアへの登場を積極的に回避する傾向である。候補者が著名人である以上,マスメディアは過去の経歴,発言,映像等の記録を保有しており,それをもとに人物像を紹介する。そのため,特に批判にさらされやすい有力候補は,告示直前まで正式の立候補宣言を行わないことがイメージダウンを回避するための合理的選択となる。告示後ならば,マスメディアは候補者を平等に扱わなければならなくなり,一人だけを取り上げて批判する報道はしにくくなる。それゆえに,「立候補がうわさされている」といった程度にとどめて名前だけは報道されるようにしながら,記者会見などで攻撃されることのないように,有力候補は立候補宣言の時期を調整するのである。

実際,この戦略が過去の選挙で有効であったとの認識は,候補者のみならず,マスメディアの側にも広まっている。自分たちの都合に合ったかたちで取材等が行えないことから,マスメディアはこうした選択が合法的であるにもかかわらず(選挙運動期間は公職選挙法において告示から投票前日までと定められている),卑怯なイメージが伴う「後出しジャンケン」という呼び名を付けて非難することがあった。告示直前の立候補宣言は有権者に必要な情報提供していないというのが主な理由であった。 今回の都知事選では,細川氏が立候補宣言を告示日直前に行い,併せて告示前と告示直後のメディア露出を明示的に避けた。献金疑惑事件によって首相を就任後8か月半ほどで退いた細川氏に対しては,ジャーナリストからさまざまな批判的質問が向けられることが容易に想定できた。細川陣営はこれを回避しようとしたように見えた。

結果的に,告示9日前に予定された東京青年会議所の討論会が中止となっただけでなく,告示前日に日本記者クラブが企画した共同会見まで「まだ正式な立候補会見をしていない」として細川氏が参加を拒否したために開催されなかった(この結果,日本記者クラブでの記者会見は舛添,宇都宮,田母神3氏の個別会見となった)。

また,告示後の最初の週末となる1月25日と26日にはテレビ各局が主要候補による討論を企画したが,これも実現しなかった。各局とも,どの陣営が不参加を通知してきたかを明らかにはしていないが,朝日新聞(1月30日)は細川氏が「ワイドショーみたいにたたき合う番組っていうのは都民に訴える場として好ましくない」と話していたと報じている。積極的にテレビの報道番組への露出を控える選挙戦術をとったのは,細川陣営であったと考えてほぼ間違いなかろう。

なお,細川陣営は,その後,出演を回避していることを批判されて戦術の見直しを迫られた。そしてその結果,17日間の選挙運動期間のうち1週間が過ぎ,残り10日となった1月30日からテレビ番組に出演するようになった(主要候補4人そろっての出演は計3番組。ほかに,インターネット事業者7社が共催し,動画サイト「ニコニコ生放送」などで放送された討論会が2月1日に1回あった)。

今回の都知事選で見られたのは,主要候補の一人によるテレビを積極的に回避しようとする態度であった。そしてその結果,有権者が主要候補による討論を見る機会は少なくなった。その分,各候補はネット上で自身の意見等を表明することに力点を置かざるをえなくなった。

2 ネット選択:ホームページよりtwitterを重視

今回の都知事選では16人の候補のうち11人が選挙運動にネットを利用した。テレビの討論会などに招かれない「泡沫候補」であれば,ネットを重視した選挙運動を行うことに不思議はない。だが,今回は主要候補の陣営でも明らかにネットの積極的活用が模索された。

まず,各候補ともホームページを用意し,有権者に公的な情報提供手段である「政見放送」や「選挙公報」では示し得ない詳細な政策情報(個人の経歴,政治信条などを含む)を提供した。ただし,宇都宮氏については,ホームページは個人が作成したものではなく,宇都宮氏の当選を願う「希望のまち東京をつくる会」のものとされていた。

「選挙公報」では,主要候補はいずれも有権者を自身のホームページに誘導する工夫を行った。その手法にはヴァリエーションが見られ,宇都宮氏がホームページのURLを掲載したのに対し,田母神氏はQRコードを付けた。一方,舛添氏と細川氏は自信の名前を検索することを有権者にうながした。具体的には,検索「ますぞえ要一」,検索「細川もりひろ」と記載したのである。 加えて,細川氏はtwitterのリンク先を表示した。ホームページへの誘導ではなく,SNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)への誘導を図ったのは主要候補では細川氏だけであった。(ちなみに,IT関連会社役員の家入氏は,「選挙公報」において自身のツイッターやファイスブックへの投稿を呼びかけ,テレビの「政見放送」でもネットを利用して政策づくりを行いたいとの主張を展開した。)

このように,各候補は従来の「政見放送」や「選挙公報」における情報不足をネット上に公開したホームページによって補完しようとしたわけだが,そこでの情報の更新についてはブログも利用された。また,一部の候補はたんにこれらを「政治宣伝の手段」として用いるだけでなく,寄付やボランティアを募る「政治的動員の手段」としても活用しようとしていた。 しかし,今回の都知事選で特に着目すべきは,各陣営がSNSを「政治的動員の手段」として,具体的には街頭演説会場への支持者の動員,候補者の主張の拡散等を図る活動への参加,投票の呼びかけなどに積極的に利用したことであった。そこで今回,筆者はいわゆるタブレットPC2台を持ち歩き,刻々と変化する主要候補者のSNSでの情報発信の動態を観察した。

候補者が活用した主なSNSは,言葉や写真についてはtwitterやfacebookであり,映像については,動画投稿サイトのYouTube, 動画のライブ配信を行うUstreamやツイキャスであった。言葉による書き込みを中心とするSNSでは,街頭活動の予告や感想が多く語られ,政策についての意見発表なども書き込まれた。一方,映像関係のSNSでは,街頭演説の生放送あるいは収録放送に加え,街頭での選挙運動ができない夜半を中心に,政策討論番組などが配信された。

これらのうち,政治的動員という観点から各陣営が特に重視していたのはtwitterであった。この「ひとこと」型SNSの魅力は投稿されるメッセージの「ライブ感」にあるが,選挙運動上の観点からすると,第一の利点は,投稿を見た人が転載することで容易に自分の関係者に候補者の投稿を広められる(リツイートできる)点にある。これがいわゆる「拡散」である。この拡散を通じ,政治的関心が高く候補者の投稿を積極的に読む人から,どちらかというとそうでもない人にまで,候補者が発する情報が広められていく。ホームページなどを通じたネット選挙運動の欠点は,基本的に自発的に政治情報を求める人にしか伝達できない点にある。ゆえに各陣営が,政治への関心が高くない有権者にも情報が伝わるtwitterに期待したのも無理からぬことであった。

選挙期間中,主要候補が個人のtwitterアカウントで発した「つぶやき」は,日々数十を数えた。主要候補では,宇都宮氏の投稿が約1200回ときわめて多く,細川氏は約680回,田母神氏は約600回,支持団体が多いことから無党派層重視の選挙戦術をとらずにすんだ舛添氏が一番少なく,約400回であった。

もちろん,これらのツイートが本人の書き込みによるものかどうかの判別は難しい。ツイートに「選対です」,「スタッフです」などと本人以外による書き込みを容認した候補が多くいた以上,候補者本人名義のアカウントではあっても,各陣営では何人かが書き込める状態になっていたと理解すべきだろう。また,そう理解しないと日に数十回に及ぶ書き込みを続けることは困難にちがいない。つまり,ツイート数は候補者とその陣営の総体がこのSNSをどれほど積極的に活用しようとしていたかを示す指標と考えるべきものである。

なお,候補者のtwitterアカウントが実態としては陣営用で,実際には本人のものでないことを示唆しているケースも見られた。すなわち,細川氏のtwitterは告示とともに始まり,選挙後ほとんど利用されていないのである(選挙後3月末まで7ツイートのみ)。細川氏に強固な政治信条があり,それを支持する人がいたことを思えば,自分自身の言葉で政治的メッセージを選挙後も発信したいと考えるのは当然のことである。しかし,そうした行為がほとんど見られない以上,選挙期間中に見られたtwitterへの積極的投稿は本人の意向よりも陣営の戦略であったと考えるのが妥当だろう。

一方,主要候補のtwitterへの書き込みを積極的に読むことを決めたフォロワー数は,選挙中盤時点(2月1日,15時30分時点,ハフィントンポスト日本版調査)において,田母神氏が約20万1500人(得票数の3分の1程度,ただし東京都知事選の有権者以外も含まれている)と多く,舛添氏は約14万6700人,細川氏は約2万7600人,宇都宮氏は約4万7900人であった。

また,twitterでは,候補者以外からも選挙関連のメッセージが発せられ,流布される。twitter社の日本語ブログによると(https://blog.twitter.com/ja/2014/0210),選挙期間中における都知事選関連のツイート数は約570万ツイートにのぼったという(投票を呼びかける選挙管理委員会からのツイートなども含む)。その中には,候補者への応援メッセージだけでなく,各候補や掲げられた政策を罵倒する投稿や,特定の候補を落選させる運動への参加を呼びかける投稿などもあった。

・結語

今回の都知事選は,無党派層の多さゆえに,ネット選挙運動解禁後の知事選挙では,各候補が最も熱心にネットの利用を試みると予想された。また,「たたき合う」ことのむなしさを批判してテレビ討論への参加を躊躇した細川氏の存在によって,有権者は選挙期間の前半において主要候補の討論を見る機会を得ず,これもまた(報道機関も含めて)各候補のネットにおける発言や活動への関心を高めていた。

 これまでの観察記録から明らかになったように,各陣営が最も力を注いだネット選挙運動はtwitterへの書き込みであった。それは,ホームページやブログが,あるいは各種の動画配信SNSが,主として「宣伝」のツールとして利用されたのに対し,SNSの中でもとりわけ即時性と拡散性にすぐれたtwitterは,動員や批判のツールとして有効であったためであった。もとより,twitterの利用の程度によって当選者が決まるような影響力をこのSNSが持っているとまでは言えない。だが,宇都宮氏が2位となった選挙結果について,あるいは田母神氏が60万票以上を集めたことについて,両者のtwitterの積極的利用が功を奏した可能性は否定できまい。これらの影響については,今後さらに詳細な検討が加えられることになろう。

都知事選に関する現在までの観察で明らかにできたことは,SNS,とりわけtwitterが,選挙の新たなアリーナ(討論・闘争の場)になりつつあることである。2015年には統一地方選挙が予定されている。上記の仮説を確認する上からも,2014年後半から活性化する各地方議員の「つぶやき」を,筆者は今後もフォローしていくつもりである。


2013年師走から年明けの普天間移設劇―東京と名護の二幕(総政研レポートNo.011<2014/03/31>)

早稲田大学政治経済学術院教授
早稲田大学総合政策科学研究所所長
江上 能義

 東京では通常,沖縄について断片的に小さなニュースしか流さない全国紙やテレビ放送が,12月17日,首相官邸で開かれた沖縄政策協議会に安倍首相と仲井真知事が出席して以降,27日の辺野古埋め立て承認の記者会見までの10日間,まるでワイドショーのように,安倍政権と仲井真県政の交渉や会見を大々的に取り上げ続けた。仲井真知事は病院を裏工作の舞台に出たり入ったりしながら,菅幹事長をはじめ与党・政府の要人たちと交渉を重ねた。負担軽減策よりも2921年度まで振興予算の3千億円確保などを前面に押し出した。基地と経済振興策のアメとムチを否定し続けた知事の対応は矛盾に満ちていた(1)。

 こうした泥縄の事前のシナリオでは,年末の知事の辺野古承認発表で幕が下りることがまるでわかっていたかのような報道の仕方だった。

 というのも,11月25日,辺野古移設反対を掲げていた3名の自民党沖縄選出国会議員を,石破幹事長が容認に変えさせたときに,年末の仲井真知事の辺野古容認はもう決まっていたからだろう。沖縄選出国会議員全員が辺野古移設を容認したことを演出して外堀を埋め,同様に反対し続けた自民党沖縄県連を容認に変えさせて内堀を埋めた。外堀,内堀を埋めた後で本丸を落とすのは安倍政権にとってたやすいことだった。県民不在の見え透いた茶番劇をメディアは遂次,報道していたのだ。

 テレビや新聞などでこうしたニュースを見聞きしていた国民の大半は,どうせまた沖縄の知事は最後はカネで政府の要求を飲み,辺野古移設を承認するに決まっていると,高(たか)をくくっていた。事実,その通りになった。安倍首相には感謝されただろうが,仲井真知事の裏切り劇が沖縄県民に与えた衝撃とダメージは計り知れないほど大きい。

 今回の重大な問題で,県知事も自民党の国会議員も県議会議員もすべて選挙公約を破った。これは知事や議員たちに票を投じた有権者に対する明らかな裏切り行為である。こうしたいいかげんな言動がますます政治不信を増幅させ,有権者が政治に背を向けることになる。沖縄の投票率は事実,下がる一方である。

 安倍政権は力づくで仲井真知事を巻き込んで,辺野古移設の道を切り拓いた。ただちに埋め立てへの具体的な作業を進めるだろう。しかし最近の世論調査(2)でもおよそ75%という大多数の県民が反対している辺野古移設が容易に進むとはとても思えないが,それでも日本政府は知事の承認で県民が賛成に転じる,もしくはあきらめることを期待して,説得や切り崩しにかかるだろう。今後もそのためのアメは投入され続けるだろう。

 政府の思惑通りになるのか,それとも「不屈」の運動が広がり,仲井真知事の決断を一蹴して県民があくまで辺野古移設反対を貫きとおすのか,県民の信念と結束が問われる正念場となったのが,年が明けた2014年年1月19日の名護市長選挙であった。辺野古移設の阻止を訴え続けた稲嶺市長と,辺野古移設の推進を主張する末松候補との選挙戦は,争点と立場の総意が明確で,これまでともすれば争点ぼかしの傾向が強かった従来の選挙と比べて大変わかりやすかった。

 その結果,辺野古移設反対の稲嶺進市長が大差で再選されたことによって,辺野古の基地建設を名護市民ははっきりと拒否した。この選挙は今後,しばしば振り返って語られる歴史的な選挙となるだろう。

 投票日前日の18日に私は名護市に行き,両陣営の打ち上げ式に立ち会うことができた。「名護市のことは名護市民が決める」「海にも陸にも新しい基地は造らせない」と主張する稲嶺市長の言葉に歓声と拍手が湧いた。

 私が最も印象に残ったのは,岸本能子氏の話だった。夫で元市長の故岸本建男氏は「政府が辺野古移設を強行すれば,身体を張って阻止する」と生前,語っていたそうだ。政府はまさしく辺野古移設を強行しようとしている。この問題で格闘し,寿命を縮めたかにみえる建男氏も天上で怒っているのではないか。

 着々と布石を打ってきた日本政府も,この大差の敗北に痛撃を受け,知事の辺野古移設容認を内心,喜んでいた多くの国民もこの結果に驚いたことだろう。米軍基地の過重な負担を沖縄に押し続けてきた日本政府も国民もこの選挙結果を謙虚に受け止め,猛省すべきだ。

 名護市に基地は造らせない,これ以上,沖縄に基地を造ることを拒否する,という民意が明確に示されたのだから,辺野古移設を断念すべきだ。日米両政府が本当に民主主義国家なのかどうか,その試金石となる。

 東京新聞は社説で「日米安全保障体制の恩恵を国民が等しく享受しながら,その負担を沖縄という一地域に押し付けていては民主主義国家とは言えまい」「在日米軍基地問題は突き詰めれば日本の主権の問題だ。今回の市長選は名護市民のみならず,すべての日本国民にも,民主主義のありようを問うているのである」(3)と喝破している。

 安倍政権は沖縄選出の自民党議員全員を移設容認させ,さらし者にした。自民県連も容認に転じさせた。そしてついに仲井真知事に埋め立てを承認させた。こういった中央政府が地方をねじ伏せる強引なやり方が名護市民や沖縄県民の激しい怒りを買った。安倍政権の傲慢な姿勢に沖縄が拒絶反応を示した選挙結果といえよう。

 アメとムチで基地建設を迫る日本政府の旧態依然の手法も拒絶した。アメの極めつきは石破幹事長の500億円基金構想の発言だった。公職選挙法に違反するのではないかと思わせる露骨なアメの提示だった。「バカにするな」というメールが名護の子供たちの間でさえ飛び交ったそうだ。それほど名護市民の心を傷つけた発言だった。この発言が末松陣営には致命傷になったと私は思う。アメで心は売らない,という決意を多くの名護市民に固めさせた象徴的な発言だった。

 昨年末,政府の経済振興策と引き換えの仲井真知事の辺野古埋め立て承認によって,日本国民は,「アメをあげれば沖縄は基地を受け入れる」と思いこんだ。この選挙結果は,変節した知事とは対照的に,沖縄の人々の生きる誇りを国内外に高らかにアピールしたといえよう。

表1.2014年名護市長選挙得票数(選管最終)   投票率:76.71%
当選 稲嶺 進(68歳)        19,839票
    無所属現職
    社民,共産,社大,生活推薦

   末松 文信(65歳)         15,684票
    無所属新人
    自民推薦


(1)『沖縄タイムス』2013年12月29日。
(2) 2013年4月の沖縄タイムス社と琉球朝日放送による全県の世論調査では,普天間飛行場の名護市辺野古移設に対して,「反対」が74.7%に達し,「賛成」は15.0%,「どちらとも言えない」が10.3%だった(『沖縄タイムス』2013年4月12日)。 
(3)『東京新聞』2014年1月14日。



早稲田大学出身の国会議員リスト―第46回総選挙結果から(総政研レポートNo.010<2013/03/01>)

早稲田大学政治経済学術院教授
早稲田大学総合政策科学研究所所長
江上 能義

 2012(平成24)年11月16日に実施された第46回衆議院議員総選挙では,民主圧勝自民惨敗で政権が交代した前回とは正反対の自民圧勝民主惨敗の結果となって,自民党は公明党と共に政権の座に返り咲いた。自民党は改選前の119議席から倍増をさらに上回る294議席を獲得し,単独で絶対安定多数を確保した。また公明党の31議席と合わせると325議席となり,衆議院再可決が可能となる3分の2を超える大勝となった。

 一方,前回の総選挙で308議席を獲得した民主党は,改選前の230議席のほほ4分の1にとどまる57議席しか獲得できず,大敗を喫した。第三極として注目されていた日本維新の会が54議席と民主党とほぼ並び,みんなの党が改選前の8議席から18議席へと大幅に議席を伸ばす一方,民主党離党者が参加した日本未来の党は,改選前の61議席から9議席と惨敗した。

 結局,自民党が議員定数480の過半数を優に超えて6割を占め,残りの4割の中に民主,維新,公明,みんなやその他の小党が林立する,という構図になった。前回の選挙結果も,前回から大きくスウィングした今回の選挙結果も,真の勝利者は小選挙区制といえよう。

 今回の総選挙で当選した総数480名の衆議院議員のち早稲田大学出身者は58名である。前回の当選議員は69名だったので,11名の大幅減である。衆議院議員8名中1名が早稲田出身者という概算になる。所属政党別にみると,自民党40名,民主党10名,公明2名,みらい2名,未来2名,維新1名,新党大地1名となっていて,7割近くを自民党議員が占めて突出している。前回の選出議員は民主党43名,自民党21名だったので,今回は前回と比べて自民党議員が倍増したのに対し,民主党議員が4分の1以下に激減したことがわかる。

 これらの早大出身者に限れば,自民党議員の平均年齢は50.75歳,民主党議員は55.7歳と,自民党議員のほうが若い。前回選出の自民党議員の平均年齢が54.9歳だったので,自民党議員は若返ったといえよう。逆に,民主党議員のほうは,前回の50.35歳から高齢化した。出身学部は法学部(15)や政経学部(13)が多く,商学部(6)や教育学部(6)が続く。大学院の出身者も増えてきて今回は9名,なかでも公共経営の6名が目立つ。

 他の大学と議員数を比較すると,東大出身者が92名と最も多く,2位が早大の58名,3位は慶大の51名と続く。4位が京大と日大の20名,6位中大13名,7位明大12名,その後はひとけたで創価大,東北大,専大,北大などである。上位7大学の順位は前回と変わらないが,米国や英国の大学出身者も増加してきていて,とくに今回の総選挙で,ハーバード大の大学院出身者が11名であるのは目立つ。1位の東大は前回の95名から92名と若干,減少した。慶大は前々回の57名から前回には41名と激減したが,今回は51名と大幅に回復し,早大に迫っている。 以下の表1に,今回の第46回総選挙で当選した早稲田大学出身の衆議院議員リスト,表2に,早稲田大学出身の参議院議員リストを掲載した。

・表1&表2 Adobe Reader 〔別ウィンドウで表示〕


早稲田大学出身の国会議員リスト―2012(平成24)年3月現在(総政研レポートNo.009<2012/03/16>)

早稲田大学政治経済学術院教授
早稲田大学総合政策科学研究所所長
江上 能義

 2009年9月の「総政研レポート」No.004で,同年8月に実施された第45回総選挙結果を受けて,早稲田大学出身の衆参両院の国会議員リストを筆者は提示した。だがその後,2010(平成22)年に参議院議員選挙が実施されて,参議院議員のメンバーも代わったので,2012年3月時点で更新し,早大出身の衆参両院国会議員リストを提示する。

 2009(平成21)年8月30日に実施された第45回総選挙は,周知のように自民党から民主党への政権交代という歴史的な出来事をもたらした。表1.は,この選挙で新たに選出された衆議院議員(定数:480)のうちで,早稲田大学出身者69名のリストである。出身の大学と大学院が異なると,リストにデータ漏れが生じている可能性があるが,その場合はご容赦いただきたい。

 衆議院議員総数480名のうち早稲田出身者が69名ということは,衆議院議員全体の14.3%,言いかえれば,衆議院議員7名のうち1名が早大出身者という概算になる。所属政党別にみると,民主党45名,自民党21名,公明党1名,みんなの党1名,となっている。

 出身学部は政経学部や法学部や商学部が多いが,他の学部からもまんべんなく議員を輩出している。また7名が大学院出身で,稲門国会議員の中でこれから大学院修了者が増えていくことが予想される。

 他の大学と議員数を比較すると,東大出身者が95名と最も多く,2位が早大の69名,3位が慶大の41名,4位が京大と日大の22名,6位が中大の15名,となる。あとはひとケタで,明大,一橋大,立命館,東北大,法大などが続く。ハーバード大,コロンビア大,ジョージタウン大,オクスフォード大など,欧米の大学出身者も目立つようになってきた。

 東大,早大,慶大,日大,京大,中大の上位6大学はこれまでコンスタントに多数の国会議員を輩出してきたが,4年前の前回の総選挙と比較すると変化がみられる。トップの東大は前回104名の当選者を出したが,今回は9名減らして95名となっている。早大は前回の当選者数が63名だったので6名増になった。慶大は前回57名だったが,今回は16名も減らして41名となった。日大は前回の21名から今回の22名へ1増,京大は前回の18名から4名増やして22名となった。中大は前回の26名から今回は11名も減らして15名となった。明大は前回13名が今回9名とひとケタになった。 このように,政権交代を実現したこの歴史的な総選挙で,東大,慶大,中大,明大の退潮が著しく,早大と京大は逆に議員数を増やしていることが明らかになった。

 参議院(議員定数242)にも26名の早稲田出身の議員がいる。前回(2007年)の通常選挙では25名だったので,1名増えた。首位は東大で34名,2位が早稲田で26名,3位慶大19名,4位京大11名,5位日大7名と続く。1位から4位までの順位は,衆参両院ともほとんど変わらない。表2.を参照されたい。

表1.早稲田大学出身の衆議院議員リスト(2012年3月現在)
第45回総選挙−2009(平成21)年8月30日投開票―
1北海道11区石川知裕②民主38歳  
同12区武部 勤⑧自民70歳比例二法
岩手2区畑 浩治①民主48歳  
同3区黄川田 徹④民主58歳  
宮城3区橋本 清仁②民主40歳  
同5区安住 淳⑤民主50歳  社学 *財務大臣
秋田3区京野 公子①民主62歳  文中退
福島3区吉野 正芳④自民63歳比例
同4区渡部 恒三⑭民主79歳  
10千葉3区岡島 一正②民主54歳  社学
11  松野 博一④自民49歳比例
12同4区野田 佳彦⑤民主54歳  政経 *総理大臣
13同5区村越 祐民②民主38歳  法研中退
14同6区生方 幸夫④民主64歳  
15同8区松崎 公昭④民主68歳  
16同10区谷田川 元①民主49歳  政経
17神奈川6区池田 元久⑥民主71歳  政経
18同18区樋高 剛③民主46歳  社学
19南関東比例区古屋 範子③公明55歳  
20東京3区松原 仁④民主55歳  商 *国家公安委員長
21同4区平 将明②自民45歳比例
22同5区手塚 仁雄③民主45歳  
23同9区菅原 一秀③自民50歳比例政経
24同11区下村 博文⑤自民57歳  教育
25同13区平山 泰朗①民主40歳  政経
26東京比例区中津川博郷③民主62歳  
27茨城2区額賀福志郎⑨自民68歳比例政経
28同3区小泉 俊明③民主54歳  政経
29栃木3区渡辺 喜美⑤みんな59歳  政経
30同5区富岡 芳忠①民主45歳比例政経
31群馬2区石関 貴史②民主40歳  政経
32同4区福田 康夫⑦自民75歳  政経
33同5区小渕 優子④自民38歳  公共経営(修士)
34埼玉6区大島 敦④民主55歳  
35同13区森岡洋一郎①民主37歳  
36北関東比例区野木 実①民主70歳  
37北関東比例区中島 政希①無所属58歳  法研(修士)
38新潟5区田中真紀子⑥民主68歳  
39同6区筒井 信隆⑤民主67歳  
40石川2区森 朗⑭自民74歳  
41福井1区稲田 朋美②自民53歳  
42同上笹木 竜三④民主55歳比例政研(修士)
43長野5区加藤 学①民主43歳  
44岐阜5区阿知波吉信①民主48歳  政経
45静岡3区小山 展弘①民主36歳  政研(修士)
46同6区渡辺 周⑤民主50歳  政経
47愛知5区赤松 広隆⑦民主63歳  政経
48同10区杉本かずみ①民主51歳  政経
49同12区中根 康浩②民主49歳  
50東海比例区山田 良司①民主51歳  公共経営・中退
51同上橋本 勉①民主58歳  社研博士課程中退
52鳥取2区湯原 俊二①民主49歳比例社学
53広島1区岸田 文雄⑥自民54歳  
54大阪4区吉田おさむ④民主49歳  
55同10区元 清美④民主51歳  教育
56同上松浪 健太③自民40歳比例
57兵庫5区梶原 康弘②民主55歳  
58和歌山2区阪口 直人①民主48歳  教育
59和歌山2区石田 真敏④自民59歳比例政経
60近畿比例区柳本 卓治⑥自民67歳  商・院
61徳島2区高井 美穂③民主40歳  
62高知3区山本 有二⑦自民59歳  
63福岡11区武田 良太③自民43歳  公共経営(修士)
64長崎3区山田 正彦⑤民主69歳  
65同4区北村 誠吾④自民65歳比例政経
66熊本5区金子 恭之④自民51歳  
67大分2区衛藤征士郎⑨無所属70歳比例政研(修士)
68同3区岩屋 毅⑤自民54歳比例政経
69鹿児島1区川内 博史⑤民主50歳  政経

表2.早稲田大学出身の参議院議員リスト(2012年3月現在)
第22回通常選挙―2010(平成22)年7月11日―
1比例代表平成19池口 修次②民主62歳理工
2比例代表平成19山田 俊男①自民65歳政経
3比例代表平成19丸山 和也①自民66歳
4比例代表平成22柴田 巧①みんな51歳政研(修)
5比例代表平成22寺田 典城①みんな71歳二法
6比例代表平成22田村 智子①共産46歳一文
7比例代表平成22荒井 広幸②新改
③衆
53歳社学
8秋田県平成22石井 浩郎①自民47歳二文中退
9山形県平成22岸 宏一③自民71歳政経
10福島県平成22増子 輝彦②民主64歳
11千葉県平成19長浜 博行①民主53歳政経
12千葉県平成22水野 賢一①みんな45歳政経
13長野県平成19吉田 博美②自民62歳社学
14長野県平成22若林 健太①自民48歳公共経営(修)
15長野県平成22北澤 俊美④民主73歳
16静岡県平成19牧野 たかお①自民53歳
17静岡県平成22藤本 祐司②民主55歳
18愛知県平成19大塚 耕平②民主52歳社学研究科(博)
19滋賀県平成19徳永 久志①民主48歳政経
20滋賀県平成22林 久美子②民主39歳一文
21兵庫県平成19鴻池 祥肇③自民
②衆
71歳教育
22和歌山県平成19世耕 弘成③自民49歳政経
23島根県平成22青木 一彦①自民50歳教育
24愛媛県平成19友近 聡朗①民主36歳人間科学
25愛媛県平成22山本 順三②自民57歳政経
26高知県平成22広田 一②民主43歳社学
(注)○内の数字は当選回数 *出典:日本政経新聞社『国会便覧』平成24年2月新版(130版)



菅内閣総理大臣の所信表明演説のレトリックに関する一考察(総政研レポートNo.008<2010/06/18>)

名古屋外国語大学・大学院教授
早稲田大学総合政策科学研究所研究員
高瀬淳一

 2010年6月11日,菅直人首相は就任後初の国会演説となる「所信表明演説」をおこなった。本稿では,この菅首相の所信表明演説のレトリック上の特徴を指摘し,その政治コミュニケーション上の特徴について検討する。

特徴その1 キャッチフレーズの変化

 まず,全体構成を表す言葉に注目しながら,菅首相の所信表明演説を鳩山前首相の就任直後の所信表明演説と比べてみよう。
 2009年10月26日に行われた鳩山前首相の所信表明演説は,次のような構成になっていた(括弧内は小見出し)。

  一 はじめに
    (戦後行政の大掃除)
  二 いのちを守り国民生活を第一とした政治
    (友愛政治の原点)
    (国民のいのちと生活を守る政治)
  三 「居場所と出番」のある社会,「支え合って生きていく日本」
    (人の笑顔がわが歓び)
    (地域の「絆」)
    (「新しい公共」)
  四 人間のための経済へ
    (経済・雇用危機の克服と安定した経済成長)
    (「地域主権」改革の断行)
  五 「架け橋」としての日本
  六 むすび

 鳩山演説の見出し語には,具体的内容よりも,むしろ聞こえのよさを優先して選択された言葉が多く用いられている。見出し語以外にも,この演説には「居場所と出番のある社会」,「友好と連帯の実りの海」,「無血の平成維新」といったイメージ化されたフレーズが多用されている。こうした情緒的なフレーズの利用は,明らかに鳩山演説を特徴づけている。
 一方,菅首相の演説では,こうした情緒的フレーズはほとんど使われていない。鳩山政権が用いたものは一部で継承されたものの,目立ったのはむしろ政策の方向性をシンプルに示す言葉である。菅首相の所信表明演説の構成は以下のようになっていた。

  一 はじめに
    (信頼回復による再出発)
    (「草の根」からの取組)
    (身一つでの政治参加)
    (真の国民主権の実現)
    (新内閣の政策課題)
  二 改革の続行―戦後行政の大掃除の本格実施
    (改革の続行)
    (無駄遣いの根絶と行政の見直し)
    (地域主権・郵政改革の推進)
  三 閉塞状況の打破―経済・財政・社会保障の一体的建て直し
    (「第三の道」による建て直し)
    (「強い経済」の実現)
    (財政健全化による「強い財政」の実現)
    (「強い社会保障」の実現)
    (「一人ひとりを包摂する社会」の実現)
  四 責任感に立脚した外交・安全保障政策
    (国民の責任感に立脚した外交)
    (外交・安全保障政策の考え方)
    (普天間基地移設問題)
  五 むすび

 菅演説において,鳩山的フレーズである「大掃除」は,比喩を止めて「改革の続行」や「無駄遣いの根絶」に具体化され,やさしさをイメージさせる「人間のための経済」は,「強い経済・財政・社会保障」に変わった。外交についても,「架け橋」のような比喩的イメージ語は用いず,むしろ事務的・官僚的な表現に終始した。
 鳩山前首相を象徴する「いのち」あるいは「友愛」がなくなったのは当然としても,興味深いのは,民主党のスローガンである「生活」も重要語句からはずされたことである。
 「国民の生活が第一」や「生活維新」といったフレーズは,小沢一郎前民主党幹事長を象徴する言葉である。政治は生活を豊かにすることであるというのは,小沢氏の師である田中角栄の主義でもあった。
 菅首相は,この「生活」を巧みに避け,自身が好きな「強い」を,とくに経済政策について多用した。ちなみに,2003年の総選挙において,当時も民主党代表であった菅氏が政党CMやマニフェストで掲げた言葉は「つよい日本をつくる」であった。
 「生活」の強調は,生活への不満をかきたてることで,政治からの恩恵的資源分配(=バラマキ)に対する期待を高める効果をもつ(拙著『政治家を疑え』講談社)。財政再建を掲げる菅首相が意識的に排除しようとしたのは,「生活」がもつこうしたニュアンスだったのではないか。
 実際,菅首相は所信表明演説に先立つ就任直後の記者会見でも,「政治=生活第一」といった考えの修正を試みている。政治の役割は不幸を最小にすることであると述べ,「政治=最小不幸」と再定義したのである。筆者は,これを言葉による小沢流バラマキ政治からの脱却の試みではないか,と考えている。

特徴その2 名言の引用,庶民向エピソードの不在

 通常,国会における政府演説は,所信表明演説であれ施政方針演説であれ,国民に聞かせることを意識して身近なエピソードや偉人の言葉などを引用するのが,近年の通例である。言うまでもなく,政治演説大国であるアメリカでは,こうした工夫は当然のこととされている。
 鳩山前首相は,劇作家に草稿を依頼するまでして,こうした演説レトリック面での工夫に力を入れた。だが,それは鳩山前首相個人の日頃の言動から乖離していたためにリアリティをもたず,かえってイメージを悪くした面があった。この点については,この総政研レポートでも指摘したとおりである(拙著「鳩山内閣総理大臣の施政方針演説のレトリックに関する一考察」,総政研レポートNo.006)。
 この鳩山氏の失敗をふまえてのことか,菅首相は名句やエピソードを演説に盛り込まなかった。例外は自身の政治経験である。自分の出自や政治活動の原点を語ったのは,自分が近年の自民党・民主党のリーダーたちと違って二世議員ではなく,また市民運動出身であることを強くアピールしたいとのねらいがあったためにちがいない。また,名言を用いて格調高い演説をするよりも,本気で政治に取り組む姿勢をアピールすることには,鳩山政権に付きまとった「言葉だけ」のイメージを打破する意図もあったのかもしれない。
 こうした名句やエピソードの不在は,マスメディア時代の政治演説のレトリックとしてはけっして望ましいものではない。しかも,菅首相はこれまでも「やるやる詐欺」など,マスメディア受けする発言をしてきている。今回の所信表明演説ではあえてレトリックを封印したかたちとなったが,この演説だけで菅首相の政治コニュニケーション能力を判断することはできないであろう。
 ただ,厳しい評価をするならば,自身の政治経験への言及において,制約された演説時間のなか,なぜ自分が学生時代に勉強した政治理論の話を日本の政治学者2名(松下圭一,永井陽之助)の名前を出して語る必要があったのか。この点は理解に苦しむ。鳩山演説においては,名前への言及はアインシュタインやガンジーであった。人への言及は,それが政策よりも具体性を帯びるために,演説の印象を左右しやすい。国民が耳にする演説において,自身の学生時代の勉強から政治理念を語るという手法は得策とは言えない。菅首相の好みでこうした内容が盛り込まれたのであれば,その政治コミュニケーションの資質についても問題点が見られないわけではない。

特徴その3 外交政策に対する官僚的・総花的言及

 菅首相は,この所信表明演説の最後の「むすび」で「政治的リーダーシップの欠如」の問題に言及する。そして「本日の演説を皮切りに,順次ビジョンを提案する」と述べる。
 蔵相から首相になった経歴を反映したためか,たしかにこの演説では経済・財政・社会保障についての新たなビジョン=「第三の道」が提示された。そして,蔵相時代から責任者となって策定を進めてきた「新成長戦略」の内容がかなり詳細に述べられた。しかし,「外交・安全保障政策の考え方」では,外交上重要な国・地域などについて一言ずつ総花的に触れるといった内容となった。
 演説時間の制約があったとはいえ,学生時代の勉強の話まで持ち出して「現実主義を基調とした外交」を論じた直後である。しかも,この外交・安全保障のパートの後には,すでに述べたように「政治的リーダーシップの欠如」を非難する「むすび」が続く。
 なぜ菅首相は,月末にG8・G20のサミット,ならびに日米首脳会談などの二国間会合が控えているにもかかわらず,かくも形式的・官僚的な表現に終始したのであろうか。「日米同盟は基軸」といったありきたりの表現だけでなく,オバマ大統領とは外交・安全保障問題について,こんな話がしたい,といった内容を盛り込むことも可能であったはずである。また,経験を語るのであれば,学生時代の勉強の話よりも,自身が参加したG7・G20などの国際会議のエピソードなどを語り,各国の政治家との面識などをアピールしてもよかった。いずれにせよ,菅演説の外交パートは,鳩山演説のそれと比べて,明らかに質量ともに見劣りするものとなっている。

 菅首相の今回の所信表明演説では,得意であるはずの政治レトリックが封印されていた。就任直後の記者会見では,「最小不幸」,「奇兵隊内閣」などの独自フレーズを用いていただけに,心に残る政治演説を期待していた国民には物足りなさが残ったにちがいない。
 内容的にも,学生時代の話や市民参加運動からの政治経験が強調されたためか,ベテラン政治家らしさも十分にアピールできていなかった。実際,内政については改革の理念を明らかにしたものの,外交や安全保障については形式的な言及に終始していた。普天間問題や北朝鮮問題に対する政治的リーダーシップを期待していた国民は,多少なりとも不満を抱いたのではないか。
 たしかに国会における政府演説は,基本的には国会議員に向けたものである。その点では,菅首相が党派を超えた議論による財政問題の解決を訴えたことは特筆に値する。とはいえ,「参加民主主義」を信奉する菅首相であれば,この演説が同時に国民の支持をも喚起すべきものであることを知らぬはずはない。
 鳩山前首相の失敗をふまえてものであるとはいえ,話し上手の菅首相の所信表明演説が,レトリックの少ない政策解説を早口で読み上げただけ,といった印象に終わってしまったことは,政治コミュニケーション学的にはきわめて残念な結果となったと言えるだろう。



早稲田大学出身の県知事・県議会議員リスト(九州・沖縄地域)(総政研レポートNo.007<2010/03/17>)

早稲田大学大隈記念大学院公共経営研究科教授
早稲田大学総合政策科学研究所所長
江上能義

1 県知事

 2010年2月末日現在,九州・沖縄地域8県における早稲田大学出身の県知事は,宮崎県知事の東国原英夫氏1名のみである。東国原氏は2007(平成19)年1月の県知事選で初当選。

 ちなみに宮崎県知事以外の九州・沖縄地区の各県知事の出身大学は東大4,京大1,長崎大1,ハーバード大1で東大卒が突出している。経歴で目立つのは通産省出身3,自治省2と中央省庁出身者が非常に多いことである。

生年月日出身略歴学歴
東国原
 英夫
1957(昭和32)年9月16日宮崎県都城市たけし軍団昭和55年
 専修大経済学部卒
平成16年
 早稲田大学第二文学部卒
平成18年
 早稲田大学政経学部中退

2 県議会議員

 九州・沖縄地域における早稲田大学出身の県議会議員は,長崎2(議員定数46),佐賀0(議員定数40),福岡4(議員定数88),熊本2(議員定数49),大分2(議員定数44),宮崎2(議員定数45),鹿児島2(議員定数54),沖縄0(議員定数48),合計14名である。

 長崎県議会議員の学歴上の特徴は,地元の高校出身者(中退を含む)が17名と非常に多くて,議員定数の3分の1以上を占めている。大学卒業者の出身大学はさまざまであり,とくに地元の大学が多いわけではない。ちなみに長崎大学出身者はゼロで,長崎県内の短大出身者が2名いる。

 佐賀県議会議員の特徴は,隣接する福岡県の大学(九州大学,福岡大学,九州産業大学など)の出身者が多いことである。ちなみに佐賀大学など佐賀県内の大学出身者はゼロである。また地元の高校卒業者が多く,議員定数の3割を占めている。

 福岡県議会議員の場合は,県内の大学出身者が多いのが特徴である。福岡大学(私立)と九州産業大学出身者(私立)がともに7名で最も多く,九州大学(5),西南学院大学(3),久留米大学(3),北九州大学(3)が続く。県外の大学出身者では,早稲田大学(4),日本大学(4),慶応大学(3),創価大学(3)などが目立つ。地元の高校出身者も14名と多い。九州・沖縄地域で早稲田大学出身の県議会議員を最も多く輩出している県である。

 熊本県議会議員の場合,大学卒の議員の出身大学はとくに特徴はない。県内の大学出身者では,熊本商大(現在の熊本学園大学)出身者が1名,中九州短期大学出身者が1名のみで非常に少ない。議員定数の3分の1を占める16名の県議が地元高校出身であることが熊本県議会議員の特色といえよう。なかでも熊本工業高校卒が4名と最も多い。

 大分県議会議員の場合,大学卒業の議員では地元の大分大学(国立)出身者3名(大学院修了を含む)以外は分布に特徴はない。議員定数の約3分の1が地元高校出身者であることが際立った特色である。

 宮崎県議会議員の場合,大学卒業の議員の中で,宮崎大学(国立)の出身者が7名と突出している。議員定数の約4分の1が地元高校出身者であることも特色として挙げられる。

 鹿児島県議会議員の特徴は,国立の鹿児島大学出身者と私立の鹿児島経済大学出身者(中退を含む)がともに5名で最も多く,創価大学(3)と日本大学(3)が続く。地元の高校卒業者が6名,中学卒業者が2名いる。

 沖縄県議会議員の際立った特色は,沖縄県内の大学出身者がはるかに多いことである。国立の琉球大学出身者9名(大学院修了を含む)を筆頭に私立の沖縄大学出身者5名(中退を含む),私立の沖縄国際大学出身者3名(中退を含む)と続く。本土の大学出身者は拡散している。名門校として知られた高校の出身者が8名いる。

 以上,九州・沖縄地域における県議会議員の学歴の特徴をまとめると,地元の大学出身者が多い県とそうでない県に分かれる。また全体的に地元の高校出身者が多いといえよう。

県名当選回数
/政党
生年月日略歴学歴
高比良
 元
長崎1/民主1952(昭和27)年5月7日三和町長/県企画調整課企画監早稲田大学法学部卒
宮内
雪夫
長崎10/自民1933(昭和8)年7月20日福祉法人理事長早稲田大学卒
中村
明彦
福岡7/自民1955(昭和30)年2月14日党県幹事長早稲田大学卒
浦田
憲一
福岡2/自民1942(昭和17)年7月26日市議/PTA連会長早稲田大学法学部卒
古川
 忠
福岡4/無所属1948(昭和23)年9月25日県私学教育振興会/新聞記者早稲田大学卒
板橋
元昭
福岡7/自民1939(昭和14)年1月1日党県幹事長/酒造会社会長早稲田大学第一商学部卒
堤 
泰宏
熊本3/無所属1947(昭和22)年5月7日会社役員早稲田大学卒
濱田
大造
熊本1/民主1960(昭和45)年7月19日日商岩井勤務/衆院議員事務所早稲田大学政経学部経済学科卒/08・4月 熊本大学大学院政策研究コース入学
末宗
秀雄
大分2/無所属1954年建設会社重役/市議早稲田大学卒
浜田
 洋
大分1/無所属1943年町商工会長/町議早稲田大学卒
新見
昌安
宮崎3/公明1952(昭和27)年5月26日宮崎銀行/党県幹事長早稲田大学法学部卒
武井
俊輔
宮崎1/無所属1975(昭和50)年3月宮崎交通/市民団体代表中央大学文学部卒/早稲田大学大学院公共経営研究科修了
中重
真一
鹿児島1/無所属1977(昭和52)年3月28日会社役員/市議早稲田大学法学部卒
鶴田
志郎
鹿児島3/自民1957(昭和32)年12月29日農業団体役員/衆院議員秘書早稲田大学卒

*選挙年月日
長崎県議会:2007(平成19)年4月8日
佐賀県議会:2007年4月8日
福岡県議会:2007年4月8日
熊本県議会:2007年4月8日
大分県議会:2007年4月8日
宮崎県議会:2007年4月8日
鹿児島県議会:2007年4月8日
沖縄県議会:2008(平成20)年6月8日

主要参考データ
・長崎県議会,佐賀県議会,福岡県議会,大分県議会,宮崎県議会,熊本県議会,鹿児島県議会,沖縄県議会の各ホームページ
・http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/election/2007unity/nagasaki/
 20070331/20070331_001.shtml(2010年2月5日閲覧)
・http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/election/2007unity/nagasaki/
 20070331/20070331_002.shtml(2010年2月5日閲覧)
・http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/election/2007unity/nagasaki/
 20070331/20070331_003.shtml(2010年2月5日閲覧)
・http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/election/2007unity/saga/
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・http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/election/2007unity/saga/
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・http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/election/2007unity/fukuoka/
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・http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/election/2007unity/fukuoka/
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・http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/election/2007unity/fukuoka/
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・http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/election/2007unity/ooita/
 20070331/20070331_001.shtml(2010年2月6日閲覧)
・http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/election/2007unity/ooita/
 20070331/20070331_002.shtml(2010年2月6日閲覧)
・http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/election/2007unity/kumamoto/
 20070331/20070331_001.shtml(2010年2月6日閲覧)
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 20070331/20070331_003.shtml(2010年2月6日閲覧)
・http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/election/2007unity/miyazaki/
 20070331/20070331_001.shtml(2010年2月6日閲覧)
・http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/election/2007unity/miyazaki/
 20070331/20070331_002.shtml(2010年2月6日閲覧)
・http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/election/2007unity/kagoshima/
 20070331/20070331_001.shtml(2010年2月6日閲覧)
・http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/election/2007unity/kagoshima/
 20070331/20070331_002.shtml(2010年2月6日閲覧)
・http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/election/2007unity/kagoshima/
 20070331/20070331_003.shtml(2010年2月6日閲覧)
・http://www.nishinippon.co.jp/nnp/politics/election/2007unity/kagoshima/
 20070331/20070331_004.shtml(2010年2月6日閲覧)
・『琉球新報』2008(平成20)年6月8日,9日
・『西日本新聞』(福岡版)2007(平成19)年3月30日,4月9日



鳩山内閣総理大臣の施政方針演説のレトリックに関する一考察(総政研レポートNo.006<2010/02/21>)

名古屋外国語大学・大学院教授
早稲田大学総合政策科学研究所研究員
高瀬淳一

 2010年1月29日,鳩山首相は政権交代後では初となる「施政方針演説」をおこなった。施政方針演説は,通常国会での予算審議に先立ち,国会で国政全般について説明する重要演説である。鳩山首相はすでに就任直後の臨時国会で「所信表明演説」をおこなっているが,質・量両面から見て,本格的な国会演説として評価すべきは今回の「施政方針演説」であろう。実際,今回の施政方針演説の長さは字数にして約1万3600字,歴代首相の国会演説のなかでも第2位の長さとなった(第1位は1996年の橋本龍太郎総理の施政方針演説)。
 本稿では,この鳩山首相の施政方針演説のレトリック上の特徴を指摘し,その政治コミュニケーション上の有効性について検討を加える。

特徴その1  冒頭部における奇をてらった叫び

「いのちを,守りたい。 いのちを守りたいと,願うのです。 」
(引用文の表記は首相官邸のホームページによる,以下同)

 鳩山首相の施政方針演説は,このような自己の願望の叫びから始まった。そして,「生まれくるいのち,そして,育ちゆくいのちを守りたい」,「働くいのちを守りたい」,「世界のいのちを守りたい」,「地球のいのちを守りたい」と,小見出しのように「いのちを守りたい」という表現を繰り返しながら,鳩山首相はまず演説冒頭で,今後どういう社会を作っていくべきかについて,自己の理念を述べた。
 従来の施政方針演説の冒頭での発言は,①形式的・儀礼的な文言で始まるものか,②内閣が掲げる政治的スローガンをアピールするものか,のいずれかのパターンに依拠してきた。そして,②の場合,政治的スローガンはそれまでの政権運営や時代認識に関連づけられ,「日本の在り方」を念頭においた発言というかたちをとっていた。

 ①の「形式的・儀礼的な文言」の近年の例としては,以下のようなものがある。
「第162回国会の開会に臨み,小泉内閣として国政に当たる基本方針を申し述べ,国民の皆様の御理解と御協力を得たいと思います。」(小泉純一郎)
「第169回国会の開会に当たり,国政に臨む所信の一端を申し述べます。」(福田康夫)
 ②の「政治的スローガンのアピール」の近年の例としては,以下のようなものがある。
「内閣総理大臣に就任して4年9か月,私は,日本を再生し,自信と誇りに満ちた社会を築くため,『改革なくして成長なし』,この一貫した方針の下,構造改革に全力で取り組んでまいりました。」(小泉純一郎)
「昨年9月,私は,総理に就任した際,安倍内閣の目指す日本の姿は,世界の人々が憧れと尊敬を抱き,子どもたちの世代が自信と誇りを持つことができるように,活力とチャンスと優しさに満ちあふれ,自律の精神を大事にする,世界に開かれた『美しい国,日本』であることを国民の皆様にお示ししました。(〜中略〜) 安倍内閣として国政に当たる基本方針を申し上げます。」(安倍晋三)
「今年は,平成21年。天皇陛下がご即位されて,満20年になりました。国民の皆様と,お祝い申し上げたいと存じます。 世界は今,新しい時代に入ろうとしています。その際に,日本が果たすべきは,『新しい秩序創りへの貢献』です。同時に,日本自身もまた,時代の変化を乗り越えなければなりません。目指すべきは,『安心と活力ある社会』です。 新しい世界を創るために,どのように貢献すべきか。新しい日本を創るために,何をなすべきか。私の考えをお話ししたいと存じます。 」(麻生太郎)

 この類型で言えば,今回の鳩山演説は,自己の政治理念をスローガン的にアピールしている点で,②に位置づけてよい。ただし,政権運営や時代認識よりも自己の心情吐露を優先させた点を考えると,「②の変形」とみなすのが妥当であろう。

 たしかに,この演説において「いのち」は「友愛」に代わって,鳩山内閣の政治理念を示すものとして聴衆に強く記憶された。マスメディアも,「いのち」が24回繰り返されたことに重きを置いて報道した。(ちなみに「友愛」は,「むすび」の部分で,再び「いのちを守りたい」を繰り返し叫んだあと,それを「私の友愛政治の中核をなす理念」と位置づける際に1度登場しただけであった。)
「いのち」重視に対する国民の声も,「いのちをまもる」ことを批判する意見が出にくいためか,あるいは内容的に政府による恩恵的保護を予告しているためか,おおむね好意的であったようである。

 しかし,演説冒頭から「いのちを,守りたい」と叫ぶ演劇的手法が,聴衆にいささか奇異な感じを与えたことも否めない。従来の演説が,自己の政治スローガンをアピールする場合であっても,時代についての認識や国家へのまなざしを踏まえたものであったのに対し,鳩山演説はひたすらに「個人の感情がほとばしる」かのごとき独特の表現形式をとっている。
 また,従来の国会演説の多くは,国会・国民の目を意識しつつ,また国権の最高機関であるである国会という場を踏まえ,内閣を代表して首相が謙虚かつ丁寧に政治についての考えを「申し述べる」との姿勢を言葉で示している。それに対し鳩山演説では,個人的心情の吐露が,「私」,「政府」,「日本」といった主語も明示されない文学的美文調のまま,冒頭部分の最終段落の手前まで語り続けられる。
 こうした役者の独白のような語りかけは,演劇において主人公が舞台に登場するときなどには有効な表現方法なのかもしれない。だが,はたして政治演説としての有効性も同様のものと評価できるであろうか。
 本来,首相の重要国会演説は,表現形式においてではなく,内容において目立つべきである。日本政府の長が国会ならびに国民に対して施政方針を説明する場面において,演説冒頭から奇異な感じを醸し出すことは,演説内容を「作為的なもの」に見せるマイナス効果をもたらしかねない。日頃からマスメディアの前で劇的ニュアンスをもった発言をしているのなら話は別だが,そうでなければ「つくりすぎ」,「演出しすぎ」の印象が出てしまう。
 ましてや,その劇場政治的な振り付けが劇作家でもある平田オリザ内閣官房参与に委ねられたものであったとの話が報じられるようでは(読売新聞ならびに毎日新聞の1月30日朝刊),首相は真摯に自己の理念を語っていないのではないか,との見方も出てくるにちがいない。

 演劇的手法や詩的表現の過剰は,政治演説に作為的雰囲気をもたらしかねないものとして,むしろ警戒すべきである。また,利用するにしても作為性が目立たないかたちでなされるほうがよい。今回の演説について言えば,首相個人がこれまでどのような「いのちを守る」政治活動をおこなってきたのかなどに言及し,演説内容にリアリティをもたせる必要があったのではないか。

特徴その2 引用部における非難材料の提供

 今回の鳩山首相の演説は,冒頭の心情吐露に引き続いて,昨年末にインドを訪問した時に見たマハトマ・ガンジーの慰霊碑にある言葉の引用に移る。そこには,「七つの社会的大罪」として「理念なき政治」,「労働なき富」,「良心なき快楽」,「人格なき教育」,「道徳なき商業」,「人間性なき科学」,「犠牲なき宗教」が記されていたと述べる。そして,これらは「今の日本と世界が抱える諸問題を,鋭く言い当てている」と指摘する。
 だが,この引用については,野党首脳から,実母から毎月1500万円の資金提供を受けていた首相が「労働なき富」を非難するとは自己矛盾ではないか,といった批判が出て,マスメディアでも取り上げられた。また,後に国会における自民党議員からの質問でも,「子ども手当」や「農家の戸別補償」は「労働なき富」に該当するのではないか,というかたちでさらに批判的に言及された。
 たしかに,偉人の言葉などを引用することは,政治演説のレトリックの基本である。しかし,それは自分の政治的主張をわかりやすくするためのものであり,わざわざ政敵に非難材料を提供する結果になったのでは元も子もない。また,今回のように偉人の魅力的な言葉に即して演説全体を組み立ててしまうと,首相自身の言葉や考えによる説得という印象が薄らぐ。それならばガンジーのような清貧な指導者を選ぶべきであると考える人も出てくるかもしれないからである。いずれの点でも,今回のガンジーの言葉の引用は,政治的にマイナスの効果をもたらした点で,失敗であったと評価すべきであろう。
 同様に,「むすび」に置かれた阪神・淡路大震災の追悼式典でのエピソードも,有効であったとは思われない。首相は,「十六歳の息子さんを亡くされたお父様のお話」について,あたかも物語を朗読するように,「ごめんな。助けてやれなかったな。痛かったやろ,苦しかったやろな。ほんまにごめんな。」といったセリフまで交えながら語った。だが,このエピソードを使って述べたかったことは,こうした辛さからの復興こそ「日本の新しい公共の出発点」であるという,ある種,論理的飛躍を感じさせる鳩山首相の解釈であった。
 内容の吟味はおくとしても,鳩山首相の言う「新しい公共」は,言葉の意味からして,悲惨な体験を元にしなければ生まれないものとはかぎらないはずである。ならば,首相の政治姿勢をアピールするために,聴衆に辛い過去の経験を思い起こさせる必要はない。また,もし聴衆が,時の「自社さ政権」で与党議員であった鳩山首相が震災に際して何をしたのか,あるいはどう「新しい公共」のために力を尽くしたのか,などを知ろうとすれば,このエピソードは逆効果にもなりかねない。
 ガンジーの慰霊碑を見た,あるいは阪神・淡路大震災の追悼式典に出たというのは,いずれの鳩山首相の最近の経験談である。経験談が演説に現在進行形的なニュアンスをもたらすことは否定しないが,自説を国民に知らせるエピソードとして適切であるかどうかという点は,やはり慎重に検討すべきであろう。無理な引用をすれば,事例が非難の原因となったり,無理なこじつけに見えたりする。政治家がエピソードを語る場合は,訪問の経験ではなく,自分が実践したことの経験を物語るほうが説得力をもつ。今回の鳩山演説にはこの種の説得材料が決定的に不足していた。

特徴その3 多すぎる美辞麗句,少なすぎるリアリティ

 今回の鳩山首相の演説の内容については,「理念先行で具体論に欠けた」(毎日新聞)などとする評価が多く見られた。政治理念と具体的政策を対比的に位置づけた上での否定的評価である。おそらくこうした批判をレトリックに関連づけて言い換えると,「もっともらしいフレーズの使いすぎで,聴衆にはリアリティをもって受け入れらなかった」ということになろう。
 小見出しの言葉やカギ括弧がつけられた独自のフレーズなどを見てみると,「人間圏」,「いのちを守る予算」,「新しい公共」,「文化立国」,「コンクリートから人へ」,「ライフ・イノベーション」,農業の「六次産業化」,「地域主権革命元年」,「緑の分権改革」,「戦後行政の大掃除」などと多彩で興味深い。だが,その意味するところがすぐに伝わるかという点になると,これらすべてに合格点を与えることはできないであろう。
 たとえば農業の「六次産業化」についての説明は,「わが国の農林水産業を,生産から加工,流通まで一体的に捉え,新たな価値を創出する『六次産業化』を進めることにより再生します」だけであった。NHKで中継されて多くの国民が耳にする演説であるからには,もっとわかりやすい言葉遣いが必要であった。
 また,いくつかの言葉やフレーズには違和感も感じられた。「チャレンジド」など,カタカナ語が多かったことばかりではない。たとえば,NPOなどが重要な役割を担う「新しい公共」や,地方政府が力をもつようになる「地域主権革命」は,はたして中央政府主導でおこなわれるべきものなのか。そうした内容面での素朴な疑問を聴衆が抱いた可能性も否定できないであろう。
 ちなみに,議論を呼びそうな政策分野についての発言では,いわゆる官僚的な曖昧表現もしばしば用いられていた。北朝鮮の拉致問題については,「新たに設置した拉致問題対策本部のもと,すべての拉致被害者の一日も早い帰国を実現すべく,政府の総力を挙げて最大限の努力を尽くしてまいります」と述べたにとどまり,日米同盟については「今後,これまでの日米同盟の成果や課題を率直に語り合うとともに,幅広い協力を進め,重層的な同盟関係へと深化・発展させていきたいと思います」などと,具体的な方向性を明示しない「深化・発展」の言及のみに終始した。

 たしかに今回の鳩山演説は,好印象を与えやすい「いのち」を軸に全体をわかりやすく展開しようとした。その点では,政治レトリックへの配慮は十分になされたと評価できるであろう。だが,結果として「演出しすぎのわざとらしさ」が目立ってしまった点で,この演説の政治説得効果は高くなかったのではないか。作為の営みである政治を扱う以上,政治レトリックの利用にはやはり慎重を期すべきであったにちがいない。



第174通常国会開かれる
(総政研レポートNo.005<2010/01/19>)

拓殖大学政経学部教授
早稲田大学総合政策科学研究所客員研究員
大谷博愛

 1月18日に第174通常国会が召集された。鳩山政権が作成した予算案が審議されるこの国会は,国民注視の中で民主党の政権担当能力が裁かれる最初の審判廷である。ここで問われるのは夏から暮れにかけて展開されたマニフェスト作成,事業仕分け,税制改正,予算案決定という連続線上にある政治過程である。この一連の流れに一貫性があるのか,整合性を欠いた部分があればそれに対して国民を納得させる説明がなされるか否かが焦点となる。

1.マニフェスト

 昨年7月27日,民主党は8月末の衆院選に向けたマニフェスト(政権公約)を発表した。ここで「ムダづかい」,「子育て・教育」,「年金・医療」,「地域主権」,「雇用・経済」のテーマで5つの約束と称する政策を発表し,この中で生活支援に関わる8項目を重点項目とした。この8項目というのは,子ども手当,高校無償化,年金制度改革,医療・介護の再生,農業の戸別補償,ガソリンの暫定税率廃止,高速自動車無料化,雇用対策である。これらの目玉政策の実行に必要とされる予算は政権構想の各年度毎に2010年度(7.1兆円),11年度(12.6兆円),12年度(13.2兆円),13年度(16.8兆円)から成り,4年間で合計50兆円に上るものである。

表1 民主党マニフェストにおける重点8項目の予算配分(単位:兆円)
 2010年度2011年度2012年度2013年度
子ども手当・出産支援2.75.55.55.5
高校無償化0.50.50.50.5
年金制度改革0.20.2制度設計新制度
医療・介護の再生段階的実施1.21.61.6
農業戸別所得補償制度設計111
ガソリン暫定税率廃止2.52.52.52.5
高速道路無料化段階的実施段階的実施1.31.3
雇用対策0.30.80.80.8
その他の政策順次実施順次実施順次実施3.6
概算合計7.112.613.216.8

 マニフェストでは,これらの財源を増税に求めるのではなく,無駄遣いの除去や特別会計における準備金や運用益のいわゆる埋蔵金の活用に求めた。政権構想の初年度(2010年度)に7.1兆円,ここで掲げた政策をすべて実現すると最終年度(2013年度)には16.8兆円が必要となり,予算の節約で9.1兆円,埋蔵金等の活用で5兆円,租税特別措置の見直しで2.7兆円を見込んだ。しかし,公共事業の1.3兆円の削減は景気回復を阻害し,地方重視を旨とする民主党の姿勢と整合性を欠くという批判もある。また,マニフェストの発表時点では赤字国債を想定していないが,直嶋正行政調会長(当時)はこうしたやり繰りで調達し切れない場合には国債に頼る可能性も示唆しており,予算ではそれが現実のものとなった。

表2 16.8兆円の財源確保の方法(単位:兆円)
①予算の効率化,無駄遣いの除去
区分09年度予算節約方法節約額
公共事業7.9ダムなど公共事業の全面的な見直し1.3
人件費等5.3地方分権の推進,定員の見直しなどで人件費削減1.1
庁費等4.5天下り先の独立行政法人などへの支出の見直し
低コストで質の高い行政で補助金削減
6.1
委託費0.8
施設費0.8
補助金49.0
その他2.5予算査定の厳格化0.6
①小計9.1
②埋蔵金や資産の活用
 財政投融資特別会計,外国為替資金特別会計の運用益などの一部活用4.3
 政府資産の売却0.7
②小計5.0
③租税特別措置の見直し
 所得税の配偶者控除や扶養控除の廃止など2.7
合計16.8

2.事業仕分け

 9月16日に発足した民主党政権は国民に信任された政治の目で行政を管理コントロールするために行政刷新会議を新たに設けた。この会議は447事業を対象に予算要求の無駄遣いを洗い出すための事業仕分けを11月11〜17日,24〜27日の日程で行った。この作業で廃止,予算計上見送り,削減と判断され概算要求から削減可能とされたのは約7400億円,公益法人や独立行政法人の基金で国庫への返納を求めたのが約8400億円で,合計で1.6兆円である。これは事業仕分けによる削減目標3兆円の約半額である。

 仕分けによる削減額がそのまま予算案に反映されるのではなく,この方針を受けて予算編成の作業が進められるのである。予算編成の段階で削減が見直されるものもあれば,マニフェスト実現のための財源確保の必要から仕分け対象外の事業でも予算が削減されることはある。

 この仕分けに対して賛否両論ある。否定的な見方は,劇場型,不慣れ,拙速を問題視する。インターネット中継および会場での傍聴可という一般に公開された劇場さながらの環境で作業が進められたため,国民に政治主導を印象付けるためのパフォーマンスとも思われるような判断が示されたりした。また,政権担当経験がほとんどないために情報の乏しい仕分け人が僅か1時間程度で適切な判断を下せない事項もあったはずである。さらに財源確保の必要から客観的な検討以前に廃止または削減ありきに近い扱いをされたものもあった。一方肯定的な見方は,民主主義の重要な部分の公開性である。これまで密室で行われてきた予算編成作業の一部が公開され,行政による無駄遣いが国民の目に曝された。これによって国民は政治的判断の材料を獲得しただけではなく,投票結果によって政治過程が変わることを実感したものと思われる。

3.税制改正大綱と予算案

 仕分けに続く予算編成は,その財源である税の枠組みを作る税制改正とセットである。鳩山政権は12月22日に税制改正大綱,25日に2010年度政府予算案をそれぞれ閣議決定した。

 税制改正をマニフェストとの整合性から見ると,財源確保のための減税見直しや反発回避のための増税見送りないし修正を行ったためほとんどがマニフェスト通りにはならなかった。前者の例はガソリンの暫定税率の廃止と中小企業の法人税引き下げである。後者は子ども手当の財源と考えられた扶養控除の廃止と環境税の導入である。特定産業を税制上優遇する租税特別措置の透明化はある程度マニフェストに沿って促進され,1千億円の財源確保ができた。マニフェスト以外の領域では,タバコ税を増税し,住宅販売促進のために住宅購入に関わる親からの贈与は1500万円まで非課税,個人投資家育成のために100万円以下の株式投資を非課税とした。

 予算案はマニフェストとの整合性と仕分け作業がどのように反映されているか,見てみよう。一応,マニフェストの重点項目および仕分け作業は予算案に反映されたといえる。しかし,マニフェストの目玉政策の実行を予算化したために,一般会計が過去最大の92.3兆円となった。しかも仕分け作業の段階でマニフェスト通りの歳出削減ができなかったので,国債増発や特別会計のいわゆる埋蔵金に依存する結果となった。国債発行が44.3兆円に達して税収を上回り埋蔵金は底をつくという,後年度に大きなツケを回す予算である。ある意味でマニフェストにこだわったために全体としては薄氷を踏むような危うさを持ち,2011年度以降の財政に大きな不安を投げかけた。国会論戦では,予算とマニフェストの整合性よりもマニフェストそのものの適切性と予算の合理性が問われそうである。

5.今国会の着目すべき点

 今国会で最も着目しなければならないのは,マニフェスト,説明責任,追求責任の3点である。

 第1は,マニフェストが公共政策の観点を重視したものか,選挙用の集票方策に過ぎなかったのか,国会論戦を通じて判断する必要がある。民主・自民両党ともマニフェストを掲げたキャンペーンを通じて政権交代が起こったという点で,昨年の総選挙は画期的なものであった。しかし,マニフェストが後世代にツケを回す無責任な政策の羅列であったり,詐欺商法の誘い文句まがいの夢物語の色彩を帯びたものであるとすれば,マニフェスト選挙自体が民主主義を脅かす危険な要因となる。

 第2は,政府が説明責任を適切に果たすか否かに着目すべきである。この点から,いい加減なマニフェストを作る無責任な政府なのか,見通しの甘い政権担当能力に欠ける政府なのかチェックすることができる。政党が掲げる政策はヴィジョンV(vision),基本政策P(policy),具体的方策M(measures)の3つのレベルから構成されなければならない。Vを実現するための方針としてPがあり,そのPを現実の社会の中で具体化したものがMである。VレベルやPレベルが短期的に変化するようでは国民に信頼される責任政党と言えない。一方,業界の浮き沈みや景気の変動に象徴されるように現実の社会は変化しているので,Mレベルが可変的であることは何ら問題ない。選挙キャンペーンに向けて作成されるマニフェストはMレベルを多く含むものなので,修正があっても国民の納得する説明ができるかどうかが問題となる。

 第3は,野党の追求能力も見所である。野党経験の乏しい自民党が効果的に政府の説明責任を問えるような質問をすることができるか着目に値する。単なるあら探しに止まらないこの種の追求を通じて,次の政権担当能力をアピールするのが健全な野党である。こうした本格的な与野党攻防が展開されると,国民の政治を見る目が養われる。

 今国会では小沢氏の政治資金問題が与野党攻防の焦点の一つとなるだろう。この問題は政治過程の構造と政治の公正さに関わる重大な問題であることは間違いない。しかし,これによって今国会の本質的でより重要な論点がボケないようにしてもらいたい。この種の問題が生じると渦中の人はポストを辞することは疑いを認めたことになるから辞さないというのが政界の常である。これは改めるべき悪習である。いかなる立場に立とうが潔白を証明する努力を続けることはできるし,所属政党ないし支持グループもそれをサポートし続けることはできる。潔白が明らかになって復帰すれば,以前にも増して支持を集めより強い影響力を発揮することができる。にもかかわらず,当人がポストにしがみつくことによってこの問題を巡る論戦に多くの時間を費やすことになれば,国民の生活に関わる問題の審議が疎かになり,国民の利益を損なうことになる。これこそ重大な問題である。正常な国会審議が行われるための環境づくりが与党の新たな責任である。

 今国会の論戦を通じて与野党それぞれが自らの立場の責任をいかに適切に果たすか否かが,夏の参院選に大きな影響を与えるだろう。



早稲田大学出身の国会議員リスト―第45回総選挙結果から(総政研レポートNo.004<2009/09/06>)

早稲田大学大隈記念大学院公共経営研究科教授
早稲田大学総合政策科学研究所所長
江上能義

 2009(平成21)年8月30日に実施された第45回総選挙は,周知のように自民党から民主党への政権交代という歴史的な出来事をもたらした。表1は,この選挙で新たに選出された衆議院議員(定数:480)のうちで,早稲田大学出身者67名のリストである。このリストは翌日の諸新聞のデータに基づいて筆者が作成したものである。出身の大学と大学院が異なると,一方だけが新聞等で記載される場合が多いので,リストにデータ漏れが生じている可能性があるが,その場合はご容赦いただきたい。

 衆議院議員総数480名のうち早稲田出身者が67名ということは,衆議院議員7名のうち1名が早大出身者という概算になる。所属政党別にみると,民主党43名,自民党21名,社民党1名,公明党1名,みんなの党1名,となっている。早大出身者に限れば,民主党議員の平均年齢は50.35歳,自民党議員の平均年齢は54.90歳と,若干,民主党議員のほうが若い。

 出身学部は政経学部や法学部や商学部が多いが,他の学部からもまんべんなく議員を輩出している。また7名が大学院出身で,稲門国会議員の中でこれから大学院修了者が増えていくことが予想される。

 他の大学と議員数を比較すると,東大出身者が95名と最も多く,2位が早大の67名,3位が慶大の41名,4位が京大と日大の22名,6位が中大の15名,となる。あとはひとケタで,明大,一橋大,立命館,東北大,法大などが続く。ハーバード大やコロンビア大など,欧米の大学出身者も目立つようになってきた。

 東大,早大,慶大,日大,京大,中大の上位6大学はこれまでコンスタントに多数の国会議員を輩出してきたが,4年前の前回の総選挙と比較すると変化がみられる。トップの東大は前回104名の当選者を出したが,今回は大幅に9名減らして95名となっている。早大は前回の当選者数が63名だったので4名増になった。慶大は前回57名だったが,今回は16名も減らして41名となった。日大は前回の21名から今回の22名へ1増,京大は前回の18名から4名増やして22名となった。中大は前回の26名から今回は11名も減らして15名となった。明大は前回13名が今回9名とひとケタになった。 このように,政権交代を実現したこの歴史的な総選挙で,東大,慶大,中大,明大の退潮が著しく,早大と京大は逆に議員数を増やしていることが明らかになった。

 ちなみに参議院にも25名の早稲田出身者がいるので,併せて表2を参照されたい。

表1 第45回総選挙で当選した早稲田大学出身衆議院議員
2009(平成21)年8月30日投開票
1北海道11区石川知裕②民36歳  
2同12区武部 勤⑧自68歳比例二法
3岩手2区畑 浩治①民45歳  
4同3区黄川田徹④民55歳  
5宮城3区橋本清仁②民38歳  
6同5区安住 淳⑤民47歳  社学
7秋田3区京野公子①民59歳  文中退
8福島3区吉野正芳④自61歳比例
9同4区渡部恒三⑭民77歳  
10千葉3区岡島一正②民51歳  社学
11同上松野博一④自46歳比例
12同4区野田佳彦⑤民52歳  政経
13同5区村越祐民②民35歳  院中退
14同6区生方幸夫④民61歳  
15同8区松崎公昭④民65歳  
16同10区谷田川元①民46歳  政経
17神奈川6区池田元久⑥民68歳  政経
18同18区樋高 剛③民43歳  社学
19南関東比例区古屋範子③公53歳  
20東京3区松原 仁④民53歳  
21同4区平 将明②自42歳比例
22同5区手塚仁雄③民42歳  
23同9区菅原一秀③自47歳比例政経
24同11区下村博文⑤自55歳  教育
25同13区平山泰朗①民37歳  政経
26東京比例区中津川博郷③民60歳  
27茨城2区額賀福志郎⑨自65歳比例政経
28同3区小泉俊明③民52歳  政経
29栃木3区渡辺喜美⑤み57歳  政経
30同5区富岡芳忠①民42歳比例政経
31群馬2区石関貴史②民37歳  政経
32同4区福田康夫⑦自73歳  政経
33同5区小渕優子④自35歳  院(公共経営)
34埼玉6区大島 敦④民52歳  
35同13区森岡洋一郎①民34歳  
36北関東比例区野木 実①民67歳  
37同上中島政希 ①民56歳  院(法)
38新潟5区田中真紀子⑥民65歳  
39同6区筒井信隆⑤民64歳  
40石川3区森 喜朗⑭自72歳  
41福井1区稲田朋美②自50歳  
42同上笹木竜三④民52歳比例院(政治)
43長野5区加藤 学①民40歳  
44岐阜5区阿知波吉信①民46歳  政経
45静岡3区小山展弘①民33歳  
46同6区渡辺 周⑤民47歳  政経
47愛知5区赤松広隆⑦民61歳  政経
48同12区中根康弘②民47歳  
49東海比例区山田良司①民48歳  院(公共経営)中退
50同上橋本 勉①民56歳  院(社学・教育学)
51鳥取2区湯原俊二①民46歳比例社学
52広島1区岸田文雄⑥自52歳  
53大阪4区吉田 治④民47歳  
54同10区辻元清美④社49歳  教育
55同上松浪健太③自38歳比例
56兵庫5区梶原康弘②民52歳  
57和歌山2区石田真敏④自57歳比例政経
58近畿比例区柳本卓治⑥自64歳  
59徳島2区高井美穂③民37歳  
60高知3区山本有二⑦自57歳  
61福岡11区武田良太③自41歳  院(公共経営)
62長崎3区山田正彦⑤民67歳  
63同4区北村誠吾④自62歳比例政経
64熊本5区金子恭之④自48歳  
65大分2区衛藤征士郎⑨自68歳比例院(政治)
66同3区岩屋 毅⑤自52歳比例政経
67鹿児島1区川内博史⑤民47歳  政経
      (注)○内の数字は当選回数

表2 早稲田大学出身の参議院議員
1比例代表平成16荻原健司①自39歳人間科学
2比例代表平成16荒井広幸①改ク50歳社学
3比例代表平成19池口修次②民59歳理工
4比例代表平成19西岡武夫②民73歳教育
5比例代表平成19山田俊男①自62歳政経
6比例代表平成19丸山和也①自63歳
7山形県平成16岸 宏一②自63歳政経
8福島県平成16増子輝彦①民61歳
9群馬県平成16富岡由紀夫①民44歳政経
10千葉県平成19長浜博行①民50歳政経
11長野県平成16北澤俊美③民70歳
12長野県平成19吉田博美②自59歳社学
13静岡県平成16藤本祐司①民52歳
14静岡県平成19牧野たかお①自50歳
15愛知県平成16浅野勝人①自70歳政経
16愛知県平成19大塚耕平②民49歳政経,院(社学・博士)
17滋賀県平成16林久美子①民36歳
18滋賀県平成19徳永久志①民45歳政経
19和歌山県平成19世耕弘成③自46歳政経
20島根県平成16青木幹雄④自74歳二法
21香川県平成16山内俊夫②自62歳教育
22愛媛県平成16山本順三①自54歳政経
23愛媛県平成19友近聡朗①無33歳人間科学
24高知県平成16広田 一①無40歳社学
25福岡県平成16吉村剛太郎③自70歳政経
      *出典:日本政経新聞社『国会便覧』平成21年2月新版(124版)
      *年齢は2009(平成21)年2月末現在



麻生失言と失言の類型(総政研レポートNo.003<2009/08/01>)

名古屋外国語大学・大学院教授
早稲田大学総合政策科学研究所研究員
高瀬淳一

 2009年7月25日,麻生太郎総理大臣は,高齢者は「働くことしか才能がない」と発言し,問題発言としてマスメディアなどで大きく取り上げられた。このレポートでは,麻生総理の失言の質を「政治的失言の類型」を整理しながら検証してみたい。

1. 麻生総理の失言事例

 2009年7月,麻生総理は日本青年会議所で講演をおこない,以下のように発言した。

・日本は65歳以上の高齢者が元気で,20%以上が65歳以上だ。その人たちは元気に働ける。介護を必要としない人は実に8割を超えている。その元気な高齢者をいかに使うか。この人たちは皆さんと違って,働くことしか才能がないと思ってほしい。働くことに絶対の能力がある。80歳を過ぎて遊びを覚えても遅い。彼らが納税者になれば,日本の社会保障は全く違ったものになる。暗く貧しい高齢化社会ではなく,明るい,活力ある高齢化社会。これが日本が目指すものだ。

 この発言は,高齢者を「いかに使うか」という発想に立つべきことを示したうえで,日本の高齢者の特質を「働くことしか才能がない」と決めつけたものである。また,「80歳を過ぎて遊びを覚えても遅い」とも述べ,高齢者が新たな娯楽に挑戦することを無意味とするかのような発言となっている。
 麻生総理については,2008年11月19日にも,全国知事会議で地方の医師不足に言及したさい,やはり物議を醸す発言をおこなっている。「自分で病院を経営しているから言う訳じゃないけど,医師の確保が大変のはよく分かる」と述べ,なぜか医師について「はっきり言って,社会的常識がかなり欠落している人が多い。」と規定したのである。
 両発言の共通点は,①日本の人口の特定の部分(年齢的,職業的)について偏見を表わしていることと,②対象が自民党にとっては選挙対策上の重要セクターであるということである。①については日本の政治的に代表する総理大臣の発言としての適切性を,②については自由民主党の総裁としての政治的センスを問題にしなければならないであろう。
 ちなみに,上記の高齢者についての発言について,麻生総理は翌日,「私の意図が正しく伝わってない」と釈明した。だが,テレビ政治が日常化している今日,発言の一部だけが大きく取り上げられることは「ありうること」として前提視すべきである。「意図が正しく伝わってない」と言うのであれば,麻生総理は,意図が正しく伝わるようにあらかじめ政治的に周到に準備された発言を試みるべきであった。

2. 政治的失言の類型

 政治的失言には大きく分けて4つの類型がある。軽いほう,表1で言えば下のほうから「政治的軽率発言」,「政治的不適切発言」,「間接的差別発言」,「直接的差別発言」の4つである。

 「軽率発言」とは,政治的配慮に不足があって野党や国民から非難される発言である。言葉の内容よりも,その言葉を発する政治家の態度が国民や野党などから問題とされるケースで,小泉元首相の「人生いろいろ」などがこれにあたる。麻生総理の場合で言えば,2008年10月の「ホテルのバーは,安全で安いとこだという意識がある」がこれに該当するにちがいない。「安い」という表現が庶民感覚から理解されないことは明らかで,不況期であるにもかかわらず,こうした描写をしたことにはマスメディアや野党から執拗な攻撃がなされた。

表1 失言の類型
1. 差別発言
直接的差別発言……特定の社会集団への偏見を表明
間接的差別発言……特定の社会集団への配慮の欠如
2. 不適切発言
政治的不適切発言…民主主義など国の基本原理に反する発言
政治的軽率発言……政治的配慮の不足によって失言とされる発言

「不適切発言」とは,民主主義など国の基本原理に反する発言である。森喜郎元首相の「神の国発言」などは,その典型といってよい。麻生総理は,2009年2月,衆院予算委員会で,自身が小泉内閣の閣僚当時「郵政民営化には賛成でなかった」と発言したが,これなども内閣制度の形式に照らせばこの「不適切発言」の類型に属するものと言えるだろう。

 さて,「差別発言」については,間接的なものと直接的なものを分け,後者をより程度の思い失言と位置づけるのがよいと思われる。
「間接的差別発言」とは,特定の社会集団への配慮の欠如を示した発言である。麻生内閣では,2008年9月の政権発足直後,中山成彬国土交通相が日本を「単一民族国家」と規定したが,この発言などは日本国民の多様性を考えれば「差別的」とも受け取られる発言である。なお,中山大臣はほかのも日教組や成田空港についての不適切発言があり,早々に辞任する憂き目にあっている。
「直接的差別発言」は,特定の社会集団への偏見を積極的に表明する差別発言である。具体的には,人口の特定の部分,たとえば性別や民族性を基にした人口区分に対し,マイナスのイメージを与えるような発言をすることである。すでに述べた麻生総理の年齢や職業を基にした「決めつけ」もこの類型に該当する。ようするに,麻生総理の高齢者や医師に対する失言は,失言のうちでも悪質な部類に属するのである。

3. 政治的失言の契機

 政治的失言がなぜ生じるのか。上記の例を題材に考えれば,その契機には①ホンネで語ることを「正直な態度」,「堂々たる態度」と勘違いする風潮,②眼前の聴衆あるいは記者に対して語っているのだという誤解と気の緩み,にある。中山大臣の発言や麻生総理の郵政民営化発言などは①の例であり,青年会議所のメンバーを前にした高齢者差別発言などは②の例となる。
 どちらも,多種多様な国民がマスメディアを通じて自分の発言に接するであろうという認識の不足を示すものである。国務大臣や総理大臣という高い地位の政治的公職に就いた者は,世界が自分の一言に耳を傾けているとの意識を常に強く持つべきである。この点への配慮にぬかりがあると,失言は生まれやすくなる。
 我が国の政界から失言の悪癖をなくすためにも,政治家を志す人たちには,まず自身の発言が失言にならないように配慮することの重要性を認識してもらいたいと思う。



麻生・鳩山による第2回「党首討論」の政治コミュニケーション分析( 総政研レポートNo.002<2009/06/29>)

名古屋外国語大学・大学院教授
早稲田大学総合政策科学研究所研究員
高瀬淳一

 2009年6月17日,麻生太郎総理大臣と鳩山由紀夫民主党代表による2回目の党首討論(衆参両院の国家基本政策委員会の合同審査会)が開催された。本稿では,この党首討論を材料に,1回目の党首討論との比較を交えつつ,麻生・鳩山両氏の政治コミュニケーションの巧拙を評価してみたい(以下,敬称略)。

1. 発言時間と発言スタイル

 45分強の討論の発言は,鳩山から始まり鳩山のまとめで終わった。したがって,発言回数は鳩山のほうが7回となり,1回分多くなっている。最後の鳩山の発言は1分にすぎない短いものであったが,討論の総括を自分のねらいどおりにできた点で,この発言回数の多さは鳩山には有利に働いたはずである。
 しかも,二人の討論者の最後の1分は,両者のレトリック技量のちがいをはっきりと印象づけるものとなった。
 まず,麻生はそれまでの議論の流れを無視して安全保障の問題に言及し,アメリカ第七艦隊についての小沢発言を問題視するような姿勢を見せた。その上で,次回の党首討論では財源論と安全保障論をやりたいと主張した。
 この党首討論では,それぞれ2順目の発言において北朝鮮問題に触れていた。麻生はその時点で安全保障へと議題を移すことが可能であった。未練を残すように最後の発言で唐突に安全保障に言及したことは,むしろ「なぜ最後になってその話なのか」という印象を与えた。また,この討論では麻生が財源論で民主党に迫る場面もあった。麻生はそこで民主党の財政についての認識の甘さを指摘しようとしていた。だが,麻生はすでに議題にのぼったことを次の第3回目で議論しようと申し出てこの討論を締めくくろうとした。議論の総括の仕方において,麻生の技量はきわめて低いものと映った。
 一方,鳩山は麻生の最終発言を「突然に安全保障の話」「国民のみなさんも唖然」などと笑い飛ばした。そのうえで,自民・民主のちがいを表すものとして,4つの二項対立を並べ立てた。官僚vs国民,コンクリートvs人,中央集権vs地方主権,縦の利権社会vs横の絆の社会,の4連発である。これを締めの発言にした点は,準備の周到さを感じさせた。そしてそれは,敗北を次の討論で挽回しようとするかのごとき麻生の発言とは対照をなしていた。
 ちなみに,両者の時間支配は鳩山約25.0分,麻生約20.3分で,時間占有率は鳩山約55%,麻生約45%であった。
 この「発言時間」の数値は前回とほぼ同様であった。すなわち,鳩山がやや多めに時間を使っている。今回,鳩山のほうが押していたように見えたとすれば,それは発言時間のためではない。締めくくり発言を鳩山がおこなったことや,議論の展開のうまさによるものと考えるほうが適切だろう。
 発言を「文」あるいは話の切れ目で区切ると,二人の「発言スタイル」のちがいは明瞭になる。前回同様,鳩山のほうが麻生のほぼ倍の文数を使っている。発言時間の差を考慮しても,麻生のほうが長い文=区切りの少ない発言をしていることは明らかである。
 言うまでもなく,だらだらと長い発言は,とくに耳から聞く演説の場合,主張が不明瞭になりがちである。発言のテンポやわかりやすさへの配慮は,明らかに鳩山のほうが優れていると評価するのが妥当だろう。

2. しぐさと自己言及

 党首討論は,NHKで中継され,テレビのニュース番組で必ず映像が利用される。したがって,党首は話す内容ばかりでなく,話す姿によっても,国民に政治リーダーとしての自己を印象づけなければならない。前回の党首討論では,その点での意識が麻生にかなり欠如していたように思われたが,今回はその点での改善が見られた。
 しぐさによるアピールについては,依然として鳩山のほうが「手振り」を多く用いていたものの,麻生も前回よりははるかに多く「手振り」を使っていた。これについては,第1回の党首討論のあと,筆者らがマスメディアで麻生の身体表現の乏しさを指摘したことも影響した可能性があるかもしれない。
 一方,自分が責任をもってリーダーシップをとることを強調する姿勢を表す「自己言及度」については,前回同様の傾向が観察された。すなわち,鳩山よりも麻生のほうが単数の「私」よりも複数の「私ども」や「われわれ」を多用していた。党首個人の力量をアピールする必要のある党首討論であるにもかかわらず,麻生には「私」を強調する姿勢が感じられなかった。

3. レトリック上の工夫

 第2回の党首討論では,鳩山あるいは鳩山チームの討論準備の周到さが目を引いた。最後にその点を整理しておきたい。
 第一に,2回の党首討論を通じ,「国民」への言及,とりわけ「国民のみなさま」への呼びかけは,鳩山にきわめて特徴的なレトリックとなっている。第1回と同様に第2回の討論においても,鳩山は「国民側」対「官僚側」という図式を示すとともに,党首討論である国民に配慮している姿を強調した。これは鳩山にとって,一挙両得の政治的な言葉の利用であると言ってよいだろう。
 この種の対比や呼びかけについて言えば,麻生にきわだった努力の痕跡は見られない。野党党首が与野党のちがいを鮮明にさせようとするのは当然のことであり,それに対抗する意思があるのであれば少しは対抗策を講ずるはずである。それが見られない以上,党首討論における準備あるいは技量の不足を指摘されても仕方ないにちがいない。
 第二に,事例の使い方についての工夫であるが,これも鳩山にしか見られない特徴であった。鳩山が用いた例は,第1回では小学校のボランティアの話という一生懸命がんばっている人の話であったが,第2回では亡くなった未熟児,20〜30代に多い自殺者,母子加算がなくなり高校や修学旅行に行けない子どもと,鳩山自身が「聞いたら涙が出ましたよ」と認めるような聞き手の情に訴える話であった。こうした悲惨な事例を入れながらの政府攻撃は野党の常套手段ではあるものの,一定の有効性を発揮しうるレトリックである。その意味で,鳩山チームは事例の使い方において第2回に向けた改善を図ったと考えてよい。
 第三に,民主党の弱点ともなりうる財源論について,鳩山は麻生の主張を財務省の言いなりになっていると切り捨てる戦術を準備していた。麻生の側の数字は,そもそも官僚がつくった資料に基づくものとして受け入れず,それによって民主党の財政論にもそれなりの根拠があるかとの印象を与えようとしていたのである。これにたいし,麻生は細かな数字をあげることで対抗しようとした。だがこの対抗策は,鳩山が提示する大きな対比図式を壊すことができなかっただけでなく,瑣末な点にばかりこだわるリーダーとの悪い印象まで与える危険性のあるものであった。議論の内容の妥当性はともかく,政治コミュニケーション戦略の上では,やはり鳩山の手法のほうが秀でていたと認めるほかはない。
 ほかにも,鳩山のレトリックについては,いくつかの小さな工夫を指摘することができる。全体として,鳩山の議論の進め方は政治コミュニケーションの基本的テクニックをきちんと踏まえたものであり,言い換えればスタンダードな議論の手法を用いない麻生のほうに技量の不足が感じられた。政治の議論ではもちろんその内容の説得力が重要ではあるが,テレビ政治の時代,首相であっても議論の形式上の工夫には適切な配慮をすべきだろうと思う。

 なお,麻生・鳩山の党首討論について,筆者は第1回については読売新聞と日経ネットで,第2回については日本経済新聞,北海道新聞,日経ネットでコメントを発表している。両者の討論技量についての点数評価については,それらも参照していただきたい。



麻生・鳩山による第1回「党首討論」の政治コミュニケーション分析( 総政研レポートNo.001<2009/06/14>)

名古屋外国語大学・大学院教授
早稲田大学総合政策科学研究所研究員
高瀬淳一

 2009年5月27日,麻生太郎総理大臣と鳩山由紀夫民主党代表による初めての党首討論(衆参両院の国家基本政策委員会の合同審査会)が開催された。本稿では,この党首討論を材料に,麻生・鳩山両氏の政治コミュニケーションの巧拙を評価してみたい。
 通常,政治討論の評価は,発言内容の説得力をもっておこなう。しかし,その評価は党派的な好き嫌いに左右されるのが一般的である。そこで,本稿では「発言内容」よりもむしろ「発言形式」に焦点を当てる。政治家としての資質は,そうした「形式」からでも読み取れると考えてのことである。

1. 発言時間と発言スタイル

 約50分に及んだ党首討論の発言はともに8回ずつで,発言時間はほぼ互角であった。これは両者の意見の開示が一方的にならなかったという意味で,評価すべきことである。ただし,1回の発言が3分を超えることも多く,また1度に複数の論点に言及するケースによく見られ,「丁々発止のやりとり」と言うほどのディベートらしさはなかった。この点については両者にさらなる努力を求めるべきだろう。
 ちなみに,両者の時間支配率は以下のとおりである。

発言時間鳩山=24.5分,麻生=20.8分(占有率:鳩山=約54%)

 さて,「発言時間」はほぼ互角であったが,発言を「文」あるいは話の切れ目で区切ると,二人の「発言スタイル」のちがいは明瞭になる。

文数鳩山=168,麻生=84

 話し言葉であることから,区切り方において誤差があることを念頭においても,鳩山の文の数は麻生のほぼ倍である。これは,鳩山のほうが簡潔な表現を使っていることの証左であり,反対から見れば,麻生のほうが「だらだらとした話し方」をしていたことを示唆している。
 政治討論においては,多様な国民が聞くことを想定して,わかりやすく,かつテンポよく話す必要がある。麻生の話し方はその意味ではマイナスに評価されるべきだろう。

2. 非言語コミュニケーションにおける相違

 党首討論は,NHKで中継され,テレビのニュース番組で必ず映像が利用される。したがって,党首は話す内容ばかりでなく,話す姿によっても,国民に政治リーダーとしての自己を印象づけなければならない。今回の党首討論では,その点での意識が麻生にかなり欠如していたように思われた。

しぐさによるアピール
麻生=眼前の机に手をおき前傾姿勢のまま,首だけを前に押し出すようにして話す。手を使ったアピールはほとんどない(5回目と7回目の発言にわずかに見られた程度)。座っているときは,鳩山の発言にニヤニヤしながら首をかしげる姿がしばしば見られた。
鳩山=2回目の発言から「手振り」が継続的に用いられる。テレビの中継画面にも頻繁に映し出されていた。しかも,鳩山の「手振り」の大半は両手を同時に使うもので,指によるしぐさも散見された。

「手振り」は,あまりにも大袈裟になると作為的パフォーマンスに思われるものの,一般的には説得力の増大に寄与する非言語コミュニケーションの一手段と考えられている。これをテレビで全国中継されている党首討論において,麻生はほとんど利用しなかった。これは,いかに発言内容に自信があったとしても,政治コミュニケーション戦略上,マイナスに評価されるべき行為と言ってよい。

3. 自己への言及における相違

 政治家には,問題を解決する力が自分にあることをアピールする必要がある。ましてや党首となれば,自分が責任をもってリーダーシップをとることを強調し,国民の信頼をえなければならない。こうした印象形成は,選挙における「党首イメージ」の影響力が増すなか,近年,さらに重要性を高めている。
 にもかかわらず,日本の党首は1人称複数の「私ども」や「われわれ」を多用する。「党首討論」なのだから単数の「私」をもって強調してよいはずだが,そうはなっていない。もちろん,オバマ大統領のように「we」を自分と有権者とをつなぐ言葉として利用しているのなら構わない。日本の党首の場合,「党」や「政府」を表す言葉として「私ども」や「われわれ」を使う。これは党首個人の力量をアピールする点においても,国民との共感を得る点においても,有効とは言えない表現形式である。

1人称代名詞の利用頻度
鳩山:単数=15回,複数=23回(自己言及度=約4割)
麻生:単数=12回,複数=43回(自己言及度=約2割)

 麻生は,「私ども」を使うくらいであれば,「麻生内閣」,「私の内閣」などという表現で自分がリーダーシップをとっていることをアピールすべきであった。この点においても,鳩山のほうを高く評価すべきだろう。

4. 聴衆へのはたらきかけ

 政治演説において大切なことのひとつに聴衆へのはたらきかけがある。党首討論はたしかに党首どうしの論戦ではあるが,ただ相手を論駁すればよいというものではない。オーディエンスを自分の側に立たせるための工夫も必要である。
 たとえば「国民」への言及を見てみよう。相手の発言の引用を除けば,両者の言及頻度はつぎのようになる。

国民への言及麻生=3回,鳩山=16回(うち「国民の皆様」が11回)

 麻生が「国民」を使ったのは,「小沢事件は国民の関心事である」と主張したくだりの3か所にすぎない。一方,鳩山は16回,すなわち1度の発言に平均2回は「国民」を使った。しかも,「国民の皆様」という表現によって,視聴者を意識している態度を明確に示した。
 同時に,この討論では,鳩山は「国民側」対「官僚側」という図式で,二人のちがいを強調しようとしていた。つまり,「国民」は,視聴者へのはたらきかけと対立図式の確定の二面において,じつに効果的に利用されたのである。
 一方,麻生は「政権担当能力」・「現実政治」対「理想論・抽象論」という図式で,民主党の弱点を強調することを企図した。だが,麻生はこの図式をオーディエンスの頭のなかに定着させる話術に欠けていた。
 理由は「政策」と「政局」が討論で混在したことにある。「政権担当能力」や「現実政治」は,「政策」についての力量を意味する言葉である。にもかかわらず,麻生は小沢問題という「政局」についての議論に時間をかけすぎた。その結果,民主党の政策の不備をつきながら,現実対応能力のちがいを明瞭にするような議論の展開ができなかった。麻生の議論の進め方に戦略ミスがあったと評価してよい。

 以上,麻生・鳩山二人の党首討論について,政治コミュニケーションの「形式」における巧拙を見てきた。この党首討論についてだけ言えば,鳩山の技量のほうに評価すべき点が多かった。
 もとより,外形だけ整えられれば「よいコミュニケーター」というわけではない。だが,現代は,世論を喚起する政治力が重要なテレビ・デモクラシー時代である。あまりにも形式への配慮を欠いたコミュニケーションは,やはり話者の政治力の低さを表わしていると考えてよいのではないだろうか。